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第四話 その8


「――……まずは、良し。滑り出しは上々だな」


造られたばかりの即席砦、その内部にある一本の塔の上階である。

グレイヴスは矢避けの格子窓から外を眺め、掠れて聞えるような声でぼそりとつぶやいた。周りには数名の護衛や通信用の魔導士、転移用の空間魔導士が侍っている。


砦には防壁や櫓に加え、中央にひときわ高い塔が建てられていた。ここで、これから敵を一掃するための魔法儀式が行なわれる。


眼下に見える防壁の上では、激しい戦闘が続いていた。

オルドビシア軍はいきなり戦場の中央に出現したこの砦に対して、即座に有効な手を打てなかったようだ。


攻城兵器群は全てバージェスの都市に向けられているし、軍の配置もあくまで街を攻撃するための形だ。

配置転換をしようにも、それにはそれなりの時間がかかる。ここを攻撃したくとも懐すぎてやりにくいはずである。


太陽の向きを計算して建てられたこの砦は、影を利用して壁越えするのもひどく困難にしてある。攻めるとすれば、せいぜい月並みな歩兵突撃ぐらいのはず。

そしてそれも――。


――ドズン。


と、重い音がいくつもの光を帯びて、砦の周りに轟いた。

デーイィンの雷の魔法だ。


さらに、一部同行していた魔導士隊からいくつもの魔法が、押し寄せる敵に向けて放たれている。


先陣を切り、空間魔導士の短距離転移を使って敵を切り裂いた騎兵団も、今は砦を防衛する優秀な守備兵と化していた。

刀槍の扱いは無論のこと、あらゆる技能に優れた者だけが集められた『蒼穹の白刃隊』と呼ばれるロディニアきっての白兵部隊である。


彼らに任せておけば、必要な時間ぐらいは楽に稼げるはずだった。


「……さて、こちらもはじめるか」


グレイヴスは懐から白い粉の入った包みを出すと、それを床面に降りかけて、魔法陣を描きはじめる。






「――は、反応に困るぞ。次から次へと」


と、東吾はつぶやいた。

肉のゴーレムたちに、まるで祭りの神輿のようなかたちで担がれている。


東吾とリィーンの二人は、馬ではなく肉のゴーレムの集団に担がれて城を出ていた。

グレイヴスが魔法を唱えると、上に乗せられたまま急に地面がせり上がっていき、気がつけば今は塔の中にいる。


「目の前が変わって敵にぶつかったと思ったら、今度は城? が生えてきて……。どうなったんだ? 勝ってるのか?」

「はあ、怖かった……。上手くいってるみたいよ。ゴーレム下ろして」

『イェアッ』


リィーンの声で二人は地面に下ろされる。


東吾たちがいるこの塔には天井はなく、代わりに壁が高い塀のようになっていて、吸血鬼対策なのか矢を防ぎながらも陽の光は差し込むように造られている。


「こんなことまでするつもりだったのか。てっきり、魔法を唱えてサクッと一発かと思ってた」

「それができればいいけど、大規模な特級魔法だからね。それも二つも同時に」


東吾とリィーンの前で、グレイヴスが粉を使って複雑な紋様を地面に描いている。

あとはこれが完成するまで、敵からの邪魔が入らなければいいらしい。


「行政長の魔法が発動したら、すぐにバージェスの中に戻れるから。空間魔導士たちがやってくれるの。魔力残量はギリギリらしいけどなんとかなるわ」

「そ、そか。俺はここに立ってるだけでいいの?」

「トーゴの中の『赤石』を使うだけだから、たぶんそれでいいと思うけど……」


東吾とリィーンが話していると、魔法陣を一つ描き終えたグレイヴスがこちらを振り向いた。


「……小僧。ちょっとこっちに来い。『赤石』を出せ」

