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観察日誌2『対象の反復的出現を確認』

 

「……昨日のあれ。やっぱり、夢じゃなかったのか」


 と。

 冷たい石の地面に座る東吾が、呟いた。

 東吾の目の前には山と積まれた大量の麻袋がある。


 破けて中身がこぼれている袋から察するに、麻袋の中は麦であると窺える。

 それを、弾ける笑顔を浮かべた筋骨隆々で逞しい、しかも全裸の謎の男達が馬車の荷台に載せていた。


「な、なんなんだ、こいつら。何が楽しくて笑ってるんだ?」


 それを言う東吾もこれまた男達と同じく、全裸だ。

 素っ裸である。

 パンツすらはいていない。


「地面に直座りだと、ケツが冷たい。寒い。どういうことだ、本当に」


 東吾は肩越しに後ろを振り返る。そこには昨日見た、あのボブカットで目隠れの少女がいた。

 少女は裸の東吾に背を向け、座りこんで両手で顔を隠していた。覗き見える頬は、耳まで真っ赤に紅潮している。


「あのさ」

「うう……!」


 声をかけてみるが、少女はいやいやと首を振った。

 首を振られても東吾は困る。なんせ、全裸である。


「ふ、服を着て。見せないで」

「見せてないよ。俺だって服ぐらい着たい。でもその服がどこにもないから、困ってるんじゃないか……」


 東吾は暗澹として言った。

 この場所に突然現れるまで着ていたはずの自分の服も、なぜかどこにもなくなってしまっていた。

 ついさっきまで、東吾は自宅の居間でテレビを見ていた。


 学校は夏休み。のんべんだらりと、ニュースが流れる画面を眺めていただけだ。

 それが、何の前触れもなく。いきなり目の前が光に包まれて。

 気がつけば――。


「なぜ俺はまた、全裸で、知らない場所にいるんだ。前にいたトコとは違うみたいだけど」


 今いるのは昨日のような野ざらしの荒野ではなく、どうやら街の中。何らかの建物の敷地内らしい。

 高台になったここからは、石造りの建築物が立ち並んでいるのが見えていて、柵を挟んだ大通りから人々や馬車が行き交う雑踏の音が聞こえてきていた。

 時々、敷地内を通る通行人が裸の男達と東吾を見比べて、妙な目を向けてきたりしている。しかしそれだけで、殊更に騒がれる事も不思議となかった。


 そのどれもがきちっとした制服を着ていて、ただの通行人というよりは何かの関係者、という風情だ。

 例えば……軍人など。


「ここはどこなんだ? 建物とか全部石だし、着ている服もマントなんて着けちゃって。ファンタジーっぽいが」

「服って、服を着てないのはあなたじゃ」

「そうなんだけど、そうじゃなくてだな。うーむこれってひょっとして……」


 東吾は思う。

 これはまさか、マンガやらラノベで見るような――ある日突然異世界に召喚されたというやつなんだろうか、と。


「うん。いいよ。それはいいよ、俺は嫌いじゃないよ、そういうの。だけど」


 ファンタジー色たっぷりな、見知らぬ異世界に召喚される。夢が膨らむ話である。東吾も悪い気はしない。

 元来流され体質である東吾は、それがどれだけ素っ頓狂な話でも――内容さえ良ければ、とりあえずは喜べるやつだ。

