第六話 その9
その後の一週間。東吾たちはユスティーナと過ごした。
カードゲームやボードゲーム。室内ゲームに飽きたら、綺麗な内園の花畑を散歩したり、城内を歩きまわって探索してみたり。合間には王族らしい贅沢な食卓を挟んだ。
ユスティーナがどこぞから持ち出してきた兵士たちの甲冑を着せられてコスプレし、城の門近くにある兵士詰所や武器庫にこっそりもぐりこみ、管理の兵士に見つかって驚かれたこともあった。ユスティーナもほとんど立ち入ったことのない城の地下室に、夜中に肝だめしに行ってみたこともあった。
遊んでばかりの、なんということもない時間だったが、ユスティーナは楽しげだった。
彼女は東吾たちと話すだけでも楽しいらしかった。
……そして。
「――なんだか最近、ゴロゴロしたり遊んでばかりだわ」
居室にしている部屋の中で、リィーンがつぶやいた。
ソファに寝転がっていた東吾が言った。
「別にいいだろ? それでいいって、お前の先生にも言われてるんだし」
「でも……。仕事も勉強もしないで遊んでるって、わたし落ち着かないわ。これじゃ任務って感じもしないし。本当に毎日殿下と遊んでるだけだもの」
「リィーンは真面目だな。ま、俺には任務だの仕事だの関係ないし。どうせ元々夏休み中だし普段と変らないぞ」
東吾は気楽に言って立ち上がると、部屋のドアを開けた。
「ひまなら、姫さまのところ行こうぜ。姫さまと遊んでると楽しいからな。昨日の夜やってた肝だめし途中でやめちゃったし、あの幽霊って騒いでたやつの正体見に行こう。俺はやっぱりただのカーテンだったと思うんだけどな」
「ちょっと、トーゴ。トーゴは少しふまじめだわ。遊んでないで何かをしなきゃ、って気にならないのかしら?」
「だからカーテンだって。オバケなんかいなーいさ」
「そうじゃなくて……。もう。確かに遊ぶ以外、他にやることはないけれど」
リィーンも立ち上がり、東吾たちは城内を歩いてユスティーナのところへ向かった。
長い回廊をしばらく歩き塔を登っていくと、やがてユスティーナの部屋の前にたどりつく。
しかし今日は、ドアの前にユスティーナの家宰であるヤーコブが、立って待っていた。
「あれ? じいさん。あんたって確か姫さまの?」
「ちょっ、トーゴ。じいさんって……す、すいませんヤーコブさん。殿下は?」
「……お二方とも。よく来てくれましたが、殿下のお体が思わしくありませぬ。申し訳ござらぬが、今日のところは安静に……」
「そうなのか? やっぱり病気って」
「はい。お二人がどこまで知っておられるかはわかりませぬが、今日はとにかく」
すると部屋の中から、ユスティーナの声が聞こえてきた。
「――ヤーコブ。ドアをお開けなさい。お二人が来たのでしょう?」
「で、殿下。ですが」
「お開けなさい。命です」
ユスティーナの凛とした声に、ヤーコブが弱り果てた顔をした。それでもヤーコブはやがてドアノブに手を伸ばして開けた。
「……どうぞ。殿下の元へ」
「? あ、ああ……」
東吾たちはドアをくぐって中に入った。椅子に座ったユスティーナの、美しい金色の長い髪が見えた。
東吾はその後ろ姿に声をかけた。
「よ、姫さま。今日は昨日の肝だめしの幽霊、見に行こうぜ。やっぱあれカーテンだっ、て……えっ?」
「――おはようございますわ。トーゴさま、リィーンさん」
ユスティーナが振り返った。
ユスティーナが――『車椅子』に座っていた。
「姫さま……?」
「お気になさらず。少しよくないだけですから」
東吾はぽかんとしてユスティーナの『車椅子』を眺めた。
木と布と金属でできたそれは、まさに車椅子だった。東吾が元の世界の病院で見たことがあるものとほとんど同じ構造で、ゴムのタイヤや部品はないものの。
