表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/49

観察日誌5『対象の概要及びその生態』

 

「――なるほど。指から爪、手相に至るまで人間と変わりませんね。通常の肉のゴーレムであれば細かいギミックは省略されるものなのですが」


 デーイィンが、差し出された東吾の手のひらを眺めて言った。その口がにやりと歪む。


「この精巧な造り。静脈の色あい。血管まで形成されている。血液もないのに心臓と共に脈動しているとは……。フフフ、素晴らしい」

「あの。デーイィンさん。いつまでこうしてればいいんだ?」

「呼び捨てでいいですよ、ゴーレムことフジシロ・トーゴくん。もしくは先生とでも。気安く呼んでくれたまえ。どうしました?」

「じゃあデーイィン先生。俺を調べるとは聞いたけど、ずっとじろじろ見てるだけなんだが」


 ここはエディアカラ、屯所の一室。バージェスで荷を受け渡し、東吾とリィーンがエディアカラに戻ってきてから。

 東吾はデーイィンの部屋に連れてこられ、体を調べられていた。

 デーイィンが座る机には羊皮紙の書類やペンがあり、それに照明用のちょっと悪趣味なシャレコウベの燭台などがある。


 元は書類倉庫か何かだった部屋を使っているらしく、手狭な室内には大きな棚や椅子などが置かれ、雑然としていた。


「手のひらとか、目とか耳とか背中とか。さっきから虫眼鏡で眺めてるだけだぞ?」


 こんな状況になってから小一時間が過ぎている。

 調べられると言っても、せいぜい魔法でさっと見られて終わりと思っていた東吾は、いい加減疲れてきていた。


「ええ。観察はとても大事なことですからね」

「観察?」

「はい。観察という行為は注意深さが一番重要なのですよ。君の『形状』もしっかりと書き留めておかなくては」

「形状って。それに、やけに楽しそうだけど?」

「はい、楽しいですねぇ。未知の探求はたまりませんね、はっはっは」

「……俺、モルモットじゃないんだけど……」


 居心地の悪さを感じて、東吾は手を引いた。

 そういえば、デーイィンはさっきも挙動不審で怪しげだった。何を考えているのかよく分からない。

 すると、近くで待っていたリィーンが言った。


「あの先生。トーゴくんを調べて欲しいとは言いましたけど。どうして『探知』の魔法を使わないんですか? わたし達、ずっと待ってるんですけど……」

「何を言うのですリィーン。彼を本当に調べようというならば、一日二日ではききませんよ? 探求とはそれなりに時間のかかるものであってですね」

「探求って。わざわざ手作業で調べてるだけじゃないですか?」

「おお、これはなんたること。リィーン貴方は、探求の悦びをまるで分かっていない。迷路を俯瞰で見てどうするというのです? 一つずつ試行錯誤をもって調べていくという行為、一見無為にも思える時間と過程こそが実は悦びの本質であり……」

「つまり遊んでるんですね……」


 ちっちっちと訳知り顔のデーイィンに、リィーンがはあとため息をついた。

 バージェスからここエディアカラに戻ってくるのに数時間、外はすでに暗い。


「もうお夕飯の時間ですよ……。トーゴくんも疲れてきてるみたいですし。トーゴくんもわたしも、おなかが空きましたよぅ」


 その通りだと東吾は頷く。弟子の非難に、デーイィンは肩を竦めて言った。


「やれやれ。食欲などに振り回されるとは、我が弟子ながら情けない。そんなものよりはるかに重要な秘密が我々の前にあると言うのに。

ほら彼のこの手相をご覧なさい。複雑な紋様、このディテール。魔法では漠然とした情報ばかりで、このような細かいところまでは目が届きません。やはり直に見なければ見落としがちなことです。うーむ、まったく素晴らしい……!」

「ですから。指紋なんかじゃなくて、彼が現れた原因を調べて欲しいんですってば」


 いいかげん痺れを切らしたリィーンが、説明を繰り返した。


「トーゴくんは、わたしのゴーレム召喚に混じって出てきました。わたしは呪文に特殊な変化は加えてません。通常の召喚だったんです。

トーゴくんは体はゴーレムだけど、元は人間なんだそうです。他の生き物の意識を、肉のゴーレムに憑依させるなんて不可能なはずです。一応わたしも肉のゴーレムの専門魔導士ですけど、起こり得ない事だと思います。

