「ダン・ソベールのエンドリア滞在記」<エンドリア物語外伝14>
(日記一部添付)
2月21日
バーウェル交易商会の隊商護衛12日目。
今日も何もなかった。
盗賊団は襲ってこなかった。
モンスターにも出会わなかった。
夜、パランス先輩は酒を飲みながら、順調だと喜んでいた。
オレは護衛になりたいわけじゃない。
護衛の仕事は冒険者になるための第一歩だ。
いつの日か、有名な冒険者パーティに入り、名をあげてやる。
2月23日
バーウェル交易商会の隊商護衛14日目。
今日も何もなかった。
この護衛の仕事が決まったとき、新しい剣を買った。
まだ、一度も使っていない。
2月24日
バーウェル交易商会の隊商護衛15日目。
今日も何もなかった。
月刊冒険者3月号が届いた。
有名冒険者のインタビューが読みたくてとっている。
読んでいると、いつかはオレだってという気になる。
今回は新たに見つかったダンジョンの情報が面白かった。
3月2日
バーウェル交易商会の隊商護衛21日目。
今日も何もなかった。
ベケルト街道にはいった。
目的地のラルレッツ王国までの途中にある国は、エンドリアだけになった。
エンドリアみたいな小さな田舎の国じゃなくて、女の子がいっぱいいる華やかな国がいい。
3月3日
バーウェル交易商会の隊商護衛22日目。
今日も何もなかった。
暇だったので月刊冒険者3号を読み直していた。
コカトリスを桃海亭が倒したと小さく書いてあるのを見つけた。
S級パーティでも難しいと言われているモンスターを倒すとは、さすが桃海亭だと思った。
それにしても、なんで、こんな小さな記事なのだろう。
3月5日
バーウェル交易商会の隊商護衛24日目。
今日も何もなかった。
夕食の時、酒がはいったセング先輩が、桃海亭のムー・ペトリとウィル・バーカーに会ったことがあると言い出した。
ムー・ペトリは白い髪を肩まで垂らした少年で、鋭い青い目をして、非常に知的な風貌でピンクの絹のローブを着ていたそうだ。
ウィル・バーカーは、体格の良い大柄な青年で、盛り上がった筋肉をしていて、武道を極めたという感じだったそうだ。明るく快活な青年で、酒を飲みながら、朝まで冒険について語り合ったそうだ。
オレも会ってみたい。
いつもは陽気なパランス先輩が苦虫を噛み潰したような顔をして壁際で飲んでいたのが気になった。
3月6日
バーウェル交易商会の隊商護衛25日目。
明け方、盗賊が来たらしい。
オレの目が覚めたときには、セング先輩とパランス先輩が喧嘩をしていた。
盗みに来た男たちをセング先輩が切ったらしいのだが、パランス先輩は男たちはは盗賊ではないと言っていた。
間違って商隊に入り込んだ旅人を怪我させたとパランス先輩は怒っていた。
護衛隊の隊長が間にはいって、怪我した盗賊たちは近くの病院まで運ぶことになった。あとのことは、地元の警備団に任せるらしい。
夜、酒を飲んだセング先輩は、一刀で切り捨てたと、自慢げに言っていた。
3月8日
バーウェル交易商会の隊商護衛27目。
ビッグビーに襲われた。
昼過ぎビッグビーの群が向かっているのを見張りが見つけた。
商品にある蜂蜜のにおいをかぎつけたらしい。
護衛隊の隊長が「毒があるので、刺されないように」と注意を触れ回っていた。
剣を構えたけれど、恐くて膝が震えていた。
「ウィングチップ」
後ろから放たれた魔法で、飛んでくる蜂が次々と落ちていった。
魔法は途切れることなく放たれて、蜂は一体も隊商まで届くことなく落ちて地面に散らばった。
あとで、パランス先輩がやったことだと知った。
ちょっと、驚いた。
3月10日
バーウェル交易商会の隊商護衛29目。
エンドリア王国ニダウ到着。
早朝、到着。
明日、出発するから1日自由に過ごしていいと言われた。
こんな田舎で何をすればいいんだと、思った。
それなのに、信じられないくらい色々なことがあった。
色々の始まりは、隊商にパランス先輩を若い男が訪ねてきたことだった。
ーーーーーーーーーー
「あのパランスさんはこちらですか?」
「いま、でかけているけど」
