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Intermission

――ごぽり。


水の中から大きな気泡が一つ、浮かび上がった。

濁った液体がわずかにさざめいて揺らぎ、凪いでいた水面が薄く震える。


それは、ちょうど大人が一人入るほどの大きさの、棺桶の形に似たいれものであった。

中は泥水にも似た液体で満たされており、濁りの奥底には、歳を経た老人のように真白い髪の男が静かに横たえられていた。


美丈夫、と言っていい。美しく貌の整った男だ。

目元、眉、鼻の稜線、口元、顎のラインにいたるまで――神が手塩にかけて作り上げた美術品かと思えるほど、容貌の美しい男だった。


ただ一つ通常と異なるところがあるとすれば、それは口の端から覗く、二本の鋭利な牙である。

おおよそ人間にはありえないその牙は、顎の先に届くほどに長く延びており、象牙のような乳白色であった。


男は人間ではなく、『吸血鬼』――死の定めを超越した、人にあらざる生き物であった。


――ごぽっ。


男の口から、また一つ大きな気泡が漏れ出る。


そして、その瞼が小さく震えると。

突然、大きく目を見開いた。


『――ゴポォッ! ゴボゴポッ……ぶはぁっ!』


男は目を覚まし、唐突に身を起こす。

その勢いで液体の満たされたいれものから、濁った水が波打って溢れ出した。


『カハッ! げほっ、ゲホォッ! ごほ、はあ、はあ、……む、う。……ここは……』


口を拭い、男は辺りを見回した。

そこは薄暗い地下の一室だった。燭台に乗せられたいくつかのロウソクが放つか細い光以外は、全てが暗闇に包まれた陰気な部屋である。


肌に感じる空気はひどく淀んでおり、肌寒く陰鬱で、どこか死体安置所にも似た場所であった。


『……。ここは。『再誕の間』か? ……私は』


男はその場所をよく知っていた。

この部屋は男の所有する居城の一室であり、吸血鬼にとっては神聖とされる、一種の聖域である。


その時、キィ、と音を立てて目の前の扉が開いた。

手にランプを持った一人の老人が、部屋の中に静かに入ってくる。


『――お目覚めになられましたか、レヴィアム様……』


老人はかぶったフードを下ろすと、大きく頭を下げる。


『甦りなされたこと、まずは重畳にございまする。御体におかしき所はございませぬか』

『む、アルタス。私は……。……そうか。討たれたのか、ゆえにここに』


男――レヴィアムと呼ばれた男は老人、自分の配下である老執事の言葉に全てを悟る。軽く頭を振ると、ゆっくりと起き上がった。


『そうだ。たしか私は、ロディニアの薄汚い人間どもの街を攻め……エディアカラにて、わけの分からぬ妙な召喚生物と戦い、そして――……。おのれ、矮小な人間どもめ……!』


