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第五話 その9


 東吾とリィーン、二人を乗せた肉のゴーレムが猛然と長い通路を駆けていく。


「……エントランス! ゴーレム、右に曲がって大きい通路に入って! 正面の!」

『ヤッヤァッ!!』


 広いエントランスに出てゴーレムは命令通りに曲がり、ドリフトを利かせながら正門から真正面にある広い道へと入っていく。

 道というよりはフロアがそのまま続いているような形になっており、天井は高く、道の脇には太い柱がいくつも並んで立っている。


「よかった、ここは開いてるわ……。トーゴだいじょぶ?」


 リィーンが東吾に目を向けてくる。


「あ゛ーやべえ。大丈夫じゃねえ。全然力が入んねえ」


 時折、ぴし、ぱき、と音が鳴って傷が塞がりつつはあったが、さっきの一撃はよほどの威力だったのかまだ回復してくれない。

 相変わらず痛みはないが、そのぶんどれほどやられたのかが正確にわからなかった。少なくとも、体がほとんど言うことを聞かないくらいのダメージはあるらしい。


「痛くねえのはいいけど、やっぱダメージに限界はあるのかよ……。ちっくしょ、いいようにやられちまった。なんなんだアイツ」

「わたしもあんなの見たことないわ。一体何者……あ!」


 ふと前を向くと、広い回廊の先に石のバリケードが立てられていた。その向こう側には兵士や他の魔導士たちの姿が見える。

 突然向かってきたこっちに弓や杖を構えていた。リィーンが手を振って、敵ではないことを示す。


「ちがうわ、味方よ! よかった!」


 ゴーレムはそのままバリケードを乗り越えて、二人はそこを守っていた部隊に合流する。

 すると一人壮年の魔導士が近付いてきて、こちらに話しかけてきた。


「君らは……ああ、ルティリア魔導士か。デーイィン魔導官の弟子の」

「はい、遅れてすいません! さっき侵入者と接触しました、こちらを追いかけてきているようです! ダイアール第三座魔導士がすでにやられて……!」

「なにっ!?」


 その場の守備部隊がざわめいた。この壮年の魔導士はここの守備隊長らしい。


「ルティリア魔導士、例の侵入者か!? ヤツが来るか!」

「おそらく! 吸血鬼が一名、間違いありません!」

「よろしい総員警戒せよ! ヤツは向こうから来るぞ! 通信魔導士、中央へ連絡を回せ! まだそこらに散らばっている連中を急いでこの通路に呼び出すよう要請しろ!」


 その声で全員が動き出し、大急ぎで迎撃の準備が整えられていく。

 この回廊を守っている部隊は全部で50人ほどはいた。さらに『サペリオン』の奥からは続々と人員が集まってきている。


「ふう。あぶなかったわ、合流できればなんとか……トーゴ、体はどう?」

「……少しなんとかなってきたかも。立てるくらいには」


 東吾は首を回し、ゴーレムから降りた。

 まだ少し足がふらつきそうになりつつ、後ろを振り返ってつぶやく。


「あの野郎、こっちからバカ正直に追いかけて来るのか? また壁をブチ破ってきたりとか」

「わからない。妙な技も使ってたわ……いきなり移動してたり、影もないのに現れるなんて」


 二人が話していると、近くで命令を出していた守備隊長がまた声をかけてきた。


「ルティリア魔導士、魔法はまだ打てるか? 通信が入った、どうやら『広域探知』がヤツを捕捉したらしい。言った通り向こうからこちらに歩いてきているようだ」

「えっ? 見つけられたんですか? 発見できないんじゃ……」

「フォーカスを集中してようやく捕捉したらしい。蜃気楼のようだが、確かにいると。未知の方法を使っているようだな……」


 魔導士の男は舌打ちをして、リィーンと東吾が来た道の先をにらむ。


「まもなく来るぞ。おびき寄せて一撃だ、もうこれ以上はやらせん」


 そして杖を掲げ、腰の剣を引き抜いた。大声で叫ぶ。


「魔法準備! ヤツが姿を見せたら全て叩きこめ! 容赦するな、チリも残さず消してやれ!」


 弓に矢がつがえられ、大勢の魔導士が呪文を唱えはじめる。

 やがて全員が押し黙り、視線が回廊の向こうに集まる――と。


 コツ、コツ、と靴音が聞こえてきた。

 そして――一人の男が、ゆらりと姿を現す。


 その顔が上がりこちらを見て、にたりと笑った。


『おお、すごいなァ……ご馳走の山だ。たまらぬ』


 

「っ撃てぇーーーーーーっ!!!」


 

