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観察日誌6『対象の持つ驚嘆すべき可能性、及び新次元の存在の仮定』

 

「食べすぎちゃったわぁ。うう、太っちゃう……」

「そうだねシアさん。軍のご飯はおいしいけど、ちょっと脂っこいよね」


 リィーンとシアの二人は夕餉を終え、屯所の廊下を歩いていた。

 木板と漆喰の壁の廊下には、あまり人影はない。部隊の大部分は町の外で野営しているし、この屯所に駐留しているのは高級将官達とお付きの人員、あとはリィーン達魔導士隊ぐらいのものだからだ。

 シアが自分の頭をぽかぽかと叩いた。


「ばかばか私のばか。ダイエットしたいのに。また欲望に負けて」

「まあまあ。作戦行動してるんだから、少しくらい食べても平気だよ」

「だからこそチャンスなのに。今年の夏こそって思ってたのに。リィーンちゃんみたくいくら食べても太らないの、いいなぁ」

「そんなことないよ。……でも、ずいぶん経ってるけど先生、まだ調べてるのかな? そろそろ召喚期限なのに」


 時折暴走するデーイィンの性格を知るリィーンは、困った顔で懐中時計を見つめた。

 もう一時間ほど経っているのに、デーイィンも東吾も食堂に姿を現していない。


「そういえば、そうね。あのトーゴって彼も来なかったわ」

「先生が来ないってことはトーゴくんもまだ付き合わされてるんだろうし、彼かわいそう。やっぱり先に行かなければよかったかな。とにかく覗いてみよっか、って。あれ?」


 リィーンが前に目を向けると。

 廊下の先にあるドアの前に、ルルゥが立っている姿が見えた。

 先ほどルルゥは、一足先に食べ終えて自分の部屋に戻っていた。だが何故か呆然と廊下で立ち尽くし、じっとドアを見つめている。


 そのドアは、さっきリィーンが出てきたデーイィンの居室だった。


「どうしたの、ルルゥちゃん? こんなとこで」


 リィーン達が近づいて声をかけると、ルルゥはゆっくりと振り返った。ルルゥの顔はのぼせ上がり、真っ赤になっている。


「……ふ、ふふ二人とも。あ、あれ。あれ」

「あれ?」


 ルルゥが震える指で、目の前のドアを指すと――


『――ヤメローッ! 助けて誰かぁっ!! もういやーーっ!!』

『ハハハ、入る入る! ドンドン入るぞ! 信じられない!!』

「な、なに!?」


 デーイィンの部屋の中から異様な音が聞こえてきていた。三人が固まる中、助けを呼ぶ悲鳴が廊下に響く。


『もうやめてくれーっ!! 俺をオモチャにするな! リィーン助けてくれーーっ!!』

『そうつれない事を言うものではありませんよ! 君も、だんだん気持ち良くなってきたのではありませんか!? さあ次はこれです!』

『やめろっ、そんなデカイの、俺の中に入るわけが……!? あ、あおおーーっ!!』

『ウフフ、簡単に飲み込んだじゃありませんか! ドンドンいきましょう、今夜は寝かせませんよ! 私と一緒に一晩中たっぷりと楽しみましょう!』


 壮絶な声と騒々しい物音。

 リィーンの顔から血の気が引いた。と同時に、すぐに頬が真っ赤に染まる。


「な、ななな……なにしてるの先生達!?」

「うそ。これってま、ま、まさか! ……そういうこと(・・・・・・)!?」

「た、たぶん。私、歩いてたら聞こえてきて。中に入れるとか、出すとか。何度も」


 隣のシアも顔を激しく紅潮させる。ルルゥがこくこくと頷いた。


「そんな! リィーンちゃん、ルルゥちゃん大変。男同士の友情・・が!!」


 三人の顔に衝撃が走る。

 シアは腐っていた。

 残る二人も同じだ。シアが時々隠れて書き上げる挿絵付きの秘密文書は同好の士の間で回されており、二人から高い人気を博していた。豊かなロディニアでは近年、そういった新しい禁断の趣味が若い女子の間でまことしやかに流行しつつあった。


