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第六話 その2

 


「んでさ、ここ。ローレンシア……だっけか?」


 と、あたりを見回して東吾はつぶやいた。

 細い馬車道を歩いてすぐ近くにあった町に入ると、中は中世的な街並みが続いていた。


 前に歩いたバージェスの街よりももっと古い建物が多く、ほとんど二階建てまでばかりで背も低い。

 道を歩く人もまさしく中世という感じの身なりばかりだ。簡素な服や皮の靴を履いていたりして、しかもところどころくすんでいたりする。


 あまり近代的な空気は感じられない、東吾の思うような中世ファンタジー世界に近い景色だった。

 以前は思ったより進んでいるようだったが……このへんはどうも毛色が違う感じだ。


「なんか……ロディニア? と違うなぁ。前に歩いたとこより遅れてるっつーか、嫌いじゃないけど」

「一応この国の首都なんだけど。バージェスやシリウスパセットに比べると、さすがにちょっとね」

「建物もちっちゃえし。ゴーレムで引いてる馬車もないし。騎士の国とか言ってたよな、魔法使いはいないのか?」

「うん。でもこの国は連邦制って言ってね、いくつかの国の元締めみたいなものなのよ。ウチのロディニア魔法国も加入してて、『主家筋』って言うのかしら。もうほとんど名目だけなんだけど」

「ほーほー。お姫様とかいるの?」

「いるわよ? ユスティーナ・アルホニエミ殿下ってお姫様ね。きれいな金色の髪の王女さまだわ」

「おーますます中世ファンタジー。しっかし仕事で派遣されて外国、か」


 東吾がそう言って隣を見ると、リィーンもさすがに少し疲れた顔をしている。


「それなのよ。先生、あそこには有名な遊水公園があるから仕事がてらにくつろいできて下さい、なんて言ってたけど。一人で湖に行ってどうしろっていうのよ」

「だから湖に行きたいって話なのか。ま、俺も付き合うよ、ちょうど宙ぶらりんになってたし」


 二人は少し歩くと、より大きな街道に出た。


 そこは先ほどまでの道とは違って道幅も広く、なかなかに活気があり道路に沿って店がいくつも並んでいる。

 以前歩いたバージェスの商店街にも引けをとらないほど人通りが多く、旅人らしき風体の男、商人のような男や、果物売りの少女。馬に乗って鎧を身につけた騎士やその従者、ちらほらとだがマントに杖を持った人間の姿なども見えた。


