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第六話 その1

備忘録:東吾の現在の内容物


・ モニカ

・ 肉のゴーレム一体(デーイィン製)

・ ヴァンピールスレイヤー

・ 赤石

・ 本棚や机や椅子

・ 服

・ スレイヤーを介して喰らった吸血鬼の魂(数百体分)

・ レヴィアム様(灰状態)


 

 視界を包みこんだ光が消える。


 東吾は瞬きをして、あたりを見回した。眼前にはひたすら緑の絨毯が広がっており、どこかの原っぱのようだ。


「――う……え? あれ、ここは……?」

「あ! と、トーゴ」


 リィーンの声がした。

 振り向いてみると、そこにはリィーンが杖を持って立っている。


「ご、ごめん。トーゴを呼び出すつもりはなかったんだけど、その」

「リィーン? なんだよ召喚かよ。今日はないって言ってたじゃん……って、うおお!?」


 飛び込んできた景色に東吾は唖然とした。

 目に映ったのは――黒ずんだ謎の手、その群れであった。


 もさあ、と……なにもない草原からいくつも手が生えていて、不気味にのたうちうごめいている。


「な……なんだこりゃ!? おいおい!」

「ごめんね。ふつうにゴーレムを出そうとしたんだけど、代わりにトーゴが出てきちゃったみたい……」

「いやそれどこじゃねーって!? なんでいきなり唐突にホラー展開!?」


 そのうちの一つがリィーンの足をがっちりと掴んでいた。

 東吾はあわてて腕を伸ばし、地面から生えてリィーンを掴んでいる手を逆に握りしめる。


「は、離せよこのやろ離せ!? こいつ! ……げ!?」


 すると大して力も入れていないのに、地面からずるり……と、人型のなにかが引っこ抜かれるようにして現れた。


 それは目もなく鼻もなく、骸骨のようなゾンビのような、恐ろしい顔つきをしていた。

 体は真っ黒に染まっておりやせぎすでガリガリである。しかし足から先に足はなく、その代わりに植物のような根が生えていた。


「う、うわ……! なんだこれ!?」

「あっ!? だ、だめトーゴ、乱暴しちゃだめ!」


 リィーンの制止する声に東吾は顔を上げた。

 リィーンは首を振って、黒いゾンビの手を強引に引っぺがそうとした東吾の腕をやんわりと外す。


「え……? な、なんで?」

「だいじょうぶ。これは――土人ドーラ、よ」


 リィーンが指を伸ばして黒ずんだ手にちょんちょん、と触れた。

 すると黒い手は簡単にリィーンの足から離れ、ドーラと呼ばれたゾンビもどきはするすると地面の中へ戻っていく。


「り、リィーン。大丈夫なのか?」

「う、うん。これはね、ドーラっていう名前の地面の下に生きる種族なの。優しい人たちだから怖くないわ、ちょっと怠け者だけど」

「ドーラ? ……あ、前に図書館で読んだような」


 思い出してみれば、以前ちょろっと読んだ本に出てきていた気がする。

 ホビットやら妖精やらの挿絵の中に、いきなりゾンビみたいな絵で載っていたのが印象に残っていた。


「召喚したのは、わたしが危険だったんじゃなくて……」


 困ったような顔をして、リィーンはすぐ隣に視線を向ける。そこには人の肩の高さほどまである大きな岩があった。


「この『人』と、このドーラたちがケンカしはじめちゃったからゴーレムを出して止めようとしたんだけど。間違ってトーゴが来ちゃって」

「け、ケンカって。……『人』? それ岩じゃ……」


 東吾がそう言いかけたところで、大きな岩がぐらりと揺れた。


 岩の真ん中のあたりがかすかに動き――ぐぱ、と開く。

 そこからぎょろりとした大きな目玉が現れた。


「!? な、なな……?」

「この『人』は岩人ブロッガって言って……見た目どおり、体が岩でできた種族なの」

「……ぶ、ブロッガ? こいつ生きてるのか?」


 岩はぎょろぎょろと血走った目玉を動かしている。かなり気色悪い光景だが、どうやら生き物のようだった。


「ファ、ファンタジーだな。びっくりした……珍生物だなこりゃ」

「……。と、トーゴ。あのね、それはいいんだけど、その」


 すると、リィーンがどこか言いにくそうに声を上げる。

 リィーンは赤い顔をして目をつぶり、口をもにょもにょと動かしていた。


「? どうしたよ急に」

「ふ、服」

「え?」

「この間トーゴの中に入れた服、着てくれないかしら? ちょっと目のやりどころに困るっていうか……」

「……あ」


 自分を見てみると真っ裸であった。

 さっきまで海パン一枚だったせいで、東吾は全裸の違和感に気づいていなかった。

 

