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第五話 その13

 

 「……フウ。ヴッ?」


 東吾の体がびくりと震えた。

 体中に走っていた複雑な紋様が、すっと消えていく。

 口から延びた牙と、長くなったぶんの髪の毛が抜け落ちて、体の熱が急激に下がっていく。


 「あ、あれ? あれあれ」


 最後に浮き上がった血管が消えていき。

 すぐに、元の姿へと戻ってしまった。


 「……なんじゃこりゃ。戻った……まあいいけど」


 そうつぶやいて、見下ろす。

 無残に両断されたレヴィアムの死体が転がっていた。


 「うえグロっ。俺がやったんだけど。……はあ、終わった……あ、リィーン」


 ため息を一つついて、東吾は後ろを振り返った。

 リィーンは眠るように気を失っていた。手元には、東吾が持たせてやった杖がある。


 「おーい? ……あ」


 リィーンを起こそうとして、東吾は自分が返り血で真っ赤なことに気がついた。

 両手どころか、頭からつま先まで真っ赤に染まっている。


 「えっと、どうしよう。これじゃ触るわけにも……。えっ!?」


 後ろで何かが動いた気配がした。

 急いで後ろを向くと、そこにはまだ息のあるレヴィアムが必死に逃げようともがいていた。


 『……ハアッ、ハアッ、ハアッ……! ウヒ、ゴポ、ゴペッ……ヒィイッ……!』


 体を真っ二つにされながらもまだ生きているらしい。


 「げっ。な、なんだこいつ。これで死んでねえの? ゴキブリ以上かよ……」


 すると、またあの声が聞こえてくる。

 

 ――生命力だけは親譲りだな――無意味にしぶとい――

 ――このままでは殺しきれん――その剣では止めをさせまい――腐っても『原初種』よ――

 

 「え。うーん……いやさ、それはともかくお前はマジで一体どこのどいつなの? なんかフツーに喋ってるけど」

 

 ――答える必要はない――

 ――それにその問いには以前答えた――汝は何も覚えておらぬだろうが――

 

 「? 以前って……?」

 

 ――それよりもそこの吸血鬼だ――まだ息があるぞ――

 ――こいつは『座の廻り』になりうるが――仕留めねば喰らうにも面倒だな――内部を荒らされても困る――

 ――……――

 ――『奴』は今ここに目を向けていないらしい――

 ――いいだろう――手を翳せ――

 ――焼く――

 

 「座のまわり? 奴? なんだか全然わかんねえんだけど。手をかざすって、こう?」


 ひょい、と東吾は瀕死のレヴィアムに掌を向けた。

 

 ――そうだ――行くぞ――

 ――『光あれ』

 

 皓。


 輝きが瞬いた。

 猛烈な火柱が立ち――赤々と、視界を塞ぐ。


 「うお!?」

 『――オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛――』


 レヴィアムの断末魔の声がかすかに聞こえた。

 紅蓮の業火は逆巻き、そしてすぐに消え去る。


 あとには――何も残っていなかった。

 どれほどの熱量だったのか床は完全に溶け、穴の淵は真っ暗に焦げて、大きな穴が開いていた。穴の深さは見通せないほどだ。


 「……。な、な? なに今の。すげ……」

 

 ――さあ喰らえ――

 

 穴のそばに残されていた灰が持ち上がり、一つの塊になる。

 それが、東吾の腹めがけて突っ込んでくる。


 「ぐえ! ……う、お、お?」


 ずりゅりゅ、とぶつかった灰の塊が、腹から中に入っていってしまった。

 

 ――よし――これでまた新たに座の廻りが――

 ――配するは『七灯火』か『長老』か――それは追い追い決めればよい――

 ――問題は『四大天使』の器だ――これがなければどうにもならぬ――まだ一つだけ――

 

 「うえ、か、勝手に俺の中に放り込むなよ! ……マジでお前は誰なの? なにがなんだか」

 

 ――うるさい子羊だ――答える必要はないと言った――

 

 「いや答えろよ!? お前なんか入れた覚えねえぞ、なんか気持ち悪いっての! 誰だ、答えろ!」

 

 ――……――

 ――そうだな――ならば教えてやろう――

 ――我は聖なりて――碧玉と赤瑪瑙の光に満たされし者――

 ――やがて来るべき――永遠の者――

 

