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第五話 その7


 

 『サペリオン』に戻ってきた時は、そろそろ夕方に差しかかろうとしていたころだった。

「けっこう色々と買っちゃったわね。でもたまにはぱっと使わなきゃ」


 正門から中に入ると、涼しい空気が肌をなぞる。

 広いエントランスには他に人影は見えなかった。東吾はいくつかの荷物を持って、リィーンについて無人の通路を歩いていく。


「けっこーこっちも暑いよなー。この中は涼しくて助かるな」


 つぶやきつつ、東吾は自分の手首を眺めてみる。


 最初に見たアクセサリー屋で買ってもらった、魔法のかかった腕輪が東吾の手首に光っていた。金属製の簡素な腕輪だ。

 これは剣でも魔法でも、持ち主に危険が迫ると一度だけ弾き返してくれる代物らしい。リィーンの腕にもほぼ同じデザインの腕輪がある。


「これ、セットで安かったからよかったわ。お守りになるわね」

「一度だけ守ってくれる、か。でもさ、よく考えたら俺の場合斬られても刺されても痛くないんだよな。それで壊れちゃったらもったいないな」

「トーゴの場合はどうなるのかしらね? これって持ち主が平気なら、発動しないようになってるし」

「そうなの?」

「うん、だって例えばお年寄りは転んだだけで危ないけど、ふつうの人はそれくらい平気でしょ? そういう時は動かないのよ」

「そらそーだわ。じゃあ……俺が危ない、ってどういう状態なんだろ?」

『その時になったら勝手に動くんじゃねーの? そんなんよりさ、晩メシいつかな』


 右手のモニカが震えて声を出す。

 東吾はちょっと辟易とした顔をして、自分の右手を見た。


「お前さぁ。昼の時も食え食えって、どんだけ俺に食わせるんだよ。限界だっつうの、お前には胃袋ないから満腹にならないんだろうけど」

『あたしは生きてた時でもあれぐらい食うよ。オメーが食細いんだろ?』

「俺はむしろよく食うほうだよ……。山のように食わせやがって。もう食わねえよ、元の世界に帰ってから家でメシ食う」

『はー!? おい、そーなったらあたしのほう真っ暗になっちまうじゃん! その間は味もなにもしないんだぞ、あたしのたった一つの楽しみを奪うのか!!』

「はいはい。我慢してろ、お前は餓死しないんだし」


 ぶーぶーと文句を垂れるモニカを無視して階段をしばらく昇り、東吾はリィーンが使っている部屋の前まで来る。

 リィーンが鍵を開けてドアを開くと、あとに続いて中へ入った。


「ただいま、っと。それ、そこに置いといて」

「あいよ。あ、そういやこの部屋ってはじめて入るな」


 リィーンが買った服の入った紙袋を机の上に置き、東吾は室内をぐるりと眺めた。


 小さなクローゼットと机、デスクに椅子が数脚、それにベッド。あとはコンロのようなものが一つと蛇口のついた流し台。

 窓の外からは街がよく見える、そこそこ広めの悪くない部屋だった。セッケンの甘い香りのする、清潔な室内である。


「買った服もあとでバッグにしまっておかなきゃ。トーゴは荷物なくて、ちょっと羨ましいかも」

「……ないっていうかさ」


 リィーンが服を買う際に、東吾もいくばくか服を買ってもらったのだが。

 実はそれは現在、東吾の『内部』にある。


 元の世界に持って帰ることができないことを東吾がぼやくと、モニカが『じゃあおめえの中に入れればいいんでね?』と漏らしてしまったせいだ。

 それを聞いたリィーンは一瞬迷ったような顔をしたが、裸で毎度出てくる東吾のこともあり、結局久方ぶりの『摂取』をさせられるハメになってしまった。


「喰う、って言えばいいのかアレ。なんか気持ち悪いんだよなぁ……むずむずするって言うか」

「でもこれからは着替える必要もなくなったじゃない。体から直接浮かび上がらせれば、ほら。あとで腕輪も入れといたらいいと思うわ」

「いいけど、服を着てる感じはしないんだよなー。半分だけ裸みたいな、妙な感覚……」


 試しに長袖の手の部分だけ浮かび上がらせてみる。

 ずぶずぶと服が生えてきて、確かに外見には着ているようにも見えた。

 しかしどこか繋がっている感じがして、少し落ち着かない。


「うーん……」

「ほらできたじゃない。見えなきゃいいわよ、同じ同じ」

「そりゃリィーンから見たら同じかもしれんけど。こう、肌から繋がってるし」