わたしなんかの魔法で意思を持った肉のゴーレムが現れること自体が、そもそも変じゃないですか?」

「ふむ」

「それにトーゴくんが、異世界の人間……っていうのも気になります。これじゃ勝手に彼を攫ってるのと同じですし。トーゴくんにも生活があるのに」


 リィーンが東吾に申し訳なさそうに振り返る。東吾は言った。


「いや、別に俺は召喚された事を気にしてないぞ?」

「だめだよ! 急にいなくなったら大変だよ」

「そうかな? うーん」


 言われてみれば家族は気にするかもしれない。今は夏休み中だし、一日で帰るなら大丈夫だろうと東吾は思うのだが。


「それに、その。は、裸で毎回出て来られちゃうのも、ちょっと……」

「ああ、それは俺も困る」


 召喚される度、毎度全裸をリィーンに見せつけるのも考え物だ。

 万が一、トイレに行っている時に呼ばれでもしたら、とんでもない悪夢のコラボレーションが成立してしまいかねない。人間性の全てが否定されてしまう。東吾もさすがにそれは全力で回避したい所である。


「召喚される前に前兆があればいいんだけどな。突然目の前がピカッと光って、気づいたらこっちにいるんだ」

「ほほう、それは憑依の魔法と相似しているようですね。異世界というのも是非はともかく、とても面白い」


 デーイィンが興味深そうに言う。リィーンは首を振った。


「とにかく、先生の興味じゃなくて、トーゴくんをもう召喚しないようにして下さい。このままじゃ彼に悪いですから」

「俺は別にいいんだけどな」


 召喚のタイミングはともかく、折角珍しい異世界に来れているのにもったいない。と東吾は思うのだが。


「貴方の希望は分かりましたリィーン。しかし、あまり急かさないで下さい。私とて彼が何者なのか、まるで分かっていないも同然なのですから。

彼の正体も分からない現状では、対策も立てようがありませんよ。肉のゴーレムの専門魔導士に、ゴーレム召喚を控えなさいと言う訳にもいきませんし」

「で、でも。遊んでないでちゃんと調べれば、大魔導の先生ならきっとすぐに」

「それは過大評価というものです。因果関係が分からなければ私もどうにも出来ません。確かに時間とは有限ですが、急ぎすぎても良い結果は出ないものですよ?」


 リィーンがしょぼんと肩を落とした。デーイィンは場を解すように言う。


「まあまあ、貴方はまず食堂へ行き夕飯を済ませてきて下さい。フジシロくんも検査が済み次第、そちらへ向かわせますから」

「そんな。わたしだけ」

「ルルゥとシアも貴方を待っている事でしょう。そちらを待たせるのも問題ですから」


 強引に薦められ、リィーンは東吾にすまなそうにしつつ立ち上がった。「食べたらすぐ戻ってくるね」と言い、部屋を後にする。

 その場には東吾とデーイィンが残された。


「いいなぁ。俺も腹減った」

「せっかちな子で困ったものです。探求する時間はこんなにも楽しいのに。……しかし、邪魔者が消えましたか。これはよかった」

「……え?」


 どこか剣呑な響きのつぶやきに、東吾は振り返った。デーイィンの目が、妖しい光を帯びていた。


「ではフジシロくん。服を脱いで下さい」

「ふ、服を!?」

「誤解なさらずに。変な意味ではありませんよ」


 するとデーイィンは、ニコリと柔和で穏健そうな微笑みを浮かべた。


「外見には特殊な器官は見受けられないようですので、そろそろ内部の調査にかかろうかと。いえ、君は特になにかをする必要はありませんし、痛かったりすることもありません。魔法で体内を調べるだけですから」