「それじゃ、ウィルが来たと伝えてくれますか」
「ウィルでわかるのか?」
「桃海亭のウィルで通じると思います」
桃海亭のウィル、ウィル・バーカー
月刊冒険者にもよく名前が載る有名な冒険者だ。
目の前にいる若者は、襟なしの上着、着古したシャツとズボンを着ていた。
中背で痩せぎみの身体は、戦士にも武道家にも見えない。
腹が立った。
「おい、ふざけるなよ」
「えっ」
「なんで、ウィル・バーカーの名前をかたるんだよ」
困ったような顔で「ええと、そのですね」と言い掛けたところで「どうしたんだ」という声がした。
「パランス先輩、こいつが桃海亭のウィルの名前を…」
「ウィル、なんで」
「例のものが手に入ったので」
「そうか。ここはまずい。場所を移動しよう」
2人は小走りに隊商を離れた。
オレは呼ばれなかったが、ついて行った。
ウィル・パーカーの名前をかたる奴に文句を言ってやるつもりだった。
小さな商店街の入り口にはキケール商店街と書かれた鉄製のアーチが掛かっていた。そこを抜けてすぐのところにあるカフェに2人は入った。オレも一緒のような顔をして中に入った。
「あら、パランスさん、お久しぶり」
白いエプロンをした若い女性が笑顔で、2人を迎えた。
「よっ!」
顔見知りらしく、片手で挨拶をした。
「ウィル、あんたも一緒なの」
いきなり声のトーンが変わった。
「パランスさん、悪いけどウィルが一緒なら外の席にしてもらえないかしら」
「わかった。あそこに座るから、注文を取りに来てくれないか」
パランス先輩は苦笑すると、外にある4人掛けのテーブルに座った。
パランス先輩の前にウィルと名乗った若者、オレはパランス先輩の隣に座った。
パランス先輩があきれた顔でオレを見た。
「おい、ダン。なんで付いてきたんだ?」
「こいつに文句を言わないと気が済まなかったんですよ」
「まさか、名前をかたったと思っているのか?」
「そうに決まって…」
若者は恥ずかしそうに頬を掻いている。
「…まさか」
「そうだ、こいつが本物の桃海亭のウィル・バーカーだ」
「嘘だ!」
ありえない。というか、あってほしくない。
若者はがっくりした様子で、肩を落とした。
「信じられなければルブクス魔法協会にでも問い合わせろよ。魔術師の間では桃海亭といえば古魔法道具屋で、ウィルはそこの店長だと周知のことだ」
「桃海亭が古魔法道具屋って、どういうこですか?」
「やっぱり、勘違いしていたか。レアモンスターを退治したときに桃海亭と載るからこの手のことに詳しくない冒険者は、桃海亭をパーティ名だと思いこんでいるみたいだな」
「じゃあ、こいつが本物の」
「ウィル・バーカーだ」
また、恥ずかしそうに頬をかいている。
地味で平凡で、明日になれば忘れそうな顔で、ひとが良さそうな雰囲気で覇気とはほど遠い。
これが、オレがあこがれていた冒険者、桃海亭のウィル・バーカー・
「ご注文は何になさいますか」
打ちひしがれているオレに優しい声が聞こえた。
パランス先輩が指を2本立てた。
「ビール2つ。それと軽いものを適当に」
「ウィルは」
投げやりな聞き方。
「水」
「そうだと思った」
引き返そうとする女性に、パランス先輩が「ハンバーガーできるか?」と聞いた。
「できますが」
「2つ、頼む。それとオレンジジュースをこいつに。代金はオレが持つ」
「はい、わかりました。すぐに作ってきます」
笑顔で答えた。
「あ、オレ、店にシュデルがいるんで帰らないと」
パランス先輩は苦笑いしながら女性に言った。
「帰りにこいつにサンドイッチを包んでやってくれ」
「食べるのはシュデルくん?」
ウィルがうなずくと
「パランスさん、サンドイッチはエビとサーモン、ローストビーフの2種類を作っても良いですか?」
「高そうだな」
「安くしておきますから」
「わかった、わかった。こいつのハンバーガーもそれくらい気合いを入れて美味しくつくってやってくれ」
「わかっています、パランスさん」と笑顔で、
「ちょっと待ってなさいよ、ウィル」とつっけんどんに言った。
やけにウィル・バーカーの待遇が悪いような気がする。
