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第五話 その1


俺って、流されやすい性格だよな。

と、東吾は思う。


「……だよなぁ。いきなり呼び出されて以来、ホイホイこっちに連れてこられるし。カプセル怪獣じゃねえんだから」


ベンチに座ってボケッと景色を眺めながら、そんなことをつぶやいてみる。


丘の上の街であるバージェスの中央にそびえ立つ、『サペリオン』の屋上に東吾はいた。

近くに建つ時計塔は正午を指しており、大きな鐘の音が一つ鳴らされると、巨大な複合施設の中から大勢の人間が外へ出てくる。

その活気づいた声を遠くに聞きながら、思わず嘆息してしまった。


「俺の夏休みはどこへ行ったんだ。ヒマ人だけどさぁ……でも、もうちょっとなんとかならんのか? 気づいたら戦争にまで付き合わされてるってどうよ」


眼下には、ローブを着た少年少女の集団が楽しげに談笑しながら昼食を摂りにサペリオンの門から出ていく姿が見える。

この巨大な建物には各種お役所等が入っている他に、魔法の学校まで詰め込まれているらしい。リィーンがそう言っていた。


「……。なんだろう、侘しいぞ。自由な夏休みだっていうのに、俺はこんなところで何をしてるんだろう……」


うんざりとして独り言をつぶやく。

すると、東吾の口が勝手に動いて言葉を発した。


「『なんだおめえ。何をいじけてんだ?』」


東吾とは全く声質が違う、女の声である。例のスケルトン女だった。


「……またお前か。俺の体を勝手に使うなよ」


そう言うと、スケルトン女は東吾の右手を軽くくい、と動かして言葉を返してくる。


「『そうは言ってもよ。あたしはあんたの体を使わなきゃ、何も喋れねえんだからしょーがねーだろ? ゆっくり喋れば苦しくもねーんだからいいじゃねーか』」

「よかねえよ。この上体まで乗っ取られちゃたまらねえっつの。ただでさえひでえ目にあってんのに……」

「『ひでえ目? 三食に昼寝つきで体も動かさずに一日ボーっとしてて、どこがひでえ目なんだよ。あたしの故郷じゃ、吸血鬼どもだって貴族以外はそんな生活してねえぞ』」

「俺の故郷じゃ学生は夏休み中みんなそうなの。そのはずが、俺だけこっちに日帰りで拉致されてんの。強制的に」


ここ一週間ほどの間、東吾から中のものを出すための調査、という名目でなにかと東吾はこちらの異世界に呼び出されていた。

嫌も応もなく、突然目の前が光ったと思えば夜中だろうが関係なしに召喚されてばかりでいる。


「いいかげん冗談じゃねえよ……。つーかさ。お前にも、いくつか聞きことがあるんだけど」

「『あん? あたしに? なんだよ』」

「とりあえず名前ぐらい教えて欲しいんだけど。毎度毎度、いくら聞いても教えてくれねえじゃん」


これもまた、一週間の間に何度もした質問であった。

それを聞くたびに、このスケルトンの女剣士はなんだかんだと理由をつけて答えようとしないのである。


「スケルトン女、って呼びにくいし。人の体を勝手に使ってんだから、それぐらい教えろよ」

「『ん。あー、そのなぁ。そのへんは、お前とでも呼んでくれりゃあいいじゃねえか。名前なんざにこだわるなよぅ』」

「こだわってんのはそっちだろ。なんで答えねえのか俺には分かんねえ」


東吾がつぶやくと、スケルトン女は少し黙ってから不満そうに言った。


「『ちぇっ、しょーがねーなぁ。じゃあそーだな……ニカ、とでも呼べ』」

「じゃあってなんだ。なんでもいいけどさ。ニカね、ふーん」


ようやくのことで名前を聞き出し、東吾は空を見上げて質問を続ける。


「んじゃニカ、俺が元の世界に戻ってる時ってお前どうなってるんだ? あっちじゃ勝手に口が動くこともないし」

「『うーん、あたしには元の世界ってのもよくわかんねえんだよな。おめえの召喚が解けたら真っ暗になっちまって、気づいたらあの牢獄の中にいるしさ』」

「牢獄って、夢で見たアレか。体が問題なのかなー……。体、体か。俺の元の体……」


向こうの世界に置いてきているはずの自分の体を思い、腕組みをして考え込んだ。


実は二日ほど前、東吾は放置状態の自分の肉体について多少のことを聞いていた。

東吾には、留未、という名の四つ離れた中学生の妹がいる。その妹に、自分があっちに帰っていた時に言われた言葉だ。


『お兄ちゃん、なんだか最近気持ち悪いんだけど。突然気絶したかと思ったら変になって、やけに元気だし……』

『だ、だって。いきなり、ヤーッ! とか叫んで走り回ったり、動かなかったり、いつもすごい笑顔だったりするんだもん。わけわかんないよ』

『何かイヤなことがあったなら留未が聞くよ? あの、あとね、駅のほうにカウンセリングしてくれる病院があって、そこ評判いいんだって。軽い気持ちでさ、行ってみても……いいんじゃないかな?』


「……。なんだかすごくまずいことになっている気がしてならない。どうなっているんだ向こうの俺は。それってつまり、例の肉ゴーレムが俺の代わりに俺の体を動かしてる、ってことだよな……」