「あれ、なんだ。けっこー栄えてるじゃん」

「この道は主街道だもの。ほら、ローレンシアの王城のローラシア城へ続いてるでしょ? で、逆側へ行けば湖」

「でもやっぱりバージェスとちょっと空気が違うなあ。あんなテンプレな騎士なんて見なかったし」

「ウチの国の人もいくらかいるみたい。魔導士姿のはみんなそうよ、戦争も終わったし保養しに来てるみたいね」


 東吾とリィーンは人の雑踏に紛れて道を歩いていく。

 途中、リィーンが果物売りの少女に話しかけてリンゴを二つ買った。一つを東吾に手渡してくれる。


「はいトーゴ。夏リンゴだわ、とっても珍しい品種なのよ」

「おおセンキュー」

「えへへ、湖なんて久しぶりだわ。楽しみ」


 リィーンは上機嫌でニコニコしていた。こころなしか歩く調子もスキップ気味である。

 リンゴをかじりながらしばらく進むと街道の終わりが見えてきた。


 馬車や馬を止めておく駅があり、そのうち一つに何人か列を作って並んでいる姿があった。

 一際大きな幌なし馬車がその前に止まり、列は降りてきた御者の男にコインを渡して次々に乗りこんでいく。


「ちょうど往来の便が来てるわ。あれに乗れば湖まですぐよ。さ、トーゴ早く」

「あ、おい?」

「置いてかれちゃうから早く、ね。えへへ」


 リィーンは東吾の手を引いて走り出した。

 二人が大型馬車に乗りこむと、すぐに馬車は動きはじめる。


 どうやら湖直行のバスみたいなものらしい。乗っている客はいかにも観光客というふうで、中にはすでに水着代わりなのか腰巻き姿の男性も見える。


「ファンタジー世界でもレジャーがあるもんなんだなぁ。この人たちみんな泳ぎに行くのか」

「ローレンシアのデュ・トワ湖は観光地で有名よ。とっても水が綺麗なの」

「へえ……リィーン?」


 ふとリィーンを見るとなぜかそっぽを向いていた。

 その耳が薄っすらと赤くなっている。


「どうした? そっちになんかあんの?」

「あ、いや……。ちょっとその、後ろのおじさんが」

「おじさん? あの腰巻き一枚の?」

「う、うん。……わたし、ちょっと男の人の裸って苦手なのよ。特に知らない人のはあんまり見たくないっていうか」

「そういやお前の先生も前にそんなこと言ってたな。今から泳ぎに行くのに大丈夫なのか?」

「だ、だいじょうぶ。……たぶん。なるべく人のいないとこ行くから、湖広いから」

「……。俺も男だけど。泳ぐとなると上半身ぐらいは裸になるぞ」

「……。トーゴは半分ゴーレムだから。それくらいならへいき」

「そ、そうか」


 なにやら一応肉のゴーレムの範疇に入るならOKらしい。

 体はゴーレムでも、見た目も変わらない上に中身もふつうに男の人格なら同じだと東吾は思うのだが……。


 やがて馬車が止まると、東吾たちは降りて再び歩き出す。

 けっこうな人通りがあるものの、日本の混雑する海水浴場に比べたら大したことはない。


 しかしそれにしても――


「うお……でっけー湖だな。向こう岸があんまり見えないぞ」


 対岸が見えないくらいに巨大な湖だった。

 ほんの少しだけもやがかかっているのか、はるか遠い対岸は青薄くわずかに霞んでいた。


 水面は反射した陽光で、きらり、きらりと小さく瞬いている。湖にはかすかに波があり、ここから見てもよく透き通っているのがわかった。

 東吾たちの近くにはヤシの木にも似た街路樹が立ち並び、菓子や飲み物などを売る売り子が客引きの声を出していた。


「あ、そうだわ。東吾は水着持ってないわよね? すいませーんこれ下さい」


 リィーンが近くの出店でハーフパンツのようなものを買ってくる。


「おお悪いな。……ん? これ、水着?」


 渡された水着は、水着というよりも――膝上で切り揃えられたふつうのズボンに近かった。


 触ってみても水を弾くとは思えない素材である。

 どころか、これでは思い切り吸ってたちどころに重くなってしまう。


「どしたの? あ、だいじょうぶよ。それ水を吸わないように魔法がかけられてるものだから」

「そうなのか? 見た目は変わんねえけど」

「これは元はウチで作ったものをここで売ってるのね。魔法付きの衣服はロディニアの特産なのよ。じゃあ行きましょーか、えへへ」


 ニコニコしたリィーンを追って、東吾は水辺に向かって歩いていく。

 浜辺にはぽつりぽつりと砂浜に寝転がっている人や、波打ち際で遊んでいる平和な人々の姿があった。


 そこを横切るようにしばらく進んでいく。と、やがて人影がまばらになっていった。

 周囲にほとんど誰も見えなくなったところでリィーンが立ち止まる。


「このへんならいいわね。着替えましょ」

「着替え? どこで?」


 見回してみても着替えられそうな場所などどこにもなかった。

 あたりは浜辺と、あとはせいぜいちょっと離れたところに雑木林があるだけだ。


「どこでって。人もいないし、そのへんで?」

「え、マジ。……。――マジでっ!?」


 異世界ってそんなものなのかと一瞬躊躇したが、東吾ははたとリィーンの言葉の意味に気づいた。

 何もないところで着替える――ということは。


 当然リィーンも。

 ここで……。


「一応水着持ってきててよかったわ。よいしょ」


 ごくふつうの仕草でリィーンは帽子を取り、マントを外していく。


(……!!! こ、これはっ!? まままマジか!?)


