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観察日誌7『対象の戦闘能力』

 

 ぞぷっ。


『――あがッ!?』


 女吸血鬼の牙が、リィーンの白い肌に届く寸前。

 鋭利な鉄の塊が、女吸血鬼の口に差し込まれていた。吸血鬼は勢い余り、自らの咬合力で口を裂いた。


『ギッ、ギイイイッ! ガガガガァーーッ!』


 女吸血鬼は地面に転がり、奇声を上げてのたうち回った。自身の血で顔面を真っ赤に染めていた。


「……」


 東吾は、呆然と自分の手を見つめていた。

 伸ばした己の手の中に。

 ――一振りの剣があった。


 いや、そうではない。

 東吾の手のひらから、剣が『生えている』。

 剣に柄は見えない。鋭い刃だけが手のひらから唐突に『にゅっ』と飛び出していた。


「な、なんだこれ。……生え……た!?」


 唖然としているうちに、刃はするすると手のひらから出ていく。柄が現れ、やがて東吾の手に自然と納まった。

 それは昨日、デーイィンによって、東吾の体内に無理やり埋め込まれた剣だった。

 デーイィンの言に拠れば――『ヴァンピールスレイヤー』という名前の剣。


 白刃の刀身は陽の光を映していた。すると染まった血が、すっと剣に吸い込まれるようにして消えた。


『ッ!? ギャアアアアーーーーッ!!』

「うおっ!」


 東吾が剣を眺めていると、もがいていた女吸血鬼がびくんと跳ね起きた。

 顔が突然燃え上がり、再び倒れ伏す。女吸血鬼の体が灰になって崩れていった。


「えっ! なんだなんだ!? し、死んだ……?」


 最早跡形もない。擦られたマッチのように猛烈に炎上すると、残るは人型の灰だけだ。

 どうやら倒したらしいが……。

 東吾はもう一度手の中の剣を見た。刀身中央に呪術的な刻印が為されていた。何かの魔法の力が篭っているのかも知れない。


「ヴァンピールってヴァンパイア? それをスレイヤーするって事は。あ、だからあの先生が持ってたのか……って、それよりリィーン!?」


 東吾はリィーンの肩を掴んで確かめた。

 怪我はしていない。無事だ。

 しかしリィーンは口を開けてぽかんとしていて、目の焦点が合っていなかった。


「しっかりしろ! 傷は浅いぞって言うか傷ないぞ!」

「……え? トーゴくん……?」

「良かった。もう大丈夫だ。ん?」


 ふとすると、周囲の喧騒が止んでいた。東吾が顔を上げると、吸血鬼達がこちらを見ていた。

 一振りの剣を持つたった一人の東吾を、全員が揃って見つめている。


「え。なんで全員……俺を見てんの?」


 何故か知らないが、東吾が悪目立ちしている。

 命令を出していた吸血鬼の男が、震える手で東吾を指差した。


「え?」

『――そいつをこ、殺せェッ! そこのガキが『スレイヤー』を持っているぞッ!? 殺せェーーッ!』


 男が叫び、顔色を変えた吸血鬼達が一斉に向かってきた。


「げ!?」

『キィエエッ!!』


 東吾の目の前を刃が通り過ぎる。顔面スレスレだ。

 吸血鬼達は他の手を全て止めて東吾一人を集中的に狙ってきた。部隊が左右に展開し、上からも襲いかかってくる。


「待て! 待て! なんで俺だけ!?」


 気分はまるで小学校のドッチボール大会で一人狙いされている気分だ。東吾はたまらず背を向けて逃げ出した。

 ドッチボールなら痛いで済むが、斬られたらただじゃ済まない。殺されてしまう。あ、でも俺今は痛くないんだっけ?

 しかし敵は素早く、飛び上がり壁を蹴って走り、東吾の前に降りて立ち塞がった。


 ざんねん! まわりこまれてしまった!