 三人は円陣を組み、赤い顔でこっそり話しはじめる。


「ど、ドアの向こうに。私達が考えていた秘密の花園が……!」

「……うん、シア。たぶん間違いないよ。私聞いてたけど先生の方が、あの男の子を無理やり」

「そうなの!? でも待ってシアさん。助けてって言ってるよ!?」

「屯所でこんなこと、ああぁっ! ルルゥちゃん! 紙とペンをちょうだい、イメージが沸いてきたわ! 急いで!」

「うん、シア大先生。――<ENBerの名に於いて。事象を歪め我が欲するものを与えよ『コントリー・ティオー』>。はい!」


 ルルゥが足元の木板を魔法で変化させ、すばやく紙と羽根ペンを作り出してシアに手渡した。

 シアは怒涛の勢いでペンを動かしはじめる。


「そうよ、そう。彼が油断して、背中を見せた時だったわ。先生は、油断しきった若い雄の艶かしい後ろ姿に沸きあがる獣欲を抑え切れず。歪に口を歪めて忍び寄り。絡め取る、銀の鎖を手に……そして嫌がる彼に無理やり手枷をつけて。関係を迫りはじめて」

「うん。うん……!」

「え。う、うん」

「先生は言うの「フジシロくん。私の好奇心を刺激した君がいけないのだ」。囚われた彼は先生の強い想いに困惑し、逃げることさえ叶わない。

やがて密室の中で、魔導士と雖も軍人の、鍛え上げられた肉体と、若くしなやかな細身の白い体が一つに融け合って。……き、屹立し、反り上がるそれを。恥ずかしげもなく堂々と外気に晒し、彼の肉の隙間に猛る情熱を存分に抽挿して……! はあ、はあ、ああっ! なんてこと!」

