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第六話 その13




東吾は森の入り口に立っていた。

馬車に背を預けそっぽを向いていると、しばらくしてリィーンが草むらから戻ってきた。


「あ、リィーン。もういいのか」

「へ、平気。最近『物質練成』もちょっとだけ使えるようになったから。うう……」


魔法で下着の替えを作って履きかえてきたらしいリィーンが、肩を落としてどんよりと言った。


「……もらしてないわよ。ちょっとだけ、汗をかいたから替えただけだから。それだけなんだから」

「わ、わかった」

『あんま気にすんなよ。ちびってもしゃーねえ、ドンマイドンマイ』

「もらしてないってば!!」

「に、ニカ黙っとけ。まあ、それにしても」


東吾は軽く右手を叩いてモニカを静かにさせると、森の奥をじっと見て言った。


「どうしたもんかな。あんなのがいるんじゃ、森を強行突破は無理だぞ?」

「絶対もらしてないし……! そ、そうよね。迂回しようにも、ブロッガたちの国に通じる道はこれ一本だけだし」


リィーンが頷いて考え込んだ。東吾たちは馬車の場所まで影の世界を通って戻ると、マンティスたちを警戒して少し道を戻ってきていた。

東吾はブロッガたちが積み込まれた馬車を眺め、言った。


「俺たちだけなら影の世界を使って、あのカマキリたちを避けて進めるんだけどな。この馬車丸ごと持ってくのはちょっと自信ないぞ。かなり重いし、途中で溺れそう」

「そうなのよね。わたしたちだけが行っても、ブロッガたちを国に帰してあげないと意味がないし」

【すまない、である。バガモール、人間で言うところのマンティスたちから逃げようにも、我々の足ではすぐに追いつかれてしまう、である。倒さなければ進めない、である】


ブロッガの一体がすまなそうに言った。

東吾はブロッガたちに向かって聞いた、


「なあ。あのカマキリたち、どっかへやれないのか?」

【難しい、である。あの生き物は普段は森から森を回っているのであるが、ある程度木を減らさないと移動しない習性がある、である。我々の共振波を使えば誘導もできるであるが……今は気が立っていて何も聞かない、のである】

「お前らが国に帰れないわけだ。あんなやべえのがうろついていたんじゃな」


東吾は腕を組んで嘆息した。このままでは東吾たちは森を抜けられない。抜けられなければ、薬も手に入らない。


「この道以外からブロッガたちの国に行くには、一旦別の国に入らないといけないわ。そうなると、すごい距離を移動しなくちゃいけなくなっちゃう。……非現実的ね」

「あんまり時間もかけてられないぞ。姫さまの病気がますます悪くなれば、今度こそ王さまは姫さまを殺さなくちゃいけなくなる。あのカマキリみたいに、凶暴化する生き物だってどんどん増える」

「ううん……。困ったわね」


リィーンが額を押さえてうつむいた。


「他に手段があるとすれば……空間魔導士。でもそれには、一度ロディニアに帰らなくちゃいけないわ。わたしは使えないし。わたしの先生も『瞬間移動』の魔法が使えるけど、一人か二人しか運べない。こんな馬車いっぱいには無理よ」

「だから時間はかけてられないんだって。俺たちは今すぐ森を抜けないと」

「わかってるわよ、でもこれじゃどうしようもないわ。マンティスたちがいなくなってくれないと進めないもの。あれを倒さなくちゃ、でも……先生を呼ぼうにも、たぶん先生は城から動けない。国から与えられた任務である以上、先生は殿下を見張ってなくちゃいけない。席を外すってわけにはいかないわ」

「あの先生を呼びに行く時間だって惜しい。やっぱ、俺たちだけであのカマキリをなんとかしよう」


東吾が剣を手に言うと、しかしリィーンはかぶりを振った。


「無茶よ! いくらトーゴでも、あんなにいっぱいのマンティスたちと戦えないわ。わたしのゴーレムじゃ相性が悪すぎて戦力にならないし、多勢に無勢よ」

「だけど俺ら以外にいないだろ? じゃあ……うっ!?」


その時。東吾の頭にずきり、と強い『痛み』が走った。


「いて!? いててて! な、なに? 『痛い』って。俺はこっちに呼び出されてる時は痛みを感じない体のはずじゃ……?」

「ど、どうしたのトーゴ? だいじょうぶ?」

「きゅ、急に頭痛が。くらくらする」


東吾は額を押さえて頭を振った。

ずきずきとした鋭い痛みは、やがてすうっと消えていった。東吾は目をぱちくりとさせた。


「なんだ? 痛みがなくなっちまった。でも痛かった」

「珍しいわね? いつも、痛いやっぱり痛くない、ってトーゴは言うのに」


すると馬車に載っていたブロッガが言った。


【魔法の共振を弾いた、である。まだ霊薬が体に馴染みきっていないである、完全に染みこむまでは、魔法の影響を受けると体が痛くなることがある、のである。体の痛覚ではなく精神の痛み、である】