「魔法で体内を調べる? それは」

「つまり医者の聴診のようなものと思っていただけば。実は、私も先ほどからやりたかったのですが……」


 デーイィンはリィーンの出ていったドアを一瞥し、苦笑した。


「あの子は少々、男性の裸には抵抗を持っているようでして。裸になっただけで大騒ぎされては、調べるどころではなくなってしまいます」

「え? ああ」

「全くちぐはぐですよねえ。肉のゴーレムの専門魔導士が、生きた男の裸が恥ずかしいなんて。あっはっは」


 朗らかに笑うデーイィンは、人畜無害にしか見えない。その目からいつの間にかマッドな雰囲気はなくなっていた。

 東吾はほっと息を吐いた。どうやらさっきの目の光は、ただの気のせいだったらしい。


「年頃ですからね。もう一人ぐらい男の弟子でも取って、男性に慣れさせた方が彼女のために良いのでは、などと最近は思うところですね」

「なんだそういうことか……。服ね、はいはい」

「できればズボンも脱いでもらえますか? もちろん下着まではいいので」

「下も? まあ別にいいけど」

「すいませんね。では、そこの椅子に座って背を向けてください」

「はいはい。これでいいか?」

「結構です。では両手をバンザイのように上げて下さい」

「ほい。バンザイ」

「はい。どうもありがとう」


 カチャリ。


「えっ?」


 手首に感じた金属の冷たさと物音に、東吾は振り返った。


「おっと、まだ動かないで下さいね。こっちの手も」


 デーイィンは淀みのない動きで、東吾の左手首にも素早く何かをつける。それは手枷のような形をしていた。

 というか、手枷であった。


「え?」

「しっかり嵌ってますかね? うん良し、それでは。――『法の神BAHALUの名に於いて。怒れる縛鎖よ、罪人を吊るせ』」

「おわっ!?」


 手枷から伸びたチェーンが空中に巻きとられ、東吾は上に引っぱりあげられる。

 爪先立ちのような体勢で、宙に吊り下げられてしまった。


「なななんだ!?」

「あまり暴れると手首に食い込みますよ? ウフフ……!」

「な……! し、しまった騙された!」

「リィーンには困ったものです。この彼を『もう召喚しないようにする』? 何を愚かな。私がこれほどの未知を前にしてそのまま逃がすなど、あり得ませんよ。ククク」


 デーイィンが、ニタリと笑って言った。


「ゲェーッ!? や、やっぱり逃げるべきだったか! は、離せー!!」


 東吾は鎖を鳴らして暴れた。だが、ガッチリと嵌った手枷はびくともしない。


「落ち着いてください、フジシロくん。これは必要な措置なのです。君の正体を知るために」

「俺を知るため!? ふざけるな! 俺はモルモットじゃない!」

「お聞きなさい。実はですね……私は君のことを、これ以上『探知』の魔法で調べる必要はないのです。

なぜなら君の内部構造については、すでに承知しているからです。最初に君に『探知』の呪文をかけた時に。こう見えても私、探知には自信がありましてね?」

「え? なんだと?」

「それによれば君は――君の体はと申しましょうか――間違いなく肉のゴーレムです。それ以外に考えられない。リィーンは人間と言っていましたが、肉体の面ではそれはあり得ない」

「じゃ、じゃあなんで俺を吊るしているんだ!」

「それを説明しましょう。少し長くなりますが――」


 デーイィンは、壁に立てかけられていた杖を手に取る。厳かな声で、呪文を唱えた。

 

「――<成長の偉大なる刻印と、神YOHELの名に於いて。なり、羊飼いの羊。虚窮の真奥より、肉の器をしるべとし、聖霊を招き喚ばん。

我が声に応えよ、我が命に応えよ、我に侍りし侍者よ、従順にして忠勇なる使徒よ。刻印を証と為し顕れ給え。『プロト・ビオント』>」

 

 すると――空中に青白い光が生まれ、ゆっくりと形を成していく。

 やがて現れたのは……大きな体躯の裸の巨漢。肉のゴーレムだった。


「こ、これは?」

「――リィーンのものと比べると、さすがに少々形が歪でしょうか? まあ機能的には問題ありませんし、私は肉のゴーレムの専門魔導士ではありませんから。こんなものでしょう」