自らが戦死した瞬間を思い出し、レヴィアムは屈辱に拳を握り締めた。


吸血鬼の男、レヴィアム・デル・イグトァナース辺境伯は、オルドビシア貴族の一人である。

隣国・ロディニア魔法国との戦争に従軍し、エディアカラ襲撃では部隊を率いて街の中に入り込み、本隊の攻撃に合わせ奇襲を仕掛けたところで――。


ヴァンピールスレイヤーを持つ東吾に返り討ちにされた、リーダー格のあの男であった。


『くそっ!! なんたる恥辱、この私と私の兵がいともたやすく敗北するとは……! おのれ、あの召喚生物の小僧、あの魔導士の小娘め! シャアアアッ……!』

『レヴィアム様……。お目覚めになられたばかりでございます、お気をお静め下され。ささ、これで御顔を御拭きに』


古くから仕える老執事のアルタスが、レヴィアムにタオルを差し出してくる。

レヴィアムはそれを受け取ると、乱暴に顔を拭った。浴槽から出て、壁にかけられていたローブを羽織る。


『チィッ! ……虫けらどもめ。いつか必ず思い知らせてくれるわ』

『まずは湯殿の方へ。メイドたちに準備させております、御体をお清めくだされ』

『……。いや、よい。気分ではない……先に寝所で横になりたい。頭部を潰されたせいか、頭が重く感じるのでな』

『はっ。ではそのように』


アルタスに伴われ、レヴィアムは『再誕の間』を後にする。

広く清掃の行き届いた廊下に出ると、ローブを羽織り直しつつレヴィアムは言った。


『アルタスよ、他の者はどうなった。私と共に出撃した配下たちは』

『は。いまだマナが溜まりきらず、再誕の儀式が行なえておりません。レヴィアム様だけは私が温存しておいた魔力で甦りができましたが……』

『やはりマナの集まりが悪いか。復活までどれほどかかる』

『しばらくは無理でございましょう。……しかしできるかぎり急がねば、魂が消滅してしまいます。やはり三十年前の、ロディニアとの戦争の際に行なわれた『マナ簒奪』が尾を引いておりまする』

『チッ。ゴキブリどもめ、忌々しい……。奴らのせいで、我等がどれだけ困窮していることか』


自らの初陣の時の悪夢を思い出し、レヴィアムは吐き捨てる。


オルドビシアとロディニアの敵対関係は非常に長い。

数百年以上の昔から両国は争い、事あるごとに戦争をしている。吸血鬼は自らの不滅の肉体を武器に、ロディニア人は強力な魔法でもって五分に激しい戦いを続けている。


その均衡状態が大きく崩れたのが、三十年前のことだった。

ロディニアが開発した『マナ簒奪』の魔法――正式な名前は分からず、そう呼ばれている――大地から湧き出すあらゆる魔法の源であるマナを、周辺諸国から半永久的に吸い上げる、という恐ろしい魔術が使われたのである。


それによってオルドビシアの盛名は地に堕ち、逆にロディニアは奪い取ったマナで同大陸でも最強国家の一角に名を上げた。

吸血鬼たちは最大のアドバンテージである『再誕』に魔力を必要とする。魔力がなければ、いかに不死の存在とて再び肉体を得て甦ることはできない。


そのまま放っておけば魂は消えてしまうために、吸血鬼には復活できる限界というものが生まれてしまった。

大量に戦死した場合どうしても魔力が足らず、重要な地位にない者は諦められて『死んで』しまうのだ。


『それに、魂の行方が分からぬ者が大勢おります……。伝え聞いたところによりますと、スレイヤー持ちがいたとか。レヴィアム様の部隊が恐ろしい災難に襲われたと……』

『……うむ。かなりやられてしまった。わけの分からぬ小僧に、私のダリアも……なんたることか』


真っ先に戦死したお気に入りの愛妾の最期を思い、レヴィアムは歯軋りした。


『ヴァンピールスレイヤー』とは、吸血鬼を確実に殺す唯一の凶器である。

その刀身には古代の呪法が宿っており、吸血鬼の魂自体を破壊してしまう。どのような強力な吸血鬼であっても、その刃にかかれば復活することはできなくなってしまう。


『我が忠勇なる手勢を失ったのはイグトゥナース家にとって大きな痛手だ……。父上の代から仕える家臣までもが』

『現在、配下の各家は跡継ぎの問題で紛糾しておりまする……。吸血鬼は通常、死にませぬゆえ。しかし生き残った者もおります、フィンガムル家やアーゴー家など』

『そうか、あの呪わしき刃にかからなかった者がいたか。私も生き残れるとは幸運だったな……マナが溜まり次第、序列に応じて『再誕』させよ。戦死した者がいる家には補償もしておくように』

『はっ、かしこまりました』


先導するアルタスは頷き、レヴィアムの居室のドアを開く。

辺境伯というだけはある、調度の整った豪奢な室であった。中に入ると、レヴィアムは自分の大きなベッドにどさりと寝転ぶ。


『ふう。……アルタスよ。すぐに私の具足を準備せよ。あまりゆっくりはできん。軍に戻らねばならぬ』

『は……。しかし、まずはゆっくりと御体を御休めになられてはいかがですか? 甦ったばかりでは血も不足しておりましょう。配下の復活にもしばらくはかかりまする』

『そうしたいのは山々であるが、今は戦時だ。このままでは敬愛する陛下や、勇敢と謳われるイグトァナースの家名に顔向けが出来ぬ。一人でも直ちに戻り、剣を執って敵どもを皆殺して恥を雪がねばな』