「さっき俺が飲んだ薬か。魔法の共振……っていうと、姫さまの『声』か?」


東吾は顔を上げて振り返った。

丘になった森の入り口からは、遠くにローラシア城の尖影がぽつんと見えていた。


「じゃあ今は、薬のおかげで俺は凶暴化しなくて済んだのか。ちょっと頭痛がしただけで」

「よ、よかった……。トーゴが殿下の声の影響を弾けたなら、やっぱりあの薬は効くんだわ!」


リィーンがぱっと顔色を明るくして言った。


「この霊薬さえあれば、殿下は死ななくても済むわ! 体はハーピーのままだけど、殿下が生きてさえいれば、きっと研究が進んで心を治せる手段も見つかるはず。ロディニアの魔法の技術力なら、いつかは!」

「呪いは解けなくても、か。姫さまに人間の心さえ戻れば」

「そうよ! まだ希望はあるわ。諦めなければ、きっと殿下は……。……あ……!」


しかし、リィーンの明るい声も束の間だった。

遠くに見えている城の城下街から――黒煙が、いくつも立ち昇りはじめたからだ。


「あれはまさか。……昨日みたいに……」

「ぼ、暴動……! 殿下の声に操られて」


ユスティーナの『声』は、東吾だけに届いたものではなかった。

国の滅びのはじまり――どす黒い予感を顕す黒い煙と火の手が、城下から無数に昇っていた。


――……キュルキュルキュルキュルキュルキュルキュルーーーーッ……――!!


森の遠く奥から、狂気に触れたマンティスたちの狂おしい絶叫が響いてきた。いや、悲鳴だった。

誰もがハーピーの呼び声で狂いはじめていた。ユスティーナの毀れた心が『伝染』し。彼女を中心に全ての心が蝕まれ、壊れていく。

病。神の与えた呪い。


「た、大変だわ! あっ?」


すると、遠くの城の上に分厚い雲が生まれはじめた。

唐突に出現した入道雲から、とたんに暗くなった城下に向かって、迸る雷が降った。

光の明滅と。


――……ズドンッ!!!――


遅れて、落雷の重い音が聞こえてくる。


「きゃ。……せ、先生の魔法」


城下に稲妻の光がいくつも瞬いていた。

稲妻はやがて鳴り止み、上空の入道雲が四散し消えていく。デーイィンの魔法が暴徒たちを鎮圧したのだろう。


「先生が止めてるんだわ。暴徒になってしまった人たちを」

「……」

「もう……あんまり時間がないわ。なんとか水際で食い止めてるけれど、今よりひどくなれば死人だって大勢出てきちゃう。気絶しても誰も元に戻れなくなって、いや私や先生でもさえもいつかは……!」


