1話 家を出よう
初めましての方もお久しぶりですの方もこんにちは!今回からの作品は超不定期更新となっております。大変申し訳ありませんが、ご了承のほどよろしくお願いします。
いくらか書き溜めてから投稿しようと思っていたのですが、中々上手くいかず…。このままでは埒があかないと思い、自分のペースでのんびりとやっていく事に決めました。
ほんの少しでも楽しんで頂ければ幸いです!
「あら、見て。公爵家の方よ」
「本当だわ。公爵家の御3兄弟は容姿端麗で、頭も良いって噂よ。おまけに兄弟同士の仲が良いんですって」
「本当に格好いいわよね〜。家柄も良いし。わたくし公爵家に嫁ぎたいわ」
「貴女には無理ね。身分が合わないわ。わたくしにこそ、相応しいわ」
「そんなこと無いわよ。誰にだってチャンスはあるはずよ。それより、兄弟仲が良くっても後継ぎ争いは起こるんじゃなくって?」
「そうねー、そろそろ長男のイエン様が成人なさる頃だから興味深いわね」
「シーッ!声が大きいわ。聞こえるわよ」
さっと口元を押さえ、こちらをチラッと見る綺麗なドレスに身を包んだお姉さん方。もちろん俺と目が合う。
2人が愛想笑いをするので、俺も軽く且つにこやかに会釈しさっさと横を通り過ぎる。
──全く。最近はこの話題ばかりで嫌になる。
* * *
俺の名前はフィンス=ハーゲン。年齢は16歳。公爵家の3人兄弟の次男だ。
公爵家と言えば、当然先程のお姉さん方が話していた通り、後継ぎの話も出てくる。しかも、兄が今日で18歳を迎え成人となるので、周囲が気になるのは当然の事だろう。
しかし兄は優しすぎる為、きっと自分の意見を押し付けず、俺たちの意見も聞いてくれるのだろう。
でも俺は、兄が嫌がらなければ家の事は全て兄に託そうと思っている。
元々、地位なんてものに興味はないし、人との関わりは面倒だし苦手でもある。
それに、俺には遥か昔からの夢があった。
──家を建てたい。
これが俺の夢だ。
それなら大工にでもなれよって?違うんだ。俺自身の家を建てたいだけであって、そんな沢山の家を建てたい訳じゃない。そもそもそんな創造性、俺にはない。
──俺にはある記憶があった。
ここの世界とは違う世界、地球という星の日本で生きていた記憶が。
その世界は俺の勝手な思い込みの中で創った想像の世界なのかも知れないし、本当にあった前世での記憶というやつなのかも知れない。
とにかく、俺はその世界では病弱で、ほぼ毎日入院生活を送っていた。自宅で過ごす期間の方が短かった様に思う。
そんな生活の中で、俺は自分の理想の家を考え、その家を建ててそこで住む事を夢見ていた。
──結局その夢が叶う事はなかったのだが……。
そんな記憶(思い込み?)もあってか、現在でも家を建てたいと密かに夢見ているのだ。
俺の話はこれくらいにしておこう。
今日は兄の誕生日。帰ったら盛大なパーティーが開かれるだろう。
* * *
「!フィンス様!お帰りなさいませ。お久しぶりでございます」
「ただいま。久しぶりだな」
家に着き、出迎えてくれたのは、俺が生まれる前からこの家に仕えてくれているメイドのリコリスだった。
いつもなら、沢山の使用人達が出迎えに来てくれるのだが、パーティーの準備に追われているのだろうか。今日はリコリス1人である。
俺としてはそちらの方が断然ありがたいのだが…。
「旦那様方はお揃いで、お話しておられますがどうされますか?」
「皆んな揃ってるのか…。俺もすぐに行く」
「かしこまりました」
俺はリコリスの案内のもと、家の中にある談話室へと歩を進めた。
コンコン。
「旦那様、リコリスでございます」
「──入って良いぞ」
「失礼致します」
音も立てずに扉を開けると中へと入って行く。
「どうした?何かあったの──!」
父親の疑問の声は途中で終わり、驚きの表情になる。何故なら、リコリスに続いて入って行った俺の姿を見たからだろう。
「フィンス!」
リコリスは静かに一礼し、部屋から出て行く。
「お久しぶりです、父上。ただいま帰りました。母上も兄上もマイアスも、元気そうで何より」
「全く。お前って子は……。久しぶりどころの騒ぎじゃありません。お前が家を出てから半年くらい経っているでしょう。──イエンの誕生日には間に合わないかと思いましたよ」