 服は要所要所で東吾の体と密着している。慣れればそのうち糸やタグだけ繋がらせて着ることもできるようになるかもしれないが。


「剣も手からは外れないんだよな……。くっつきっぱ。何かあっても取られないのはいいけど」


 そんなことをつぶやきながら、東吾は体内のものを色々と出してみた。

 にゅっ、にゅっ、と様々なものがはみ出してくる。


 剣に、筋肉腕、例の宝珠、今日買ってもらった服。

 ついでに以前一緒にブチ込まれた、本棚や椅子の端まで体の中から現れる。


『モノは半分出せるのに、あたしは出せないのかよ。上半身だけでもいいのに』

「俺に言うなよ。それにそれは相当キモイ光景だと思うぞ」


 自分の体からモニカが上半身だけはみ出した姿を想像して、東吾は変な顔をした。もう完全に怪生物である。


「先生が魂を縛ったから、ってわけでもなさそうね。あれはトーゴに手を出せないようにするためのものだし」

「ふーん……。ま、どうでもいいや。それよりリィーン、俺は今日いつ向こうに帰れるの?」


 壁にかけられている時計を見て東吾は言った。時計の針は五時前を指している。


「今日? 一応そろそろの時間に設定したけど。あと一時間ちょっともすれば」

「ん、そうか。今日はなんか楽しかったな、色々見れたし」

「よかったわ。こっちの都合に付き合わせちゃってるわりに、特にお礼もできてなかったから。んー……ふう」


 リィーンがベッドに軽く腰掛けて、ぐっと伸びをした。一つ息を吐いてから、東吾を見て言う。


「今日はわたしも楽しかった、荷物も持ってくれてありがとね」

「それぐらいはかまわねえよ。紙袋で重くもないし、メシもおごってもらったしな」

「うん。それじゃあもうしばらくだから、それまで好きにしてても……」


 

 ――リィーンが、机の上の紙袋を取ろうと手を伸ばした、時だった。


 

 突然、誰かがあわてて走ってくるような靴音が、廊下の方から聞こえてきた。

 そして部屋の扉が、ばん、と乱暴に開かれる。


 部屋の入り口には武装した兵士たちの姿があった。


「――ルティリア魔導士どのっ! ……よかった、ご無事でしたか!」

「え、なに!? 急に突然、か、勝手にドアを開けて!」

「これは失礼しました。しかし、危急でしたので」


 兵士の一人が頭を下げる。

 そして再び顔を上げて、焦った顔で喋りはじめた。


「すぐに避難をしてください! ここは危険であります、杖を持って『サペリオン』の中央区画へ! そこで現在構築中の、防御陣地の支援に当たって下さい! 急いで!!」

「え? え……な、なにかあったの? なにも聞いていないわ!?」

「は! 放送が使用できなくなっております、致し方ありません」


 リィーンがたずねると兵士の男が頷く。

 兵士たちはあわててここへ走って来たのだろう、誰もが汗だくになっていた。


「しかしご無事でよかった……。兵員管理をしている者から、ルティリア魔導士の所在が不明であると聞いたのです。『広域探知』からの情報で魔導士どのを発見し、あわててここに来ました。どうやら賊はここに現れていないようで」

「……賊……!? い、いいからなにが起こったのか教えて! どうしたの!?」

「はっ。――どうやら何者かが、この『サペリオン』に侵入した模様であります!」

 

 

 

 

 

「ここに侵入!? なにそれ!!」


 リィーンの顔がさっと青ざめる。

 兵士は大きく首肯した。その目が、本当のことを言っていると語っていた。


「行政長官どのの命でつい先ほど、二級非常事態宣言、及び緊急防御体制の令が発せられました! 暗殺の恐れのある重要人物は全て避難し、動ける魔導士は現在総員行動中であります! 魔導機密盗難の恐れにより、各研究施設も完全封鎖されております!」

「『広域探知』はどうしたの! ここの中だけは平時でも常に張ってるはずでしょ!?『サペリオン』は魔法盗難に備えてロディニアの全ての技術が投入された、鉄壁の守りを誇る……部外者はアリ一匹たりとも入れないはずなのに!?」

「は……そのはずですが、どう掻い潜ったのか賊は内部へ入り込んでしまっています! どこで調べ上げたのか、放送塔が真っ先に破壊されもはや緊急放送もできずっ……! すでに各所で十五名ほど、賊にやられたとおぼしき犠牲者も出ています……!」