「うげっ!」


 剣を持った吸血鬼が一気に距離を詰めてくる。振りかぶられた鉄剣が、ぎらりと不気味に光った。

 東吾は剣を持っていても、扱い方なんて分からない。受け方すらろくに知らない。

 やられる。あっという間に殺される。


 東吾は目を瞑った。

 ――瞬間。轟音がして、目の前の吸血鬼が掻き消えた。


「……! あれ?」


 東吾は閉じかけていた目を開いた。襲いかかってきた吸血鬼の男がいない。突然どこかに行ってしまった。

 そして左腕に、ずしり……! と重みを感じた。


「……え?」


 腕。

 それは巨大な腕だ。

 丸太のように太く岩石のように硬い、筋肉の鎧に覆われた、恐るべき力を秘めた大きな腕だった。


 真っ直ぐに打ち下ろされた拳が、石で作られた街路を易々と打ち割り、埋まっている。襲いかかってきた吸血鬼の男の頭を巻き込んで、石畳の地面に深くめりこんでいた。

 まるで地面に投げつけられたトマトのように飛び散りひしゃげていた。

 東吾の肩から、太く長大な腕が『生えて』いた。


「な!? 手が、俺の肩から……!」


 石畳に黒々とした血の跡を残して、腕が引き抜かれる。殴り潰された吸血鬼は、ぴくりともしなかった。

 吸血鬼を一撃で粉砕した腕――昨夜東吾に取り込まれた肉のゴーレムの腕は、慌てる東吾の意思とは裏腹に、固く拳を握り直した。


『!? 新種の召喚生物かッ! 全員でかかるぞ! スレイヤーだけに気を取られるなァ!』


 周囲の吸血鬼達が東吾を取り囲んだ。左右から二人が躍りかかってくる。


「わ、わ、わ!」


 左肩から生えた新しい腕がオートで応戦し、東吾に届く前に敵の剣を防いだ。痛みや血が吹き出る事こそないものの、何の装備もない腕はザクザクと切り裂かれる。


「うわ! ちょっとタン『――カッ!』マ! えっ?」


 東吾の喉から変な声が出た。


「なんだ今の? 勝手に……『カアアアアーーッ!!』」


 ――カキンッ!

 金属の音が響いた。火花が散り、まとめて剣を弾き返された吸血鬼の男二人が大きくたたらを踏んだ。

 鋭く宙に弧を描くように、剣を持つ東吾の右手が動いていた。


 男が袈裟懸けに斬られ、血を噴き出す。


『グッ!?』

「え……『クゥカァアアアアーーーーッ!!』!?」


 自分のものではない、異質な叫び。

 黒鴉の鳴き声にも似た声が東吾の喉から出ていた。


「『――ゥカアアッ!』」


 そして東吾の意思とは関係なく、体が動きはじめる。

 確かに半分は、身を守ろうとする東吾の意思ではあった。しかし剣の構えなど知らないはずなのに、体は自然と軽く沈んで半身の姿勢になり、ぴたりと敵に剣先を向けて相対する。