 東吾の胸が期待に膨らんだ。

 が、しかし……。


「はい、『プロ・トビオント』っと」

『『『ヤーッ!!!』』』


 リィーンが杖を軽く振るうと筋肉ゴーレムの集団が現れた。

 リィーンはそのうち一体に帽子マントと杖を手渡し、命令を下す。


「ゴーレム、周りから見えないように壁を作ってね。一体は着替えを手伝ってちょうだい」

『『『ヤッ!』』』


 いい笑顔の肉ゴーレムたちがすばやく動きはじめる。

 すぐにぴっちりと円陣を組んだ筋肉の壁で、リィーンの姿は見えなくなってしまった。


「わたしが着替えてる間にトーゴも着替えておいてねー」

「……」


 東吾はがっくりと肩を落とした。

 リィーンの裸が見れるどころか、網膜に映るのは太陽の光を浴びて黒光りするゴーレムたちの筋肉だけである……。


(……まあそりゃそうだよな……。うう……)


 うなだれながら服をにゅるん、と体内へとしまいこみ、東吾はさっき渡された水着をはいた。


 そのまま浜辺に座りこんで待つこと数分。

 円陣を組んでいたゴーレムたちがばらけ、中から水着姿になったリィーンが出てくる。


「お」

「ごめんね、お待たせ。うん、去年のだけどサイズが変わってなくてよかったわ」

「……。なあリィーン、水着……なのかそれ?」


 リィーンが着ているのは、東吾の知る一般的な水着ではなかった。

 袖は肘の先、スカートの下の足部分は膝下まであり、胴体の部分には妙にヒラヒラが多くついている。


 そう呼ぶよりはむしろ、ダイビングスーツや袖つきスパッツ型の競泳水着を可愛く改造したような格好だった。

 水着と言えば、水着ではあるが……。


「え? へ、変かしら?」

「いや変ってわけじゃないしよく似合ってるけど。ふつうの水着ってもっとこう、こんな感じの」


 上手く説明できないのでワンピースやビキニの水着をジェスチャーで示してみると、今度は逆にリィーンが恥ずかしそうな顔をする。


「え、なにそれ。か、過激すぎるわよちょっと。それじゃ下着じゃないの」

「……。まさかこんな形でファンタジーだったとは……」


 東吾としてはちょっと予想より期待はずれだった。

 思ってたより肌の露出がない。


「な、なによもう。変な目で見ないでよ?」

「まあそれはそれで可愛いからいいけどな。おーっしゃ泳ぐかー」


 軽く肩を回して、東吾は湖の中へと進み入った。


 湖は少し奥へ進むとある程度まで深くなっていた。

 水はよく澄んでおり、底のほうまでクリアに見えている。わずかに沖のほうで小さな魚が跳ねたのが見えた。


「すっげえ、超きれーじゃん! 外国の海みたいだなここ」

「ここは保養地だから、依頼されたロディニアの魔導士が定期的に掃除してるからね」

「魚もいっぱいいるなー。おお冷てえ、ちょう気持ちいい」


 東吾は体を水に浸して空を仰ぐ。

 空はよく晴れており、雲一つない青色がひたすらに広がっていた。


「えへへ、わたしも。あ、冷たくてきもちいー。今日は暑かったからよけいにね」


 すい、とリィーンもまた水の中へと入ってきた。

 その体のとなりに熱帯魚に似た魚たちの群れがやってきて、リィーンのそばをくるりと回りゆるやかに泳ぎ去っていく。


「きゃ、あはは。かわいいわ」

「底のほうにいるの、これ貝か。ナマコもどきもいるな」

「この湖には毒のある動物はいないから、触ってもへいきよ。あー……休み、って感じー……♪」


 リィーンがぐーっと伸びをして水中にたゆたう。

 やがて水の底を軽く眺めると、何かに気づいた顔をしてどぼん、と潜った。


「お? なんか見つけたのか?」


 リィーンが底のほうで何かを拾い上げてくる。

 水面へ上がってくると、「ぷはっ」と息を吐いて手に持ったものを見せてきた。


「ほらトーゴ。これすごいわ!」

「なんだそれ。キラキラ光ってる……? ウロコみたいな」

「マーメイドのウロコだわ。とっても珍しいのよ、今日はラッキーかも!」

「マーメイドって人魚? へー、この湖にいるのか」


 まさしくファンタジーである、人魚のウロコと来た。

 人間の手のひらにちょうど収まるくらいのサイズのウロコは、水面の光を反射して綺麗に光っていた。


 しかしそれ以上にウロコを手に微笑んでいるリィーンの、いつも綺麗に揃ったボブカットが水に濡れて少し額に貼りついて――おでこが小さく覗いている姿に東吾の胸がドキリと高鳴る。