 

 

 

 

 東吾は服を体から生やして着ると、もう一度目の前にあるものを見てみた。

 そこにあるのは、地面から生えた無数の不気味な黒い手と、目玉つきの巨大な岩石である。


「……。でだ、リィーン。こいつらはなに?」

「ドーラとブロッガの群れなのよ。間違って不法入国しちゃってるから、それを伝えて出ていってもらおうとしてたんだけど……」

「不法入国?」


【まったく失態ではない、か。毎度のこととはい、え。それもこれもお前のせいだろ、う】


 東吾が聞くと、地面の手たちから声が聞こえてくる。

 岩はその声に対してぐらりぐらりと身じろぎすると、太く響く声で応えた。


【私は少し寝ていただけ、である。不注意に移動したお前たちのせい、である】

【なにを言、う。こういうことにならないためにお前がいるんだろ、う。ちゃんと見張りをしておけば越境してしまうことな、ど】

【お前たちこそ気をつけるべき、である。私ばかりに任せるほうがおかしい、のである】


 ドーラとブロッガ、というこの謎の連中がなにやら言い争いはじめている。

 東吾は話がよくわからず首をかしげた。


「? なあ、不法入国ってことは……こいつら、勝手に入ってきちゃったのか? ひょっとして」

「うん……一応、領土侵犯、ってことなんだけど。このドーラって人たち、地中に根を這わせて上のブロッガと一緒にゆっくり移動してるんだけど。地面の下って境界がないから、地上で舵を取ってるブロッガが寝ちゃうとつい入りこんできちゃうことがあるのよ」

「ほー。おもしれえ生き物だな、共生ってやつか? 学校で習った覚えある」

「この人たちのことでわたし、この国に来てるの。依頼で」

「依頼? あ、そういやここってどこだ。見たことねえ場所だけど」


 周囲を見回してみても、東吾には覚えのない場所だ。

 広がる草原の向こうには道があり、そこから見慣れない鎧を着た数名の兵士が並んでこっちを見ていた。


「ここはロディニアじゃないわ。ローレンシアって別の国よ」


 と、リィーンが言う。


「ローレンシア?」

「旧ローラシア・ローレンシア連邦王国。騎士の国よ」


 遠くを眺めてみると、分かりやすいくらいに中世のお城が建っているのが見えた。

 いくつもの尖塔が天に向かって伸びていて、遠目からでもかなり立派なものとわかる。


「ふーん……。じゃあさ、なんでそんな国に俺たちいるんだ? 前に呼び出されたのおとといだけど」


 東吾が最後に召喚されたのは、バージェスの『サペリオン』で大暴れしてから四日後、今日から二日前のことだった。


 軍が首都に凱旋する途中のことで軽い荷物詰め替えの用事だった。

 その時リィーンが言っていたのは、


『もう仕事はないと思うから、今度呼ぶ時は首都についてからね。そうね、じゃあ三日後に呼ぶからその時にお給料と、シリウスパセットの街を案内するわ』


 ということだったのだけれど。


「う、うん……。わたしもしばらくお休みもらえるはずだったんだけど……」


 ちょっとしょぼんとしてリィーンは言う。


「首都に着いたとたんに、急に仕事が来ちゃったのよ。この国から」

「仕事って? よその国なんだろ、ここ?」

「そうだけど、ロディニアにとってローレンシアはほとんど唯一の友好国だから……。先生も軍の仕事があるからわたしに行けって言うし。さすがにわたしもうんざりだったんだけど……」


