第五話 その3
痛みはないものの電撃はきっちり効く東吾が巻き添えで焼かれているのを尻目に、例の精神を分析するという機械の組み立てが終わる。
それはフルフェイスの鉄の兜にも似た、顔全体をすっぽりと覆うような形をしていた。
側面にはいくつか編み込まれた絹の紐がぶら下がっており、先端にはそれぞれ金で出来ているとおぼしき鈴がついている。
デーイィンはそれをリィーンから受け取ると、電撃の輪を消して東吾を解放し、その頭にはめこんだ。
「『ぐ、ぐええ……。うぷっ!?』 ……うぐぐ、ちきしょ……! 『う……。な、なんだこれ。前がほとんど見えない』」
「ではリィーン、少し離れていて下さい――『ティクタアリク=ハイネリア』――」
杖を掲げられ、呪文が唱えられる。
すると床に魔法陣が浮かび上がり、突っ伏していた東吾の体がふわりと宙に浮いた。地面から湧き出してきた黒いオーラが周囲を包みこむ。
さらに、デーイィンの顔のすぐ近くに真っ黒な小さい雲が現れ、目の周りをぐるりと覆う。
「……。ふむ、よろしい。視界良好、問題ないようですねえ。さてさて……」
そう言って軽く杖を動かしていく。
「ふむ、ふむ、なるほど。見つけました……。ミシロくんの魂があります。確かに。やはり偽魂のゴーレムなどではなかった……。間違いない、これは本物の魂だ……」
「『くそ、痺れは効くのかよ。痛? ってぇ……。……おい先生、俺の中が見えてんのか?』」
「はい、見えています。現在、彼女の魂がミシロくんの上にぴったりと覆いかぶさっていますね。これは面白い、魂が自由に形態を変えられるとは。魂自体が特殊とは考えにくい……となると、ミシロくんの中でのみ可能な現象と考えるべきでしょうか」
東吾には特に変化は感じられないが、デーイィンに内部を見られているらしい。時折、被り物の脇にある鈴がチリン、チリンと鳴っている。
「肉体はともかく、常に自由であるべき魂を弄くりまわすのは少々気が引けますが。今回は仕方がありませんから、彼女はこうしておきましょう。よっと」
ひょい、とデーイィンの手が動いた。
一際大きく鈴が音を立てると同時に、東吾の五感が大きく回転する。
「『う!?』 ……あ、あれ? も、戻った?」
「彼女の魂を魔法の糸で縛ってみました。ついでに口も」
「『むぐっ!? む、むぐぐぅー!! ぐっ。……』」
「これでよろしい。ミシロくんも迷惑でしょうし、これでもう無闇に体を奪って暴れられないでしょう。……さて、内部に目を向けますと……」
モニカを完全に黙らせると、少し首をひねって言う。
「ううむ? なんでしょうか、この『魂の座』の広さは? やけに広大ですねぇ……それに場が極端な真円形をしている。ふつう多少の歪み、『個性』が出るはずなのですけど」
「こ、個性?」
「ええ。その精神由来の独特の形状――心象風景の暫定的な具現化、外界と自己とのズレとも言いますね。幾何学的な構造ですと……虫、だとか。あまり自我をもたない生物に限られるのですが……?」
「……。俺、虫かよ。魂の座ってなんだ?」
「『魂の座』とはそのままの意味で、魂の置き場のことです。ミシロくんはちょうどその中央の円座にいますね、本来の主だからでしょうかね。周りには――地面に、四つの円。そこの一つに先ほど縛りつけた彼女がいます。あとは外に……七つ、これは印でしょうか?」
「あの、先生よ。俺には何にも見えないから、全然イメージわかないっつーか……」
「そうですか。ふむ、ミシロくんの魂は白い光を放っていますねぇ。彼女のは燃えるような赤。周囲は薄暗く、床が少々散らかっている、見たことのない文字が書かれていて……おっと。これはこれは」
「え? な、なんだよ」
「一番外側に私の肉ゴーレムがいました。君に取りこませたものですね、座っています。……うん?」
デーイィンが眉を小さく動かし、怪訝そうな声を出した。
「……冠? を、かぶっている? なんでしょうこれは。どこで手に入れたのでしょう? そんなもの、入れた覚えはないのですが」
「冠? なんだよそれ、そんなもん知らねえよ」
「……では元からあったのでしょうか? おお、ありました。外側にずらりと並んでいますね、ひーふーみー……ズラズラと。定間隔で、ぐるりと並んでいる……」
そこで一旦、デーイィンが言葉を切った。