 まさか現実にこんなことが起こるとは思わなかったが、ファンタジー世界に自分が呼ばれたなら、それはそれでいいじゃないか。


 実生活が少々気になるものの、昨日は気づいたら家に帰ってたし。どうせ今は夏休み中だしな。一日したら帰れるなら気分的にも楽でいられる。

 それは、それとして。


「……素っ裸は寒いんですけど。なんで裸にされてるのか知らないけど、とりあえず着るものくれないか……?」


 全裸で、着るものを下さい。

 まさか人生でこんなに落ちぶれた発言をする日が来るとは思わなかったが、とにかく今は仕方がなかった。なんせ、全裸である。

 このままではストリーキングの危険な味を知ってしまいかねない。


 東吾が言うと、少女は。


「いやぁ。そんな恥ずかしい事できない……!」

「このままのが恥ずかしいよ!? 俺本当に変態だよ!」


 少女にかぶりを振られても、幾らなんでもこのままはまずいのだ。公然猥褻の容疑で拘置所にぶち込まれる気はない。東吾は食い下がって言った。


「怖がらせるつもりはないんだ。俺だって好きで脱いでるわけじゃない。分かるだろ?」

「……でも」

「気づいたら、この姿になってたんだ……。俺まじで何も持ってないし。ジロジロ見られてるし、このままじゃ君の正面にも向けない」


 東吾からすればどうしようもない。文字通り体一つで呼ばれてきているわけで。


「頼むよ。なんでもいいから布をくれ。よく知らないが、俺を召喚したのは、きっと君なんだろ?」

「うっ。……そ、そうなるのかな」


 少女は仕方ないとため息をつき、筋肉男達に向かって命令を出した。


「ゴーレム。そこの雑貨の箱を取って、その人に渡して。中に兵士用の服が入ってる箱だよ」


 すると男の一人がにこやかに振り向き『イエアッ!』と答え、マッスルポージングをすると、言われた通りに動きはじめる。


「ちょ、ちょっと待ってて。服を用意するから。それを着て隠して」

「……こいつらは何なんだ? こいつらも素っ裸だけど」


 東吾だけでなく、目の前で働いている男達も全裸である。

 むしろ東吾よりもムキムキでやけに逞しい体をしている上に、ハゲていて常に笑顔で全員同じ顔なせいで、映像としてははるかにショッキングなものだ。

 変態性ではこちらの方が明らかに上なのだが……。誰も目に止める者はいない。少女は東吾を見て顔を赤らめているのに、この男達の全裸にはまるで反応していなかった。


 東吾は、前に置かれた箱からクリーム色のシャツとズボンを見つけて取ると、それを身につけた。


「センキュ。もうこっち向いてもいいぞ?」

「……」


 おずおずと少女が振り返る。


「うう。どうしてわたしがこんな目に」

「もう裸じゃないって。それでこいつらは?」


 東吾の疑問に、少女が答えた。


「この子達は、わたしが喚び出した肉のゴーレム達。ありふれたものだと思うけど……」

「裸の筋肉男がありふれてちゃたまんねえよ……。これがゴーレム? こいつらだって裸なのに、そっちは平気なんだ」

「え、だって。ゴーレムは意志を持っていないもの。あなたは動物を見て服を着てない、裸だって気にしたりする?