リィーンが心配そうな声で言った。

東吾は……剣を手に、森の奥を振り返った。

もう時間がない。その時間は言いかえれば、ユスティーナの命のリミットだった。

それなら。


「……リィーン。俺が行ってくる。リィーンは少しの間、ここで待っててくれ」

「えっ? と、トーゴ」

「姫さまを救うために、俺たちは早く先に進まなくちゃいけない。俺があのカマキリたちを倒してくる」


東吾は森の中に向かって歩き出した。東吾の後ろでリィーンがあわてて叫んだ、


「だ、だめよ!! トーゴ一人で行くなんて、危険すぎるわ!」

「大丈夫だ。心配しなくていい。終わったら戻ってくる」

「待ってよ! じゃ、じゃあわたしも行くわ。トーゴだけに任せるなんて……!」


東吾は首を振り、リィーンに振り返って言った。


「いいや。悪いけど、今はリィーンは足手まといだ。リィーンのゴーレムじゃあいつら相手に戦力にならない。自分で言っただろ?」

「で、でも。だけど!」

「平気だ。さっきは、ちょっと油断してて押されちまったけど……まあなんとかなる。任せろ」


東吾はリィーンに軽く笑いかけると、自分の影を使って影の海への入り口を開いた。


「俺は、あのやたら強かった吸血鬼だって倒せたんだ。ちょっとは俺のこと、信じてくれよ?」

「そんな。……や、やっぱりだめ! わたしもついて行くから。一人で危ないことしないで……!」

「だめだ。危ないからここで待っててくれ……すぐに戻ってくる。じゃあな」


東吾は水の中に潜るかのように鼻をつまむと、どぽん! と影の海にもぐりこんだ。

地面に開いた影の入り口はすぐに閉じ、消失してしまった。


「あっ!? と、トーゴったら!」


リィーンはあわてて影のあった場所に駆け寄ったが、もうそこには何もなかった。リィーンが困った顔で叫んだ。


「こらっ勝手に!! もうっ! トーゴのばかぁっ!!」






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇






深い森の奥で、マンティスの巨体が蠢く。

原生林に茂る木々は密集し、濃密な緑を形成している。多様な生き物が生きる豊かなこの森では、しかし今は、マンティスたち以外に大型動物はほとんどいない。

隠れていた絶対的強者の手で狩り尽くされたからだ。


――ギイッ! ギイイッ!


人の手のひらほどの大きさがある、緑の瞳の虎縞のリスが、全身の毛を総毛立たせてわめいていた。小さな体を必死に大きく見せ、目の前の敵に牙をむいていた。

次の瞬間。上から降ってきた巨大な刃に貫かれ、ズドンッ!! と土ぼこりが大きく上がった。粉塵が去ると、そこにはもう、リスの残骸も残っていなかった。

マンティスは地面にめりこんだ自分の鎌を引き抜き、静かに周囲を睥睨した。


――キュルキュルキュルキュルキュル――


狂気に犯された巨大カマキリは、その複眼に映る新たな獲物を探しはじめた。

もはやマンティスは動くものなら全てを攻撃していた。こうなってしまう以前、背の高い針葉樹の葉しか食べなかったはずの大人しい生き物は、激しい怒りと憎悪に魂の全てを囚われてしまっていた。

風で木の葉っぱが揺らめいた。マンティスの目にそれが映り、巨体が振り返った。

マンティスの大きな鎌が振りかぶられ、物言わぬ木に向かって刃が振り下ろされる。


――ギュウンッ!!


マンティスが普段口にもしない広葉樹の木が両断され、ドズンッ……!! と倒れた。

マンティスが狂おしく鳴いた。


――キュルキュルキュルキュルキュルキュルキュルキュルーッ……――!!


心を毀した森林の王者の絶叫が、空虚な森の中で響いた。

そのマンティスの、後ろに。

気配もなく。音もなく。大樹の影の中に潜む、二つの目があった。


「――ぅおおッ!!」


瞬間。影から、一つの人影が一気に飛び出した。

人影――東吾だ。

東吾の手にあるヴァンピールスレイヤーの刃が、マンティスのわき腹に向かって振るわれ、命中した。

ガキンッ!!


「……くっ!? か、硬え!」


闇の中で待ち構えていた東吾の剣は、マンティスの隙をついて当たりはした。だが昆虫の強靭な外皮の前に、刃が止まってしまった。


――キュルキュルキュル――!


マンティスが振り向きざまに、左の大鎌を猛然と振るってきた。

ゴウッ!