 何かを考える暇もなく足が踏み出され、吸血鬼に向かって斬撃を見舞った。


『ごあ!? ギャアアーーッ!!』


 凄まじい斬撃が半円の軌跡を描き、目の前の男達を斬り裂いた。

 肩口から上半身と下半身を両断された男が、火に包まれて灰になる。


『お、おのれェ!』


 息つく間もなくさらなる敵が剣を片手に襲いかかってくる。今度は三人がかりだ。

 未だ混乱する東吾を置いて、体は攻撃に反射して動き、目にも止まらない速度で剣が斬り結ばれていく。

 右手は迫り来る三つの刃をたった一本の剣で捌き、体は鮮やかな身のこなしで軽々とかわし、足はダンスでも踊るかのように軽快に地面を踏みしめる。


 そして東吾の持つヴァンピールスレイヤーが、飛び交う刃の隙間を縫って敵を斬りつけた。


『ギャアアアアーーッ!!』

『うがッ!?』

『ッグゲェッ!』


 一人の敵が燃え上がると同時に、左腕が猛然と振るわれた。顔面を打たれた男はきりもんで吹っ飛び、壁に激突して潰れる。


『ぐわ……! ギャッ!?』

「『カアァッ』」


 左手首を落とされ悶絶する男にとどめの一閃が振るわれる。胴体と首が二つに別れ、血潮を振りまいて燃え崩れ落ちる。

 空中から新たな三人が突きかかってきた。


『死ィねェーーッ!!』


 右手の剣が先手を取り二人を斬り裂き、第三の手が貫かれるのも構わずに一人を弾き飛ばす。

 背後から斬りかかってきた別の二人を、まるで背中に目がついているかのようにかわす。振り向きざまに一人の首を刎ね、もう一人を殴り飛ばした。


『シャイヤァアアーーッ!』


 四方から、そして上から、大勢が一気に畳みかけてきた。逃げ場がない。


「『――カアァッ!』」


 剣閃が煌いた。どう動いたのか、東吾は全てを追いきれなかった。

 上から襲ってきた男が瞬時に両断され、一人の手首が剣ごと宙に斬り飛ばされた。何人かが胴体から上下に別れた。足を無くした男が悲鳴を上げ、地面に転がった。

 左側の敵には太い腕が盾になり、攻撃を受け止めた。それらの敵の首も、瞬く間に刎ねられる。


 肩から生えた三本目の腕が地面を叩き、軸足になって体が浮いた。東吾のいた空間に刃が通り過ぎ、着地と同時に五つの頭が断ち割れた。

 そして――東吾の背中から服を破って、さらに『四本目の腕』が出現する。

 討ち漏らした最後の一人を、その腕が殴りつけた。


『グビャアッ!!』

 あり得ない角度に首が曲がり、男が倒れる。

 陽を反射する剣が降ってきて石畳の地面にドカ、と突き立った。剣には斬り飛ばされたばかりの手首がついていた。


『――!?』


 襲撃者たちの足が止まった。

 目の前にいるたった一人が、圧倒的な戦闘能力を有していることに気づいたのだ。

 大勢でも下手に近付けばやられる、ということを知った吸血鬼達は警戒して二の足を踏み、目配せしあった。


「はあ、はあ。止まった……?」


 その時、東吾のが、不自然にゆらりと蠢いた。

 影の中から突如、一人の男が飛び出してくる。


「うっ……!?」

ったァーーッ!!』


 不意を突かれ、東吾の腹に剣が刺さった。背中から刃が飛び出す。

 しかし――。


「……あ、痛くねえ?」

『ッなにィ!?』


 けろりとしている東吾の姿に、吸血鬼の目が見開かれた。

 肩の野太い腕が動き、剣を突き立てている男の頭を捕らえた。

『ウグッ!?』


 捕らえた男は、先ほど周りに命令を出していたリーダー格の男だ。男を宙吊りにして、万力のような力で締め上げる。


『ギィッ!? ギガガガ、や、やめろ潰れるッ!? やめてくれやめギギュゲェッ!!』


 グヂッ。

 まるでリンゴでも握り潰すかのように、男の頭が弾けた。割った石榴にも似た色の液体を垂れ流し、男はだらりと体を脱力させた。

 第三の腕が、それを無造作に放り捨てる。


 取り囲んでいた吸血鬼達に一目で分かるほど動揺が広がった。

 そのうちの一人が手で合図する。驚異的な跳躍力で全員が宙に飛び上がった。

 近くの建物の上に降り立つと、呪文を唱えはじめる。吸血鬼たちの上に、巨大な火球が生まれていく。


 接近戦は不利と悟ったのか、手の届かない場所から魔法で攻撃してくるつもりらしい。


「え、おい、ずるいぞ! 正々堂々とだなぁ、待て待てちょっ!? あっ?」


 東吾の着ている服の、胸の部分が小さく燃え上がった。すぐに火は収まり、胸のあたりに少し大きめの穴が開く。

 焦げた服の間から、赤い色の宝石――宝珠が光っていた。


「な、なんだこれ? 俺の胸に埋め込まれて」


 どこかで見た覚えがあった。昨日デーイィンに突っ込まれたものの中に、こんなのがあったような……と東吾が宝珠を見ているうちに、宝珠はどんどん光を増していく。


「!? 光って、おぅわああーーーーっ!?」


 東吾の胸の宝珠が爆発的な炎を吹いた。

 屋根の上で魔法を唱えていた吸血鬼を巨大な火の玉ごと、まるごと飲みこんで焼き尽くす。火に巻かれた吸血鬼達が、凄まじい金切り声を上げた。

 四方に散ってしばらくの間狂ったように暴れていたが、やがて力尽き、誰も動かなくなった。

 