「なんですってっ!?」


 リィーンがうろたえ、動転したように叫んだ。

 ここに侵入されるなど、考えられない事態であったらしい。


「うそ……そんなことが!? て、敵は!! 侵入者は何者なの!?」

「はっ! 被害状況から推察されるに、おそらく――吸血鬼である、と!」

「!! きゅ、吸血鬼!? なんで!? ホントなのそれ、間違いじゃなくて!?」

「ほぼ間違いありません! 犠牲者の体内から大量の失血、噛み跡、そして『探知』による検分で判明しています!」

「っ! わ、わかった! すぐに中央へ行けばいいのね!? すぐ準備するわ!」


 紙袋を放り出し、リィーンはクローゼットからマントを引っぱり出して身につけはじめた。壁に立てかけてあった杖を乱暴に引っつかみ、あわてて準備をはじめる。


「区画封鎖もはじまっております、魔導士どのはB-2通路からD塔へ、そこから中央へお向かい下さい!」

「B-2からDね、了解!」

「お気をつけ下さい、賊は何名いるのかもはっきりと分かっておりませぬ! これほど周到な攻撃、数名程度ではまず不可能のはずですが、何故かいまだ一切の目撃証言もなく! 道をご案内いたしたい所でございますが、我らはこれより学生寮へ向かい逃げ遅れた者がおらぬか確認に参ります!」

「そっちこそ気をつけて! 学生が残ってたら大変だわ、一つの部屋も取りこぼしちゃだめよ!」

「もとよりそのつもりであります! それでは失礼、者ども行くぞ! 走れぃ!」


 兵士たちが駆け出していく。

 リィーンもまた急いで身支度を整え、東吾を振り返った。


「大変!! トーゴ付いてきて、吸血鬼がここに入りこんだみたい!」

「吸血鬼って!? 戦争はもう終わったんじゃねえの!? なんであいつらまだやってくるんだよ!」

「わからないわ! でも、とにかく来てるのはなんとかしなきゃ! 早くっ!」


 杖を手に取り、リィーンが帽子を押さえて部屋を飛び出した。

 東吾もあわててそれを追いかけて、万が一に備えてヴァンピールスレイヤーを体内から引き出す。


 二人は人気のない通路を、『サペリオン』の中央に向かって走っていく。


「――ああもう! どうしてわたし、気づかなかったの!? 誰もいないじゃない、ここまで来るのに誰一人として見ていない!! 正門からこの部屋まで……!」

「お、俺も全然気づかなかった! そういや、いつもはけっこう歩いてる人がいるのに!」

「まさか放送塔が壊されたなんて……! そんなことされるだなんて思わなかった!」


 どこにも人の影はなかった。すでに避難はほぼ終わっていて、そこに東吾とリィーンは外から戻ってきていたらしい。

 リィーンが先導して二人は無人の通路を走り、しばらく行くと突き当たりにT字路があり、そこを右に曲がった。


 しかし――


「……えっ!? こ、これって!?」


 ――通路が、行き止まりになっていた。

 まるではじめからそうなっていたかのように、のっぺりと白い壁が目の前にある。


「ど、どうして? ここ、B-2通路じゃ……!?」

「なんだなんだ! い、行き止まりじゃん?」

「ちがうわ! 普段はここって道になってるの! これ、封鎖されちゃってる……!?」


 その時、壁にあるライトが赤く明滅した。

 そして拡声器を通したような声が聞こえてくる。


『――ガガッ。……テスト、テスト。放送網の回復を確認。……傾注。諸君、聞こえているだろうか、私である。放送塔の復帰に成功した』


 覚えのある声だった。

 あのフードの行政長、グレイヴスの声だ。


「行政長!? よかった、放送が戻って……!」

『……この放送は住民の混乱の可能性を鑑み、『サペリオン』内部のみに限定されている。もし現状を知らぬ者がいるなら、落ち着いて放送を聞いて欲しい。現在、二級非常事態宣言が発せられているが、それが一級宣言へと昇格した。……第二軍団司令官のラーグムル将軍が、避難中に襲撃を受け、暗殺されていたのが確認された』

「えっ!?」


 リィーンが愕然とした。

 東吾はどこかで聞いたような名前に、目をぱちくりとさせる。


「ラーグムル、って。たしか、戦争中に放送で名乗ってた……?」

「しょ、将軍が……!? ご、ごめん静かにしてトーゴ! 放送が……」


 しっ、と口元で指を立ててリィーンが東吾の声を遮った。放送はまだ続いている。


 