 ぽんぽん、とデーイィンは召喚した肉のゴーレムの背を叩いた。

 そのゴーレムはリィーンが使っていたものと違って、鼻や耳などパーツが省略されていて表情もなく、のっぺらぼうみたいな顔をしていた。それに腕や足の太さも左右で多少歪んでいる。

 しかし、どうやら同じものだとは東吾にも分かった。


「こいつがなんだよ? そんなことより、早く俺を放せよ!」

「聞いてくださいって。この標準的な肉のゴーレムは、君という存在を知る上で、比較対象としてとても参考になるのです」

「比較対象だと? この出来の悪い筋肉人形と、俺のどこが似てる!」

「よろしいですか? 肉のゴーレムというものは他の召喚生物と違って、いくつかの特徴を備えています。一つは今のように、どこでも媒介を必要とせず召喚できるという利点」


 デーイィンはゆっくりと室内を歩きはじめる。机の上にある骸骨の燭台からロウソクを外すと、それを手に取った。


「そしてもう一つ。驚くべきその『拡張性』にあります。驚嘆すべきことに、肉のゴーレムは『進化』する余地を持っているのです。フウウ――」


 シャレコウベが掲げられ、また呪文が唱えられる。

 

「<開け、冥界の霊柩。『死』の象徴URTHそしてDEDIJAHの名に於いて。嘗て生者たる者よ、魂の器より落魄せし者よ。我が声を聴くがいい、は不可逆に非ず。

 我は告ぐ、無顕の暗黒に在りし魂の灯火よ。輪廻の終端にて上世の悔恨に苛まれし哀れな罪人よ。

 今、大いなる慈悲持ちて我、救済の手を差し延べん。契約と誓約を以て、ことわりを曲げ、再び蘇れ。

 命無きなれば、何故なにゆえ神の怒りをば恐るる由有らんや。死神が手をすり抜け、煉獄の井戸を逆しまに、く、我が前に姿を現せ。『ラ・モルス・タナトス』>」

 

 デーイィンの手の中にある、乾いた頭蓋骨が震えはじめた。

 ベキベキ……!

 シャレコウベの首から下――背骨や肩甲骨や肋骨、そして手足の骨が赤い光を纏って生えていく。


「お、お……!?」

「――『骸骨再生』。スケルトンの召喚、忌まわしき負の呪文の初歩技術です。さあ、スケルトン、この剣を持ち構えなさい」


 デーイィンは腰から自分の剣を引き抜き、スケルトンに手渡した。

 スケルトンはデーイィンの手を離れると、よろよろと少しふらついてから、握った剣を構えた。


「よろしい。室内の物に一切当たらないよう、剣を振るってみなさい。貴方が生前に覚えていたままに」

『カッ、カッ。……カアアアァーーッ!!』


 奇声と共にスケルトンが剣を振った。

 ビュッ、ビュッと風を切り、剣閃が空中に軌跡を生む。


「うむ、良い剣筋。さすがは元オルドビシアの奴隷剣闘士なだけはありますねえ」

「お、おい!? 当たりそうだぞ」


 スケルトンの剣は命令通り、決してデーイィンに当たらないものの、その目の前をかすめるようにして振るわれていた。


『カーッ! カアアーーッ! カ、カア、カアアアッ!!』

「これは私を恨んでいるんでしょうかね? 先に襲ってきたのはそちらなのですが……まあ、どちらでもいいことでしょう。スケルトン、止まりなさい」

『カッ!? カ……』


 スケルトンの動きが止まる。だらりと剣を下ろし、その場に棒立ちになった。


「……とまあこのように、スケルトンの場合は『生前の技術』を記憶しています。命令すれば、それを発揮できるわけですね。しかし」


 デーイィンはスケルトンから剣を取り上げると、肉のゴーレムに向き直った。


「こちらの肉のゴーレムは、それが『出来ません』。さっき生み出されたばかりの存在ですから、知識も経験もなく、攻撃を命令しても動物のように突進するだけで、剣など使えないのです。

リィーンのように専門魔導士として呪文に熟達すれば、ある程度の命令処理能力や作業能力を持たせることは可能です。が、それでもやはり限界があり、特に達人の剣術など、人間が長年の訓練で獲得しうる高度な技術は、習得できないのです」