(うお、やべ。やっぱリィーンって可愛いんだよな……ぶっちゃけ俺の好みストライクだしなぁ)


「? トーゴ?」

「え、あ。な、なんでもない。ちょ、ちょっと泳いでみるかな」


 東吾ははっと我に返ると、ごまかすようにざぶりと潜った。


 水の中は美しかった。

 透き通る水中には柔らかな陽光が差しこみ、軽く水をかいて泳ぎ進んでみると、大きなサンゴ礁が海底に広がっていた。

 岩間から色とりどりの魚が飛び出してくる。底のほうで大きなナマズのようななにかが東吾に驚いて砂の中へと潜りこんでいく。


 サンゴ礁の一つに小さめのカニがいるのが見えた。

 東吾は少し手を伸ばして触れてみようとする。


(あっ? あいて、イテイテ。痛覚ねーから痛くないけど)


 指先をがっちりと挟まれてしまった。

 東吾は息を吐いて水面に向かった。カニは敵を撃退したと思ったのか、ハサミを離して底の方へと落ちていった。


「――ぷはっ! ふう、カニに負けちまった。……あれリィーン?」


 水の上に上がってみるとリィーンの姿が見えなかった。

 後ろの方で水音が聞こえてくる。


「あ、いた。ってええ!?」


 振り返ってみると、そこにはバタ足で泳ぐ筋肉ゴーレムに掴まったリィーンがいた。


「あはは、トーゴ。浮き輪代わりよ」

『ヤアッ!!』

「ずいぶんムッキムキの浮き輪だな……。沈まないのかそれ」

「泳がせておけばだいじょうぶよ。ゴーレムは疲れないしね」

『ヤッハァ!!』


 水上を泳ぐゴーレムはけっこうな速度を出している。


 リィーンはひょいとその背中に座ると、わたしを振り落とさずにもっと速く泳いで、と命令した。

 ゴーレムがさらに加速する。バタ足している両足がすごいしぶきを上げ猛烈な速度で進みはじめた。


「きゃあ! あははは!」

「人間ジェットスキーか。ちょっと見た目は暑苦しいけどいいな、俺も乗ってみてえ」

「東吾も乗るー!? ほら、こっち!」


 リィーンがすれ違いざまに手を伸ばしてきた。

 東吾はその手を取り、タイミングを合わせてリィーンのすぐ後ろに上手く乗りこむ。


「よっと。おっと少し揺れる……けど、おもしれえなこれ! かなりはええ!?」

「すごいでしょ! たまにやるのよこれ!」

「マジでジェットスキーだな。もっと速度出せるか?」

「速度? いいわよ! ゴーレムもっと速く!」

『ィイヤァッ!!』


 ぐん、とジェットスキーと化した肉ゴーレムの速度が増す。

 人間が泳ぐよりはるかに速い、バタ足のゴーレムはちょっとした魚雷のように水上を駆け回っていく。


 東吾は体が背中側に反れて、少し振り落とされそうになる。


「おっとっと……!」

「トーゴ背中につかまって! 落ちちゃうわよ!」

「え? お、おう」


 後ろから抱き締めるような形でリィーンに掴まる。

