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melting  作者: 彩芭つづり
2/3

2部

「で、そのチョコレートはどうしたの?」

 聞かれると思っていた。わたしは近くに置いていた鞄の中に手を入れる。こつん、とすぐに探していたものが指先に当たり、それを掴んで取り出した。わたしが手にしていたのは、ブラウンを基調とした小箱にピンクのリボンをあしらった、いかにもバレンタインらしいラッピングのほどこされたチョコレート。

「ここにあるわよ」

「へえ。追いかけて無理やり渡さなかったんだ」

「嫌ね、当たり前でしょ。そんな不躾なことはしないわよ」

「早都子ならやりそうなものだけど」

「……あんた、わたしをどんな女だと思ってるのよ」

 頬を膨らませてそう言うと、リョウは小さく笑った。毎日無表情な顔しか見せないから、不意にこういう顔を見せられるとどきっとする。リョウは笑顔がかわいらしい。だからいつもこんなふうに笑っていればいいのにと思う。……まあ、そんなことを言うと調子に乗るから、本人には絶対言わないけれど。

「それにしても、ショックが大きいわ。せっかく手作りでがんばったのに……」

 机の上にチョコレートの箱を置き、しょんぼりと肩を下げる。あんなに想いを込めて一生懸命作ったのに、受け取ってくれないとは思わなかった。普段お菓子を作ることなんて全然ないから、ずいぶんと四苦八苦させられたのに、これでは水の泡だ。悲しすぎる。

「ねえ」

 落ち込んでいると、リョウがわたしの肩をとんとんと叩く。視線だけを動かしてリョウを見やった。

「なによ」

「お願いがあるんだ。好きな人に渡せなかったのならさ」

 突然リョウは体を寄せて、わたしとの距離をぐっと縮めた。

「そのチョコレート、もらえないかな」

「は?」

「そのチョコレート、もらえないかな」

 ぱちぱちとまばたきを二回。それからすぐに眉根を寄せて、訝しげにリョウを見る。同じようにリョウもわたしをじっと見つめてきた。たまに視線がチョコのほうを向いた。

「……なんで二回も同じことを言うのよ」

「ん。早都子が聞き返したから聞こえなかったのかと思って」

「聞こえないわけないでしょ。この距離よ」

 ていうか、ちょっと近すぎない? ただでさえこたつに入っていてせまいっていうのに、どうして体を寄せてきたのだろう。

 わたしは小さく息を吐いたあと、机の上にあるチョコレートの箱を手に取った。

「違うわよ。わたしが言いたいのはそういうことじゃないの。どうしてあんたにこのチョコレートをあげなくちゃいけないのってことよ。ねえ、わかってる? これ、一応本命なのよ?」

「わかってるよ。だから欲しいって言ってるんだよ」

「どうして欲しいのよ。チョコレートが食べたいならコンビニにいくらでも売ってるでしょ。買ってきたらいいじゃない」

「それじゃあ意味がないよ。早都子の手作り本命チョコがほしいんだ」

「だからどうして」

 語気を強めて尋ねると、リョウは無表情のまま首をこてんと横にかしげて、

「好きな人からバレンタインデーに本命チョコレートをもらいたいと思ったらいけない?」

 ……うん?

 いや、いやいや、ちょっと待ちなさいよ。

 さらりと口にしたけれど、それ、結構な爆弾発言じゃないの。

 だってわたしたちは今まで普通の幼なじみで、普通の友だちで、普通に過ごしてきたはずなのに、どうしていきなりそんなことになるのだろう。あまりに突然の大告白にわたしの頭は理解が追いつかなかった。

 少しの間を置いてから、探るように一言。

「……あんた、そういう趣味あったの?」

 すると、リョウにしては珍しく満面の笑みを浮かべた。

「そうだね。あたしが恋するのは後にも先にも早都子だけだから」

 本当になにを言っているんだ、この子は。恋って、わたしとリョウは女同士でしょうが。

 そのなにかを含んだ笑みが怖い。いやいや、とかぶりを振りながら後ずさり、リョウから距離をとろうとする。……けど、すぐに腕を掴まれた。こたつが邪魔をしてうまく避けられなかった。

「ひどいなあ。逃げることないじゃん」

「だって身の危険を感じたから……」

「べつになにもしないって。うん、ほんとに」

 嘘だ。信ぴょう性がまったくない。だってこんなにも目がぎらついているのだ。気のせいなんかじゃない。その瞳はまるで獲物を狙う獣だ。こんなに生き生きしているリョウはなかなか珍しい。いつもの無気力で無感情な無表情顔はどうした。

「そういう趣味あったのって、知ってたくせに。そんなの今さらだよ。だってあたし、幼稚園のときからずっと言ってたでしょ。『早都子ちゃん、好きー』って」

「いや、あれは愛情表現というか、友情確認というか……」

「それは言い訳だよ。だって今もよく言うでしょ。『早都子、好きだよ』って」

「いや、それは戯れというか、戯言というか……」

 懸命にごまかしつつ目をそらしていると、リョウがわたしのあごを掴んで無理やり視線を合わせてきた。至近距離でまっすぐに見つめてくる熱い視線に、不本意ながら胸がどきりと音を立てる。

「早都子、そうやって気づかないふりをしてあたしの想いから逃げるのはずるいよ。こんなにアピールしてるのに」

「な、なによ、べつに逃げてるわけじゃないわよ……」

「逃げてるよ。それなら、受け止めて。ちゃんと言うから」

 わたしの腕を掴むリョウの指先に、ぐっと力が込められる。

「好きだよ、早都子」

「……冗談でしょ?」

「それこそ冗談きついよ。早都子、あたしが嘘や冗談の類が好きじゃないこと知ってるでしょ」

 確かに、幼い頃からリョウはそういうことを嫌った。苦手なんじゃなく、はっきり嫌いだったのだと思う。そして、それは今も変わっていない。だから今リョウがわたしに言った『好き』には、本物の真っ白な想いがぎゅうっと隙間なく詰まっていて、誰よりも本気で、なによりも本音の言葉だったはずだ。……きっと、わたしが思っている以上に、ずっと。

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