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第六話 その14

ヒャアもう我慢できねえ!投稿だ!




「――まったくもう。どこまで行っちゃったのかしら?」


リィーンは森の中の道を進んでいた。

後ろにはゴーレムが引く馬車、それに召喚した大勢の肉のゴーレムたちが護衛のためリィーンを囲んでいる。マンティス相手では気休め程度にしかならないが、それでも出さないよりはましだった。


「わたしはともかく、トーゴが心配だわ。もうけっこう歩いたけど……でも、トーゴもマンティスもいないわね? 物音も聞こえない」


リィーンのつぶやきに、後ろの馬車に載せられたブロッガが言った。


【周囲に気配がない、である。マンティスの出す警戒音の共振が聞こえない、である? ということは倒してしまったであるか?】

「うそ? いくらトーゴでも、一人であんな大勢をなんて……あっ?」


すると、道の先で東吾が木の根元に座って休んでいる姿があった。


「トーゴ!」

「あ。リィーン。迎えに来てくれたのか」


東吾が振り返った。リィーンはあわてて東吾に駆け寄った。


「こんなところで。まさか一人でマンティスをやっつけちゃったの? ……って、体中血だらけじゃない!!」

「ああ――ま、そうだな」


東吾は全身のあちこちに血の跡を残していた。

特に、腹部にはざっくりと大きく切り裂かれた服に、大量の失血痕がべったりとついていた。


「最後の一匹でしくじった。一発、いいのをもらっちまったな。調子に乗って油断しすぎた」

「だいじょうぶ!? しっかりして!!」

「血は止まってるから平気だ。元に戻れば、血は出なくなるから」


東吾はすでに通常の肉のゴーレムの体に戻り、肉体に流れていた血流は停止していた。痛みもない。


『気にしなくていいぜ。こいつ、さっきまで痛え痛え言ってたけどよ、吸血鬼じゃなくなったら静かになりやがった。ピンピンしてら』

「モニカさん。でも」

「俺は大丈夫だ。リィーン」


東吾は立ち上がるとリィーンに言った。


「ほら、平気だろ? 少し疲れたけど、ちょっと休んだらよくなった」

「ほんとに? でもこんなに血が……」

「ちょっと服が汚れただけだって。それより、早く先に行こうぜ。姫さまの病気が心配だ」


東吾が手招きし、道の先に向かって歩き出す。東吾の足取りは大怪我をしていたとは思えないほど軽かった。


「早く。時間がないんだ。もうカマキリはいないから」

「う、うん」


東吾たちは再び道を進みはじめた。森の中をごとごとと馬車が揺れた。モニカは再び眠ってしまったらしく、すぐ静かになった。

そのうちにリィーンが東吾に言った、


「トーゴ。本当に平気なの? 馬車で少し休んだほうがいいんじゃないかしら。ブロッガたちに少し詰めてもらって、ちょっとだけでも」

「大丈夫だって。もう痛くないし」

「……もう。止めたのに一人で行っちゃうなんて。勝手なことして、心配するじゃないの」

「悪かったって。ごめん」

「反省してないでしょ? 危ないことしないで。一応トーゴはわたしのゴーレムなのに、全然言うこと聞いてくれないんだから……!」

「わかったわかった。それより、あとどれくらい歩けばブロッガたちの国に着くんだ?」


リィーンを宥めながら東吾が聞くと、後ろのブロッガが言った。


【もうまもなく、である。この森さえ抜ければ我らの国に入る、である。集落に行くには、まだまだかかるである、が】

「うそだろ? 俺たちは時間ないんだぞ。のんびり歩いてるひまなんて」

