第六話 その3
「引っこ抜かーれてーあなただけにーついーていくー……おおっとこれ以上はいけねえ。しっかしどんだけいるんだこいつら」
砂浜の中に埋まったドーラを引き抜きながら、東吾はつぶやいた。
後ろを振り返ってみれば、そこには荷馬車の上にでん、と乗せられたブロッガ、そして山と積まれたドーラたちの群れがある。
「……。出荷前の野菜か何かかお前ら」
【申し訳ない、である】
【毎度ながらすまな、い。そこにも我らの同胞がいる、な】
「はいはい。よいしょっと」
東吾は指さされた場所にゴーレム腕を突っ込み、そこから木の根のような感触のものを見つけるとずぼ、と引っこ抜いていく。
地面の下から出てくるのはやはりドーラである。引っこ抜くたびにゾンビみたいな顔面ばかり現れる光景はあまりぞっとしない。
「ファンタジー種族というより、これじゃ敵モンスターだよなぁ……。お、リィーン」
また一人ドーラを荷馬車に積みこんでいると、向こうからリィーンが歩いてくるのが見えた。
すでに水着から普段の服に着替えていて、その後ろからはゴーレムに引かせた新たな荷台を連れてきている。
「ちょうどよかった、こっちはもう満杯だぞ。ぞろぞろ出てきやがるし」
「やっぱり多すぎるわね……。わたしたちだけじゃ無理かしら」
そう言ってリィーンが浮かない顔をした。
東吾は振り返り、ざっと土に埋まったドーラたちを見渡した。
「本当にそこらじゅうにいるなこいつら。わらわらと」
「そうなのよね……。この人たちが群れるのは習性みたいなものだから」
「全部でどれだけいるんだ? とりあえずぎょろ目の大岩はいいとして、ゾンビ植物はもうざっと50は掘り出したけど」
「ブロッガはだいたい一体につき、50ほどのドーラを連れてるわ。今浜辺にいるブロッガは三体だから、合わせて残りはドーラ100くらいね」
「うげ。まだそんないるのかよ」
「うん……。ここだけで、ね」
「ここだけ? なんか他にもいるみたいな口ぶりだけど」
「……」
リィーンが難しい顔をして黙りこくった。
手元の紙をちらりと眺めると、さっきまでの元気はどこかへ吹っ飛んだかのようにため息をつく。
「どうしたよ? なんだその紙」
「……こっちに来る前に、首都の大型『広域探知』でブロッガの総数を調べてもらってたのよ。ローレンシア国内で確認されたブロッガの数は……全部で40くらい。色んなところに散らばってて」
「40? するってーと、40かける50だから」
「……ドーラは2000、くらい……」
うんざりした声でリィーンがつぶやいた。ちょっと絶望的な表情をしている。
「に、にせ……え゛? ま、マジで?」
「『だから』わたしがこの仕事をやれってことになったんだわ……。ゴーレムで人手をカバーさせるために」
「で、でもリィーン。それはちょっといくらなんでも数が」
「多すぎよね。ああもう、ちょっと無理だわこれじゃ。ローレンシア側からも兵隊さんを借りないと」
「どんだけ不法入国しまくってんだよ。なあお前ら」
呆れて荷馬車の上のドーラたちを眺めるが、不気味な姿の植物人間たちは誰もがだらだらしてばかりである。
中には自分たちの根っこを使って、ヒマそうにあやとりしている姿もあった。
「……おい。遊ぶな遊ぶな、誰のために人が仕事してると思ってるんだ」
【う、む? おおそうか、これはすまな、い。つい手持ち無沙汰になってしまって、な】
「手持ち無沙汰なら自分で帰れよ。なにやってんだ……って、ん?」
ふとその横を見ると、ブロッガの大きな目玉がいつの間にか閉じられていた。
地鳴りのような、いびきのような音が聞こえてくる。
【……ぐう……】
「おいい!? お前も寝てるんじゃねーよ起きろや!」
【うむ? む、むう。これは失礼、である】
「こ、こいつら……!」
「と、トーゴ落ち着いて、落ち着いて。ありがと、もうあとはゴーレムにやらせるから。『プロ・トビオント』」
リィーンが呪文を唱え、新たにゴーレムを十体ほど召喚するとドーラの掘り出し・積みこみの作業をやらせはじめた。
満杯になってしまった荷馬車にはゴーレムを一体つけて、街道の一つを指さして命令する。
「あの道を道のりにまっすぐ行けば国境だから、そこまで馬車を引いて行ってね。関所についたら兵隊さんがいると思うからそこで引き渡してあげて。じゃあこれを首からかけて、と」
リィーンが『肉のゴーレム・ドーラ輸送中 ローレンシア連邦王国』と書かれた札を首に下げてやると、肉ゴーレムは『ヤッ!』と頷いて荷馬車を引いていく。
「はあ。なんだか流れで仕事になっちゃったけど……ごめんねトーゴ、はい」
リィーンは手に持っていたコップを一つ手渡してくる。中にはお茶が入っていた。
東吾は作業を止めてそれを受け取り、一口飲んでドーラを引き抜くゴーレムたちを眺めた。
目の前にはきれいな砂浜が広がっているが、あたりはまるで収穫作業の現場である。
「ったく面倒なやつらだなぁ。うーん……2000な。どうすんだ?」
「とりあえずこのへんだけでも掘り出しちゃいましょ。あとはこの国の兵士を借りにお城のほうに行かなくちゃ」
「お城? ああ、さっき見たあれか。お姫様とかに会うの?」
「さすがにそれはないと思うけど。王族だしわたしたちは部外者だし、わたしだって話したことなんてないもの」
「ふーん」
東吾とリィーンが荷台の端に座って一休みしているうちに、次々とゴーレムたちが掘り出したドーラを積んでいく。
さすがに十体もいるだけあって仕事はすぐに済んだ。リィーンはさっきと同じように札を一体のゴーレムにかけてやると、また国境まで運ぶように命令する。
「さ、ひとまず終わり。行きましょ」
「なあリィーン。あいつらって放置するわけにはいかねえの? キモいけど害がないなら誰も困らないと思うんだけど」
「誰もいない場所ならそれでいいんだけどね……。やっぱりこういう公園にぞろぞろ来られたらまずいもの」
二人は並んで歩きだし、公園を出て元来た道を戻っていった。