 そうしてみると、リィーンの体は驚くほど細く柔らかかった。そのうなじから女の子の甘い匂いがした。


「あははは! これ、久しぶりにやるとやっぱり面白いわね! えへへ!」

「……。そ、そうだな。うん……」


 リィーンは珍しく声を上げてはしゃいでいた。

 ジェットスキー状態のゴーレムはどんどん岸へ近づいていく。


「ゴーレム! 左に曲がって!」

『ヤッ!』

「お、わ!?」


 ぐん、とゴーレムが旋回した。

 一瞬油断していた東吾は勢いに体をもっていかれる。リィーンをつかんでいた手がつるり、と滑った。


 そしてそのまま、振り落とされる形で後ろに向かってダイブして……。

 すぐ後ろで猛烈な速度で動いている、ゴーレムのバタ足に向かって突っ込んだ。


「げ!? ぐぼろばっ!?」


 ――グワシャア。


 ゴーレムの百烈脚が東吾に襲いかかる。

 めちゃくちゃに東吾を巻き込んで蹴り飛ばし、リィーンだけを乗せたジェットスキーゴーレムは軽やかに水上を走っていく。


「あはははっ! ……あれ、トーゴ?」


 少し走ったところでリィーンがゴーレムを止め、後ろを振り返った。

 やがて泡だった水面から、ぐったりとした東吾の背中がぷかり、と浮いてくる。


「あら落ちちゃったのね。ゴーレム戻って。トーゴー?」


 リィーンがターンして戻ってきた。


「だいじょうぶ? もう、つかまっててって言ったじゃない」

「……ぐ、ぐほ……!」


 ゴーレムの足にボッコボコにされた東吾が起き上がる。


「ま、マジかよ……。油断してた、予想以上に危険じゃねえかこれ……!」

「ほらしっかりして。はい、後ろに乗ってね」

「え!? ま、まだやるのこれ!?」

「? なに言ってるのよ、はじめたばっかりなのに。トーゴも楽しそうにしてたのに乗りたくないの?」

「いや乗りたい乗りたくないじゃなくてだな」


 リィーンは東吾がバタ足に巻き込まれたことに気づいていないらしい。単純に、海に落ちてしまっただけと思っているようだ。

 東吾の手を取って、強引にまた乗せようとしてくる。


「楽しいわよ? ほらほら」

「待って、ちょっと待ってくれリィーン。なるほど、リィーンは落ちたことないんだな? 俺はこの乗り物に重大な欠陥を発見した……これスクリュー剥き出しと同じだ、後ろに倒れたら即……!」

「??? スクリューってなんのこと? いいから早く、ね?」


 リィーンはにこっと笑って東吾の手を引いて、強制的に東吾をジェットスキーゴーレムに乗せる。


「待ってくれって! うおおマジか!?」

「しっかりつかまっててね! さあ行きなさいゴーレム! 全速力!」

『ヤーッ!!』


 ゴーレムがすごい速度でバタ足しはじめる。

 乗っていれば極楽、背後に落ちたら大惨事の恐ろしいアトラクションが、再び水面を走りはじめた。

 

 

 

 

 