「……うん。うん……!」

「……うん。うん……!」


 シアが自分の妄想に身悶えした。現実ともだいたい合っていた。細かい所やホモホモしいニュアンスは、ともかく。

 が、はっと我に返ったリィーンが言った。


「って、そうじゃないよ。助けなきゃ!」

「えっ? でもリィーンちゃん。楽園が」

「なんで、リィーン? せっかく大先生が新作を……」

「わたし達の秘密の趣味はともかく! このまま放っておくわけにはいかないよ。本当に無理やりなんて、だめだよ!」


 リィーンは立ち上がると、ドアに取りついた。中ですごいことが起きている予感にドアノブを回すのを一瞬躊躇してから、しかし一気に押し開く。


「せ、先生! な、なにしてるのっ!?」


 開いたドアの先には――。

 パンツ一枚の半裸で鎖に吊るされた、息も絶え絶えの東吾と。

 そのすぐそばで何故か椅子を持って、興奮したデーイィンの姿があった。


「きゃあああーーっ!!」


 リィーンが悲鳴を上げた。同時に、シアが鼻血を噴いて床に倒れた。ルルゥが目を丸くして、室内の二人をガン見した。


「いやーっ!? だ、誰か!」


 リィーンはそのまま逃げ出しそうになったが、


「……リィーン!? 助けてくれっ!!」

「えっ? あ!」


 部屋の中の東吾が助けを求めて叫んだ。リィーンは踵を返して、部屋に飛び込む。


「トーゴくん! ……なにこれ、ひどい!? 吊るされて」


 吊られて半裸状態の東吾の姿に、リィーンは頬が一気に紅潮する。横で、息を乱したデーイィンが言った。


「はあ、はあ。おやリィーン。どうしました? 今いいところなのです、話は後で……」

「いいい、いいところって! とにかく手枷を外してあげてください。え、えいこの」


 リィーンが東吾の手枷を解いてやる。すると東吾はリィーンにもたれかかるようにして、ぐったりとくず折れた。


「きゃ!? し、しっかりして。どうしてこんなに疲れて、こ、こんな、格好で。ああ……!」


 リィーンは一先ず自分のマントを外し、下着一枚の東吾にかけてやった。疲労困憊の東吾はぶるぶる震えながら、リィーンの手を握ってくる。


「え? あ、あの」

「ううう。助けてくれ。もういやだ、なんで俺がこんな目に」

「あ……だ、大丈夫もう大丈夫だよ。安心して……。ひ、ひどい。かわいそう」


 よほどのことをされたらしい、東吾はすでに半泣きだ。詳しくは分からないがあまりの仕打ちであった。

 リィーンは東吾を庇い、気丈にデーイィンを睨んだ。手をふるふる振って立ち上がる。


「せ、先生。ひどすぎます、最低ですぅ! 暴走するのはいつものことですけど、今日という今日は許しませんよ!?」

「はあ、はあ……リィーン。素晴らしい、彼は素晴らしいですよ。私はここまで彼が素晴らしいとは思いませんでした」

「そ、そんなこと聞いてません! 一体彼に何をしたんですか! せ、せ、説明して下さい!」

「説明? ですから探求ですよ。フジシロくんは驚きです……驚きですよ! この部屋のものを『全部飲み込んでしまう』だなんて!!」


 手に持った椅子をがしゃんと手放し、デーイィンが両手を広げた。


「の、飲み込む? だから、ちゃんと……あ、あれ? この部屋」


 そこでリィーンは違和感に気づき、部屋の中を見渡した。元から狭かった上にごちゃごちゃと物があった室内が、ひどくがらんとしている。

 部屋を間違えたのかと思うくらいに、広く感じた。


「あれ? 本棚とか机とか。どこにいったんですか? 何もなくなってる」

「彼の中ですよ。全て。そう、全てが飲みこまれてしまった。紙切れ一つ残さずに!」


 デーイィンが東吾の腹を指差す。リィーンがぽかんとした。


「まさか。『摂取』ですか? ここにあった机とか棚、全部入れちゃったんですか!?」

「そうです。全部! ありとあらゆるもの全て!」

「うそ? そんなの入るわけ」

「ところが入ってしまったのですよ。そして御覧なさい、彼の体を!!」


 デーイィンの指が、倒れている東吾を差した。

 全てを飲み込んだという東吾の体つきは、しかしリィーンが部屋を出た時とまったく変わっていないように見えた。


「変化が『ない』! 外見が変わっていない。起こり得ない事象です、質量はどこにいってしまったのか? 煙のように消えてしまった」

「え……」

「どこか別の空間に繋がっている? それとも圧縮してしまった? いやいやそれでも彼の重量には変化があるはずです。やはりこれは彼の体の中に、異界へ通じる『次元の門』がある! すごいぞ、大発見だ!!」

「……!? と、とにかく落ち着いて下さい先生! トーゴくん、本当? 先生に摂取させられたの?」


 リィーンは東吾に問いかけた。東吾が頷く。

 どうやら本当らしい。部屋の中にあった棚から椅子から机まで、何もかも強引に突っ込まれたようだ。

 そもそも東吾の体の面より大きな机など、どうやって入れたのかはリィーンには分からないが、ここに机がない以上相当な無理をして入れられてしまったのだろう。


「うう……ひでえ。俺はゴミ箱じゃないのに。好き勝手にブチ込みまくりやがって」

「だいじょうぶ!? 体、破裂しそうじゃない? 自分の体重を越えて摂取なんて」

「大丈夫じゃない。なんなんだあのおっさん。絶対頭おかしいよ。やめてくれって何度も言ったのに……!」

「ご、ごめんね! わたし置いてけぼりにして、まさか先生がここまでするなんて思わなくて!」


 リィーンは謝り、伸びてしまった東吾を介抱した。

 リィーンは『治癒』の魔法は初等のほんの小さな傷を癒す程度しか扱えないが、ともかく気休めだけでもかけておく。

 完全にグロッキーの東吾の姿に罪悪感が沸いてくる。リィーンは怒り、デーイィンに向かって言った。


「先生っ! 彼にだって意思があるのに、こんなのひどいです!」

「クフゥ……こんな驚きは久々でした。今宵の探求は大成功です……! おや、もうこんな時間。そろそろ召喚期限ですね、しかし彼を還すのが惜しい」

「だ、だめですこれ以上は許しません! だいたい机どころか大事な書類まで入れちゃって、明日からどうするんですか?」

「そう言われると確かに。しかしそんな些事より彼の限界を見極める方がはるかに大事なことであり……ああ、まだ限界は見えてませんでしたね?」

「だめったらだめ! トーゴくん立って。早く行きましょ、狂った人のいないところに!」

「うう。無理だ、歩けねえ」

「肩貸してあげる。本当にかわいそう。ご飯だって食べてないよね、どこかで休ませて、食堂に連れてってあげるから」


 リィーンは東吾を連れて、部屋を出ていこうとした。が、東吾に肩を貸して立ち上がろうとした時だった。

 東吾の腕がごそりと抜け落ちて、床に転がってしまう。落ちた東吾の腕は、乾いた泥のようになっていた。


「あ! しょ、召喚期限」

「うう。俺の腕が」

「いけない。ちょうど時間。ああだめ、間に合わない」


 東吾の体が砂のように崩れていく。

 すると、鼻血を吹いて倒れたシアを部屋の隅に寄せていたルルゥが近づいてきて、東吾を見下ろして言った。


「……ふーん。こーして見ると、あんた本当に肉のゴーレムなんだね」


 不思議な生き物を見るかのようにつぶやく。事実なかなかに奇怪な光景であった。

 そんな東吾をリィーンは悲しげに見つめて言った。


「ごめんなさい。ご飯食べさせてあげられない。時間が来ちゃったの」

「ちくしょう……。踏んだり蹴ったりじゃん」

「ほ、本当にごめんね。トーゴくん」


 リィーンの声を聞きながら、東吾の意識は溶けていった。

 

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