観察日誌4『対象の外界への好奇心』
東吾達は馬車の荷台の上で、揺られていた。
町を出た荷物満載の馬車は、ガタガタと音を立てて街道を走る。馬車の御者台には、例の『肉のゴーレム』がたずなを取って座っていた。
東吾達の乗る馬車の後ろからは、さらに馬車の段列が続いている。それぞれの馬車にもやはり肉のゴーレムが御者をしていて、馬車の操作は全てゴーレム任せらしい。
「リィーンさん。これからどこ行くんだ?」
「バージェスの国有保管庫だよ。奪った食料や物資を無事に届ける任務なの」
リィーンが傍らの麦袋をぽんぽん、と叩いて言った。
「けっこうな量があったから。あそこの穀物倉庫だけじゃ入りきらなかったの。それでわたしが輸送に行く事になったの」
「だから俺は、その為の人手としてあの筋肉ゴーレムと一緒に召喚されたと」
御者台の肉のゴーレム達はさすがに街道を行くからか、大きな毛布で体を隠していた。
しかしその必要がない数体は、そのまま全裸で馬車の隅っこの方に、体育座りでみっしりと肩を寄せ合っていた。
「……なんでこいつら、常に笑ってるんだ? すごく不気味なんですけど」
「いつもそうやって創ってるんだよ。怒った顔や無愛想な顔よりは、笑ってる顔のほうがまだいいかな、って」
「そんなことは全然ねーと思う……」
肉と肉を寄せ合ってみっしり。笑顔のゴーレム達は相当なビジュアルだ。圧倒的筋肉の塊である。
小さな子供が見たら、間違いなく泣き出すであろう。
「と、とにかく。奪った食料ってどういうことだ? そういえば昨日も、戦争みたいなことをしてたけど?」
その疑問には、同行しているシアが答えた。
「みたいなこと、じゃなくて。戦争してるんですよ? オルドビシアという隣国の吸血鬼達が、戦争を吹っかけてきてるんです」
「戦争してる? 吸血鬼と?」
「はい」
異世界だけあって、吸血鬼なんてものがいるらしい。
ついでにそれと戦争中と来たものだ。
「ふうん、吸血鬼か。やっぱり不死で老いなくてロリババア、もとい見た目子供なお婆ちゃんがいるとか?」
「ろりばばあ……? さあ、吸血鬼の生態なんて詳しくないですし。いるかもしれないけど、私は知りません」
「血を吸われると吸われた人も吸血鬼になるとか。あと、十字架がだめだとか」
「別に十字架なんて効かないでしょう? ……あなたゴーレムなのに、妙に知りたがりなんですね?」
シアは東吾を見て、不思議そうに首を傾げた。
「まるでバルティカの『偽魂のゴーレム』みたい。意志を持ってるように見えるわ」
「ギコン?」
「あなたみたいに『生きているように見える』ゴーレムのこと。話したり学んだり、勝手に動いたりして、自分の意思があるように見えるの。
バルティカというドワーフ達の国でたくさん作られてますね。実際には、本当に生きてるわけじゃないんですけど」
「つまりロボットか。……って、生きてるわけじゃないって」
何を言ってるんだろう。
俺がロボットみたいだって?