『……』

『アルタス、現在の戦況はどうなっておる? エディアカラは確保できたのか。詳しく説明せよ。……アルタス?』


レヴィアムがアルタスに振り返ると、忠実な老執事はうつむいたまま何も言わなかった。


『? どうしたのだ、アルタス。現状ぐらいは伝え聞いておるだろう。説明をせよ』

『……レヴィアム様。私の口からお知らせになること、まことに心苦しゅうございますが……』

『むう? ……なんだ?』

『つい、先日のことであります。……オルドビシアは、憎きロディニアに対し……正式に、降伏……いたしました』

『……。……なにィ!?』


レヴィアムが驚愕に目を見開いた。

アルタスは暗くうつむいたまま、言葉を続ける。


『まこと、まこと無念にございます……。もはや、オルドビシアとロディニアは戦争状態にありませぬ……』

『ば、馬鹿な!? 何が起きた、降伏だとォ!』


あわてて起き上がり、レヴィアムは老執事に詰め寄る。


『どういうことだアルタス! 降伏……降伏だとッ!? トゥト・ラッド=デーンの、王都の連中は一体何を!? 乾坤一擲の勝負をッ……!』

『落ち着いてくだされ、レヴィアム様……。去ること一週間前のことであります。エディアカラを奪取した我が軍は、敵の大都市バージェスを攻囲いたしました。しかし……』

『どうしたのだ!? 総軍で三万を優に超すほどの軍は出せたはずだ! こちらには奴隷を生贄に捧げて影を生み出す、秘密兵器まであったのだぞ! よもや敗北など!?』

『気をお静め下され、我が主。……負けたのです。我が国の主力30000は全て、バージェス攻囲戦にて、……全滅、いたしました。一人も残らず』

『!? ……ぜ……全滅……!?』

『……第一、第二王太子と皇女を含む全軍が、肉体を失いました……。今王都では大変な騒ぎとなっております。王太子と皇女殿下はいずれ『再誕』なされることでありましょうが、魔力が足りずに復活できない者も大勢出てくることでしょう……』

『な……!?』


レヴィアムはよろめき、脱力するようにベッドの上に座りこんだ。


『バ……馬鹿な。全滅だと……』

『奴隷どもも一万ほど失いましたが、これは大した問題ではありませぬ。問題は、軍の中核を成す勇士をことごとく失ったことにあります。三分の二ほどは、おそらく甦ることはできないでしょう……』

『……』

『まこと、無念にございます……。許されるならばこの老骨とて剣を執り人間どもと戦いたくございますが、もはや一切の軍事行動は禁ぜられました……完全な停戦状態にあります」