実の妹に、いつの間にか激しく精神状態を疑われているのもあるが、叫び声とすごい笑顔という話が気になってしかたがない。

妹の話が確かならば、リィーンの肉のゴーレムがどういうわけか向こうの自分の体に乗り移っていて、体を操作している可能性が高いらしいのだ。

どんな無茶をやらかしているのか分かったものではない。ついでに言えば、身内だけならまだしも外にいてもふつうに召喚されてしまうため、周囲の目が実に心配である。


「いかん、いかんぞ。俺は変態じゃない……。前にも言った気がするなこのセリフ」


そうして考え込んでいると、近くにある階段の方から人影が上ってきた。

東吾を見つけると、声をかけてくる。


「あ、トーゴ。こんなとこにいたの。もうお昼だけど、ごはん食べないの?」


リィーンだった。

今日は帽子と紺色のマントをつけておらず、杖も持っていない。そうしていると、少し風変わりな学生服のようにも見える。


「ああ、リィーン。あんま食欲なくてさ……」

「え? でも、トーゴはゴーレムでもおなかは空くんでしょ?」

「そりゃ空くけど。でも、それどころじゃねえって気がして」


のんべんだらりと飯を食っている場合ではなかった。それより、そろそろ状況に流されてばかりの現状をなんとかしなければならない、という気持ちが強くなってきている。


「どうかしたの? なんだか難しい顔してるけど」

「だってよ。こうポンポンと召喚されてちゃ、やっぱ困るんだよ。今は夏休みだからまだいいけど学校はじまったらどうすんだ? 友達との約束も何度かすっぽかしてるし……」


東吾が困った顔で言うと、リィーンは眉根を寄せて言う。


「で、でも。わたしもわざと召喚してるわけじゃないっていうか、ゴーレムを召喚したらいっつも必ずトーゴが出てくるんだもん。どうしてそうなるのか、わたしにもわかんないの」


結局のところ、一番の問題はこれなのである。

リィーンが望む望まざるに関わらず、何故か東吾が呼び出されてきてしまうのだ。


デーイィンにもそのへんについて調べてもらっているが、成果はあまり芳しくないらしい。


「迷惑かけたいなんてつもりはないんだけど……。わたしは肉のゴーレムの専門魔導士だし、専門魔導士がゴーレムを使えないなんてわけにはいかないし」

「わざとじゃないってのは分かってるけどさ。でも俺だって予定があるんだぞ? 海に行こうって話も結局フイにしちまったよ」

「う、うん……」


リィーンが少ししょぼんとする。

意図的でない以上、リィーンを責めてもしょうがないのではあるが。


「ご、ごめんね。トーゴが『元の世界』で何をしてるのか分かれば、もうちょっと融通は利くかもしれないけど……」

「うーん、なんとかなんねえのかなぁ。なんともならねえのかな……。はぁ」


ため息をつくと、スケルトンのニカが東吾の口を借りて言う。


「『お前の遊びなんざ置いといてくれよ。それより先にあたしを外に出してくれ』」

「なんだよニカ、つき合わされてるのは俺もなんだぞ。だいたいわざとお前を取りこんだわけじゃないし、文句はあの先生に言ってくれよ」

「……ニカ?」


ちょっときょとんとしてリィーンが言った。

東吾はああ、と呟いて答える。


「いやさ、俺の中のこいつが、ニカって呼んでくれってさ。さっき聞いた」

「『おう、ニカだ。そう呼べ』」

「なんだか珍しい名前。オルドビシアの名前で、ニカ……? それってあだ名?」

「ん? うん、なんかそんな感じみたいだけど」

「『な、なんだよ。あだ名だけど、別にそれでいいだろ』」

「ニカ。……ひょっとしてスケルトンさん、あなたの本名って……モニカ?」

「『ぶっ!?』」


スケルトン女が噴き出した。

激しく咳き込みはじめる。


「や、やめろ。なんだ急に、喉が苦しい『ちょっ、おま、お前! なんで分かった!?』」

「あら、当たり? ずいぶん可愛い名前だったのね」

「『う、うるせえ! 可愛いって言うな!』」


東吾の右手が動揺を示すようにぶんぶんと動き、暴れだす。


「おわわ。なんだこいつ、急にどうしたんだ? リィーン、なんで?」

「え、えっと……。モニカっていうのはね、なんていうのかしら……ものすごーく、可愛らしい名前なのよ。例えば、ちっちゃい子によく似合うような」

「そうなの? こいつ、そんな可愛い名前だったのか」

「うん。御伽話のお姫様の代名詞っていうか、よくお話で使われたりするお名前なのよね……」

「『うるせえ! うるせえ! お姫様って言うなぁ!』」


顔が見えていたら真っ赤になってそうな声で、スケルトンの凄腕女剣士・本名モニカがわめく。こころなしか、暴れさせる右手が紅潮して見えた。


「落ち着け、ちょっと落ち着けよ。分かったから暴れんな。モニカちゃん」

「『て、テメエーッ!!』」

「名前でからかっちゃかわいそうよ。当てちゃったの、わたしだけど……」


人影は二つなのに三つの声が屋上に響いていると、ひょいともう一人が階段から顔を出した。

少しウェーブのかかった長髪の男、マッドサイエンティストで大魔道のデーイィンである。


「おや、お二方。何を話しているのですか? 食堂へ向かうということでしたが」

「あ、先生。その、ちょっと」

「? 昼食を摂らないのでしたら、ミシロくんの研究を続けたいところなのですけども。ちょうどさっき、精神分析用の機材が首都から届いたもので……。いや楽しみ、実に楽しみですねぇ。ついに彼の心の研究に取りかかれる」

「食べます、食べますから。ちょっと待って下さい。ほらトーゴ、行きましょ?」

「う……。分かったよ、食うよ。……はあ」


少しでも面倒を先延ばしにしたい一心で、しかたなく東吾はベンチから立ち上がった。


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