【大丈夫、である。祖国にさえ入れば他に方法が……と。森が終わった、であるな】


鬱蒼とした森を抜けると、視界が大きく広がった。広々とした草原の平地に出る。


【到着した、である。ここから先は我らの領土である。それでは、我々を馬車から下ろして欲しい、である】

「下ろしてくれって? でもここ、何にもないぞ。まだ道は続いてるし……」

【とにかく下ろして欲しいである。先を急ぐなら、である?】


東吾たちは首をひねりながら、とにかく言われた通り馬車からブロッガと大量のドーラたちを下ろしはじめた。

十体ほどのブロッガたち全員を地面に下ろしてやると、一匹のブロッガが近くの草むらに進み出て、小さく呪文を唱えた。


【――答えたまえである、豊穣なる大地。我ら土のものだけに許されし主の御許に通ずる地下の回廊を開け……である。どんどこどんどこ、あぶらかたぶらー、であーる】


途端に、ゴゴゴ、と地面が大きく盛り上がり。砂塵を上げて、洞窟の入り口のような穴がぽっかりと開いた。


【開いたである。この地下へ向かう斜面を下れば、地下に御館さま謹製の【転移門】がある、である。そこから行けば我らの集落までひとっ飛び、である?】

「ほー。どこでもドアみたいなもんか?」

「すごいわね……。そんな高度な魔法の技術、ロディニアにもほとんどないわ。ブロッガたちが持っていたなんて」

【我らは貸していただいているだけである。我らは足が遅いゆえ、お優しい御館さまが我らのために作ってくれた、であるな。ほら、みんなが行くであるぞ】


すると、地下への洞窟に近づいたブロッガたちの下から、ぼこぼことドーラが地面の上に這い出してきた。

ドーラたちはおもむろに体を組み合うと、ブロッガを囲み、組み体操みたいに人型のボートのような体勢を取る。


【いい、ぞ。行、け】

「ん? 何やってんだあれ?」

【まあ見ているである。ほら……】


組み体操をしたドーラたちの後ろのほうが地面をかき、洞窟の入り口にブロッガを運ぶ。

すると次の瞬間、ブロッガが斜面に傾き。

どしゅうっ! とジェットコースターみたいに高速で地面を下っていった。


【おおおお、であるーっ! ――】

「……」

【とまあこのように、地下まで深いゆえ滑っていく、である。斜面は泥濘で濡れているため滑っていけるである。では我らも行く、である?】

「お、おい!?」


東吾たちの目の前で次々とブロッガたちが洞窟の斜面を滑っていく。

東吾と喋っていたブロッガとドーラの集団が最後に残り、人型組み体操ボートを作った。


【さあ我らの番である、乗るである。客人たちを我らの国に招待する、である!】

【準備はいい、ぞ。気兼ねはいらな、い】

「あそこを降りていくのかよ? 中、真っ暗だぞ」

「ちょ、ちょっと怖いわね。でも、集落まで長々と歩いてもいられないんだし……しょうがないわ。馬車は置いてくしかないから、ゴーレムたちに運ばせて返しておきましょ」


リィーンが意を決してドーラ船に乗り込んだ。


「行きましょ、トーゴ。殿下のためにも」

「あ、ああ。じゃあよいしょ」


東吾も続き、ドーラたちの体で作ったボートに足を踏み入れた。むにゅっ、と微妙に足元が柔らかかった。


「大丈夫かよ……? 俺たち踏んづけてるけど、痛くないのか?」

【まったく痛くな、い。我々は普段から、この重いブロッガたちを運んでいるのだ、ぞ。気にする、な】

【では行くである! 一路我らの集落へ、であーる!】


ドーラ船が動き出した。

急斜面に向けてドーラたちが近づくと、がくんと視界が傾いた。東吾たちは真っ暗な地面の底へ向かって、一気に滑り落ちはじめた。

どしゅうっ!