「あ、うん。ええと……よっ」


呼ばれた東吾は魔法陣のそばまで行き、軽く念じてみる。

ずぶずぶ、と東吾の手のひらに例の赤い宝石が出てきた。


「……よし、それを使うぞ。――『パノク・トゥス=ナラオイア』――『ヨホイア=サロトロケルス』……」


グレイヴスが魔法を唱えはじめた。

地面の魔法陣が発光し、中央に光が収束していく。


すると集まった白い光が、突然ビームになって東吾の手のひらを貫いた。

『赤石』の中を通過し、色を赤く変えて宙で大きく曲がって、再び元の場所へと戻っていく。


ひときわ強くなった魔法陣の中央の光の輝きが、周囲を赤々と照らした。


「……『ヘル・メティア=ウィワクシア』……機能したな。ではしばらく待っていろ」

「え? 今のでもう終わりなのか?」

「……今のは、『赤石』の効果を力溜まりにして留める魔法だ。呪文の促進に使う……呪文発動後、最後にもう一度石を通過させることになる」

「あ、まだあんのか」

「……そうだ。しかし『大地沈降』と『湧水』は本来遅延呪文――効果発動が遅いのだ。この魔法陣で強制的に急がせるが、それでも多少はかかる。この場をあまり離れるなよ、小僧」

「分かった。どっか行かなきゃいいんだな」


東吾が頷くとグレイヴスは少し歩いていき、また別の新たな魔法陣を描きはじめる。


「……。この石に光を通過させるだけか。本当に立ってるだけでいいんだな」

「うん。あとは邪魔さえ入らなければいいわ。と言っても、いくら吸血鬼でもそうそうここに乗り込んで来たりは……」


リィーンが言いかけた時だった。

近くに立っていた一人の老いた魔導士が、少しあわてたように叫んだ。


「――! 行政長! 通信が入りました! デーイィン・ティグラス魔導官からです。砦の中に、吸血鬼の小隊が物影を伝って入り込んだ模様」

「……なに? あいつは何をしているんだ。聞け、どこに出る」

「はっ、お待ちを。――1番から8番へ、報告了解。……砦の東門付近だそうです。太陽の向きと影から考えると、ここには到達できないと。影の切れ目への待ち伏せで十分に処理可能とのことであります。しかし」

「……しかし?」

「予想以上の数がこの砦を攻撃してきているそうです。敵は本陣の直轄部隊まで投入してきている、と」

「……さすがに、こちらが何かを意図していると気づいたか。少し急ごう」


グレイヴスが手の動きを早める。東吾とリィーンを見てつぶやくように言った。


「……デーイィンの弟子の娘。出番があるかもしれんぞ、戦える準備をしておけ。それにそこのゴーレムの小僧もだ」

「は、はい!」

「え、嘘。マジで?」

「……今、私のそばには貴様ら以外に護衛の人員が全くない。他の全ての戦力は砦の防御に割り振っている……精強でも、しょせんは1000しかおらんからな」

「? 護衛がまったくない、って」


グレイブスの言葉に、東吾は少し首を傾げて横を見た。

そこには全身鎧のまま兜も脱がず、下に通じる階段のそばで直立している三名ほどの護衛兵士がいる。


その兵士たちを見ていると、リィーンが耳元で小さく囁いた。


「あれは行政長のゴーレムよ。鎧を着てる人に見えるけど、中はからっぽの鎧だけのゴーレムなの」

「へー。あれもゴーレムなのか。じゃあ他には、俺たち以外に」

「戦える人はいないわ。……お任せ下さい行政長! ゴーレム、こっちに来て」


リィーンがゴーレムを呼びつける。

全部で50体近い肉のゴーレムたちが命令に従い、ざっと整列した。


「10体は階段の入り口を守って! それから5体ずつに四隊に別れて、その後ろを固めなさい! 残りは魔法陣を囲むの! 万が一攻めてきても敵を一歩たりとも通しちゃだめよ!」