「まるで俺が本当は生きていないみたいな口ぶりなんだけど?」
「? だって、あなたはゴーレムじゃないですか」
「いや違うよ。俺はちゃんと生きてるし。俺は家でテレビ見てただけだし。気づいたらいきなりこの世界にいるんじゃないか」
「えっ? い、家?」
「家だよ。俺の自宅」
シアにリィーンまで、ぽかんとする。
二人の頭の上に大量のクエスチョンマークが出ているかのようだ。
「……なにそれ? どうしてゴーレムに家が必要なんですか?」
「家なき子じゃあるまいし、俺にも家ぐらい必要だよ!?」
シアとリィーンが怪訝な顔で目配せし合う。リィーンが言った。
「え、エーテル界には魔法のエネルギー以外何もないんだよ。家なんて、どうやって作るの?」
「だからそのエーテルってなんだ? 俺は夏休み中の高校生、つまり長期休暇中の学生だよ。ようやく補習も終わって、家でゴロゴロしてたんだ」
「学生……長期……休暇? なにそれ。ま、まるで人間みたいに」
「みたいじゃなくて。俺は人間だよ」
「「……」」
「な、なんで二人ともきょとんとしてるんだ……?」
突然、シアががばっ! と立ち上がった。リィーンに抱きついて叫ぶ。
「きゃあー!! や、やっぱり変態!?」
「きゃっ? シアさん」
「!? へ、変態……!」
最早何度目かも分からない変態呼ばわりに、東吾はガビンとショックが走った。
この大らかで優しそうな子にまで、変態扱いされるとは……。
「たたた大変! 大変な変態! やっぱりゴーレムじゃなかったんだわ!? リィーンちゃん逃げて!」
「シアさん落ち着いて! で、でも人間ってどういう」
「ルルゥちゃんに代わって私がリィーンちゃんの盾になるわ! ああでもだめ、こんな馬車の中じゃ二人の逃げ場はない。男の子の力じゃ女二人では勝てないわ。無力な私達に伸びる飢えた狼の手、嫌がっても無理やり衣服を剥ぎ取られ。念入りに杖まで奪われて。若く瑞々しい肢体は無残に貪られ……ああっ!」
「お、おい? 俺は別に何も」
シアは何やら苦悩し、うわ言をぶつぶつ呟きはじめた。
「い、いまわしきほんしょう。じゃあくなるよろこび。ぶつぶつ」
「シアさん! ああ、変なスイッチが入っちゃった。えっと、ごめんなさい」
「いや……急になんだか分からないけど」
「……あの。あなた人間って、本当?」
リィーンがおずおずと聞いた。東吾は頷く。
「見れば分かると思うけど、俺は人間だよ。普段は学生やってる、年齢は16歳だ。ここじゃない世界から呼ばれてきたんだけど。君はあまり驚かないんだ?」
「驚いてるけど、シアさん見たら逆に冷静になっちゃったというか……。で、でも昨日は槍に刺されてたよ?」
「普通なら死んでたんだが……。こっち来てる間は、刺さっても痛くないみたいだな。ゴーレムの体になってるらしい」
「そ、そう。……でもこれ大変。わたし、人を召喚しちゃうなんて!」
リィーンがひどく慌てる。両手で口を覆って言った。
「ど、どうしよ。勝手に召喚して、人を攫ってるのと同じだし。ううん、場合によっては条約違反で国際問題になっちゃう……!
あなたどこの国の人? 隣国ローレンシア? ドワーフのバルティカ? それとも瘴癘のジャングル、ゴンドワナ? 吸血鬼には見えないしオルドビシアじゃないと思うけど、エルフ達のレムリアや、アークティカ竜皇国、天使の国ヒュペルボレイオスでもないよね?」
「ていうか日本人だけど……。日本の国民だ」
「ニホン? どこの地名なの?」
「地名じゃない。日本っていう名前の国だ。俺はそこの首都の東京って場所に住んでる高校生だ」
「そんな国、聞いたことない」
「だから異世界なんだ。俺は違う世界から来たんだ」
「異世界」
リィーンは呆然としていたが、やがて杖を手に東吾へ近づいた。
「ご、ごめんなさい。一応念のために。『精霊よ。彼の者の真理と秘密を解き明かせ』」
リィーンが呪文を唱えた。紫色の光が東吾を包む。
昨日デーイィンが使っていた魔法と同じものだ。確か、探知の魔法と言っていた。
「……ううん。体は召喚生物のエーテル体。わたしの使役する肉のゴーレムって反応。偽魂のゴーレムじゃありえないはずだし。でも、異世界の人間……?」
「本当だよ。俺が言ってることは本当に本当」
「う、うん」
若干納得いっていないようだが、リィーンは小さく頷いた。
「俺は別に君に何もする気はないよ。裸で出てきちゃったけど、わざと見せたわけじゃなくって」
「そ、そうだね。変なことする気なら、さっき荷運びした時にやってたもんね」
「国際問題とか、そのへんは気にしなくても平気じゃないか? 人攫いって言っても、俺はそこまで迷惑してるわけじゃないし。一日出掛けてるだけだから」
リィーンが小さく首を動かして頷く。どうやらこのリィーンは、東吾を犯罪者扱いはしないらしい。東吾は誤解が解けてほっとした。
が、復活したシアが二人の間に割って入った。
「リィーンちゃん、危険よ離れて! 狼が襲ってくるわ!」
「し、シアさん。だいじょうぶだよ、トーゴくんは悪い人じゃないみたいだし。さっきも、お仕事も真面目にしてくれて」
「騙されちゃだめ! 油断したところをがぶりなのよ」
「そんな」
困った顔のリィーンが言ったが、結局引き離されて二人は馬車の逆端へ行ってしまった。
東吾はぽつんと麦袋に腰掛け、息を吐いた。全く信用がない。全裸を見せたのはあれだが、自ら率先して見せたわけではないのだが。
俺はそんなに不審者に見えるのだろうか?