 そうしてリィーンは不満そうに口を尖らせる。


「しょうがないから今朝ここまで来て、依頼された仕事をはじめてたの。ドーラとブロッガたちを国外退去させるっていう」

「そうなのか。こいつらを国外退去、なあ」


 そのドーラとブロッガという連中に目を向けると、まだ『お前のせい、だ』『いいやお前たちのせい、である』などと言い争いを続けている。

 地面に生えた手がぺちぺちと岩を叩き、岩は地面の手を払って潰すようにぐらぐら揺れていた。


「ああもう、またケンカしちゃってる。トーゴ、悪いんだけど止めてくれないかしら?」

「止めるって言われても。どうすればいいんだ?」

「引き離すだけでいいから。あの人たちあんまり動かないから、ブロッガのほうを持ち上げて運んでくれれば」

「ん、じゃあ」


 東吾は自分の両肩からにゅっとゴーレム腕を生やすと、近づいていって大岩のブロッガを持ち上げた。適当なところまで歩き、地面に下ろしてやる。


「よいしょ。ほら、お前らケンカすんな」

【むう……これはすまない、である。恥ずかしいところをお見せした、のである】

「リィーン、これでいいか?」

「うん、ありがとう。……ええとじゃあ、ブロッガさんとドーラさんたち。お話はわかって頂けましたか?」


 リィーンが岩と地面の手たちに向かって聞くと、


【了解した、である。すぐに退去する、である】

【いつも迷惑をかけてすまない、な。大地を歩む者ら、よ。他に入りこんでいる同胞にも伝えておくとしよ、う】


 と頷いた。


「すいません、お願いしますね。それじゃあ」


 リィーンは頷きかえすと、ゆっくりと踵を返す。


「ふう。とりあえずは納得してもらえたようでよかったわ」

「あれ、もういいのか? あいつら」

「わかってもらえたからね。このまま上手くいけばお仕事も終わりなんだけど……」


 リィーンと東吾は草原を出て、向こうに見えていた街道へと戻る。

 そこで待っていた数名の兵士たちがリィーンに向かって深くお辞儀をしてきた。


「ご苦労さまです。魔導士どの」

「いえそんな。ただあの人たちに不法入国を伝えただけですから……問題は、たぶんこれからなので。準備はしておいて下さい」

「はっ。では我らは城へ戻りますゆえ、これにて」


 そう言って、兵士たちが立ち去っていく。

 東吾はそんな兵士たちの背中を見ながら、ふと召喚される前の自分の現状を思い出した。


「あ、そうだしまった。リィーン」

「? どうしたの」

「魔法を解いて俺を元の世界に戻してくれねえか? いきなりホラーだったから忘れてた、あっちが大変だったんだよ」

「え? いいけど、もしかして急いでたの?」

「ああ。ちょっと向こうが気になるっていうか警察に捕まりそうっていうか……」

「う、うん」


 リィーンは警察というフレーズがちょっとよくわからないようだったが、小さく頷くと杖を掲げた。

 が、なにかを思い出したような顔をして呪文を唱えるのをやめる。


「そうだわ。その前に、これがあったのよ」

「? どうした」

「トーゴは向こうが気になるんでしょ? じゃあこれを使えば見れるかもしれないわ」


 リィーンはそう言って腰に下げていた袋をあさると、そこから鉄製のメガネのようなものを取り出した。

 ぽんと東吾に手渡してくる。


「なんだこれ?」

「それね、こないだ先生が作ったマジックアイテムなのよ。召喚された物が元にあった場所を見れるっていう」

「へえ、向こうの世界が見えるのか? そんなもん作ったんだ」

「先生からトーゴに渡してくれって言われてたの。ちょっとかけてみてくれていい?」


 リィーンに言われて東吾は鉄メガネをかけてみる。

 すると、ガラスの部分が淡く光りはじめ――


「おっ? ……あ、見えた」


 視界が切り替わり、現代日本の光景が映し出された。

 目に映るのは誰かの視界である。おそらくは元の世界にある東吾の体の目線だ。


「見えたの!? 本当に?」

「お、おう。見えるな、なんか走ってる?」

「ちょっと待って。えっとじゃあこのヒモを」


 リィーンは鉄メガネのつるの端に赤い紐を結びつけると、もう一つメガネを出して同じくくくりつけた。

 トーゴに並んでメガネをかける。リィーンがかけたメガネも淡く光って、別の光景が映し出される。


「……わ、すごいわ! 本当に映った!?」

「なにやったんだ? リィーンにも見えてるのか」

「同期を取って視界を共有してみたのよ。すごい……! やっぱり何にもないエーテル界じゃないわ!? どこかしらここ?」

「どこって、日本だと思うけど。移動したのか? 海は見えるけどな」