「――ああ楽しかった。気持ちよかったー!」


 さっぱりとした顔でリィーンが浜へ上がっていく。

 東吾はよろよろと歩きながら、その後ろへついて海から上がった。


「ぐ、ぐふっ……お、俺の体はボドボドだ……!」


 結局――リィーンが飽きるまでに、東吾はもう二回ほど百烈脚を喰らうはめになった。痛みはないとはいえフルボッコである。

 なぜ東吾が消耗しているのかよくわかっていないリィーンが、不思議そうにこちらを振り返る。


「どうしたのさっきから? なにかあったの?」

「いいえなんでもないです……。……今何時ぐらいだ?」

「そうね、三時くらいだと思うけど。ゴーレム、わたしの荷物から時計を出して」


 荷物を預けていたゴーレムを呼ぶと、リィーンは時計を確認して返す。


「三時前だわ。そういえばちょっと小腹がすいたかも」

「ん……まあそうだな、じゃあなんか食いに行くか?」

「うん。一休みしましょ」


 東吾は気を取り直すと、リィーンと話しながら人がいるほうへ向かって浜辺を歩き出した。

 白い砂浜はさっきの遊水公園の入り口に続いていて、遠目に屋台らしきものも見えている。


「焼きソバとかあるかな、なんか色々並んでら」

「そうねー……あ、そうだわ。この間言ってたお給料もトーゴにあげるから。えへへ、あのね? ちょっと多めに渡すから、そっちから……」


 リィーンが、後ろからついてくるゴーレムが持つ荷物に手を伸ばした時だった。

 二人の足がぴたりと止まった。


「え?」

「あれ?」


 二人は立ち止まって、向こうに見える浜辺をじっと見つめる。

 いつの間にか――湖の浜辺に不自然な巨大な岩が、いくつも並んで鎮座していた。


「「……」」

『――ひぃーっ!! て、手が、地面から不気味な手がーっ!?』

『いやぁ!? 誰か、誰か! ウチの坊やが足を掴まれて!』

『い、岩に目玉があって動いているぞ!? 兵士だ、兵士を呼んでくれーっ!!』


 その周囲にいる客たちの間から、悲鳴が飛んできている。

 平和なはずの遊水公園は、突如として現れた謎の存在によってパニックに陥っていた。


「……」

「……。なんだあれ。さっきの連中じゃん……」


 先ほど見たばかりのドーラとブロッガの群れだった。

 しかもさっきより多い。岩も地面の手も、何倍にも増えてそこにいる。


 東吾とリィーンが立ち尽くしていると、通報されて飛んできた兵士たちがあわててドーラとブロッガたちを取り囲んだ。


「こ、コラ貴様らぁー!? 外国人観光客のいる場所に来るんじゃない! 貴様らを知らぬ者が混乱しているではないか!?」

【これはしたり、である。我らの国はこの湖の先にあるゆえ……しかし湖が邪魔で渡れぬ。これは困った、である】

「ええい迂回しろ馬鹿者! なんたることか、いたずらに公園の平和を乱しおって……むっ!?」


 兵士の一人がこちらに気づいて振り返った。

 リィーンの姿を認めると、すばやく駆け寄ってくる。


「これは、ロディニアの魔導士どのではござらんか!」

「え。は、はあ」

「申し訳ござらん、どうかお助けくだされ! 国外よりいらした観光客がパニックになっております!」

「……」

「この痴れ者どもときたら、真っ直ぐ直進しようとしてこの遊水公園に集まっておる有様……! まったくなんという……!」

「み、みたいです……ね……」


 帰れと言われたドーラとブロッガたちは、道を間違えて公園に突撃してきていたらしい。

 リィーンはブロッガに近づいていき、そっと話しかけた。


「あ、あの。すいません……」

【むう? おお、これは先ほどの魔導士の少女、であるか。言われたとおり他の群れにも退去を伝えておいた、である】

「あ、ありがとうございます。そ、それはいいんですけど」

【ふむ。では、いかがした? である】

「ええとその、ここは公園なんです……。ブロッガさんたちの国に帰るには、街道をぐるっと回っていかないと」

【……やはりそう、であるか。我々は道というものがあまり理解できぬたちでな、間違えてしまった。である】

「え、ええ。ですからまずは戻ってここを出て、あとは湖に沿って進んでもらえれば」

【うむ。そちらの言う通り、である。その通りなのだが……である……】

「ど、どうしたんですか?」

【ドーラたちが、である】


 ブロッガの足元を見ると、運び手のドーラの黒ずんだ手がさっきよりも真っ黒になっていた。

 ぐったりしてひどくのろくなっており、ほとんど動いていない。


【……もう疲れ、た……。めんどうくさい、重、い。これ以上は無理、だ……】

【困った、である。あまり長距離の急な移動はやはり我らには厳しい、である……ドーラたちはここまで来るだけでも疲れ果ててしまった、である】

「あ゛。う、うそ」

【それに不用意に水辺に来てしまったせいで、こやつら水気を吸って重くなってしまった、である。我ら水だけはだめな、のである……】

「……」

【まことすまぬ、であるが……。助けてもらえない、であるか? もはや動けぬ、である】


 ブロッガの言葉に、リィーンががっくりと肩を落とした。

 ちょっと泣きそうな声でつぶやく。


「……ああ……。や、やっぱりこうなるのね……」

「お、おいリィーン。どうしたんだこいつら、動けないのか?」


 東吾が聞くと、リィーンはよろよろと顔を上げて頷く。


「そ、そうみたい……。ブロッガを運ぶドーラって、土の中を進むから水に弱くて……水を吸いすぎると重くなっちゃって、そのまま何日も動けなくなるの……」

「じゃ、じゃあどうすんだよ。こんな公園のど真ん中に居座られても」

「……。ひ、一つずつ……引っこ抜いて、馬車に乗せて運ぶしか……」

「え!? マジかよ!?」

「周りも騒いでるし今すぐやらなきゃ……。はあ、こうなるかもって分かってたけど」


 そう言って、リィーンがうなだれた。

 


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