オルドビシアにとって最悪の敗戦を聞かされ、レヴィアムは放心した。


敗北――この上ないほどの、巨大な敗北であった。

自身が肉体を失っている間に、全てが終わってしまっていた。


『……。この、オルドビシアが、あの、蛆虫どもに……。30000、が、全滅だと……! なんという、ことだ……』

『レヴィアム様……。どうか、御心を落ち着かせられませ』

『馬鹿な、馬鹿な……! シャウゥ、ウウ……ぐ、う、め、めまいが……!』

『誰かおらぬか! 水と気付けの薬を!』


アルタスがドアの外に向かって叫ぶと、メイドが数人あわてて飛び込んでくる。

近くにあった戸棚から薬を出すと、コップと共に差し出されてきた。

レヴィアムはそれを飲み込み、しばらくの間体を落ち着かせるように息をつく。


『ぐむ、……ふう……』

『落ち着かれましたか。まずは一度全てを忘れなされ。忘れて、ゆっくりと御身を休まらせて頂きとうございます、我が主よ』

『……。そうか。敗戦か……もうどうにもならぬ、か。これが一時は大陸の主にもなろうとした、オルドビシアの姿か。情けないものだ……ハハハ』

『おお、おいたわしや。レヴィアム様……』


アルタスが慰めるようにその場にかしずいた。

空虚に笑うレヴィアムは、しかし首を振って言った。


『フン……よい。言ってももはや詮無きことだ。王都が降伏を宣言したなら、我らは従うしかあるまい……』

『……』

『それより、領内のことだ。アルタスよ、なにか問題は起きていないか。愚かな領民が機に乗じて反乱を狙ったりなどは』


他のことに意識を向けて精神を静めるかのように、レヴィアムはつぶやいた。

アルタスはかしずいたまま小さく頷く。


『は。特に発生しておりませぬ。一応念のため、数人ほど罪をでっち上げて城の前でみせしめにしようかと考えておりますが』

『いや、その必要はない。乱を起こさねば無闇に家畜をいたぶることもあるまい……お前のことだ、もう捕らえておるのだろう? 解放してやれ』

『は……ですが、よろしいので? 王都では盛大に公開処刑を行なって規律を引き締めているようですが』

『よい。大事な労働力をこれ以上目減りさせるつもりはない。ただでさえひどい損害を受けたのだからな』

『かしこまりました……』


どこか納得のいかない顔で頷くアルタスに、レヴィアムが薄く笑って言った。


『甘い、と言いたいのだろうアルタス? だが、これが私の施策なのだ。確かに恐怖ほど敬意を得る手段はないが、私は従順な家畜は可愛がる。鬼と呼ばれた父上とは違うのでな』

『本当によろしゅうございますか? 近頃、イグトゥナース領は統治が甘いという風聞が立っておりまする。素行の良くない者も流れてきているとか』

『それも狙いだ。アメとムチで上手く扱えば労働力になろう。奴らは愚か極まりないが、同時に富を生む金の鶏でもあることも私は知っている』


そこで一つふう、と息を吐いてレヴィアムは立ち上がった。

少し気が紛れたのか、ゆっくりと室内を見渡す。


『ともかく、『再誕』と手勢の再編を急がねばな。軍という屋台骨さえ揃っていればどうとでもなる……。時にアルタスよ、あれはなんだ?』


机の上に、白い布をかぶせられた物が置かれていた。

レヴィアムが部屋の一点で視線を止めて言うと、アルタスはメイドたちに振り向いて出て行くようにジェスチャーする。


『者ども、下がってよい。待機室に戻っておれ。……これは領内に立ち寄った行商人が売っていたものであります。レヴィアム様がご帰還なされた暁にお見せしようと思っておりました』