王族の使うものらしく、肘掛には花崗岩の彫刻が埋め込まれ、随所に花の図柄の瀟洒な細工などが施された豪華な車椅子ではあった、が。
「で、殿下!?」
リィーンがさっと顔色変えて言った。
「足がよろしくないのですか? お体の調子が」
「ほんの少しですわ。さ、今日は何をして遊びましょうか?」
「いや、その。そうじゃなくて」
ユスティーナの足には、昨日まで以上に厚く包帯が巻かれていた。
ぐるぐる巻きで、そこにあるものを隠すかのように、大怪我でもしたみたいな大仰なものだった。
ユスティーナが手を合わせて言った。
「そうですわ! わたくし、本日は内園にお散歩にいきたくございます。いいでしょう?」
「で、殿下?」
「さあ行きましょう。押してくださいませんか、これは慣れなくて大変ですのよ」
木の車輪をうんしょうんしょ、と押すユスティーナの姿に、東吾はすぐに手を伸ばして背もたれにある取っ手を握った。
「わ、わかった。ともかく散歩に行こう。俺が押すから」
「ありがとうございますわ。トーゴさまは紳士にございますわ」
ユスティーナがにっこりと微笑んだ。彼女のその笑顔には、東吾には陰は見えなかった。
陰の代わりに、何か、明るい光。それと今にも――消えそうな。
「姫さま……?」
「行きましょう。内園の花たちは、今日もきれいに咲いていますから」
「あ、ああ」
「やっぱり日なたはいいですわ。とっても明るくて。少し暑いですが」
「そうだな。……」
東吾たちは城の内園に出て、色とりどりの花が咲きほこる庭園を歩いていた。
ユスティーナは、笑顔は昨日までと同じままで、にこにこと笑っていた。
「トーゴさま。どうしました?」
「いや。なんでもない」
東吾は戸惑いを隠して首を振った。
ユスティーナはそれに気づいているのかいないのか、いや、本人ももちろん分かっているはずだった。しかしおくびにも出さず、ユスティーナは明るい声で言う。
「うふふ。本当にきれいなお花たちですわね。どうしてかしら? いつもより、もっときれいに見えますわ。不思議ですわ」
「……姫さま」
「空もこんなに晴れて。青くて、どこまでも広がっていて……。あの先には何があるのでしょうね?」
ユスティーナがまぶしげに空を見上げた。
空の上を、数羽の白い鳥たちが飛んでいく。
「ああ――空。一度飛んでみたかったですわ。わたくしがもっと魔法を使えれば、きっと飛べたのに。伝説なんかじゃありません、空を飛べるんですのよ」
「……そうか」
「本当ですのよ? ね、リィーンさん」
ユスティーナがリィーンに振り返った。リィーンは、あ、と頷いて言った。
「は、はい。大気の魔法は、本当に空を飛ぶことができます。『飛翔』の魔法と言って、かなりの修練と魔力が必要になりますけど」
「え? ま、まじで飛べるのかよ」
東吾がちょっと驚くと、ユスティーナは「ね? トーゴさま」と笑った。
「ロディニアには、それを使える魔導士もいると聞き及びました。とってもうらやましいですわ。空から見た景色とは、どういうものなのでしょうね」
ユスティーナが憧憬のまなざしを天に向けた。
東吾とリィーンは黙っていた。ユスティーナが二人に向かって言った。
「お二人とも、どうしたのですか? 元気がありませんわ。わたくしは、こんなに元気なのに」
「殿下。その」
「何も心配はいりません。ああ、いつか、空を飛んでみせますわ! すぐに歩けるようになって、今度は魔法のお勉強をしましょうか。リィーンさん、本当はいけないことですが、もしよければこっそりわたくしに教えてくださいませんか? なんて」
「……はい。わかりました。こっそりですけど」
「本当ですか!? うふふ、楽しみですわ。本当に楽しみ……」
本当に嬉しそうに、ユスティーナは笑って言った。