『『『イーィヤッハァ!!』』』

「マジかよ。頼むから来ないでくれよ……? よいしょ」


配置につくゴーレムたちを横目に、東吾は手のひらに意識を集中させた。

ヴァンピールスレイヤーがずるりと生え出してくる。

それをぎゅっと握り締める。と――。


「『――カッ!』……あ、またこの声か。烏の鳴き声みてえだよなぁ『――ッキショーっ!』」


東吾の声ではない、女の声が東吾の喉から響いた。

隣のリィーンが驚いた顔をして振り向く。


「えっ? と、トーゴ?」

「え、あれ? 今、俺の『聞いてたぞ! 出れねえんじゃねえか、結局よぅ! ああもう出せよ、ここから出せよぅ!』……え!?」


東吾にとって聞き覚えのある声だった。

夢で見た男女の声――スケルトンの中の人、あの短髪女の声である。


「トーゴ……? な、なに、どうしたの? 変な声」

「いや俺じゃねえ、この前話したスケルトンの『だとぉ!? 誰が変な声だコラー!』ゲホッゲホッ! お、おい」


東吾はあわてて喉を押さえた。

しかしスケルトン女は東吾の口を借りて、勝手に喋りはじめる。


「『おいミシ……ミシなんとか! お前、出してくれるって約束してくれたじゃねえかよ!? 話が違えぞ!』」

「ゴホッ! ちょい待て、待ってくれ。やっぱお前ただの夢じゃなかったのか。いやでも今はそれより敵が」

「『なめんな! なんなんだよあたしが何をしたってんだ! 早くお前の中から出せ!』」

「ゲッホゲホ! く、苦しい、ちょっと落ち着いて喋れ!」


「……!?」


リィーンが変なものを見るような目で東吾を見ていた。

周りの視線も、声をコロコロと変えて一人会話をはじめる東吾の姿に集まっている。


「え? え? 出せって、一体何の話?」

「ち、違うんだ。この声はな、出してくれって言ってたスケルトンの男女のや」

「『男女だぁ!? ぶっとばすぞコラこのクソガキ!』」

「っぶっ!?」

「えっ!?」


東吾の右手が勝手に動いた。

剣を持ったまま自分の手で、自分の顔を思いきり殴りつける。


「ぶはっ! ……な、なんだ、手が勝手に? い、痛かねえけどなにすんだ」

「『うるせえちきしょうめ! 出せったら出せよこのやろー!』」

「え……な、なに今の。どうしたのトーゴ? どこか調子悪いの?」

「ちが、違う。今のは俺が自分を殴ったんじゃなくて、中にいるスケルトンのこいつが俺を」

「?? ええと? ……あ。ひょ、ひょっとして?」


東吾の話を思い出したのか、リィーンがぽんと手を打った。


「前に言ってた、夢の……? その、つまり東吾の中に……誰かがいる、ってこと?」

「う、うん……そうみたいだ。勝手に体が動いた……。あ、でもそれどころじゃ」


東吾とリィーンが話していると、挙動不審な人間そっくりの肉ゴーレムをよく分からずに眺めていた通信魔導士がはっとした声を上げる。


「! 行政長、今度は砦南方からの通信です! 侵入されたそうです――数は相当数! 場所は――ここに、到達される可能性が!?」

「……なにっ! 南側……だと!?」


報告を聞いたグレイヴスが目を見開いた。


「……馬鹿な、間違いではないのか? そんな物影はないよう設計したはずだぞ、どうやって日なたを潜って!? 確認せよ!」

「お待ち下さい! ひどく混線しております――こちら1番、こちら1番。総員送信を一時停止せよ――上官命令だ、停止せよ――南側6番のみ送信を許可する。詳細を全体に流せ――」


通信魔導士は頭を抱えるようにして、ぶつぶつとつぶやきはじめる。外と通信を行なっているらしい。


「――お、落ち着くのだ。落ち着いて説明をせよ。影? それが――……。っ!?」


するとにわかに、さっと顔を青ざめさせた。

泡を食ってあわてて喋りはじめる。


「な、なんと……!? き、緊急事態です行政長!」

「……どうしたのだ!」

「敵は、『未知の呪文』を使っているそうです! 影が、影が……砦全体を覆おうとしていると!」

「……なんだとぉ!?」


グレイヴスが叫ぶと同時に。

陽光が降り注いでいた塔の中が――さっと、厚い雲でもかかったかのように、暗く翳った。


「……!? これはっ……!」


突然日が落ちたかのように、頭上の太陽の光がなくなっていく。

影は濃さを増していき、全てが夜の帳にも似た暗闇に包まれていく。


赤く輝く魔法陣だけが、急に暗くなった室内を皓々と照らしはじめる。


「! ――サペリオン付きの0番から緊急連絡! 『広域探知』がオルドビシア軍本陣にて、大掛かりな魔法儀式を行なっているのを発見したそうです! 未知の魔法パターン、対抗妨害呪文検索は――……照合、ありません……!?」