「相変わらず、苦労してそうだな、ウィル」
「苦労というか、苦労。ま、苦労でしょうかね」
はぁーと、長いため息をついた。
そのあと、上着のポケットから紙に包んだものを出した。
「頼まれていたものです」
「よく手に入ったな。さすが桃海亭だ」
また、照れて頬をかいている。
「銀貨3枚になりますが、よろしいですか?」
「そんなに安くていいのか?」
人の良さそうな顔がうなずく。
「はぁーい!ビールですよ」
陽気な声でジョッキにはいったビールがオレとパランス先輩の前に置かれた。
ナッツのはいった小皿とポテトフライと鶏の唐揚げが並べられる。
「はい、ウィルはこっち」
ドンと置かれたのは、皿に無理矢理のせたハンバーガーが2つ。ハンバーガーバンズの間からはハンバーグとレタスとトマトだけでなく、ベーコンや卵やチーズが見える。
見かけは悪いが、いっぱい食べなさいよ、と言っているような感じのハンバーガーだった。
「オレンジジュースはここに置くから、喉に詰まらすじゃないわよ」
ビールジョッキに入ったオレンジジュース。
「きたぞ、食え」
「いただきます」
パランス先輩にうながされて、ウィルがハンバーガーに食らいついた。ものすごい勢いで食べている。
そんなウィルを優しい目で見ているパランス先輩。
「ダン、お前も飲め」
「いただきます」
飲もうとして気が付いた。
ウィルはジュースを飲んでいる。
オレの視線に気が付いたパランス先輩が苦笑いをした。
「こいつ、まだ、未成年なんだよ」
「へっ!」
ウィルが口いっぱいにハンバーガーをほうばったまま、うなずいた。
桃海亭のウィル・バーカーはオレより年下だった。
いつの日か、ウィル・バーカーのようになりたいと思っていた。そのウィル・バーカーがオレより年下。
ショックを受けているオレの横を、大柄な戦士が通り過ぎた。カフェのドアを開くと大声で言った。
「ウィル・バーカーはどこだ!ここに入ったと聞いたぞ!」
オレ達の食事を運んでくれた若い女が怒鳴り返した。
「外のテーブルよ。暴れるのは勝手だけど、店の中にはいってこないでよ!」
すごい迫力だった。
大柄な戦士は扉を慌てて締めて、オレ達のところにやってきた。
「ウィル・バーカーはどいつだ!」
ウィルが指した。
オレを。
「お前がウィルか!」
「違う、違う!」
本物のウィルは必死にハンバーガーを食べている。
「おい、ウィルに何か用か?」
パランス先輩が間に入ってくれた。
「セトナの遺跡からでたものを譲ってもらおうと思ってな」
「いくらでだ?」
「ただに決まっているだろ!」
振り下ろされたクレイモア。
身がすくんで動けなかった。
「危ないだろ」
戦士の腕を押さえてくれたのはパランス先輩。
逆の腕で戦士の腹に、拳をたたき込んだ。
声も出さずに崩れ落ちた戦士の腕をつかむと
「ちょっと商店街の外に捨ててくる」と引きずっていった。
胸がドキドキして止まらなかった。
落ち着こうと、ビールを一口飲んだ。
オレの前に子供が座っていた。
10歳くらいの子供は、起きたばかりなのか癖毛があちこちに飛び回り、大きな青色の目は眠そうだった。
「パフェ、食べたいしゅ」
話し方が幼い。
見た目より、小さいのかもしれない。
「ボウズ、母ちゃんはどこだ?」
さした指の先にいたのは、隣に座っているウィル。
「いや、そうじゃなくて」
そこのパランス先輩が帰ってきた。
「パフェ、食べたいしゅ」
「なんだ、ムー。来てたのか」
パランス先輩は片手をあげて店員を呼ぶと、パフェを注文した。
子供は、ニマァと笑った。
「甘いものばかり食べると太るぞ」
へへへっと笑った子供。
「先輩、いま、ムーって、呼びませんでした」
「そうか、お前は知らなかったな。こいつがムー・ペトリ」
「ムー・ペトリ!」
嘘だ、絶対に嘘だ。
ルブクス大陸最強魔術師で、異次元召喚魔術師で、天才魔術師が、こんなガキのはずがない。
放心していたオレはウィルの声で我に返った。
「ごちそうさまでした」
食べ終わったウィルが深々と頭を下げた。
「もう少しまともな生活をしろよ」