「うおっ!」

「きゃっ!」


一同は地下のジェットコースターをかなりの速度で下っていく。

真っ暗な視界の中で、体が吹き飛ばされそうな強い風圧を感じるほどの速さだった。

となりのリィーンがあわてて東吾の腕に抱きついた。


「きゃあ! ちょ、ちょっとこれ、やっぱり怖いわ!? 真っ暗で何にも見えない!」

「け、けっこう速度出るな。ディ○ニーランドのスペースマウンテンみたいだ……落ちたら死ぬけど。って……」


と、地下の道の先に、光を放つ大きな鏡が見えた。東吾たちは鏡に向かって突っ込んでいく。


【見えた、である! あれが『転移門』である!】

「あれがか? っておい、このまま行くと俺たち。あの鏡に激突して……うおおおっ!」


東吾とリィーンを乗せたドーラ船が、鏡に突っ込み。そのまま通り抜けた。

東吾の視界が光に包まれ――







「――うわーーっ!?」


一行は、いきなり空中に投げ出された。

ドーラ船が落下する。すると、下に水があり、だぱぁん!! と水飛沫を上げて着水した。


「きゃあ!?」

「わぷっ?」


落ちた衝撃で大きく上がった水が東吾たちの顔を打った。ドーラ船は勢いをなくし、ゆるゆると近くの岸壁に近づいた。


【着いた、である。着水成功、である】

「……まさか最後にスプラッシュマウンテンに変わるとは思わなかったぞ。うわ、びしょびしょ」

「はあ、怖かった……。もう集落についたの?」


東吾たちはドーラたちで組んだ船から降りると、周囲を見回した。

そこは地下の神殿のような場所だった。

東吾たちが少し歩くと、滑らかに切り取られた石畳がコツコツと音を立てる。空気はあるらしく、壁につけられたランプが青白い光を放っていた。

近くには、さっき先に坂を降りていった他のブロッガたちの姿も見えた。


「ここはどこかしら? 神殿に見えるけれど」

【ここは我らの聖地、である。人間の言葉にすれば『首都』とも言えるかもしれない、であるな?】


ブロッガがドーラたちに押し出されるようにして石畳の上に立った。

ドーラたちは組み体操の船を解くと、一斉に近くに開けられた剥き出しの地面に入っていく。


【それでは我らはいつものところで待機している、ぞ。客人たちは任せ、た】

【いつもすまない、である。あとはわれが案内するゆえ、巣でゆっくり休んでいて欲しい、である】


ドーラの一体が手を振り、地面の中に潜っていってしまった。東吾は言った。


「おい、いいのか? あいつらがいないとお前は動けないんじゃ?」

【大丈夫である。ほれこのように、である】


するとブロッガの岩の体が、スーッと平らな石畳の上を滑った。ブロッガの通ったあとを、青い光がレンガの間に走った。


【ここのレンガには、大地の魔力が含まれた鉱石を混ぜてある、である。ドーラたちが動かしてくれなくても、我だけで動ける、のである】

「へー。そりゃ便利だな」

【普段ドーラたちには苦労をかけているゆえ、集落にいる間くらいは休んでいてもらいたい、である。さ、あるじの元へ案内するである。こっちである】


ブロッガが進み出した。東吾たちはそれについて歩きはじめる。


【連絡はドーラたちの根を通してすでに行っている、である。御館さまは寝所にいらっしゃるらしいので、そちらへ向かうである】

「なあ、御館さまってのはどういうやつなんだ? お前たちの親玉なんだろ?」


東吾は少し想像しながら聞いた。

この岩の塊に大きな目のついたブロッガの親分。となれば、そのまま巨大なサイズのブロッガなのだろうか?


「うーん……。この形で、何十メートルもあったりして。目もでっかくて?」

【そんなに大きくなどないである。御館さまは、我らと背丈は変わらない、のである。むしろ小さいくらいである?】

「そうなのか? 親分なのにか」


意外な話である。ブロッガたちは、だいたい東吾の肩の高さくらいしか大きさがない。これより小さいのが親分になれるのか、と東吾は思った。


【親分というのは少し語弊がある、であるな? その言い方では『王』みたいである。御館さまとはそうではなく、我らのあるじ。我らの産みのお方。偉大にして神聖なるもの。大地と豊穣を司る『神』――】

「……え゛?」


東吾は変な顔をした。少しその場に足を止めた。


「か、神……? 神って」

【まさに神さま、であるが。どうしたであるか?】


立ち止まった東吾に向かって、ブロッガがくるりと振り返った。

東吾は嫌な顔をして言った。


「神さまかよ。げ……俺、この世界の神さまって言うと、嫌な記憶しかないんだけど。夢の中に出てきたり、俺の中でぶつぶつ言ってたり。姫さまの病気だって、太陽の女神とやらがかけたんだろ……?」