 魔法が一斉に火を吹いた。

 回廊の全てが燃え盛る爆炎に包まれ、一部の隙もなく満たされる。


 爆発的に膨れ上がった熱で窓が砕け散り、壁の建材が吹き飛び、溶かしていく。

 目の前の男は何の手段も打てないまま、押し寄せた膨大な魔法の光に呑み込まれた――


「よし! 仕留め……なにぃっ!?」


 しかし。

 光が去ったあと、吸血鬼の男――レヴィアムは、平気な顔をしてそこに立っていた。

 手を翳した先には、薄く透けた黒い壁のようなものがある。


「……な……!?」

『フフフ、少しはやるな。そうでないとつまらん』


 まるで効いていなかった。

 貌の片面がわずかに焼けただれ、そのマントの端がちろちろと燃えているだけだ。

 顔面に残った火傷も、すぐに修復していく。


『どうした終わりか? ならば――そなたらを喰らうとしようか。クフフフ』

「……!? い、いかん撃て、撃て撃てぇ!」


 バリケードの先からいくつもの魔法が飛ぶ。

 だがレヴィアムは自分に集まってくる火の球を片手で弾き、無数の矢をマントで払っていく。

 大量の魔法が飛び、その全てが体にぶつかって砕け散っていく。それに何の痛痒も感じないかのように、まったく歩みを止めようとしない。


「なんだとぉっ!! き、効かな……ぎゃあっ!?」

『ジャッ!!』


 レヴィアムが指の先から放った黒い光が、守備隊長の胸を貫いた。

 血を吹き、守備隊長が崩れ落ちる。

 周囲がどよめいた。


『フフフッ……! フフ、ハハハ、ハーーハッハッハッハッハァ!!』


 レヴィアムは攻撃を物ともせず、無人の野を歩くがごとくこちらへと近付いてくる。


「ぷ、『プロ・トビオント』ぉっ!!」


 リィーンが肉のゴーレムを召喚した。

 筋肉男の集団が、迫ってくるレヴィアムに向かって果敢に突貫していく。


『――ゥハアアッ!!』


 右手に持った剣が、恐ろしい速さで動いた。

 ゴーレムたちもまた、切り裂かれ、たやすく両断されて倒れていく。


『『『ヤアーッ!!??』』』

『どうした、どうしたァッ!! フハハハハァ!!』

「くっ、はあ゛あ゛ぁーーっ……!!『プロ・トビオント』、『プロ・トビオント』、『プロ・トビオン・トビオン・トビオン!』『トビオント・ブロぉーっス』っ!!」


『『『『『イィーーーーヤァーーーーッッ!!!!!』』』』』


 リィーンの周囲に無数の光が舞い上がり、膨大な数の肉ゴーレムが出現した。

 通路を全て肉の壁で塞ぐほどに現れたゴーレムたちが、人海戦術でもってレヴィアムに突っ込んでいく。


『クハハハァ!! そうだ、抵抗してみせろォ!! ウハハハハハ!!』

『『『『『ヤハァーーーーーーーッッ!!!!!』』』』』


 ゴーレムたちの影に隠れ、レヴィアムの姿が見えなくなった。

 しかしそれでも押し返すことができない。巨大なゴーレムたちが、オモチャのように吹き飛ばされていく。


「ぷ、『プロ・トビオン・トビオン・トビオン・トビオン』……!!」


 リィーンはさらに召喚を続けていく。

 しかし焼け石に水だった。通路に溢れ返るほどの質量が、切り裂かれ、殴り蹴り飛ばされ、黒い光が放たれて、次々と倒れて砂に還っていく。


「トビオン……い、いけない!! 守りきれない……うっ!?」


 リィーンがふらりとよろけた。

 東吾はあわてて手を伸ばす。


「ど、どうしたリィーン!?」

「う……ま、魔力が……。急に、出しすぎて……!」


 リィーンの顔色が悪くなっていた。

 青ざめ、貧血でも起こしたかのように血の気が引いている。


「おい大丈夫かよ!? しっかりしろ!」

「う、うん。それよりまずいわ、下がらなきゃ……。きゃっ!?」

「うお!?」


 ――轟音。

 床が大きく振動し、砕ける音が響く。

 ばらばらにされたゴーレムの残骸が、あたりに散らばった。


『フフフフ……! ぬるいわァ……!』


 大量のゴーレムたちが一瞬で全滅していた。

 レヴィアムの足元には巨大な亀裂が走り、そこだけが大きくへこんでいた。


 その周囲の空間が歪むように黒い瘴気が立ち昇り、瓦礫が天井から落ちてくる。

 それを見た周囲の魔導士や兵士たちが、後ろに下がりはじめた。


『ッシャアッ!!』


 さらに、レヴィアムが放った黒い光が幾人を貫いた。

 頭や胸を撃たれ、血潮を振りまいて倒れていく。


「いかん引け、引けぇっ!! ここは守りきれん、下がって背後と合流しろ!! 急げぇっ!!」


 誰かが叫ぶと、全員が一斉に踵を返して走りだした。

 レヴィアムはニタニタと笑いながら、ゆっくりとこちらに迫り続けてくる。

 

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