 

 

 周囲で戦いを見守っていた人々は、誰も喋らなかった。

 静寂をおいて。吸血鬼達が一掃されたことに気づき――そして歓声が上がった。

 

 

 

 

 

「え……。あ! と、トーゴくん。シアさん!」


 自失してしたリィーンが立ち直り、シア達に駆け寄る。倒れたシアを抱くルルゥが顔を上げた。


「リィーン? 吸血鬼が、倒されて……?」

「ルルゥちゃん! シアさんに『気付け』の魔法を」

「――通して下さい! 通して! 治療修道会です!」


 その時、周囲の群集が割れて白い法衣の一団が現れた。

 修道服を着込んだ一団は怪我をしているシアを見つけると、錫杖を手に走ってくる。


「魔導士隊の方ですね? 負傷は我々にお任せを」

「よ、よかった! お願いします、彼女はお腹を刺されて」

「重傷だな。総員私に続け! 《聖なるELIJAHエリヤと其の祝福に於いて癒せ『ラ・ヒール』》」

「血止めします。《成長の刻印YOHELよ。彼の物に備わる治癒の力を早め、流るる血潮を止めよ》」


 シアの腹部の怪我が癒されていく。シアが薄っすらと目を開けた。

 傷跡が洗浄され包帯が巻かれると、大柄な修道士が出てきてシアの体を抱き上げた。


「傷は治しましたが、大事を取って後方へ移送しましょう。医師としてこれ以上の戦闘行動は避けるべきと判断します」

「よろしくお願いします。彼女の杖を」

「お預かりします。君、彼女を野戦病院へ。残りは私に付いてこい。前線の将兵の元へ行くぞ! 怪我人はまだまだいる!」


 まだ意識が茫洋としているシアが丘の上へ連れて行かれ、他の修道士達は逆方向へと慌しく駆けていった。

 ルルゥが涙を拭い、俯いたままリィーンに言った。


「ごめん、リィーン。私、何も出来なくて。分からなくて怖くて」

「もう大丈夫、敵は倒したよ。ルルゥちゃんはシアさんについていてあげて」

「でも。……ううん、分かった」


 ルルゥは小さく頷き、シアの後を追った。そしてリィーンは、東吾に振り返った。

 吸血鬼を駆逐した東吾は、呆けたまま立っていた。


「トーゴくん!」


 東吾の姿は、襲ってきた吸血鬼の飛び散らせた返り血で真っ赤だ。あたりには吸血鬼達の焼ける強烈な異臭が漂っていた。


「トーゴくん大丈夫? か、勝っちゃった。すごい」

「あ、ああ。リィーン」


 東吾は何もしていなかった。

 しかし肉体は勝手に戦い、しかも倒してしまった。


「痛くはない。血も出てない。平気だけど……け、怪我以上の状態に」


 見た目はまるで妖怪である。左肩と背中からは逞しい腕が飛び出しており、奇天烈な格好だ。

 肩と背から飛び出した腕が、わきわきと蠢いた。東吾は口を半開きにしてリィーンを見た。


「なんだこりゃ……。俺の体が四妖拳。胸からブレストファイヤー」

「こ、この手って、肉のゴーレムの腕だよね?」

「多分。勝手に飛び出してきたけど……」


 腕が勝手に動き、東吾の腹に刺さった剣を引き抜く。


「うっ。あ、痛くねえ。はあ」


 体からどんどん生えてくる腕、勝手に動く体。なにより目の前で繰り広げられた残酷殺害ショーと、東吾はクラクラしそうだった。

 襲われたとはいえ、半分自分の意思ではないとはいえ人型の生き物を容赦なくブチ殺しまくってしまった。とんでもない衝撃体験だ。

 そこらには相当無残な死体が転がっていた。東吾自ら惨殺した吸血鬼達の死体だ。


「うわ、俺吐きそう。グロ」

「う、うん。わたしも最初は夢に出るくらい辛かったから、分かるよ」


 リィーンは懐からハンカチを出すと、血塗れの東吾の顔を拭ってくれた。

 だが、リィーンの足も震えていた。リィーンは俯き、東吾の服の裾をきゅっと握った。