 鉄メガネに映っている光景は先ほどの砂浜ではなかった。

 詳しくは分からないが、どこか海岸沿いを走っているらしい。近くには堤防も見えている。


「あいつらはどうしたんだろ。勝手に動いて俺だけで逃げちゃったのか、これ……?」

「ね、ねえトーゴ。トーゴの言ってた元の世界って、やっぱりうそじゃなかったのね……!」

「はじめからそう言ってたろ。俺は人間だって」

「ちょ、ちょっとこれ本当にすごいかも……! 大発見よ、本当に異世界だとしたら……じ、次元の門なんて……!?」


 なんだかリィーンにとっては驚くことらしい。

 しかし東吾にとっては、そんなことより置いてきた友人たちの様子が気になっていた。


「なあリィーン。それはいいんだけど……あっ?」


 メガネに映る視界の揺れが止まった。


 立ち止まったらしい。それに何か背負っていたものを下ろしたかのように、視点が少し変わった。

 端の方に誰かが映りこむ。


「あ、くるみだ。おんぶしてたのか俺」


 青いくせっ毛のショートカットの女の子、くるみの姿が見えた。そのまま逃げてきたのか水着は着たままである。


「? 誰かしらこの子?」

「俺の友達。一緒に海に行ってたんだけど」

「海?」

「あれ、なんかしゃべってるぞ。これ声は聞こえないのか?」

「あ、ちょっと待って。音声ならここのダイヤルをいじれば……」


 リィーンが手を伸ばしてメガネの脇についていたダイヤルを回す。すると、向こうから声が聞こえてきた。


『――りが、と、東、吾。東吾、すごい、はやー、い』

「おお。聞こえた」

「あら? 声がなんだか……。不調かしら?」

「あいや、くるみは元々こういう喋り方なんだ。留学生だから最初は日本語が難しくて、そうやって喋ってるうちに癖になったらしくて……。んん?」


 東吾に耳に『ヤッ! ヤッ!』と聞こえてくる。乗り移った肉のゴーレムが掛け声を出しているらしい。

 視界の中でくるみがニコリと微笑みかけてくる。


『――東吾、すごい、力持、ち、だった、ねー。かっこ、よかった、よー。作治も、すごい飛んで、たー』

「……。力持ち? 作治が? なにをしたんだ向こうの俺は」

「わたし驚いた……。本当に異世界ならこれだけで論文書けちゃうわよ。波の音も聞こえてくるし、ミーンミーンってこれは虫の鳴き声?」

「それはセミだなぁ。うーん……くるみは無事なのか。じゃあまあ」


 とにかく三人の友人のうちくるみは問題ないようだった。

 ならばそんなに心配することもないだろう。作治や美紀はなにかあっても自分でなんとかできる。


 やがて、


『後で二人、に、メール、しとけばいいよ、ね。じゃあ、帰、ろ。東吾』

『ヤッ』


 という会話? が聞こえてきて、レンズの向こうのくるみと東吾こと肉のゴーレムが歩きはじめた。少し離れたところに鄙びた駅の屋根が見えていた。


 東吾はメガネを外す。


「大丈夫みたいだ。メールっつっても、くるみのやつ二人の荷物持ってたっぽかったけど……ま、サイフは自分で持ってたはずだし。あせることなかった」

「もういいの?」

「ああ。あと二人ほどいたんだけど、そっちは俺より強いし頼りになるから」


 東吾はリィーンにメガネを返すと、軽くのびをした。

 結局これで海水浴はおじゃんになってしまったらしい。ほとんど泳ぐこともできなかった。


「あーあ。せっかく海に行ったってのに変な連中とケンカして終わりかよ」

「……」

「超くだらねえ、マジでバカみてえだよ……はあ」


 ぶつぶつとつぶやいてため息をつく。

 するとメガネをしまったリィーンが、ふと小さな声で言った。


「海。……みずうみ……」

「ん?」

「……。……いいなー、わたしも……い、行きたい、なー……なーんて……」

「……」

「……。な、なーんてね! ごめんねタイミング悪く呼んじゃって。すぐに帰してあげるから」


 リィーンはごまかすように笑うと杖を掲げる。

 東吾は手を上げてそれにストップをかけた。


「なあリィーン」

「え? な、なに?」

「……。このへん、海が近いの?」

「え。ち、近いけど。海じゃないけど湖があるわ」

「そうか。……じゃあ、行くか?」

「え、い、いいの? トーゴの元の世界は?」

「あっちはもう帰宅中だしなぁ。美紀や作治はわかんねえけどなんとかしてるだろうし、俺の中に入ってるゴーレムもくるみの言うこと聞いてるみたいだったし。あのまま帰ってもたぶんヒマだしな」

「本当っ!?」


 ぱあっとリィーンが笑顔になった。

 


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