「なんで俺、何もしてないのに、こんなに信用されてないんだろう……?」
近くで体育座りする肉のゴーレムが『HAHAHA』と鳴いた。
二時間ほど馬車を走らせると、森や林しか見えなかった風景に、変化が現れた。
街道を進む行商やすれ違う馬車が増えはじめ、地面の赤土だけの道が舗装された石畳の道路に切り替わった。車輪の立てる音が、大きく変わる。
やがて道の先に、大都市バージェスの姿が見えてくる。
東吾は御者台ごしに前を見て、おお! と感嘆した声を出した。
「すげえ。なんだあの、でかいビル?」
眼前には小ぶりな二つの山と、その谷間に挟まれた丘の上に建つ街。そして街の中央には、白塗りの大きな建物が見えていた。
よく晴れた雲のない青空に、つんざき聳え立つ、白の尖塔。
丘の半分近くを占めているその巨大な高層建築物は、夏の陽光を受けて白光に煌き、しかし同時に、青くのっぺりした一枚板の空に不思議と溶け込んでいる。
そのせいか白の輪郭と空の境界が、ひどく曖昧に見えた。
塔は巨大であるだけでなく、繋ぎ目一つ見えなかった。細長く完成された円錐であり、美しい曲線が天頂に向かって延びている。
秩序だった知性と静謐と清潔さのイメージを起想させる。都市そのものが、まるでこの建物のためにあるかのような――そんな感覚を思い起こさせた。
丘の麓から下、さらには隣合わせた二つの山の中腹まで広がって栄えている周囲の雑多な街並みとは、非常に対象的だ。
巨塔を遮るものは何一つなく、神秘性を感じるほどに壮観だった。
「リィーン、あれなんだ? あのでっかいの」
「え?」
「あ、ごめん。つい呼び捨てで。そっちのが親しみあるかなって、迷惑かな?」
「ううん。わたしは気にしないよ」
リィーンはかぶりを振り、東吾が指した塔を見上げた。
「あれ? あれは『サペリオン』だね」
「サペリオン?」
「そう。地方行政府、兼、行政議事堂。つまりお役所だね。その全部。それに魔導大図書館。プラス中央病院に、屯所本部、中央教会、魔法研究所、国立の魔法学校とそれらの施設でしょ、あとは……。とにかく、色々詰め込んでる建物なの」
「「? お役所と……図書館に病院? それで学校までだって? 全部一緒なのか?」
「うん」
「どうしてそんな事してるんだ?」
「どうしてって……その方が都合がいいから? そう言えばよそから来た人は、みんな不思議そうにするね」
「そんな一粒で何度もおいしいみたいな建物なんて、確かに不思議だな。なんで都合がいいのか俺にはさっぱり分からないが」
「ロディニアには、首都も含めてあと四つのサペリオンがあるんだよ。見慣れると、そんなに変にも思わないかな」
異郷の巨大建築は、まさしく異世界であった。
よくよく見てみれば、丘に隣り合った二つの山の上からは、まるで空中回廊のような長い陸橋まで例の『サペリオン』の上部に向かって延びている。
「俺のイメージと、ちょっと違ったな……。ファンタジーはファンタジーだけど、相当進歩してないか?」
日本でだって、あんなに大きなビルは見たことがない。
マントとか杖とか皮のブーツとか装備している割には、この異世界の人々は想像よりも文明人なのかも知れない。と、東吾は思った。
しかしここに来るまでの道のりでは人里らしいものはなく、たまにぽつんと民家や畑を見るくらいで、人の手の入っていないような森やら、人気のない謎のストーンヘンジやらあったのが不思議なのだが……。
普通、もっと人の住む街を拡大させていくものなんじゃ? 遠くに見えるあの街の塔だけが、異様に人工的なのである。
やがて馬車は街に近付き、御者をしていた肉のゴーレムが馬の速度を落とした。ゆっくりと並み足で、馬車は都市の入り口へ入っていく。
街の入り口には、槍を持って警邏している兵士達がおり、そのほど近くに詰め所のようなものがあった。
そこから一人の衛兵が出てくる。
リィーンが立ち上がり、馬車から顔を出して羊皮紙を衛兵に見せた。
「ご、ご苦労さまです。第二軍団魔導士隊付き第201召喚魔導隊所属、リィーン・ルティリア三等魔導士です。エディアカラの砦で鹵獲した、余剰の物資を届けに来ました。こちらが命令書です」
「はっ、お疲れ様です魔導士どの。――確かに確認しました。お通り下さい、各部署にはすでに連絡済みであります」