「……、お、おい先生。その骸骨、生前って……」

「おっとフジシロくん、細かいことはお気になさらず。重要なのはここからです。――ゴーレム。スケルトンに近付きなさい」

『ア゛ッ』


 肉のゴーレムはゲップのような声で鳴いて、止まったままのスケルトンの隣に立つ。

 

「よろしい、ゴーレム、それでは――スケルトンを『摂取』しなさい」

『ア゛、ガッ!!』


 肉のゴーレムが、ビクリと体を震わせた。棒立ちのままのスケルトンの肩を掴み、思いきり抱き締める。


『カッ……カッ……!』

『ゥゴォアアアアアア゛ア゛ア゛ア゛ーーーー!!』


 肉のゴーレムが、絶叫する。

 叫び声と共に――。

 凄まじい膂力に押し潰されそうになっていたスケルトンの体が。ずぶり、とゴーレムの大きな肉体にめりこんだ。


『ア゛ア゛ア゛! ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!』

『カッ!? カカ、カ……! ……』


 白骨の死体が、巨大な肉の塊に取りこまれ一つになっていく。

 白い骨の色は肌色の中に飲み込まれ――スケルトンが消失してしまった。


『ア、アガ。ア゛ッ』


 後に残るのは、ところどころに取りこんだ異物の膨らみを残す以外は、変わらない姿の肉のゴーレムだけだった。

 

「……と。無事『摂取』できたようです。ではゴーレム、この剣を手に構えなさい」


 デーイィンが、ゴーレムに剣を手渡す。

 すると、無能のはずの肉のゴーレムが、さっきのスケルトンと同じ形の構えを取った。剣先はぴたりと虚空に止まる。


「では剣を振るってみなさい。同じように、決して他のものに当たらないように」

『――ア゛ッ!』


 剣が風を切る。鋭い太刀が室内を踊った。

 肉のゴーレムは、鈍重そうな見た目とは裏腹に、華麗に剣を操っていた。


「うん、いいですね。先ほどのように私のすぐそばをかすめてきたりもしない。『彼』の魂は、どこへ行ってしまったんでしょうねぇ……? 未だ解明されない大きな謎です」


 デーイィンがやけに感慨深そうに言った。


「もう結構。ゴーレム、止まりなさい」

『ア゛ッ』


 そしてゴーレムを止めると、東吾に近付いてくる。


「少し長くなりましたが。お分かりになられましたか、フジシロ・トーゴくん? このように肉のゴーレムは他のものを『摂取』して、『進化』するという、特別な能力を持っているのです」

「……」


部屋の中で繰り広げられた出来事に、東吾はぽかんとしてしまっていた。デーイィンは呆然としている東吾をよそに、言葉を続ける。


「さてフジシロくん。君の体は確かに間違いなく、肉のゴーレムです。心は人間同然に大いに発達しているようですが、肉体については今のところ異論を挟む余地はありません」

「……」

「となれば、あとは実験による確認です。君が一体どこまで通常の肉のゴーレムと近似しているか。あるいは、どこまで人間に近いのか。これは君が何者なのかを知る上で、欠かすべかざる証明でしょう」

「……」

「本当は、君の精神にこそ大きな興味があるのですが……残念ながら機材がない。時間もない。君は今日の夜にはまた還ってしまう……それが肉ゴーレムの欠点なんですけどね。そういうわけでとりあえず、摂取機能だけでも調べておくとしましょう」