「大事な兄上の誕生日なんです。遅れる訳にはいきませんよ」
「まぁまぁ、立ち話もなんだからまずは座りなさい」
頭を抱える母親と平然としているフィンスを見て苦笑しながら、父親が手招きしてくれる。
俺が座ってから、最初に口を開いたのは兄のイエンだった。
「それで?今回はどこまで行って来たんだ?」
「ちょっとキスツの森まで」
「!?」
「!」
「はぁっ⁉︎」
父、母、兄と表情が固まった。弟のマイアスは、のほほんと「兄上、お土産は〜?」と聞いてくる。
「あそこは1度入ったら生きて出る事は出来ない、死の森と呼ばれるほどの危険な森じゃなかったか?」
「うーん…。でも普通に出てこれたし」
「自らあそこに入るのは、自殺志願者しかいないとも聞いた事があるが?」
「自殺なんてしたくもないね」
空間収納の中から動物の毛皮を取り出し、マイアスに渡してやりながら答えていく。一見普通の毛皮がだが、これでも結構な上品で、売れば良い値段になると思う。
そして、空間収納とは魔法の一種で、どんな物でも収納可能で取り出し自由な鞄要らずの便利なものだ。ただ、魔法を使える人があまり多くは無い事と、空間収納は高度な魔法でもある事から覚えている人は少ないらしい。俺の家族はみんな使えるけどな。
覚えている人の多くは、魔法使いの冒険者が一般的だ。
出し入れの際は必ずどこかに手をつけれる場所でないとこの魔法は使えない。例えば、床や壁といった具合にだ。空中で魔法を使っても何の効果も無いのである。
「イエン、フィンスは無事に帰って来たんだ。それで良いじゃないか」
「父上はフィンスを甘やかし過ぎです!」
「そんな事ないぞ?──それよりもタイミング良く帰って来てくれたんだ。先程の話の続きをしようではないか」
「分かりました。…フィンス、どうせまた今度も行くんだろう。次行く時も無茶するなよ?」
「分かったよ兄上」
なんだかんだ言って優しい兄である。
「じゃあ、先程の話だが…、何となくは分かっているとは思うが後継ぎの件だ。母さんと2人で話し合った結果、──イエン、私達はお前に継いで欲しいと思っている。フィンスにマイアス、何か異論があったり自分がどうしても継ぎたいというのなら、それも遠慮しないで言って欲しい。勿論、イエンもだ。継ぎたくないのなら、それも言ってくれ」
「異論ありません」
即座に答えたのは俺だ。兄が嫌がらなければ願ったり叶ったりである。
「僕も僕も〜!異論ありません〜!」
俺に続いて声を上げたのは、マイアスだった。
「イエン。お前はどうだ?」
「私は……、ハーゲン家を継ぐのに何の異論もありません。ですが、本当に私で良いのですか?」
「何言ってんだ。皆んな兄上が相応しいと思ってるから反対しないんじゃないか」
「そーだよ!兄上!僕も兄上に継いで欲しいと思ってるよ!」
「そうか…。ありがとう。──父上、母上、私に継がせて下さい。父上よりも立派になって、このハーゲン家を栄えさせたいと思います」
「そうかそうか。それは、楽しみだな。ただ、あまり無理をし過ぎるなよ」
「頑張ってね、イエン」
「はい!」
これでハーゲン家も安泰だろう。兄は俺と違ってしっかりしてるし。
「それで、お前達はどうする?」
父はフィンスとマイアスの方を見る。
「家を継ぐのはイエンに決まった訳だが、何かやりたい事はあるか?──この王都からは離れる事になるが、幾つか領地がある。そこを統治しても良いし、何かやりたい事があるなら全力で応援しよう。お前達は成人まで時間がある。イエンもすぐに家を継ぐ訳ではないし、ゆっくり考えてみてくれ」
「父上、俺は家を出ようと思います。兄上には全部押し付ける形になって申し訳ないんだけれど……」
「私は別に構わないよ」
「イエンが良いと言ってるんだ。好きにしたら良いさ。しかし、ちゃんと無事に戻って来る事!ここはお前の家でもあるんだからな」
「はい」
何だか、家族には色々と見透かされている気がしてならない。
「僕はしばらく家で兄上を手伝うよ〜!その間にやりたい事を見つけるんだ〜!」
「よし!分かった!──じゃあ、決まった所で皆んな着替えて来い!パーティーが始まるぞ〜!あ、そうそう。イエン、今日のパーティーで後継ぎの発表するからな」
「はい」
* * *