「ありがとうございます」
再び馬車が動きはじめ、門を通って中へ入っていく。
街の中の道は整備されていて、ロータリーになった門の近くを過ぎると、二車線の馬車用の道を乗り物が行き交っていた。
道沿いにある店はなかなかに賑わっており、建物は三階四階建ても多く、けっこうな高さがある。
立派な時計塔が遠くに見えていて、ちょうど正午の時刻を示していた。
「倉庫にはすぐ着くから。そこで荷物を受け渡ししたら、サインをもらって帰るの。こっちの人が連絡つけてくれたから、早く終わるかもね」
「そっか。でも、思ったよりずっと発展してるんだな」
周囲の乗り物は通常の馬車だけでなく、岩で出来た馬に引かせているもの、馬の代わりにゴーレムの人力車のようなもの、中には馬も何もなく、車のように勝手に走っているものまであった。
交差点には信号もある。さすがに電灯の点滅式ではなかったが、赤、オレンジ、緑の旗が道路脇の石柱から、自動的に飛び出し振られる仕組みだ。緑は青、オレンジは黄色と同じだろう。
もちろん、道の両端にはきちんと歩道が拵えられ、大勢の通行人が歩いていた。
もう間違いがない。どう見ても中世ではない。
確かに、建物は全体的にヨーロッパ風ファンタジー風ではあるのだが。モダンな感じであった。
「あの馬車なんか、馬なしで走ってるぞ? まさかエンジン付きの車か?」
「えんじん? ああ、魔導車。あれはね、お金持ち用の馬車なんだよ。大気の魔法が使える魔導士を雇って運転させてるの」
「魔法を動力にしてるのか。なるほど、帆があるぞ」
魔法の力。この異世界文明では、魔法を生活に役立てているらしい。
東吾の読んだことのあるファンタジーでは、あまりこういった魔法の生活への応用は多く見たことがなかった。
よく探せばいくらでもあるのだが、そこはライト層の高校生男子だ。東吾はここ数年、ラノベと漫画以外に本を読んだ覚えがない。海外の本格ファンタジーの原書など、表紙すら見たことがなかった。
とにかく人間というものは戦いよりも、普段を過ごす時間の方がずっと長いわけで。魔法を生活へ応用しようというのは、当然の発想だろうと思えた。
たとえば風を操って、空を飛べるなら。
次に思いつくのは当然、それを利用した輸送だ。空輸するには入れ物が要る。ならば飛行機という概念はすぐに生まれると言える。試行錯誤の過程で、翼と揚力の効果もすぐに発見するだろう。
ひょっとしたら、この世界にはもうあるのかも知れないな。じゃあ船はどうだろう? 帆船なら、元の世界より速そうだ。常に全速で進めるんだし。
新幹線や電車は無理でも、大勢のゴーレムに曳かせれば、路面電車もどきくらいは出来るかも知れない。そもそも雷の魔法を使えるなら、電気の利用だってそのうち……。
と、そこまで東吾が考えていると、リィーンとシアの話し声で黙想から覚めた。
「でも魔導車は贅沢すぎると思うわ。装飾もいやに豪華で見せびらかしてるみたいだし。首都から誰か戦争見物でも来てるのかしら?」
「うん……。困るよね、危ないのに」
「巻き込まれると考えないのかしら……。不謹慎よね」
戦争を娯楽として見る。確かに、不謹慎かも知れない。
とはいえ東吾の属する現代社会も、戦争をモチーフにした映画・ゲームなどが溢れ、車は道をひっきりなしに走っている。金持ちと自分達は変わらないのであろうか。
勿論二人はそんなつもりで言った訳ではないのだろうが……。ちょっとだけ心外な気分になりつつ、東吾達を乗せた馬車段列は道を曲がっていく。そのまましばらく走ると、周囲の趣が少し違ったものになった。
人通りは少なくなり、代わりに大型の無骨な馬車が何台かすれ違い、道ばたには兵士の数が多くなる。とある建物の前で、馬車が止められた。
「着いたよ。トーゴくん」
「ああ」
三人は馬車から降りると、敷地の前で警備をしていた兵士に近付いた。
「あの、リィーン・ルティリア三等魔導士です。こちらは同行のシアアール・グレンバート三等魔導士」
「はい魔導士どの、エディアカラからですね。命令書の確認をよろしいか?」
「はい、これです。どうぞ」
「結構です、両名ともお通り下さい。兵を何名か、案内と手伝いに就かせますので」