 ニコニコと顔だけはフレンドリーに笑うデーイィンが、ゴーレムの手に渡していたままだった剣を取り上げた。


「さて、まずは小さな物からゆっくりとはじめましょう。これぐらいのサイズなら、きっと問題なく『入る』はずです」


 その目は、爛々と狂気の光で輝いている。

 デーイィンは剣をひっくり返して刀身のほうを掴むと、東吾の腹に柄を当てた。


「貴方はリィーンの魔法の支配下ですが、摂取行為自体は私がさせても問題ありません。肉のゴーレム自身が持つ機能なので」

「……。ま、待て。待てよ、おい。まさか?」

「あわてず、ゆっくり。慎重にやらないといけませんからね。君が壊れては元も子もないですから」

「待て、待て、待てって。先生あんた。お、俺にそれを……?」

「これですか? この剣はですね、ヴァンピールスレイヤーという逸品でして。なかなか値の張るものなのですが、探求のためには私ちっとも惜しくありませんよ」

「待て!! そんなこと聞いてねえ!? まさかウソだろっ!」

「はい。あーん」


 ずぶりっ。

 と、剣の柄が、東吾の腹にめりこんだ。まるで柔らかいスライムのように、めりめりと剣が飲み込まれていく。


「アッー!!」

「ふーむ? 摂取速度自体はそんなに変わりませんねぇ。問題は容量のほうですが……」

「や、やめろ! ヤメロー!! ぐわわわ、気持ちわる!?」

「さあさあ、たーんとお食べなさい。いっぱい食べて大きく育つのですよー」

「やめろって言ってるだろ!! 放せ、ぬおおおーーっ!!??」


 ヴァンピールスレイヤーとかいう剣が、東吾の中に完全に取りこまれる。どうなっているのか、背中からは柄が飛び出してこない。

 東吾は必死に暴れるが、しかし手枷が外れることはなかった。拘束は完全であった。


「ほら。やっぱり君は逃げようとします。拘束しておいて本当によかった……。では次はどうしましょう、確か机の中に希少な宝珠が。ふ、ふふふ。楽しいなぁ……!」

「やめろぉーーーーっショッカー!! ぶっとばすぞぉーーーーっ!?」

「ふふふ。慣れたらこっちの肉ゴーレムにも挑戦してみましょうか。無理かなぁ、ウフフ……フハハハ! ハーッハッハッハッハッハッ!!!」


 東吾に『入れるモノ』には事欠かない密室の中から、狂った笑い声が人の通らない廊下に響いていた。

 

 

 設定メモ:『呪文について』

 すぐにこの者達を送呈してやろう。

 

 

 

 ・この世界の魔法の呪文には、大体のパターンがあります。

 おおまかに分けると、

 1、この世界における神々の名を呼ぶ

 2、何をするのか言う

 3、『』の呪文を唱える

 という形式です。基本的にはこの順番で唱えることで魔法が出ます。若干枠組みから外れているような気がしますが、細かいことを気にしてはいけません。

 高度な精神集中と熟達により呪文を省略できます。省略すれば魔法の効力は弱まりますが、専門魔導士ともなれば全て詠唱せずに高度な魔法を扱えるようになります。

 ちなみにデーイィンの専門は雷の魔法で、肉ゴーレム召喚とスケルトンは本来専門外の為、完全詠唱する必要がありました。

 

 

 

 例1:『肉のゴーレム召喚』

 YOHELヨエルは『成長』と『火』を象徴し司る神です。

 この神の名を呼んだ場合、どちらか若しくは両方の性質を持つ魔法を唱えることができます。

 肉のゴーレムはヨエルの『成長』のマナによって形作られ、召喚されます。その性質の効果として他の物質や死骸等を取り込み、進化する能力を持っています。

 

 例2:『骸骨再生』

 URTHウルスDEDIJAHデジヤは輪廻を象徴する神です。

 ウルスは『死』を、デジヤは『再生』を司ります。この神は双子であり二人で一柱の神です。

 デーイィンが使っていた骸骨再生を使う場合は、まずウルスを先に呼ぶことで『死』に関連した魔力を引き出し、死者の魂を呼び戻します。

 

 例3:『物質練成』

 ENBerエンバーは『幻想』と『奇跡』を司る神です。

 彼女のマナは不明な点が多いです。しかし概して、法則を飛び越えて存在を自由に変化させる力を持ちます。

 この物質練成の呪文でウルスの名を呼んだ場合、魔法はまず失敗に終わります。

 失敗の程度は様々ですが、『死の神』であるウルスのマナを使った場合で多いのは、自らが地獄に引きずり込まれて命を落とすことです。

 安易な使用による事故を避けるため、ロディニアにおいては『死』の魔法は、高位の魔導士のみ使用が許可されており一般には禁呪とされています。

 

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