 この子達は命令をこなしてるだけで、何も分かっていないの。普段、鉄のゴーレムが服を着ているの?」


「そりゃ見た事ないな。……こいつら人間じゃないのか? 人にしか見えないけど」


 見る限りでは、この裸の男達はまるで人間そのものである。

 ゴーレムという言葉はしっくりこない。


「ゴーレムってもっと岩とか、そういうのでできたもんじゃないか? これじゃただの変態の集団じゃないか……」

「ううっ。ご、ごめんなさい。わたしの専門はこれだから」

「あいや、君を責めてるわけじゃなくて。とにかくお前、ありがとな」


 ゴーレムに向かって東吾は礼を言ったが、ゴーレムはにこやかに微笑み『HAHAHA』と答えるだけで、返事を返すこともなく仕事に戻っていった。

 見た目は人間でも、やはりゴーレムであるらしい。会話はできないようだ。

 とりあえず全裸から脱したという事で、東吾は少女に質問をぶつけてみた。


「それで話は戻るけど。ここはどこで、君は誰で、俺はなんでここに呼ばれたの? 異世界だってのは、分かるけどな」

「はあ……。異世界? そうかも、あなたからすればここは異世界なのかもしれない」


 と、少女は答えた。頬はまだ赤い。


「ここはロディニア魔法国、エディアカラの町。わたしの名前はリィーン・ルティリア。一応、肉のゴーレムの『専門魔導士』なの。

それであなたは、昨日取り返した砦で鹵獲した麦を馬車に積みこみさせるために、わたしに喚び出された……って事になるのかな」

「ほう魔法国。ますますファンタジーっぽい。俺は藤城東吾、日本の高校生です。よろしく」

「……??? ファンタジーとか、コウコウセイってなに? それにエーテルから来たゴーレムなのに、名前があるの?」

「名前くらいある。っていうか俺はそこの肉ゴーレムやらと同じなの? 俺はふつうの人間なんだけど?」

「槍で刺されて平気な人はいないと思うけど……」

「ん、そーいえば昨日、刺されても痛くなかったな。これはあれか、特殊能力的な」


 確かに昨日は、槍が刺さっても全く痛みを感じなかった。

 どうやら東吾はゴーレムとして、この世界に呼び出されているらしい。東吾も痛いのは当然好きではないので、ありがたいと言えばありがたいのかも知れない。


「えっと、それじゃ働いて下さい。終わったら、エーテル界に戻してあげるから」


 少女ことリィーンが言う。東吾は一瞬ぽかんとして、聞き返した。


「働く? 何をしろって?」

「だから。あなたはあの麦袋の積みこみをさせるために、わたしに喚ばれたの。だから働かなきゃ。


 よくわかんないけど、あなたもわたしのゴーレムなんだよね? そこの子達と同じようにすればいいと思うから」

 東吾はゴーレム達の姿を見つめる。ゴーレムという名の、全裸の男達の集団。

 黒光りし真夏の日光を照り返す、鍛え上げられた筋肉の群れ。ハゲたマッスル達が、麦袋を担いで馬車に積み込んでいく。


 全身に滴らせるはもうもうと周囲の湿度を上げる汗。彼らの顔面に浮かぶ、決して絶やすことのない朗らかな笑顔が眩しい。

 ……俺が、あの中に混じって、働く?


「じゃあお願いね。がんばって」

「わ。おい」

「この後も仕事があるの。早く終わらせなきゃ、先生に怒られちゃうよ」


 リィーンが背中を押してくる。

 東吾は、積み上げられた麦袋の山の前に立った。


「この袋を持ち上げて、馬車に入れる。分かる?」

「お、おう」

「ちょっと重いけど、ゴーレムの腕力なら簡単なはずだから。ね」


 東吾は麦袋の一つに手をやった。

 ……でかい。

 こうしてよく見ると、一つの袋がすごくでかかった。スーパーで売ってる10㎏の米袋が比較にならないサイズだ。中身は勿論ぎっしり。


 一個、どのくらいの重さなんだろう……。

 近くの筋骨隆々のゴーレム達は、軽々と運び入れているが……。それはゴーレム達の体格がものすごくいいからであろう。

 ……一個、20㎏ぐらいか?


「ふ、ふんっ」


 腕の力だけでは持ち上がらない。

 20じゃきかない。余裕でもっとある。

 そこで東吾の脳裏に、昔聞いたトリビアが一つ思い出された。日本で古くに使われていた米俵一俵は、現代に換算すると60㎏ほどあったと。


 そこまではないにしても、文明の進んでいない時代の労働のきつさは、現代人とは比べるべくもない。


「どうしたの? 他のゴーレム達はやってるよ……?」

「……ふ、ふんっ!!」


 東吾は全身を使って、麦袋を肩に担いだ。

 みしっ。

 負担が全身にかかる。思わずその場にへこたれそうになった。


 ふらつきながらも、なんとか馬車の一つに麦袋を運び入れる。


「ぜえ、ぜえ」

「……。だ、だいじょうぶ? すごく辛そうだよ?」


 リィーンが心配そうに声をかけてくる。

 あれ? あれ、何かおかしい。

 俺はこの魔法使いの可愛い女の子に、異世界召喚されてきて。夢と希望溢れるファンタジー世界にやってきて。


 全裸の筋肉男達と共に、すごく地味な肉体労働をする。

 あれ? なぜそんなことを? ていうか俺、夏休み中だったんじゃ……?