【? なんである。何かあったであるか?】

「やっぱ会わないほうがいい気がしてきたぞ……。ろくでもないことになりそうな予感が」


東吾が暗澹としてつぶやくと、リィーンがブロッガに言った。


「少し待って。……神さま? そ、そんなの。本当にいるわけが」

【そう言われても実際にいるであるが? ブロッガやドーラ、それにドワーフたちなど全ての土のものの根源たるお方、である。ほれ例えば、ドラゴンたちにも龍神『リュカリプス』がいる、である? 今の『アークティカ竜皇国』の君主であるな?】

「そ、そうだけど。でもそれってただの伝説じゃない? ドラゴンたちが、勝手にいるって言って名目上の君主にしてるだけの話で。実際には誰も会ったことなくて……」

【違うである? だって我、50年ほど前に御館さまがしたためた手紙を届けに、かの龍の神さまに謁見したことがあるである? なかなか気さくなお方だった、である】

「え、ええ……!?」

【神はいるである。実を言うと我、これでもけっこう偉いブロッガ、なのである! 神さまの命をよく任される、のである!】


ブロッガがえっへんと誇らしげに胸(?)を張った。リィーンがぽかんとした。

ブロッガは再び前を向き、道を進みはじめる。


【とにかく、実際に会って本物を見てみるのが早い、である。我の恩人を我らの神さまにご紹介する、である】

「は、はあ……」


リィーンは鷹揚に頷いた。東吾は言った。


「い、一気にうさんくさくなったぞ……。俺たち、本当に薬もらえるのか……?」

「うん……。でも、希望は他にないわ。行きましょ」

「あ、ああ。あれっ?」


東吾とリィーンがブロッガを追いかけようとすると。

東吾の足が、その場に縫いつけられたみたいに急に動かなくなった。


「なんだ? お、俺の足が?」

「どうしたのトーゴ? ブロッガが行っちゃうわ」

「足が動かない。急に固まったみたいに」

「え?」


リィーンが不思議そうに振り返った。東吾の足が重い。動かない。


「あれっ? あれ。なんだこりゃ」

「足が動かないってトーゴ。どうして急に、あっ?」


リィーンが、東吾の足から飛び出している物に気がついた。

――黒ずんだ不気味な腕が一本、東吾のふくらはぎの後ろからはみ出していた。

死体のようにやせ細り、錆付いた金属の腕輪をつけた腕だった。それが、鋭い爪を地面に突きたてて東吾の歩行を邪魔していた。


「と、トーゴ? なにその後ろの腕……」

「え? な、なんだこれ!? 俺から勝手に飛び出して」


東吾は足元の『腕』を怪訝な顔で見下ろした。東吾が気づかないうちに、いつの間にか見知らぬ腕が現れていた。

黒い腕は東吾の意思とは別に、嫌がるように這いずって、歩いてきた道を戻ろうとしてくる。


「わ。暴れんなこいつ。この」


東吾は背中からゴーレムの太い筋肉腕を出し、謎の黒い腕を捕まえた。黒い腕はわななくように震え、必死に宙を掻いた。

黒い腕にほとんど力はなかった。死にかけの老人の腕のように、あっさりと捕らえられてしまった。


「何をしてるの? トーゴがやってるんじゃないの」

「し、知らねえよ。なんだこの腕? こんな死体みたいな不気味な手、俺の中に入れた覚えなんてないぞ」


東吾は首を振って言った。前を進んでいたブロッガが、こちらを振り返った。


【なんであるか? 何をしている、である?】

「悪い、ちょっと待ってくれ。俺にもわからねえんだ」


すると黒い腕はやがて力をなくし、東吾の中へ戻っていった。

東吾の足に自由が戻る。


「あ、戻っていった。歩ける」

「ほんと? じゃあ早く行きましょ」

「??? そ、そうだな。ここにいてもしょうがねえし、さっさと薬をもらいに行こう」

東吾たちは再び地下神殿の回廊を進みはじめた。



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