その笑顔にはやはり陰の色はなく、そうでありながら見る者に、予感を思い起こさせる何かがあった。
東吾は――じっとユスティーナを見つめ、言った。
「姫さま。空を、飛びたいのか?」
「ええ、飛んでみたいですわね。誰しも一度は考えるものじゃないでしょうか? 大空から見る景色とは、どんなものかと……」
「そうか。そうだよな。俺も一度飛んだことあるぞ。空」
「えっ! 本当ですか?」
「飛行機でだけどな。中学生の時に一回」
東吾は軽く空を見上げた。夏の日の青空は、青く、空の頂点はどこまでも広がっていた。
ユスティーナを見た。この金色の髪の、美しいお姫さまは一度も空を飛んだことがなかった。東吾にはそれが、ひどく不公平なことのように思えた。
そして『今』しかない。理由はわからなかったが、何故かそんな気がした。
東吾は顎に手をやって少し考えると、ユスティーナに向かって言った。
「なあ姫さま。ひょっとしたらだけど、今。飛べるかも知れないぞ?」
「え?」
「やってみる価値はある。姫さまが、本当にその気なら」
東吾は自分の手の平を見つめた。
その手のひらに、ずうっ、と赤い宝石が浮き出してくる。
「デーイィンのおっさんが言ってたよな。この宝石は、魔力や魔法を増幅するもんだって。空を飛ぶのは大気の魔法なんだよな? それなら、姫さまの大気の魔法だって。もしかしたら」
東吾が手のひらを見てつぶやくと、リィーンが少しあわてて言った。
「トーゴ? それはちょっと。『飛翔』は制御が難しくて、練習もなしじゃ。それにその宝石はロディニアの国家資産で、すごく大事なものなのよ。トーゴの体に入ってても勝手に使っちゃまずいわ」
「リィーンだって本当はいけないのに魔法教えてやるって言っただろ。制御ってのは、リィーンがやってくれよ。一応大魔導の弟子なんだろ?」
「そ、そう言われても。わたしも、まったくわからないってわけじゃないけど……」
「できるんだな? じゃあやってくれ。よし――」
東吾は手を伸ばし、ユスティーナをお姫さま抱っこで抱え上げた。
筋肉だけを肉のゴーレムにして腕と融合させ、見た目が大きく変わらないまま力だけを発揮する。
「最近色々できるようになってきたな。姫さま、杖は持ってきてるか?」
「と、トーゴさま? 杖は持っていますが……ま、まさか。本当に?」
「魔法を使ってくれ。俺の手のこの赤い石は、魔法を強くするんだ。姫さまの魔法でも、空を飛べるかもしれない」
東吾の言葉に、ユスティーナが目を見開いた。
リィーンが杖を手に言った。
「わ、わたしが殿下の魔法を制御します。呪文詠唱前に先にかけておける呪文がありまして、召喚生物の二重支配などはできないんですけど。本人や直近以外に対象を取らない魔法くらいなら、難しいですが少しだけ操れます。これを『超魔術』と呼ぶのですが」
「そ、そんなことが! では、わたくしの大気の魔法を使って、わたくしを飛ばせられると……?」
「理論上は……可能です。『飛翔』の魔法は、根本的には一番簡単な大気の魔法の応用です。魔法に集中しながら落ちないよう体の制御が難しいってだけで、だからわたしが殿下を飛ばすなら、それは……って。でもわたしは、まだ肉のゴーレムの専門魔導士ですから。人の魔法を操る『超魔術』の分野は、自信が持てなくて」
とたんにリィーンがあせあせとしだした。
「や、やっぱりやめませんか。トーゴ、やっぱり無茶よ! そりゃわたしだって先生の授業は受けてるけど、魔法の『制御』とか『強化』とか『支配』とか、魔法そのものを操る分野は。わたし本来の力は出せないもの!」
「大丈夫だって。やれると思えば、きっとやれる」