「なあ。リィーンさんだっけ。この麦袋、全部でいくつあるんだ?」

「え? 全部は確か、134個あったはずだよ。この帳簿によれば」

「……」

「一台じゃ積みきらないから他の馬車にも分けて入れないと。麦袋の他にも、積むものがあるの。あっちに並んでる馬車には、建設用の材木類。

雑貨や兵士の皆の手紙は一台にまとめたいけど……たぶん出ちゃうかな。あ、そうそう、壊れたカタパルトも頼まれてたんだっけ」


 なぜ俺は、絶賛夏休み中のはずの俺は、こんなところにいるんだろう。

 ここはどこだ。

 異世界だ。ファンタジーだ。


 目の前にあるのはものすごく重たい麦袋と、積むたびに舞い上がる埃と。

 汗と。筋肉と。大量の力仕事。


「積んだら別の町まで輸送して、そこでまた下ろすから。お仕事が詰まってるの。だから、がんばってね」


 召喚主であるリィーンと名乗った少女は、そう言った。

 

 

 

 

 

 しばらく後。


「む、むり。もうむり」

「きゃあ、しっかりして!」


 ゴーレム達と共にようやく荷物を積み終えた東吾は、ぐったりと地面に倒れこんでしまっていた。

 東吾は思う。楽しくない。

 異世界なのにまったく楽しくない。むしろ辛いだけだ。


「重すぎる。建築材って、切り出した丸太じゃないか……。もう腰おかしい」


 筋肉モリモリの肉ゴーレム達はいざ知らず。

 東吾はゴーレムになっても、力も大してあるわけではないらしい。膨大な荷物の山の前にすっかり疲れ果ててしまった。

 体は痛みを感じないとはいえ、疲労だけはしっかり溜まるという微妙仕様であることも判明している。


「ごめんなさい! いつものゴーレムなら、これくらいの労働は平気だったから」

「無茶言わないでくれ……。俺はただの一般的高校生なんだ」


 いきなり呼び出され、暑い陽射しの中重労働させられて、しかも見返りはない。東吾は本当にただの労働力として喚ばれたらしい。

 報酬と言えばこのリィーンという少女が、東吾が必死こいて働く横で「が、がんばれ! がんばれ!」と健気に応援してくれたくらいのものであろうか……。


「あの。お水飲む?」

「ありがたく貰うよ。んぐ、ぷはっ。ふう、きつかった」

「無理なら言ってくれればよかったのに」

「いや、まあ……」


 なんと言うか、女の子から無邪気にがんばってと言われると断りづらかった東吾である。変に見栄を張ってしまった。

 すると近くの建物のドアが開き、一人の男が外に出てきた。

 その後ろに二人ほど、リィーンと同じ格好の女の子達がついてきている。


「リィーン? 命令書ができましたよ。麦袋の積みこみは終わりましたか」

「あ、先生。今終わったとこです。出発できます」

「それは結構。……と、うむ? おお!? 君は!」


 昨日見た長髪の男だった。男は東吾の姿を見ると、手に持っていた羊皮紙の束を放り投げて駆け寄ってくる。


「やあやあ、また会いましたねゴーレムくん! 私です、デーイィンです! 覚えていますかね?」

「先生!? あの書類大事なものですよ、放り投げちゃだめ!」

「あ、昨日の。マントくれた人」


 男は東吾の肩を叩いて、朗らかに笑った。


「そうですよ。こんなに早くまた会えるとは思わなかった。いずれなんとかして君の正体を掴み、召喚し直そうと考えていたのですが……。いや良かった。手がかりが皆無に等しかったですからね。また現れてくれるとは」

「俺は別に、現れたくて現れたんじゃないんだけどな……」


 ちょっとぐったりしつつ、東吾は言った。

 

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