『……各ブロック連結路は正門エントランス側A-1通路からの道を除き、全て完全に封鎖された。遅れた者はそちらから中央へ、避難中の非戦闘員及びそれと同行している場合『サペリオン』外への避難も検討すること。無理に中央へ向かうな』


『……被害状況が増している。このわずかな間に分かっているだけで、15名からなんと87名にまで跳ね上がっている。戦闘魔導士も含む部隊が一方的に殲滅された。敵の戦力は最低でも一個中隊以上と判断される、従って連携の望めない小部隊は目標を発見しても交戦は不許可とする。退却せよ』


『……ただ、『広域探知』でも発見不可能である敵について、多少の情報を得た。壊滅した部隊にわずかな生き残りがおり、証言がある。それを信じるならば、の話ではあるが。……驚くことに――』


『……敵は、一名だ。たった一人でここに襲撃をかけている』


『……信じられんことだが、現場状況や証言から類推するに、事実である可能性が高い。各員は十分に警戒すること、賊は恐ろしい戦闘力を誇っている。一人とみて侮ってはならない、敵わぬとみればすぐに逃走せよ。では放送を中断する。新しい事項があれば放送を再開する、以上――ガガッ』


 

 放送が終わる。

 再び照明が明滅し、元に戻る。


「……。なによそれ、どういうことなの……!?」

「一人……? 一人しかいないで、ここに攻めてきたのか? 三万以上でも負けたのに」

「わ、わたしにもわからないわ。でも、行政長がウソなんて言うはずも……。と、とにかくここにいたらまずいわね。エントランスの方に行かなきゃ」


 踵を返して、リィーンは元来た道を戻りはじめる。


「たった一人でなんて……そんなこと可能なの? ちょっとありえない、いくらなんでもそんなの……」

「お、おいリィーン。今のうちにゴーレム出しといたほうがよくないか?」

「あ、うん。――『プロ・トビオント』」

『『『――イィヤッ!!』』』


 三体ほど、筋肉男たちが虚空から出現した。

 こんな時でもまったく場違いにいい笑顔を浮かべ、揃って同じポージングで上腕二等筋を躍動させていた。


「ゴーレム、わたしたちを護衛しなさい。中央区画へ着くまで周囲を警戒すること」

『『『ヤッ!』』』

「……。いや、こいつら強いんだけど。いつもながらこの笑顔はなんなんだ」

「さ、行きましょ。急がなきゃ。先生はどこに……ああだめだわ、朝からエディアカラのほうに行ってて……」


 考えるように顎に手をやり、リィーンが少し壁に片手をもたれかけさせた――


 

 ――ドズンッ!!


 

 と、轟音が響いた。

 壁が大きく震え、リィーンの手が滑った。急につっかえを無くしたリィーンの体が大きく転倒する。


「! きゃあっ!?」

「!? リィーン! な、なんだ今の!?」


 ほんの、すぐ近くからの音だった。

 東吾が振り返ると、そこには濛々と白い粉塵が舞っている。


 角の向こう側――さっき行き止まりになっていた道の方から、煙が立ち昇っていた。


「……? なんだあれ。壁の……。壁が、壊れて……!?」


 ――コツ、コツ――

 と。


 足音のような響きがあった。

 何者かの気配。


 そこに、誰かがいた。


「……」


 ――コツ、コツ。

 固い床に靴音を鳴らせて、ゆっくりと向かってくる。


 そして、ひたり、と角にかかった指先が見えた。

 血の気のない、細くたおやかな指。


「……なん、だ。誰だ……? ま、まさか」


 東吾がぽつりとつぶやく。

『それ』が、粉塵の中から姿を現した。


 

 ――真白い髪の、黒い影。


 

 マントを翻し、黒い装束に身を包んだ一人の男だった。

 どこか退廃的なほどに、美しく貌の整った男――。


『――ひどい埃だ。堅牢ではあるが、好まぬな。木と漆喰のほうがまだよい……む?』


 その顔が、ぐるりとこちらを向いた。

 紅く光る、妖しい輝きを放つ瞳だった。


『おお、これはこれは……。ようやく見つけたぞ、我が仇。そして喰らいたき者らよ』


 口元から覗く牙が、それが何者であるのかを示していた。

 たった一人の、吸血鬼だった。

 


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