 ――我が名は――

 ――ミシロ・トーゴだ――

 

 「はあ? 実城東吾は俺だろうが。なに言ってんだ」

 

 ――いいや――我もミシロ・トーゴだ――

 ――我こそがと言うべきか――

 ――これで70と3つ目の異名となるな――

 

 「???」

 

 ――まあなんでもよい――

 ――とにかくこれで最後だ――もう我が干渉することはない――今回は特別と思え――

 ――これ以上はまずい――我の存在が気づかれることはあってはならない――

 ――時が満ちるまで――

 

 「……誰なんだ本当に……。我とかなんとか」

 

 ――汝はそれまでただ喰らえ――さらばだ――

 ――『忘れろ』

 

 「うっ?」


 目の前がちらついた。

 東吾は目を瞬かせ、それから大きく開く。

 そしてしばらく、そこに突っ立っていた。


 「……。あれ?」


 なにか――今までしていた何かを、綺麗さっぱり忘れていた。

 誰かと話していたような、そんなことはないような……。


 「……? えっと、なんだったっけ。……あ、それよりリィーン」


 ふと横を振り向く。

 リィーンは床に座りこみ気絶したまま、杖を抱いて眠っていた。

 

 

 

 

 

 「――いやー。また君の活躍を見れませんでした……どうも間が悪いですね、このところ」


 デーイィンが肩をすくめ、つぶやいた。

 リィーンの部屋だ。近くのベッドには手当てされたリィーンが眠っている。

 東吾は椅子に座ったままぼうっと暮れゆく窓の外を眺め、それからデーイィンに振り返る。


 「遅えよ。こっちはヤバかったんだぞマジで」

 「いやはや申し訳ない。私としても寝耳に水と言いますか……まさか『広域探知』を掻い潜る吸血鬼が存在するとは思いませんでしたから」


 レヴィアムを倒したあと。

 遅れてやってきたデーイィンは『サペリオン』の惨状を見てさすがに驚いていたものの、リィーンが無事と分かってからはすぐに普段の調子に戻っていた。


 今は、『サペリオン』の復旧がそこかしこで行なわれている。

 破壊し尽くした内部をグレイヴス率いる大地魔導士が直して回り、犠牲者や怪我人を他の者が運んでいく。

 この巨大な建物が傾ぐほどの、破壊の跡だった。


 「被害も大きかったですが……しかし、それにしてもずいぶん奥まで押し込まれてしまっていたようですねぇ。あともう少しで中枢区画へ入りこまれるところだったとか」


 なにが楽しいのか、ニコニコしながらデーイィンが頷いている。


 「……。追いかけられて散々だったよ。死ぬかと思った……」

 「例の侵入者とやらがミシロくんとリィーンを追いかけてくれて、結果的には助かりました。そのまま深奥まで踏み込まれたら大変でしたから」

 「? 助かってねえよ。ひどい目にあったって言ってるじゃん」

 「いえいえ。なんと言いますか……このバージェスが丸々なくなるところでしたからね」

 「……。ん? なんだって?」


 よくわからないことを言い出したデーイィンを見て、東吾は変な顔をした。


 「先ほどグレイヴスに聞いたのですが、彼、総員退避勧告を発令することも考えていたそうで。さすがの私も少々ぞっとしましたよ」

 「? よくわかんねえんだけど」

 「つまりですねぇ。……もし『サペリオン』中央区画の一番奥、最重要中枢にまで入りこまれると――この建物、盛大に爆発するようになっているんですよ」

 「……。はっ?」


 爆発。

 妙なことを言いはじめる。


 「ばく……ばくはつ? な、なんで?」

 「ええ。各行政都市にある『サペリオン』の最中枢部には、ロディニアの生命線とも言うべき重要な魔法の秘密の数々が眠っていまして。これはですね、部外者に知られたら絶対にまずいんですよ。国が傾きかねないと言いますか」