「おっと!」


東吾は身を大きくそらし、攻撃をかわした。マンティスからすばやく距離を取る。


「くそっ。せっかく先手を取ったのに」


東吾は悔しそうに鼻を鳴らした。影の中からの奇襲は上手くいったが、かんじんの刃がマンティスに通らなかった。

東吾の右手のニカが言った。


『こいつぁ、戦いにくいヤローだな。これじゃ全身が盾みてえなもんだ。……つかトーゴ、おめえどこ狙ってんだよ? あんなとこ打たないで間接狙えよ』

「う、うるせ。お前だってわき腹ががら空きって言ったじゃねーか!? と、あぶねっ」


マンティスの背中が開き、そこから鋭く伸びてきた脚が東吾に迫る。

東吾はそれを転んでかわすと、さらに数歩ぶんマンティスから離れた。起き上がりながらマンティスを見上げて言った。


「後ろの刃は、こんな距離からも届くのかよ。厄介だな……やっぱ、今の一太刀で仕留めたかった」


相対するマンティスが、グバアッ。と背中に格納していた大剣を無数に展開させてきた。両腕の鎌と合わせ、三十本近い刃が東吾に向けられた。

東吾の存在がマンティスに捉えられてしまった。もう奇襲は効かないだろう。


――キュルキュルキュルキュルキュル――


「めんどうだな。あれを正面から抜けないといけないのか」

『しゃーねえよ、なんでも上手くいくもんじゃねえ。とにかく間接だ、間接狙え。足でも腕でも首でもいい、そこなら通るかもしんね』

「よし。やってみるか」


東吾はマンティスをにらみ、剣を構えた。


「あっちも本気だな。お前らにゃ悪いが、お前らまでは助けてやれねえ……ここをどいてもらうぞ。で、どうやって近づくか……?」

『前からはちょっとよくねえな。あいつをかわして、ヤローの後ろに出ろ。んで背中から首をはねる。どうだ?』

「それでいいな。行くぞ」


剣を握り締め、東吾は前に飛び出した。

マンティスのいくつもの剣が、東吾を迎え撃って突っ込んできた。

東吾は体をひねってそれをかわした。避けるたび、空を切った大剣がズドオッ! ズドガッ! と地面を大きく穿った。


「うおおおっ!!」


東吾が一気にマンティスとの距離を詰める。その時、待ち構えていたように剣の雨が降ってきた。

マンティスは無数の刃を器用に操り、東吾の前と上下左右、さらには後ろの剣が戻り、逃げ場をなくした東吾めがけて迫ってくる!


――キュルキュルキュルキュルキュル――!


「ふっ!!」


東吾の体が地面に沈んだ。

東吾が影の海にもぐると、獲物を見失ったマンティスの脚が空を切った。いくつもの刃が、自ら同士を激しく打ち合い、からまった。


――キュルッ!?――


「――もらったっ!!」『よっしゃあ!!』


剣を振りかぶった東吾が、マンティスの背後に伸びていた影の中から飛び出した。

巨大カマキリの延髄に向かって、東吾の剣が横薙ぎに振るわれ。

――ガキンッ!!

突き刺さった。


「通ったっ! ……うっ!?」


しかし半ばまで刺さったところで剣が止まり、両断はできなかった。

マンティスが残った背中の脚を振るった。東吾の体を強烈に跳ね飛ばす。


「ぐおっ!!」


東吾は大きく吹き飛ばされ、森林の木々の枝をへし折り、やがて大樹の一本に激突して落ちた。東吾の息が詰まり、激しく咳き込んだ。


「げほっ、げほっ! ……く、くそ!」

『しっかりしろトーゴ。マジかよあのヤロー? か、硬すぎだぞ?』


モニカが唖然とした声を出した。

弱点であるはずの間接部ですら、刃が通らない。東吾は再び立ち上がり、マンティスを見た。

マンティスは無数の剣を揺らめかせ、警戒音を放って東吾を睥睨していた。


「ち、ちきしょう。どうするニカ? このままじゃ、あいつを倒せないぞ」

『う、うーん。剣が通らねえ相手なんて、あたしもどうすりゃいいのかわかんねえなぁ。おめえの力でも刃が通らねえんじゃ。速さはともかく、力の代わりに剣の鋭さを使うあたしじゃぜってえ刺さんねえんだし、代わっても同じだ。つまり単純にこっちの攻撃力が足りてねえ。って……!』

「――!?」

『後ろだ避けろトーゴーーーーっ!!』


背後の冷たい感覚。東吾は急いで地面に伏せた。


――ギュオッ!!