パーティーは後継者発表の後も何事もなく、終盤に近づいていた。
公爵家ともあってか、大勢の人が兄の為に来てくれていた。
主に女性が兄を取り囲んでいたのは後継者の発表があったからだろうか。
マイアスの周りにも女性が群がっているが、俺の周りにはいない。何故なら始終テーブルからテーブルへと動き回って、食事をしながら躱しているからだ。失礼だが、正直、こんな場所で綺麗に着飾って、ハーゲン公爵家一括りでしか見てこない女性の相手をするのは疲れる。
元々人付き合いが苦手な上に、何を考えているのか分からないとなれば、避けてしまうのはある意味当然の事だと思う。
「フィンス、ちょっと良いか?」
「!」
さっき出てきたばかりのスイーツに手をつけていると、急に後ろから兄の声がして驚いて振り返る。
「何だ、女性の方々は撒いて来たのか?」
「お前と話をしたかったからね」
バルコニーへ行こうと促され、ドリンクを片手に2人で部屋を出る。
暫くは言葉を交わす事もなく、2人で星空を眺めていると不意にイエンが口を開いた。
「いつ、出るんだ?」
「え?」
「さっき言ってた家を出るって話だよ。お前の事だからどうせ成人する前に出て行くんだろう?」
「あぁ。うん、明後日くらいかな?」
「ハァ!?お前なぁ、幾ら何でも早過ぎだろう……」
イエンが頭を抱えるのを見て、フィンスは朗らかに笑う。
「大丈夫だって。時々帰って来るからさ」
「まぁ、楽しそうで何よりだが……」
その時、後ろからぴょっこりとマイアスが姿を見せる。
「兄上方〜、2人で何を話してるの〜?」
「マイアス。いや、フィンスがな、明後日に旅立つんだと」
「え〜!もう行っちゃうの?今日帰って来たばかりなのに〜!──お土産、よろしくね〜!」
「マイアス!お前ってやつも……」
「だって〜。引き留めてもフィンス兄上は行ってしまうんでしょう?」
「ああ」
「お土産楽しみにしてるからね〜!」
「分かった分かった」
全く……と溜め息を吐いていたイエンは顔を上げる。
「何をするかは知らんが、こっちの事は気にするな。やる事があるなら最後までそれを貫き通せ。ただ、これだけは約束だ。絶対に顔を見せに帰って来いよ」
「……ハハ。兄上には敵わないなぁ。約束するよ。家の事はお願いします。マイアスも、兄上の事頼んだよ」
「は〜い!僕に任せといて〜」
「このっ!誰が任されるかー!」
イエンがフィンスとマイアスの頭をグリグリする。
「ごめんっ!ごめんって兄上!」
「あはは〜っ!痛い〜!痛いよ兄上〜っ!」
基本、高い地位にいる貴族の兄弟は後継ぎ争いの為、仲が悪い事が多いのだが、両親の育て方のおかげか仲の良い兄弟である。
夜空に3人の笑い声が響いていた。
* * *
その夜。小さな蠟燭の光の中で話し込む3人の人影があった。
「イエン……。お前に全てを背負わす事になってしまって本当に申し訳ない」
「父上、それは以前に話し合ったでしょう?何も謝る事はありませんよ」
「だが、下手な芝居まで打ってもらって…」
「それを言わないで下さい……」
「ですが、本当にイエンの言った通りになりましたね……」
「フィンスの考える事はある程度分かります。毎度毎度家を空けている事ですしね。マイアスの方も後少しでしょう。全ては計画通りです」
「あぁ。そうだな…。──お前には辛い思いをさせてしまう事になる。お前にも自分の道を生きて欲しかったのだが…、私たちが弱かったばかりに……」
「イエン、本当にごめんなさいね……」
「父上、母上。あまり御自分を責めないで下さい。俺は平気です。後はフィンスとマイアスが自分の幸せな人生を歩んでくれたら言う事は何もありません」
「イエンっ……!」
「俺たちはお前みたいな優しい兄弟思いの子を持てて幸せだよ…、本当に……」
涙ぐむ両親とそれを慰めるイエンの姿を、フィンスとマイアスは知らない。
* * *
そして2日後、腰に2本の剣を差し身軽な格好でフィンスは家を出た。
両親には前日に家を出ると伝えた為、頭を抱えられるが、必ず戻ってくると約束したので渋々送り出してくれた。
その際に、家宝の1つである剣を貰ったのである。もう1本は15歳の誕生日に貰った、普段から使っている愛用の剣だった。
家族と使用人達に見送られて、フィンスは旅立つのであった。