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第四話 その9


東吾は一人会話を続けていた。


「『……んでよぅ、あたしを所有してたこの吸血鬼が、これまた悪趣味なサイコ野郎でよ。奴隷上がりの、仲間になったはずの女吸血鬼を拷問して愉しみやがるんだ。ろくでもねえったらねえ』」

「分かった、分かったってばよ。頼むからちょっと喋らないでくれ!」

「『なんだとぅ? あたしには喋る権利もねえってか。あーあやだねーこれだからロディニア人は。あたしたちと何も違わねえくせによ』」

「俺は日本人だよ! 分かったから! 周り見ろよ、戦ってんだからあとにしてくれって!」

「『そんなん知るかっての。喋れるようになったと思ったらゴタゴタしやがって。つーかなんだ、こいつら吸血鬼じゃねえか』」

「だからそうだよ! 今思いっきり戦争中なんだよ! あとで聞くから、頼むから今は待て!」


剣を構えた東吾のすぐ隣には、懸命に肉のゴーレムに命令を出し、さらに新たに召喚を続けているリィーンがいる。

一応一体だけは近くに護衛用が侍っているが、もしそれをすり抜けられればリィーンは無防備になってしまう。


さらには、背後で魔法陣作りを急いでいるグレイヴスと、通信魔導士に空間魔導士が立っていた。

だらだらくっちゃべっていれば、いざという時に致命的なことになりかねない。


「『うるせーなぁここ。せっかく人が久方ぶりに身の上話をしてんのに、そこらでガチャガチャ暴れてよぅ。恨みごとくらい言わせろよ』」

「だから、お前がうるさいの! 緊急時なんだよ見て分かるだろ!」


東吾は必死に止めようとしているが、スケルトン女は全く黙ろうとしない。


「フゥゥ……――『トビオント・ブロス』!」


リィーンが呼吸を整え、杖を掲げて呪文を唱えた。

巨大な光が一つ中空に生まれ、やがて形を成していく。


『――ディィーーヤ゛ァッ!』


ひときわ大きい肉のゴーレムが、一体出現した。

4メートルにも届こうかという偉容の肉ゴーレムは、目の前の戦場に向かって突っ込んでいく。

猛牛のように十数人の敵を蹴散らし、そのまま押し寄せてくる敵のど真ん中で縦横に暴れはじめる。


しかし、吸血鬼たちは倒しても倒しても、次々と数を増して現れてくる。

ゴーレムたちが懸命に水際で叩き奮戦しているが、室内は敵の影で埋まっていく。


『……シィィィ……!』


すぐ近くの壁からだった。

階段の付近から出現してくる敵とはまた違う方向から、吸血鬼の集団が這い出してくる。


「! 『トビオント・クルス』っ!」

『『『ヤッハァー!』』』


呪文と共に小さな青い光が、ボボッ、と音を立ててばらまかれた。

そこから普段の肉ゴーレムの三分の一にも満たない、しかし体形は変わらない大勢のゴーレムたちがすばやく飛び出していく。


プチ肉ゴーレムは敵に飛びかかって体に取り付き、全身を使って鯖折りの要領で骨を砕いていく。


『ッウゥシァアアーーッ!』


今度は上の方から、奇声を上げて数人の敵が落ちてくる。


「――『プロ・トビオント!』」


リィーンが新たなゴーレムを召喚して、それに当たらせる。敵の剣が肉の壁を貫き、ゴーレムの拳が襲撃者を粉砕する。


「い、いけない! 多すぎるわ……!?」


リィーンは荒く息をついていた。額には幾筋もの汗が流れている。


わずかな時間で、どんどんと敵に押されはじめていた。

ゴーレムたちはどれだけ斬りつけられようと平気だが、それでも数が違いすぎた。まさしく雲霞のごとく、敵は暗闇から無限に出現してくる。


「おいおいやべえぞ! 抑えきれねえ!?」

「『あん? なんだかそうみてえだな。まあそれより聞けよ、あたしが剣闘大会で優勝した時だってひでえもんだったさ。ふつう少しぐらい待遇よくなるもんだろ? それがよ、ワインぶっかけられて「勝利の美酒を味わえ奴隷」だってよ。ふざけてるよなぁ』」

「げっほげほ、し、静かにしてくれーっ! げほっ、息が……げっ!?」


護衛に立っていた、肉のゴーレムの影からだった。

ずるり、と剣を持った吸血鬼が、背後からの赤い光で延びていたゴーレムの影を伝って出現する。


『ヤァッ!!』

『! シャッ!』


すぐにゴーレムの拳が飛んだが、吸血鬼はそれをギリギリでかわし、逆に野太い足を斬りつけた。

たとえ痛みを感じないゴーレムであっても、バランスを崩せば転んでしまう。一瞬の隙に、吸血鬼が影の中から外に飛び出してくる。


「きゃあっ!?」

『ッゥシャアアーーッ!!』


そしてリィーンを突き飛ばし、大きく剣を振りかぶった。


「あっ! く、プ、『プロ・トビオン』……!」

「う、うおりゃあっ!?」


リィーンがあわてて肉ゴーレムを召喚する前に、東吾の剣が鋭く動いた。

真っ二つにされた吸血鬼が、悲鳴すら出せずに倒れ伏す。


「! あ……。あ、ありがとトーゴ……」

「あああっぶねぇー!? 今のやばかったマジぎりぎり!? リィーン、だいじょ『その上わざわざ上等な服持ってきてよ。ニヤニヤ笑いながら厩舎の馬糞桶に突っ込んで、下賜してやるからありがたく着ろ、とか言い出してよ』……。静かにしてくれってば……」