次の瞬間、東吾が立っていた場所を巨大な刃が通りすぎた。背にしていた大樹が真っ二つにされ、バキバキと崩れ落ちた。

東吾の後ろに、さらにもう一体のマンティスが現れていた。


――キュルキュルキュルキュルキュル――


「くうっ!?」


東吾は転がるようにして、新手のマンティスから距離を取ろうとした。

しかし、木々の間を縫って、また別の二方向から刃のついた長い脚がいくつも突っ込んでくる。


「うおおっ!?」


東吾は自分の剣を使い、不意打ちの攻撃を弾き返した。重い衝撃に体が持っていかれそうになりながら、一本、二本三本。足をふんばって凌ぐ。


『ば、バカ受けんな!? かわせっ!! じゃねえと……!』

「無茶言うな! ぐっ!?」

『あっ!!』


だが鞭のようにしなって現れた四本目で、なぎ払われて吹き飛んだ。


「ぐはっ!!」


東吾はきりもみ、草むらの中に突っ込んだ。


「……く。……くそおっ!」


トーゴの体に痛みはない。すぐに立ち上がり、あわてて周囲を見る。

今の攻撃は三匹目・四匹目のマンティスのものだった。森の中から、ぞろぞろと他のマンティスたちの群れが姿を現していた。


「ぐ。他のやつらが集まってきやがった……!」

『ちっ、やべえな。トーゴ、一旦影の中に隠れろ。あの数を相手にすんのはちょいと面倒だ。また最初から、影に隠れて一匹になったやつを狙うぜ?』

「くそ。しょうがねえな……わっ!」


しかしその時間さえ与えまいと、マンティスたちの刃が一斉に東吾に向かって振ってくる。

猛撃の嵐が東吾の周囲に吹き荒れた。ぎりぎりでかわした刃が東吾のすぐ近くの木々に刺さり、断ち割った。

すると……切られた大きな木がいくつも、東吾のほうに向かって倒れこんでくる。

雪崩のように。


『げ! やべえ避けろ! わわわ!?』

「ちょ、ちょっと待て!? 影に……うおわーーーーっ!!!」


無数の倒木が、東吾たちの頭上に降ってきて――


ずずずぅんっ……!!


東吾が押し潰された。

砂煙が上がり、それが去ると――そこには、大きな木の下敷きにされてしまった東吾が倒れていた。

東吾の姿は木々の下に隠れ、左腕だけが外に飛び出していた。東吾の手はぴくりとも動かなかった。

マンティスたちが勝利の鳴き声を発した。


――キュルキュルキュルキュルキュルキュルキュル――


東吾は動かなかった。これだけの倒木を受けて生きていられるはずがない、とマンティスたちは判断したらしい。木の下敷きになった東吾に背を向け、マンティスたちが立ち去ろうとした。

だが。

……ざりっ。

東吾の左手が土をかいた。


――キュルキュルキュルッ!――


一匹が気づき、警戒音を上げた。全てのマンティスがそれに反応して再び振り返り、仕舞おうとしていた背中の刃を広げた。

一匹が背の剣を振りかぶった。木の下に倒れた東吾めがけて、とどめの一撃を振り下ろす――!


――……キュルッ……――


東吾の体が吹き飛ぶ前に。

マンティスの大きな刃が、飛び出した東吾の左手の指に『つままれ』て。

ぴたり。と止まっていた。

その左手に――肘の下から、ズズズ……! と呪術的な紋様が走り、浮かび上がってきた。

マンティスの剣をつまむ指に力が篭められ、ぴしり、と刃にひびが走った。倒木の陰の間に、爛々と輝く紅い瞳が覗いていた。


「……野郎。調子にのりやがっテ……!!」


ばきいっ! とマンティスの刃がへし折れた。

そして――


どかんっ!!! 


下敷きになっていた右手が振るわれ、東吾の上に乗っていた倒木が盛大に吹き飛んだ。野太い木々が宙に舞い上がった。

再び姿を現した東吾の姿は、髪の毛が逆立って波打ち、口からは長い牙が伸び、蒸気を放つ全身には呪術的な白のラインが走っていた。

東吾の目の色が緋の輝きに変わっていた。血管が浮き上がって脈動し、すり傷から血が滲んでいた。呼気は異常に高まった体温によって真夏の空気の中で白く上がっていた。


「もう許さねえ。ぶっ殺ス」


吹き飛んだ木々が地面に落ち、ズン、ズドンッ! と重い音を放った。

東吾が『吸血鬼化』していた。


「――ハアアア……! 手段は選んでらんねエ。これ以上てこずってるわけにもいかねえし、さっさと片付けルゾ」

『……。お、おい。トーゴ?』


モニカがぽかんとした声を出した。


『なんだその格好。おめえ、んなことできたのかよ? す、すっげえパワーだな』

「気合入れたらできタ。感覚は、前やった時に掴んでたけドな」

『……なんかあたしの大嫌いな吸血鬼みたいだな。ぶっちゃけ、きめえ……』

「う、うるセ。そんなことより、あいつらを倒すぞ」


東吾は手に握った剣を構えた。


――キュルキュルキュルキュルキュル――


四匹のマンティスたちが、並んで背中の大剣を大量に放ってきた。


「……シッ!!」


東吾が身を低くし――姿が、消えた。

次の瞬間にはもう、東吾は一匹のマンティスの懐にいた。


「遅え。あんま俺をなめてんじゃねえぞ。カマキリ」


――キュルルルルーーッ――!


マンティスの右手の鎌が、東吾に向かって猛然を振るわれた。


「ぉおおおおおオッ!!」


東吾の剣がそれを受け止め。

――バキィンッ!! 