「そんな簡単な話じゃないのよ!? 『超魔術』はその大魔導だって、歴史上一人しかいないくらいなの。今のロディニアの一等魔道官で、魔導士の中で一番偉い人しか。それくらい難しい魔法なのよ!」
「大丈夫だ。いざとなりゃ、高いところから落ちても俺の影が水たまりになる。あそこはたぶん、底がない。俺が姫さまを守って落ちればたぶん怪我はしない」
「だから! そういうことじゃなくて、危険なことがだめなの! たぶんじゃだめなの! 殿下は貴人なのよ!?」
「貴人だかなんだか、それで空を飛べないなんて、俺はおかしいと思う。本人が飛びたくて、空を飛べるかもしれないのに」
東吾の言葉に、リィーンはユスティーナを見た。ユスティーナはきゅっと口を結んで頷いた。
「わたくしはやりたくございます。それができるなら。危険なんて」
「で、殿下……」
「お願いしますリィーンさん。どうか……!」
リィーンが目をつぶった。
そして、呪文を唱えて杖を、ユスティーナの杖に向けて振った。小さな緑色の光がユスティーナの杖の周りをくるりと回り、吸い込まれていく。
ユスティーナの杖の中心が、仄かに緑色に瞬きはじめた。
「これで殿下の魔法は、一度だけですがわたしの制御下に入ります。殿下は魔力を解放するだけで、わたしが魔法の形を操って『飛翔』の呪文に変えます」
「リィーンさん」
「この魔法の効果はごく短時間しかもちません。早くしないと、わたしの制御を離れてしまいますから」
リィーンはなるべくユスティーナを見ないようにして言った。
ユスティーナが小さく頷いた。そして、呪文を唱えはじめる。
「――『イズ・ウィンドラ』……」
ユスティーナの杖が輝いた。
先端から青い光が生まれ、そして杖の中心で瞬いていた緑色の光が追いかけるように再び現れた。青の周囲を、緑が周回し、広がり包みこんで一つになった。
藍緑色となった光が、さらに東吾の右手の宝石に吸い込まれる。色彩が宝石をくぐり、より強くなって、アクアマリンの輝きを煌々と放っていた。
光が拡散した。ユスティーナと抱き上げる東吾の体が、ゆっくりと空中に浮き上がった。
「あっ……! と、飛んで」
「お。いけるか、リィーン?」
リィーンが杖を掲げていた。リィーンの顔が、今までに見たことがないほど真剣な顔つきになっていた。
「――ふうう……! えいっ!!」
リィーンが杖を翳した。魔法の力が解き放たれ、二人の体が一気に舞い上がった。
そして――はるか空の上に、東吾とユスティーナはいた。
「……わ……!!」
ユスティーナが東吾の腕の中で声を上げた。
二人は空を飛んでいた。
空が近かった。太陽を天に、流れゆく夏の雲の宮殿を横に、眼下には城があり。遠くには城下の街並み。それに青い湖と、風に凪ぐ緑の草原が見えていた。
上空は、少し風が吹いていた。陽射しは強く感じたが、空気は地上よりも冷えていた。
「わ、わたくし。空を。本当に飛んで」
「おお……上手くいったな。おー、いい景色だ」
絶景であった。
ユスティーナは顔を上げ、少し遠くを見た。そちらを指差して東吾に言った。
「あっ、あの丘。トーゴさまが、わたくしを連れて出た場所ですわ。あっちはわたくしたちが逃げた森。トーゴさまたちがお友達になってくれた場所ですわ」
「そうだな。こうして見ると豆粒みたいで、面白いな」
「きれいな景色……。ああ、ああ。なんてこと」
東吾の腕の中で、ユスティーナは感極まったように言った。
「空を飛んでいます。わたくし、飛んでいますわ。夢じゃありませんわ……!」
「どうだ姫さま? 感想は。高いところ、怖くないか?」
「とってもすてきですわ! なんと望外の幸せでしょうか、ああ、わたくしは。ついに」
ユスティーナの体が小さく震えた。東吾たちは少しの間、そのまま景色を眺めていた。