「ありがとうございます! じゃあ馬車を誘導しますね。ゴーレム、わたしの後ろについてきてー」
リィーンが御者台のゴーレムに先導した。馬車の縦列が、ごとごととリィーン達を追って敷地内に入っていく。
東吾は、その後ろをついて行こうとして。
――兵士に肩を掴まれた。
「待て。貴様は?」
「えっ?」
「魔導士には見えんな。これは新兵用の平服か? 何故新入りが魔導士どのの護衛など重要任務に就いている。階級章もない。
怪しい奴だな……ちょっとこっちに来い!」
「な!? 違う、俺は不審者じゃないぞ!」
いきなり逮捕連行されそうになる東吾。
リィーンが慌てて戻ってきた。
「ち、違うんです! このひとはえっとその、偽魂! 偽魂のゴーレムなんです。わたしの護衛用の一体で」
リィーンが説明をすると、兵士はすぐに東吾を離して敬礼した。
「これは失礼しました、魔導士どの! お通り下さい。しかし誤解を生みかねませんので、別の服装を身につけさせた方がよろしいかと」
「ど、どうもすみません……!」
リィーンが真っ赤になってぺこぺこ頭を下げた。
門を過ぎて兵士が見えなくなったところで、リィーンは東吾に言った。
「ご、ごめんね。許可取らないとここは入れないの。わたし忘れてて」
「いやいいけど。あーびっくりした、そうか階級章か……」
まるで職質を食らった気分の東吾だ。東吾の服は軍服で、肩章などがついていなかった。
「俺、そんなに不審者かな……?」
「そ、そんな事ないよ! 普通に見えるよ」
リィーンが慰めてくれた。
設定メモ:『肉のゴーレム・Ⅱ』
この作品内での設定です。
肉のゴーレムは他の召喚生物と違い、大きな利点を持っています。
それは人間の形をしているために、人間の使うあらゆる道具を使用することが可能という点です(それには、肉のゴーレム自体に技能を持たせる必要 = 召喚した魔導士に相応の召喚技量が問われることになりますが)。
労働用途全般に転用することが出来ます。むしろ、戦闘に用いるよりもそちらが本業です。
これは魔法文明社会においては非常に有用とされていて、単純な力仕事・雑務で、肉のゴーレムは重要な労働力を担わせられています。
岩のゴーレム等とは違い、肉の形質と機能的な関節は、比較的繊細な作業も十分に可能であり、自らの重量で道具や物品を破壊してしまうこともありません。
ゴーレムを使役する魔導士一人の賃金で(一人分の給与としては非常に割高になりますが)、農村の人々は農作業の重労働から解放されます。都市部に住む人々は運送業や建設業、港湾業務などにおいて、大変な荷物に文句一つ言わない頼もしい味方ができるでしょう。
万が一ゴーレムが事故に巻き込まれても何の補償もいらないので、鉱業やその他危険を伴う業務においても重宝されます(こちらは、より頑丈な岩のゴーレムが中心です)。
(余談ですが、岩のゴーレムは作中でもあるように、馬車の引き手など単純な力の強さ・耐久力を必要とする仕事を中心に利用されます。
骨格が不用で形態を問わないため、魔法の国ロディニアにおいては、工事現場等で利用される重機のような岩ゴーレムも存在します。
板状にして、動力を必要としない半永久的に昇降する階段(つまりエスカレーター!)にすることもできます。作中では、信号機に岩ゴーレムが使われています。
要人の身辺警護においては、会談やパーティなどフォーマルな場では、服さえ着せれば『見苦しくない』肉のゴーレムを、危険が予想される屋外などでは岩のゴーレムが使われることが多いようです。)
肉のゴーレムの仕事は、より『人間のすることに近い』ものが選ばれます。
非常にハイレベルな召喚技量が必要という条件こそつくものの、例えば簡単な家内制手工業で作業させることさえ可能なため、優れた肉のゴーレムの召喚魔導士は引く手数多で、意外にも社会的地位はかなり高いです。
中にはたった一人で起業してしまう召喚魔導士すらいるほどです。しかし反面、ゴーレム達の利便性と汎用性の非常な高さは、急速な時代の変化についていけない各種労働者ギルドを圧迫し、争いになってしまうこともしばしばです。
現在では、ゴーレム召喚を業務に使う企業は、役所の厳正な審査と認可が必要になっています。