「真面目に生きているつもりなんですが」
「まあ、一生懸命なのは知っているよ」
ウィルの肩をポンポンとたたいて慰めている。
そこに巨大なパフェが運ばれてきた。
頭をつっこむようにして食べ始めるムー・ペトリ。
「そうだ、ウィル」
「なんでしょうか?」
「こいつはダンといって、冒険者志望なんだが、ムーが食べ終わるまでの間にでも、なにか面白い話でもしてやってくれ」
「面白いと言われても、オレ、たいしたことしていないので」
「先月、お前たちがコカトリスを退治したことが月刊冒険者に載っていたぞ。それの話でいい」
コカトリス退治。
実際に退治した2人の話が聞ける。
オレはパランス先輩に付いてきて良かったと思った。
「コカトリス。そんなの退治したかなあ」
ウィルが首をひねっていると、パフェの中から声がした。
「でっかいコッコしゅ」
「でっかい……あ、あれか」
「思い出したか?」
「あれの話でいいんですか?」
「頼む」
困ったような顔をしたウィルが話し始めた。
「ムーがでっかい鶏がいるから捕まえに行こうといいだしたんですよ」
でっかい鶏…。
「勝手に捕まえたら、まずいだろ、って言ったら、野生だから大丈夫だって言うんで捕まえにいったんですよ」
「コカトリスを捕まえるつもりだったのか?」
あきれているパランス先輩。
「いや、殺して肉をとろうかと」
「肉?」
オレは思わず、聞き返した。
「しばらく、肉に縁がなかったんで、鶏肉をたっぷり食べられるかなと思って」
この2人、コカトリスを食べるつもりだったのか!
「ムーの言うとおりに1メートルを越える巨大鶏だったんですけど、目つきがやたらと悪い鶏で、後ろから捕まえようとしたら尻尾がいきなり噛みついてきたんで驚きました」
驚いたという割には、淡々と話を続けるウィル。
「出かけるとき、シュデルが鶏肉を包んでくるようにと、古いシーツを渡してくれたんで、砂で目潰したあと、そいつを被せてグルグル巻きにして、あとはムーがファイヤーで丸焼きにしました」
パフェがゆらゆら揺れた。
たぶん、ムー・ペトリがうなずいているのだと思う。
「いい具合に焼けていたから、肉を切り取ろうとしたら、周りの茂みから魔術師がわらわら出てきて、これはルブクス魔法協会に持って行くっていうんですよ。オレ達が焼いたんだから、オレ達の肉だと主張したんですけどね、なんか、危険種についての決めごとがあって、コカトリスはそれに該当するから魔法協会が管理するって、持って行かれました。ひどいと思いませんか?」
ウィルがジュースをグイッと飲んだ。
「帰ってくれば、シュデルに、シーツをなくした、肉はないで、怒られるし、散々でした」
「コカトリスなら高額な買い取り金をだっただろ?」
「10銅銭でした」
10銅銭。
ビール一杯も飲めない。
「お前たちのことだ。どうせ、何をしたんだろ?」
「説明を求めたら、丸焼けで、目玉がなかったからと言われました」
「目玉の場所は想像つくな」
「そういうときだけ、素早くて」と言ったウィルは大きなため息をついた。
パフェを食べ尽くして、顔中クリームだらけにしたムー・ペトリはポケットをごそごそやっていた。
ハンカチでも探しているのかと見たオレと目があった。
ニコッと笑うと、握った手を差し出した。
手を開いた。
一瞬意識が飛んだような気がした。
「おい、ダン」
「あ、はい」
「気分は大丈夫か」
「すんません。なんかボッーとしちゃって」
「痛いしゅ」
ムー・ペトリが頭を押さえて、泣きべそをかいていた。
「どうかしたんですか?」
パランス先輩に聞くと「まあ、その色々な」と目をそらした。
「そろそろ帰るか」と、先輩にうながされて席を立った。
パランス先輩がウィルに銀貨3枚を渡して、会計をして、ウィルがサンドイッチの包みを受け取っていた。ウィルは先輩に礼を言って、ムーを引きずって商店街の奥の方に歩いていった。
オレが帰ろうとすると店員の女性に「セキカしていたけれど、大丈夫?」と聞かれた。
「へっ?」
「さあ、帰るぞ」と、オレの腕をパランス先輩がひっぱった。