少しの間杖を動かし続けていたが、ぼそりとつぶやく。
「うむ。これは……あり得ない。異常な形態の『魂の座』です」
「えっ。な、なんだ異常って。ひでえ」
「いえ、気を悪くしないで下さい。ですがこれは、あまりにも『整いすぎて』いる。こんな規則的で法則性のある構造をすることは、人間の魂の座には起こり得ない」
「そ、そうなの? でも、そう言われても俺には何にも見えてないし」
「……不思議だ。完璧な配置。一切のズレがない。まるでこれからこの場所で、儀式でも行うかのよう……」
すると突然、口を歪めて笑いはじめた。
「ふ、ふふ、フフフ。これは、なんだ? どうなっているのだ……!? この魂の座は……まさか」
そうしてゆらり、と東吾に歩み寄ってくる。
「そんな馬鹿な。ここまで整え尽くすなどということが、人格を破壊せずに可能なわけが。それに彼の魂の座に入ったのは私が最初のはず。だが、そうとしか考えられない……! 考えられないじゃないですか……!?」
「わ!? わ、笑いながら近付いてくんな!」
「素晴らしい……! 知的好奇心が実に刺激される……! 何故でしょう、何故このようなことに? 手を加えていたとして、一体誰が。何のために? どのようにして!」
「来んなって! あんたが不気味な笑いで寄ってくんの、トラウマなんだよ! なんか怖え!」
「もっと、もっとです! もっと見せて下さい君の魂の座を! むっ、なんでしょうこのマークは! 星!? 君のいる足元にも!! ……と?」
興奮して暴走しはじめたデーイィンが、何かに気づいたかのように立ち止まった。
リィーンが、デーイィンのマントのすそを引っぱって顔を見上げていた。デーイィンは困ったように眉根を寄せて、目の周りの黒い雲を払いのける。
「なんですかリィーン? 今とてもいいところなのですが」
「ちょっと落ち着いて下さい先生。それにもうかなり長い時間見てますけど。魔力を吸い尽くされて死んじゃいますよ?」
「おっと? ……そうでした。これはいけない。そういえばひどく肩が重いですね、軽く目まいも……」
ふう、と息を吐いて杖を下ろし、デーイィンが呪文を解いた。
急に浮力がなくなった東吾が、すとんと地面に落とされた。痛くもないのに、イテ、とつぶやく。
「いやはや、ついつい興奮して失念していました。このアイテムは消費があまりに激しすぎるのと術者から無限に魔力を吸い取るのが困り物です。リィーンがいなければまたまた死ぬところでしたね、あっはっは」
「笑い事じゃないんですけど……。はいトーゴ、だいじょうぶ?」
リィーンが東吾の頭から機械を引き抜いた。
東吾は開けた視界に目をしぱしぱとさせてから、自分の右手を見つめた。
「終わりか。……おい、ニカ。おーい」
右手を軽く打ってみる。
声は聞こえて来なかった。
「……。お、おい先生。こいつのこと、さっき縛ったって言ってたけど。どうなったんだ?」
「はい? ああ彼女ですか、とりあえず縫いとめておいたので。もう君の体を奪ったりは難しいでしょうね? そのうち慣れてきたら、喋るくらいはできるようになるんじゃないですかね」
「え? いいのか、そんなことして」
「私も毎度命を狙われては困りますしねぇ。さすがに全てをかわしきるのは困難ですし……非常手段ということで」
「そりゃ俺も困るけど。うーん」
「まあ、君の体は君のものですからね。気にしないでもいいと思いますよ」
自分のことは全く棚に上げた発言をすると、デーイィンはペンとメモを取り出してさらさらと書き込みはじめる。
「今日のところはこれぐらいにしておきましょう。私の魔力も枯渇してしまいましたしね。しかし面白い構造でした、実に興味深い」
「……。いつになったら俺の中からモノを出せるんだ。あと、俺が召喚されない方法」
「さあ、いつになるでしょうね? 目処どころか見当もついていないですから。君の精神を調べられるようになったので、魂の識別キーくらいはそのうち判明しますが……排出と召喚拒絶の手段となると、また別ですね」
「……嘘だろ? はあ」
「そう落胆せずに。ここにいる間は君の望みはできる限り提供してあげましょう。私こう見えてもそれなりに権限がありますし、濫用の仕方ももちろん心得ていますから」
臆面もなく言って、デーイィンはニッコリと笑った。