 「……」

 「そういうわけで万が一侵入を許した場合に備え、自爆機能が備え付けられているんですね。都市ごとなにもかも木っ端微塵にして、徹底的に情報隠滅を図るために」

 「……」

 「いやー危なかったですねー。あっはっは、こっちに着いたらなにもなくなってた、なんて事態になってなくてよかったですよ。はっはっは!」


 デーイィンは軽い調子で笑い、東吾の肩をぽんと叩く。

 東吾は大きく息を吐いて、ぐんにょりと肩を落とした。


 「あ、あ、あっぶねえ……! そ、そんなヤバイ事態だったのかよ……!」

 「まあまあ、もう過ぎたことです。ミシロくんもいくらか壁を破ったそうですが、間違って奥へ行かないでくれましたし」

 「い、一歩間違えてたら、俺もリィーンも消し炭になってたのかよ……。危ねえ……」


 なにも考えずにレヴィアムを放りまわしていたが、実はかなり危険だったらしい。東吾はまたほっと息を吐く。


 そうしていると、リィーンが目を覚ました。

 ベッドから起き上がり、こちらを見てくる。


 「……え、あれ……? ……トーゴに、せんせ……?」

 「おやリィーン。おはようございます。体の調子はどうですか?」

 「え? え、わたし、ここは……わたしの部屋? あ、トーゴ! あの吸血鬼は……」


 はっとして杖を探しはじめる。杖は、すぐ枕元に立てかけられていた。


 「あー、終わったよ。なんとかなった。頭の怪我、大丈夫か?」

 「な、なんとかなったって……? え、えっと? あ、怪我は平気、だけど……」

 「じゃあいいよ。気にすんな」


 ぽかんとしているリィーンを置いて、東吾は椅子から立ち上がって伸びをした。

 なんだか、ひどく疲れた気がしていた。


 「……」


 頬をつねってみる。

 痛みは、もうしなかった。血も流れていないらしい。


 「……どうなってんだかなぁ。ありゃなんだったんだろ」

 「……。ね、ねえトーゴ」


 リィーンが声をかけてくる。東吾は、ん、と振り返った。


 「どした? どっか痛むとか」

 「う、ううん。それは平気。だけど……」


 リィーンは杖を手に取り、それをきゅっと握りしめた。


 「……この杖。渡してくれた、わよね。少しだけ覚えてるような気がする」

 「ああ、そういやそうだな。気絶しちゃったから拾って渡しておいたけど」

 「……。そう。……ありがと。助けてもらったわ」


 そう言って、リィーンが少し困ったような顔で小さく微笑んだ。

 夕陽を浴びたその顔が、とても綺麗に映った。

 東吾は胸が高鳴るような気がして、なんとなく気恥ずかしくなって視線を窓の外へ向ける。


 「う、うん。杖を渡しただけだけど。……それより、もう日が暮れそうだな」


 赤やいだ陽が、山の向こうに沈もうとしている。

 まもなく、夜が来るだろう。

 でももう、吸血鬼が攻めてくることもない夜が。


 「あら? ……え、うそ。えっ?」


 リィーンがふと時計を眺めていた。そして、え、と声を出す。


 「? なんだよリィーン」

 「も、もう六時……すぎてる。トーゴの召喚期限は……?」

 「へっ?」


 時計の針は六時すぎを示していた。

 しかし東吾の体は――崩れていない。

 元の世界へ還っていない。


 「……。え!? ウソなんで?」

 「え、え、わ、わからないけど。もう設定した時間になってるのに……」

 「ちょ、待て。それってどういうこと? なんで俺は帰ってないの……?」

 「……さあ……? そんなことありえないはずだけど……時間になっても帰れないなんて、そんなのわたし知らないし……」

 「……。ま、待て。なんか嫌なこと考えちゃったぞ。ま、まさか……俺は、か、帰れな……?」


 嫌な予感に東吾の顔が青くなった。

 なにが起きたかは分からないが、まさかひょっとしたら、このまま向こうに戻れないという可能性が目の前をちらつく。


 「は゛あ!? ウソだろ待ってくれよ!? 帰れないのは困るぞ、さすがにそれは勘弁! 俺にも家族と友達と日常生活があるんだぞ!?」

 「で、でもそう言われても。どうしてかしら、召喚期限は絶対なのに」

 「ええーー!? い、イヤだ、向こうの俺は今たぶんゴーレムのはず……にこやかなスマイルを浮かべ続ける変態になり代わられたままなんてイヤすぎる! そ、そんな……。……あ」