「リィーン?」

「……はあ、はあ……! も、もうだめかと思った。ぐすっ。ひっく」

「あ」

「み、皆を守れないんじゃないかって。殺されちゃうって……! ひっく」


 リィーンが泣いていた。その姿に、東吾ははっと我を取り戻した。

 自分だけじゃない。リィーンも恐ろしかったのだ。殺される寸前だった。

 戦い慣れしていても、勇敢に戦い指揮を執っても、女の子なのだ。殺されかけて怖かったに決まってる。


 東吾はリィーンの肩に手を置いた。リィーンが東吾の胸に頭を預けた。


「あ、ありがとう。トーゴくん……! ひっく」

「も、もう大丈夫だリィーン。こっちに」


 東吾はリィーンを連れて路地に入った。近くにあった椅子に座らせる。落ち着かせようと背中をさすってやった。

 喝采を送っていた周囲の住民たちも、自分達の状況を思い出したのか、再び丘の上に向かって急いでいた。

 少しの間リィーンは泣いていたが、やがて顔を拭くと言った。


「……わ、わたし。救援に行かなきゃ。任務はまだ続いてるから」

「おい? 無茶だよ! 今死にかけたばかりだろ?」

「でも。わたしが行かなきゃ……町の人が代わりに死ぬの。だから軍務を果たさなきゃ」


 まだ体が震えているが、リィーンの意志は強い。東吾は自分と同じ年頃のこの少女の、精神力に驚いた。

 大人しい子に見えるのに。彼女はまだ戦おうとしていた。それは安全平和に慣れた日本人である東吾にはきっと想像つかない、厳しい異世界に生きる者の強さだ。


「わ、わたしの杖……」

「あ、ああ。取って来る、待っててくれ」


 東吾は道に放り出されたままの杖を拾ってくると、リィーンに手渡した。


「ありがとう。トーゴくん」

「ああ。その……本当に行くのか?」

「うん。行かないと、大勢の人が死ぬかも知れないの。だから……あの、トーゴくんも、一緒について来てくれる?」


 リィーンが不安そうな目で見上げてきた。ここで「いや怖いから無理」と断るほどの度胸は東吾にもない。さすがに男が廃る。


「俺も行くよ。俺は痛くないから大丈夫だ。何かあったら盾にしてくれていい」


 どうせ刺されても死なない体だ。残機無限のマリオ気分である。流石に、首を刎ねられると分からないが。


「ありがとう。じゃあ……」


 リィーンが言いかけたところで、ぽつり、と雨が降ってきた。

 見上げると、ついさっきまで晴れ渡っていた空に、真っ黒な雲が突然現れている。

 町から離れた周囲には陽光が差し込んでいるのに、エディアカラの小さな町の真上にだけ、不自然に黒雲がたちこめていた。


「あ。これって」


 雲がゴロゴロと不穏な音を響かせる。

 リィーンが路地を出て、高台から戦いの続いている町の入り口を見ると、塔の一つの上に小さく人影があった。

 人影はマントを風に靡かせ杖を持ち、大きく手を広げていた。


「せ、先生。まさか!? トーゴくん耳を塞いで目をつぶって! 口を開いて!」

「え? 耳を?」

「『大雷劫』が来る!」


 リィーンが耳に手を当て、ぎゅっと目をつぶって屈みこむ。

 東吾はよく分からず、リィーンが見た塔に目をやった。

 その瞬間。

 

 カッ!

 ――ズズーン――

 

 あらゆるものを揺るがす轟音のあと、町の周囲を取り囲んでいた吸血鬼の軍勢は、跡形もなく消滅していた。

 しかし東吾がそれを見ることはなかった。

 視界を埋めつくした凄まじい光と、轟いた強烈な音の衝撃で、あっけなく気絶してしまった。

 

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