すると視界の端で、白い鳥たちの群れがこちらに向かって飛んできた。こちらを仲間だと思ったのか、東吾とユスティーナの周囲を旋回しはじめる。
「きゃ。鳥さんたちが」
「おっと? よーしよし」
一羽がユスティーナの指に留まると、他の数羽も続いて、東吾の肩などあちこちに留まりはじめた。
ピィ、ピィと人懐っこく鳴いた。
「あはっ。かわいいですわ」
「こいつら、勝手に俺たちで羽根休めしやがって。俺らは木じゃねーぞ?」
「この子たちもわたくしたちを歓迎してくださるのね。ありがとうございますわ」
ユスティーナが顔を綻ばせて、可愛らしく微笑んだ。
東吾は下を振り返ると、ほんの小さく見えるリィーンに向かって言った。
「おーいリィーン! 俺たち止まってるだけだけど、動かせないかー!」
「――む、無理ー! これでめいっぱいー! ていうか、そろそろ限界よー!」
リィーンがちょっと必死気味に叫んでいた。
「え、もうかよ? まだ数分も経ってないのに。早すぎだろ?」
「お、下ろすわよー! これ以上は、落ちちゃうからー! 本当に大変なのよー!」
「しょうがねえな……。よし姫さま、下に降りるぞ」
「あ。は、はい、わかりましたわ」
ユスティーナが頷いた。
東吾たちの体が、すっと下に向かって落ちていく。二人の体に留まっていた鳥たちが、ぱっと翼を広げて離れていった。
やがて地面が見えてきて、東吾は地面に立った。お姫さまだっこをしていたユスティーナを下ろしてやる。
リィーンがぜえぜえと息を吐き、疲労した顔をしていた。
「ふう、ふう……。す、すごく疲れたわ。やっぱり専門外の魔法は難しいのよ」
「お疲れ、センキューな。短かったけどいい景色だったぞ」
「本当にはらはらしたわ……。一歩間違えたら、殿下が落ちちゃうし。ちょっとこれ心臓にすごくよくない」
リィーンが胸に手を当てて息をついた。
ユスティーナは少しの間ぼうっとしていたが、やがてはっとすると、がばっとリィーンに抱きついた。
「きゃ。で、殿下?」
「リィーンさん。ありがとうございました」
ユスティーナが顔を上げリィーンを見上げた。ユスティーナの目には、涙がにじんでいた。
「あなたは、わたくしの夢を叶えてくださいました。本当に長い夢でしたの。子供の頃から、窓の外を見るたび、ずうっと願い続けてきた夢でした」
「殿下……。いいえ、これくらい。殿下のためなら」
「こんなにすてきな体験をさせていただいて、本当にありがとう。あなたは、わたくしの恩人です」
ユスティーナは振り返ると、東吾の手を握って言った。
「トーゴさまも。本当にありがとうございました。わたくし、幸せでした。本当に」
「いいって。ちょっと高いとこ行っただけで、短かったけどな。俺も姫さまと飛べて楽しかったし」
「わたくしはなんと幸せ者なのでしょう。お友達と空を飛べて。こんなにきれいな思い出を、たくさんもらって」
「思い出? そんなの、これからいくらでも」
「ええ、そうですわね。これからもきっとたくさん、もっと。いっぱいですわ」
涙をぬぐって微笑み、ユスティーナは言った。
東吾は近くにあった車椅子を持ってくると、ユスティーナを座らせてやった。
「さ、姫さまの夢も叶ったことだし。次はどうしようか? またゲームでもするか」
「そうですわね……。でも少しだけ、疲れてしまいましたわ。わたくし、とっても幸せすぎて」
「そうか?」
「ほんの少しだけお休みましょう。少し休めば、だいじょうぶですから」
「ん。じゃあ部屋に戻るか、行こうぜ」
東吾は車椅子を押し、来た道を戻りはじめた。
するとちょうど向こうから、ヤーコブが走ってやってくる姿が見えた。ヤーコブはユスティーナの前に来ると言った。
「殿下。ご診察のお時間ですぞ。ロディニアの総主教どのがお待ちです」