 「あっ」


 ぼろり。

 と、東吾の手が落ちた。

 体が砂になって、少しずつ崩れはじめる。


 「な、なんだ。崩れてきた……あぶね、今日一番ヒヤッとしたぞ……! よ、よかった」


 ほーっ、と息が出る。


 「召喚期限が来たのかしら? でも、時間をオーバーしてから召喚が終わるなんて……?」

 「なんでもいいよ。とにかく帰れるならそれでいい……。んじゃ、またな」


 東吾が崩れていく。

 リィーンがベッドから立ち上がり、小さく頷いた。


 「う、うん。また呼び出しちゃうことになると思うけど、ごめんね。今日だって、街巡りだけじゃなくなっちゃって……」

 「別に気にしなくていいよ。リィーンのせいじゃねえし、それにもう慣れてきたから。しょうがねえよ」

 「……うん」

 「今日は夕方までは楽しかったよ。なんか変なバカが後から出てきたけど……こーゆーのだったら、また呼んでくれると嬉しいな。あ、お、お」


 どんどん体が崩れて、砂に還っていく。

 やがて体が自然と倒れ、砂煙が舞った。


 「ね、ねえトーゴ!」

 「お、なんだ、まだなん、かあるか……?」

 「こ、今度は首都のシリウスパセットの街、案内してあげるね! ちょろっとだけど、お給料も出してあげるわ! ほんとに少しになっちゃうけど!」

 「おー。そりゃ、いい、な、楽しみ、に、して……る、わ……。……」


 声が途絶え。

 東吾は、元の世界へと帰っていった。

 

 

 

 

 

 リィーンは砂になった東吾だったものを、黙って見つめていた。

 隣に立つデーイィンが言う。


 「……さて。ミシロくんも召喚が切れてしまったことですし……リィーン、夕食はどうします? もういい時間ですが」

 「え。……あの、わたしはちょっと、食欲は……。まだ頭も少し重いですし」

 「そうですか。では、私はグレイヴスに言われていた後片付けの手伝いに行ってこようと思います。貴方は休んでいるといいでしょう」


 そうして、デーイィンが部屋を後にしていく。


 「後で手の空いた治療修道士を呼んでおきましょう。貴方が無事でよかった……よく休んでおきなさい。これ以上無理はしてはいけませんよ」

 「は、はい。せんせ、お願いね」

 「ええ。おそらく首都へ戻るのも少しかかることになるでしょうから、それまでゆっくりしていなさい……。では」


 リィーンの部屋のドアが、ぱたりと締められた。

 

 

 

 

 

 リィーンの部屋を出て、デーイィンは通路を歩いていく。

 しかし階下の破壊された現場には向かわず、封鎖の解けた渡り廊下を使って、『サペリオン』の奥に向かって進んでいく。

 その目的地は中枢部――『広域探知』の情報が吐き出される、最も重要な区画の一つである。


 「……。ふぅむ……召喚期限を超えて、ミシロくんがこちらに存在し続けていたこと。実に興味深いですねぇ……」


 そうつぶやいて、ニッと笑う。

 リィーンの部屋に来る前、デーイィンはその『広域探知』の情報に触れられる部屋に立ち寄っていた。

 そこには東吾がどのように変異しなにをしたのか、細かな詳細が映像つきで残っていた。


 「吸血鬼化。加えて、あれほどの敵を一方的に捕食……。すばらしい。なんという性能、やはり私の目に狂いはなかった……!」


 含み笑いを手で隠し、デーイィンは湧きあがってくる研究意欲に体を軽く震わせる。


 「明らかに別の存在と化していた……。彼の召喚終了が遅れたのはそれが原因とみていいでしょう。すなわち、一時的に別のものになったがゆえに、召喚時間の時計が『止まって』いた……。彼に何が起きたのか、どうやら神はまだまだ私に未知を与えてくれるようです……!」


 脳裏に、異様な紋様の浮き上がった東吾の姿が思い浮かぶ。

 東吾がつぶやいていた独り言も、『広域探知』にはしっかりと記録されている。


 「彼は誰と話していたのか? スケルトンの彼女ではない。となれば誰か? 知らない誰かがそこにいる……。まだ当て推量ですが、それはきっとおそらく彼の魂の座を弄った『誰か』……。ふ、ふふ、ウフフフ! 楽しくなってきましたねぇ! ウフフ!」


 ついに我慢ができず、デーイィンは笑い出した。

 デーイィンは『サペリオン』の深奥に向かって歩いていく。

 グレイヴスに言われていた後片付けの手伝いも全て放っぽって、今一度じっくりと東吾の残した貴重な記録を吟味するために……。

 

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