マンティスの鎌が、力技で真っ二つに両断された。斬り飛ばされた刃が空中を飛んで、近くの木に突き立った。


「――シャイヤアアアアアーーーーーッ!!」


返す刀で、マンティスの首が飛んだ。巨体が力をなくし、地面に膝をついた。


『! い、一匹!』

「ぉおオッ!!」


東吾の左手がどす黒い風を纏った。すぐとなりのもう一匹に掌底をぶち込む。

ズドンッ!! と、鈍い音が大きく響いた。鋼鉄のような硬い外皮のマンティスの体がへし曲がり、上半身がちぎれて跳ね飛んだ。


――キュルキュルキュルキュルキュル――


戻ってきた背の刃と共に、一匹が鎌を振りかぶった。だがそれが振るわれる前に、東吾の手のひらから漆黒の閃光が飛んだ。閃光がマンティスの頭を正面から貫いた。

マンティスがどうと仰向けに倒れ、痙攣しはじめる。


『ニ、三! あと一匹っ!』


最後の一匹が、残る全ての刃を東吾に振り下ろしてきた。

東吾の体を捉える――瞬間、東吾の体が霞のように残像を残して消えた。マンティスの刃が空を切った。

東吾が最後のマンティスの頭上に現れていた。逆さまに落下しながら、剣を振るった。


「うおおおオッ!!」


ぱん。


マンティスの大きな頭が飛んだ。くるくると宙を舞い、地面に落ちた。

脊髄ごと叩き斬られたマンティスの巨体が、がっくりと地に伏した。緑の血液が噴き出し周囲に散った。

そして東吾は片手で地面に手をつき、軽く跳んだ。体勢を戻して地面に立つ。


「……ふうっ。よシ」


殲滅。

瞬く間に四匹のマンティスが地面に倒れていた。東吾は息を吐いた。


『……や、やるな。おめえ。まじかよ……』


モニカがちょっと驚いた声で言った。


『んなもんがあるなら、最初っから出しとけよ。ちまちま一匹ずつ狙う必要なかったじゃねえか?』

「これやると痛覚が戻るから、怪我したとこがすげえ痛いんだヨ。服も血まみれになっちまうシ……。それに、なんか癪だからナ」


東吾は体じゅうにできたすり傷に少し顔をしかめて言った。何度もマンティスたちに弾き飛ばされ倒木の下敷きにされたせいで、そこらじゅう怪我だらけだ。


「吸血鬼倒した時に出てきたあの変な声のやつ。俺があいつの思い通りにされてるような気がして。なんとなク」

『? あん?』

「なんでもねえ。それより、残ったカマキリたちを掃除するぞ……ッテ」


その時、東吾に倒されたマンティスがいきなり燃え上がった。

突然の自然発火は急速にマンティスたちを燃やし尽くし、あっという間に灰にしてしまった。そして灰が魔法のように宙に舞い上がると、一つの小さな塊に凝縮してまとまる。

塊が東吾の腹に突っ込んできた。東吾の体にぶつかると、ずぶぷっ。と内部に入っていってしまった。


「う、うえ。やっぱこうなるのかよ。吸収しちまった……気持ちわりイ」

『今の虫を食ったのか? おめえ』

「だから嫌だったんだよ……。強くなれるのはいいかもしれねえけど、虫の死体っテ。ぐえエ……!」


東吾はちょっと吐きそうな顔をして言った。

するとその時、東吾の後ろから、大きな刃が風を切って迫ってきた。


「――ット!」


東吾は体を前に倒してそれをかわした。

転がりざまに後ろを振り返れば、他のマンティスたちが木々の間から、刃を構えて現れていた。


――キュルキュルキュルキュルキュル――


『お。獲物がやってきたな』

「みてえだナ。さっさと片付けて、前に進むぞ。――ふんッ!!」


東吾は再び剣を構えた。そして自分の背中から、今吸収したばかりのマンティスの刃を体からぞろりと生やした。

いくつもの無数の鋭い脚が、東吾の意のままにわきわきと動く。


「これであいつらと手数は一緒だ。さっきよりも、もっと楽に戦えル」

『ほー、倒しゃ倒すだけこっちが有利になるってことかよ。……でもやっぱ、少し気持ちわりぃな。吸血鬼だし。そのナリはなんとかならねえのかよ?』

「も、文句言うな。とにかくやるぞ。――うおおオッ!!」


剣を右手に、背中の無数の刃を操り、東吾は残るマンティスたちに向かって身を低くして突進した。



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