「あら、もうそんな時間ですの? しかたありませんわね……」
「私めがお連れいたしましょう。こちらへ」
ヤーコブが東吾に代わって車椅子を押しはじめた。そして、東吾たちにぺこりと頭を下げて言った。
「殿下はこれよりご診察があるゆえ、ひとまずは私がお連れしまする。それでは」
「ああ。姫さま、体大事にな。悪くなったら遊べなくなるし」
「はい。それではトーゴさま、リィーンさん。また後で」
「おう、またな」
ユスティーナがにこやかに手を振り、ヤーコブがもう一度会釈して、二人は城に戻っていった。
東吾はその後ろ姿を見送りながら、となりに立つリィーンに言った。
「姫さまの体、よくなるといいけどなぁ。あんなに元気そうで何の病気か知らねーけど。なあ、リィーン」
「……」
「リィーン?」
東吾は横を振り返った。
リィーンは黙ったままで、手に持ったものをじっと見つめていた。
「おいリィーン? なんだそれ」
「……羽根だわ」
「羽根?」
リィーンが、鳥の羽根を持っていた。それは真っ白で大きく、付け根の部分だけが、緋色に赤く染まっていた。
血の色によく似ていた。
「これ。今さっき、そこで拾ったんだけど……」
「? ずいぶんでかい羽根だな。さっき鳥が来た時にくっついたのか? でも、そんな大きな鳥はいなかったと思ったけど」
「……そうね」
リィーンはそれ以上何も言わなかった。
ただ、不吉な何かを予感させる羽根の緋色を、静かに見つめ続けていた。
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メモ:超魔術について
以下は設定です。書きたくなったから書いた。設定の箇条書きなぞつまらん! という方は読み飛ばし推奨。
なお設定は設定なので都合により変更される可能性はあります。あしからず。
今回リィーンちゃんがゴーレム召喚以外の魔法『超魔術』を使ってましたが、この世界の超魔術とは『魔法に対して影響を与える魔法』を指します。
種類はいくつかあり、
・魔法の『強化』 魔法の威力を強くする。対象には自分の魔法も含む。
・魔法の『制御・補正』 自分や誰かの魔法を操る。飛んでくる火の玉の向きを変えたり、一度飛ばしたものを微妙に修正して正確に目標に当てたり。空も飛ばせる!
・魔法の『支配(乗っ取り)』 上に近いですが、上位版かつ敵対的に使われる。支配権を奪うので、奪われた相手は一切制御できなくなるという違い。エーテルの海なんちゃらから出てきた『召喚生物』(東吾とか)の場合は、基本的には支配できない。
・魔法の『打消し』 相手の魔法を消す。青マナ二点。
・魔法の『保持』 一度唱えられた魔法をストックしておく。魔力だけも可。
などなど。他にも色々あります。たぶん。ぶっちゃけ思いつかないなんてことはないよ違うよ全然違うよ。
『超魔術』はそれ単体では何の効果もない魔法です。他に魔法がないとダメ。
で、『超魔術』の最強の魔法は『相手の魔法を一切封じて、自分の使う魔法の魔力タンクにする&範囲効果』です。なんか一見地味です。
が、魔導士にとっては最悪かつ天敵の魔法です。周囲全部の魔力をひたすら集める→千人ぶんか一万人ぶんか十万人ぶんか百万人ぶんの魔力が集まる→俺は神だ! ということができます。ずるいね厨二だね。
なので超魔術の大魔導は最強の魔導士です。でも使えるのは世界でロディニア人の一人だけ(超魔術の大魔導とかなんとか)なので、今のところ誰も困ってません。という設定です。
あと召喚生物は超魔術でも支配できないはずなんですけど、特徴的なしゃべり方の誰かさんが何故かゴーレム(中身)を操ってたりしました。この子もそのうち、また、出す、よ。出す出さないの前にもっと更新しろって? HAHAHA
以上です。