「……!? しまったっ! 奴らは『影を生み出す魔法』をも開発していたのか!?」


驚愕し上を見上げていたグレイヴスが、再び通信魔導士に命令を飛ばす。


「……まずい! 各部隊に連絡しろ、総員は直ちに持ち場を放棄! 砦中央に兵を引かせろ! これでは砦が無効化されたも同然だ、大挙して来るぞ!」

「――こちら1番、行政長からの命令を伝達――」

「……それとデーイィンだ! 魔法戦力をここに呼び出せ! 吸血鬼どもにこちらの儀式を邪魔されるわけにはいかん!」

「はっ! ――すでに、配下の魔導士を向かわせているそうです! ――しかし、大魔導どの自身は敵軍を遅滞させるので手一杯である、ここまで来るのに時間がかかると!」

「……ちぃっ、やられた! 吸血鬼どもめ、こんな隠し玉があったとは!」


忌々しそうに吐き捨て、グレイヴスが壁を叩いた。


「……そうか。『鷹の目』を回避していたのは、これだったのか。大儀式により影自体を作り出してそこに潜み……道理でエディアカラでは白昼の奇襲を食らったわけか。おのれ……!」


そして一つ息を吐いて自身を落ち着かせると、額を押さえて思考をまとめにかかる。


「……ふう。……まずいな。防壁がなければ、持ち応えるのはさすがに厳しい。精鋭でも1000しかいないとなれば」

「如何いたしましょう、行政長! 街の中へ『転移』で退却する命令をお出しに?」

「……いや、待て。……他に手はない。この作戦しか我々にはないのだ。それにこの影を創る魔法をバージェスに使われれば……街の中に侵入を許すことになる。新手の魔法となれば解析には数日はかかる、おそらく現状では防御は不可能だ。ならば」

「! で、では」

「……作戦を続行する。通信魔導士、総員に伝達。各部隊は退却しつつこの塔に集合、到着次第方陣を組め。配備されている通信・空間魔導士を除き、塔の前で死守だ」

「か、かしこまりました!」

「……貴様と空間魔導士はこちらに来て私のそばにいろ。いなくなられると困る。……おい、娘。小僧」


フードの下に隠れがちな目に焦りをにじませながら、グレイヴスは東吾とリィーンに振り向いた。


「……守りが破られた。呪文が完成するまでしばしの間、何が何でも私を守りきれ。よいな」

「は、はい! トーゴ気をつけて、敵が来るわ……!」

「影を作る魔法って!? それじゃどっからでも入って来れるじゃん!」


どうやら攻めて来るらしい。

リィーンも東吾も、階段側に向き直ってそれぞれの獲物を構える。


しかし、『スケルトン女』が黙らない。


「『ちきしょうちきしょう。生まれてこの方自由なんざねえが、あたしには死ぬ自由すらねえってのか。なんだってんだ、ちきしょうめ……!』」

「ゲホッ! おい、ちょっと静かにしてくれ! 敵が来るらしいんだ、話はあとで聞くから今は」

「『うっせえウソつき野郎! やってられっか! ああ腹が立つ、せめて恨みごとでも聞いていけ! あたしはな、オルドビシアで長年剣闘士やらされたんだ。どいつもこいつもクソ野郎ばかりで、これまでロクなことが……!』」

「待てって! い、息が苦しくなるんだ、今だけは待ってくれ!」


次の瞬間。

影が蠢いた。


長い牙を口から覗かせた、吸血鬼たちの集団が石の地面や壁から、奇声を上げて飛び出してくる。


『――キィエエエアアアアーーッ!!』

『『『ヤーーッ!!』』』『『『ルォッ!』』』


階段の前で待ち伏せしていた、グレイヴスの鎧ゴーレムとリィーンの肉のゴーレム部隊が先制攻撃をはじめた。

槍が突き出され、豪腕が風を切って振るわれ、一気に殲滅していく。


東吾たちのいる場所に到達する前に、襲来した一陣目はあっという間に仕留められた。

だがさらに十人ほどの吸血鬼が、暗闇からずるりと這い出してくる。


「……壁を崩すぞ! 『ロガ・ネリア』!」


グレイヴスの声で、壁の一部が倒壊した。

それに押しつぶされ、吸血鬼たちが悲鳴を上げる。


「……もはやザルだ! 次々に来るぞ、どこから来るか分からん! あと数分、この場を死守しろ!」


入り口で待ち伏せされていることに気づいた吸血鬼たちが、そこかしこからランダムに出現してくる。

赤い輝きを放っている魔法陣によって生まれた無数の物影から、一人、また一人と剣を携えた敵が現れていく。


「一体、わたしの護衛! 階段前のゴーレムたち、散開して! 魔法陣周囲はそのまま絶対に死守よ! 乱戦の用意!」

『『『ヤッ!』』』


リィーンの号令でゴーレムたちが、個々に遊撃を開始する。

各所で戦いがはじまった。



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