「……。え、えと」


向かってきた敵を斬り倒しても、スケルトン女は全然黙らない。よほど鬱憤が溜まっていたらしい。


「えっと。あ、あの、スケルトン、さん? でいいのかしら……?」

「『挙句の果てに、お前は優秀だから力自慢の種馬をそのうちつけてやる、なんてふざけた寝言を……あん?』」


リィーンが『スケルトン女』に話しかけると、東吾の目を通して外が見えているのかふと気がついたような声を出した。


「『ああ。あのイカレ長髪の弟子だろ、知ってるぞ? 頭蓋骨の時に見たかんな。なんだよ』」

「え。そ、その、それより話はいいんだけど、今はちょっと。トーゴの言うことを聞いてあげて?」

「『はぁ? なんであたしがそんなことしなきゃなんねーんだ。やだよめんどくさい』」

「でも。そ、それじゃあとでトーゴから出すやり方、探してあげるから。だから……」

「『なに? ……それ、本当か?』お、おお?」


東吾の右手がまた勝手に動き出した。

感覚はそのままなのに東吾の支配から離れ、意思を示すかのように剣をふるふると振りはじめる。


「おおお!? か、勝手に動かすな、おいやめ『本当か? 本当に本当か? 探してくれんのか?』」

「きゃっ? う、うん。探してあげるわ。だから今は手伝って」

「『む。……そーか。んじゃしょーがねえな。分かったよ、手伝ってやる』」


右手が謎の動きを止めた。

剣を、軽く翳す。


「『よーし。そこまで言うならしゃあねえ。よしミシなんとか、それじゃあサクッと片付けようぜ。数は多くても大した敵でもねえみてえだし』」

「え? ちょ、ちょっと待って! そうじゃなくて、喋らないだけでいいの!」

「『あん? なんだよ、こいつら斬り捨てればいいんじゃねえのか?』」

「そこまでしなくてもいいの。トーゴにあまり戦わせないで。トーゴは本当はあんまり関係ないから、できるだけ殺したり殺されたりとかは……」

「『ああ? よくわかんねえこと言ってんな。そんなこと言ってる場合でもねーみてえだけど』」


周囲では敵の数がますます増えてきている。

先に突貫した巨大肉ゴーレムが、猛然と暴れながらも無数の敵に囲まれ、ついに野太い足を滅多斬りにされて大きく転ぶ。

グレイブスの鎧ゴーレムたちもまたボロボロに破壊され、地面に崩れ落ちていた。


「『かなり旗色わりーみてーだけど? おめー一人じゃ無理だろ』」

「あ……。で、でも」

「『このままだと押し込まれるぜ、ザコばっかでも。お、そらおいでなすった』」


身を低くして防御の壁を抜けた一匹が、こちらに向かってくる。


「あっ!?」

「げっ、来た!」

『ウゥシャオオオーーゥ!』


そのまま東吾たちに、剣を振りかぶって襲いかかってきた。


「『ふん。――ッシッ!』」


東吾の右手が、動いた。

ぼっ、と音を立てて剣が霞む。


吸血鬼の男は刃圏に入った瞬間に、いとも容易く首を刎ね飛ばされる。


「『――こんなザコでも、こう数が多くちゃなあ。そのうちもっとどかどか突っ込んでくるそ』」

「いけない、もっと召喚しなくちゃ壁が……」

「『探してくれんならおめーに死なれちゃ困るしな。あたし魔法のことはよくわかんねーけど、とにかく時間を稼げばいいんだろ? んじゃそーだな、右手がこうだからえーと……』」「……う!? なんだ!?」


妙な感覚が東吾を襲った。

今まで感じたことのない、不思議な感覚が東吾の背中を走る。


「なんだ、今お前何をした?『ああ、出来そうじゃん。ちょっとだけ体、全部借りんぞ。よいしょ』おおっ!?」


東吾の肉体が。

東吾の意思から、完全に切り離された。


まるで自分の体全部が、赤の他人のような感覚に襲われる。


「――うぅっしゃ、ふう。うお、体が軽ぃじゃねーか!『おおおお!? なんだこりゃ!』 ひゅー、すげえ爽快だな!」


東吾の意思と、女スケルトンの意思が逆転していた。

東吾は確かに自分の体と繋がっていて、同じ場所に意思があるはずなのに、全く自由が利かなくなる。


「生きてるってこんなに気持ち良かったんだな! 『おい、おい! 待ておい、何を勝手に! どうなってんだこれ!?』げほ。あ、確かに苦しいな。ちょい黙ってろよ『ざけんな! おい止まれ!』げほ。ま、よゆーだけどな」


東吾、ではなく乗り移ってきたスケルトン――女剣士の魂が体を操り、剣を肩に担いで無造作に歩きはじめる。


「え、え、なになに!? どうしたのトーゴ!? ま、待って……」

「行くぜ! 『待てって言ってんだろ!』ぶっ殺すぜぇーーっ!」


元・東吾の足が、地面を蹴った。


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