キケール商店街の鉄のアーチを抜けて数メートルほど歩いたとき、後ろから子供の泣き声が聞こえた。
振り向くと、抜き身の剣を持っているセング先輩が見えた。
「謝れっていっているんだよ!」
剣をつきつけているのは、小さな男の子。セング先輩にぶつかったのか、地面にはもっていたオモチャが散乱している。
セング先輩を止めに行こうしたオレの腕をパランス先輩がつかんだ。
「待て」
「でも」
「オレ達は余所者だ。キケール商店街の連中の対応をみてから動いた方がいい」
「子供が」
「まあ、見ていろ。いざとなったら、ここから風魔法でセングを弾き飛ばしてやるから」
泣いている子供と剣の間に入り込んだのは、帽子屋から飛び出してきた女の店員。
「剣をつきつけるなて、危ないでしょ!」
子供を背にかばうと、セング先輩を怒鳴りつけた。
「こいつがぶつかってきたんだよ、謝るのが当然だろ」
剣を手に悠然といったセング先輩。
「あんた最低、キケール商店街から出て行って」
「オレは謝れと言っているんだよ」
「ぶつかったのは、そっちの男だよ」
小太りの初老の女性がゆったりと近づいていく。
店の名前がはいったエプロンをしているところを見ると、商店街の人らしい。
「あたしゃ、見ていたんだからね。よそ見をしていてぶつかったんだよ」
帽子屋の女の店員も、いま近づいてくる初老の女性も、抜き身の剣を持ったセング先輩を恐れていない。
肉屋の扉がバンと開いた。
肉切り包丁を片手に、マッチョなおやじが現れた。
「ここはキケール商店街だ。あんたみたいな奴は客として認めねえ。とっとと出て行ってくれ」
セング先輩は剣先を肉屋のおやじに向けた。
「こいつが見えないのかよ」
「言っただろ、ここはキケール商店街だ。抜き身の剣なんぞ毎日見飽きているんだよ」
周りにいた通行人から「そうだ、そうだ」とヤジが飛んだ。
小さな商店街なのに人が多い。
観光客らしき人もいる。
「キケール商店街で剣を見せびらかすなんて、アホだろ」
「そんな下手くそな構え、久々に見たぞ」
ヤジが次々飛んだ。
セング先輩は顔が怒りで真っ赤になった。
血走った目でヤジ馬を見回した。
そして、何かを見つけ、駆け寄った。
「おまえら、バカにしやがって。見ていろ、こいつを切ってやる!」
剣の刃を押し当てられたのは、ピンクのローブを着た華奢な少女。
信じられないくらい綺麗な美少女の首に、剣を当てている。
オレが状況を理解したのとほぼ同時に、キケール商店街が一変した。
ヤジ馬や商店街の人々があっという間に、手近な店に飛び込んだ。路上に残されたのはセング先輩と美少女だけ。
「助けに行きましょう!」
オレは隣にいるパランス先輩に顔を向けた。
いなかった。
パランス先輩の姿がない。
振り向くと20メートルくらい先を必死に走って逃げている。
「先輩?」
オレの影が地面に濃く写った。
背後で何か光ったんだとわかったときには、大音響が響き、オレは地面にたたきつけられた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
3月12日
バーウェル交易商会の隊商護衛31目。
エンドリア王国ニダウ出発。
隊商が出発の時間になってもセング先輩は戻ってこなかった。
オレの頭に巻かれた包帯を見て、パランス先輩は笑いながら先に逃げたことを謝ってくれた。それから、ピンクのローブの美少女は、実は大国の王子様で昨日の雷は、王子を守る剣によるものだと教えてくれた。
作り話にしてもひどすぎる。
オレは今回の護衛が終わったら、実家の酒屋を手伝うことにしたことをパランス先輩に話した。先輩はわかったといってくれた。少し寂しそうに見えたのはオレの気のせいだと思う。
理由は聞かれなかった。
聞かれてもオレは本当の理由は話さなかったと思う。
昨日、夢を見た。
でっかい皿に丸焼きのコカトリスが乗っていて、それにウィルとムーがうれしそうにかぶりついていた。大きな丸焼きから、肉を引きちぎって、むしゃむしゃと食べる2人は、とても幸せそうだった。
その隣に、石化したオレが立っていた。