人気がなくなったことを確認してから、アルタスが布をはいだ。

そこには、一抱えほどもある見慣れない機械があった。


『ほう? これは……』

『お喜びになると思いまして。新型の『内臓巻き取り機』にございます』

『ほほう! こんなに小さい巻き取り機が!』


驚いた顔でレヴィアムは机に近寄り、ハンドルを軽く回してみる。

ふつうは使用することなどあり得ない凶悪な拷問器具は、カラカラと小気味よく音を立てて回りはじめた。


『うむ、これは……良いな。構造はどうなっておる、ううむ……なるほど、引き出した腸をこのように格納するわけか。グリップも手によく馴染む』

『いかがにございましょう、我が主。イミテーションではない実用品でございます』

『でかしたぞアルタス。よく見つけ出した、今持っているものは使いづらくてな。見せ掛けだけの巨大なやつで……。ふむ、早速使ってみたいな』


まるで新しい玩具を見つけた子供のように目を輝かせ、レヴィアムは言う。


『アルタスよ、王都から何か命ぜられた仕事は今はないな?』

『はい。全ての貴族は領内の治安維持を優先するように、と通達されております』

『では私も身と心を休めるとしよう。……よし、そうだな。今のメイドの片割れ、紫の髪の』


そうして、メイドたちが出ていったドアを見つめた。


『あの者ですか。先日『血の刻印』を認めて吸血鬼にさせた、農奴上がりの者ですが』

『なるほど、道理で私の食指が動いたわけだ。かの者を地下の『寝所』に連れてこい。いつもの通り、手を縛り目隠しをさせてな』

『かしこまりました。何か用がございましたら、お呼び下さいませ』

『フフフ、楽しみだ。この機械にも負けぬ良い音色を聞かせてもらおう……』


レヴィアムは巻き取り機を自ら抱え上げ、部屋から出て行く。

アルタスは爛々と狂気に目を光らせた主の後ろ姿を見つめ、頭を下げた。






レヴィアムが部屋を後にしたのを確認すると、アルタスは姿勢を元に戻してつぶやいた。


『――困ったものでございます。主様のお優しさには』


そう言って、少しため息をつく。


古い吸血鬼であるアルタスからすれば、レヴィアムは吸血鬼の君主として、家畜である人間にあまりにも『優しすぎ』る。

このような敗戦の場合、まずは国内の人間に再び強い恐怖を植え付けてやるのが一番効果的な統治だ。


そうでなければ、このイグトゥナース領は火種を抱え込んでしまう。貴族が弱まれば勢いづくのが下層民の習性であり、何をどうしても支配者には絶対に敵わないことを体に叩き込んでやるべきなのだ。


しかしレヴィアムは先代領主と違い、人間の扱い方というものを少々履き違えているようにアルタスには思える。

今回のように甘い処置だけではなく、税も他の領地よりはるかに軽く、裁きは実に寛大で、時には嘆願をまともに受けてやって橋やら何やらを建てる金まで出すことさえあった。

吸血鬼の君主としては考えられないほど、甘すぎる政策をする領主なのである。


『ただの家畜の言葉に御耳をお借しなられるとは、先代様が見たらなんと仰られるか……』


アルタスには、レヴィアムの異様な寛大さが分からない。

ふつう吸血鬼というものは、人間に対して本能的な憎悪に近いものさえ抱くものなのだ。

徹底的に搾り取り、抑圧し、奴隷として働かせるのが当たり前であり、それがオルドビシアという国を支えている。


レヴィアムにはどういうわけなのか、人間に対する根源的な怒りというものが大きく欠如していた。

戦場では勇敢で真っ先に危険な場所に飛び込んでいき、人間の敵と誰よりもよく戦うとして名を馳せているにも関わらず、何故か人間に対する残酷さはあまりないのだ。


『『変り種』などと社交界でも言われておりましょうに……。と、いかん。あのメイドを呼びつけておかねば』


アルタスも主の居室を後にし、後ろ手にドアを締めて廊下を歩きはじめる。


レヴィアムはもう一つ、風変わりな趣味があった。

人間を食料にして血と力を充実させる通常の吸血鬼と違い、同じ吸血鬼の血を好むのだ。


血を分け与えられ下層民から吸血鬼へと這い上がった娘の血をとりわけ好み、拷問がてらに吸血の饗宴を楽しむという少し困った性癖を持っている。


そんなことをする吸血鬼貴族は、レヴィアム以外にオルドビシアにいない。

同じ吸血鬼の血は苦くてとても飲めたものではなく、どれだけ飢えても同族食いなどしないのである。

そのはずが、レヴィアムだけは同族である吸血鬼を喰らう。恐ろしい殺戮機械でたっぷりとなぶり尽くした後に、流したその血を残さず啜る。


そういう、同種に対してのみ強烈な残忍さを見せる、一風変わった吸血鬼であった。


『我が主ながら、不思議な御方であります……。しかしまあ、英明にして思慮深く戦では勇猛果敢。陛下にも覚えめでたく……。ご無事で本当に良かった、あの御方さえいらっしゃるならイグトゥナース家は安泰でありましょう』


誰に言うでもなくつぶやいて、アルタスは薄く笑って廊下を歩く。

そしてその目には、レヴィアムの狂気の光にも似た輝きが宿っていた。


『……クフフ。かく言う私も、あまり変わりませんがね。音だけでも愉しませていただきましょう。いやはや役得というもの……』


吸血鬼は、女であろうと人間よりもはるかに生命力が強い。少し内臓を引き出されたくらいでは、簡単には死に至らない。


今宵、イグトゥナース城の地下には長く長く、とても長く、若い女の悲鳴と絶叫と命乞いが響き渡り続けるであろう。


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