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第四話 その5

 遠く山の向こうに、太陽が沈み行こうとしている。


 黄昏時のバージェスでは、闇に紛れて侵入を試みてくる吸血鬼に備え、各所で火や明かりが灯されはじめ、魔法で生み出される強い光で街の外を照らす準備をはじめている。


 街の中央、『サペリオン』の上に立つ尖塔の頂上では、近付こうとするもの全てを強制的に洗い出す、『広域探知』の青い輝きが瞬いていた。


 これから訪れる夜の暗闇の時間に、外に出る者はいない。

 たとえ魔法を使って吸血鬼を捜索していようとも、万が一近くに吸血鬼が潜んでいれば、強力な魔導士でも命取りになりかねないからだ。

 昼の間は往来できても、さすがに夜間に城壁の外に行こうとするのは無謀である。


 それはまた逆に、大した魔法力も持たないただの民にとっては、野宿は死の危険に直結するということでもある。


 門の付近ではいまだに近隣から避難してきた人々の列があり、陽のあるうちになんとか街の中に入ろうと急いで、軽い混乱が起きていた。

 時には泡を食って割り込もうとした臆病な行商人が、兵士に止められたことに余計あわてふためき、足にすがりついて泣き出すなどという事もあったほどだ。


 しかし――。


「――『プテリゴー・ティス』。……ううん、この辺にはないわね」


 地面に『探知』の魔法をかけて、リィーンは呟いた。

 手元にある、地図が描かれた羊皮紙の一点にバツをつけると、再び歩き出す。


 日が暮れようとしているにも関わらず、街から離れた場所で杖を持った集団が、夕日を浴びて赤やいだ草原の中を歩き回っていた。


 一人ないしは数人の魔導士が、それぞれいくらかの護衛の兵隊を引き連れ、地面に向かって『探知』の魔法をかけている。

 その結果に頷いたり、首を振ったりとしながら、大勢がそこかしこをうろついていた。


「どこかにあるとは思うんだけど。『プテリゴー・ティス』」


 リィーンは少し歩いては、また地面に向けて『探知』を唱えている。

 その後ろをついて行きながら、東吾は尋ねた。


「……なあ、リィーン。これって何をしてるんだ?」

「ううん、いまいちね。これ? 大きな水源を探してるのよ。このへんは、掘ったらだいたい水が出るんだけど。やっぱり大きな方がいいし」

「水源?」

「先生が言ってたでしょ。『湧き水』の魔法を使うのだって、やっぱり媒介に大きな水源があった方がいいのよ。作戦じゃ、ここら一帯を使うんだから」


 デーイィンの提案した作戦は驚くものだった。

 デタラメ、とも言える大胆な作戦で、確かに成功さえすれば影や暗闇と同化できる厄介な吸血鬼でも、ひとたまりもなく壊滅してしまうほどのものだ。


「本当にあんなのやんのか……。でもさ、吸血鬼の軍隊が近付いてるんじゃないのか? 危なくね?」

「危ないわよ。でも、やらないといけないの。それにさっき帰ってきた物見の人たちによれば、オルドビシアの軍がここに来るまであと一日くらい余裕があるそうだし」

「じゃあ明日やればいいじゃん。なにも今日のうちにやらなくても」

「準備は早い方がいいわ。明日になったらどうなってるか、分からないもの。『プテリゴー・ティス』……うーん、だめね」


 リィーンはペンで羊皮紙にまたバツをつけて、歩いていく。


「なかなか良さそうなものが見つからないわね。あっちには、いくつか使えそうなのがあるみたいだけど……」


 そう言うと、少し遠くに目を向けた。

 するとちょっと離れたあたりで、リィーンよりも若い小さな女の子の魔導士が「水源、ここにもありました!」と声を出した。


 集団を取りまとめている軍人がそれを聞いて、傍らのグレイヴスに話しかける。

 グレイヴスは女の子のところまで歩いていき、水源のあるという地面に手をやって、何かの魔法を唱えていた。


「……。あの人、この街で一番偉い人なんだろ? 行政長ってことは」

「うん、偉い人。街っていうか、このへんでは一番ね。先生と同じで大魔導だし、本当はあんまり話しかけたりしちゃいけないくらい」

「ふーん。でも、他人任せにしないで自分でやるんだな、偉いさんなのに」

「『プテリゴー・ティス』。だって行政長がやる魔法だもの。人に任せられる仕事じゃないわ……あっ」


 リィーンがちょっと驚いた顔をして、地面を見た。水源を発見したらしい。


「わ、すごい。大きいわ……一番大きいんじゃないかしら、これ」

「見つかったのか?」

「うん。――ここもです、水源です!」


 リィーンがグレイヴスと軍人のいる方に向かって言うと、軍人は同じようにして頷く。


「ふう、なんとかなりそうね。……ねえ、トーゴ」


 リィーンは振り向くと、東吾に向かって言った。


「たぶん、敵が攻めてくるのは明後日になると思うんだけど。今度はこの前みたいな偶然じゃなくて、トーゴを喚び出さなくちゃいけないわ」

「ん。……マジで、これでやるのかよ。なんだかなぁ」

「どうしても、東吾の中にある『赤石』が必要だから。敵が攻めてくる時に、ちゃんと召喚されてきてね。でないと作戦ができなくなっちゃう」

「そうは言われてもな……。俺、気づいたらマッパで召喚されてるわけだし。俺からは何もできないというか」


 東吾は手のひらからずぶずぶ、と例の『魂の赤石』とかいう宝珠を生やして、頭を掻いた。


「俺の体からこいつを出せれば、一番いいんだけどな。魔法効果の増強、だっけか……」


 今度の作戦では、東吾に取り込まれているこの『魂の赤石』、というマジックアイテムがどうしても必要だった。

 東吾から取り出せない以上、東吾をそのままアイテムとして使う、らしい。


「うん。まさか先生が、トーゴに入れてるとは思わなかったから……」

「なんで俺の中にそんな稀少なもん入れるんだ。何を考えてるんだあの先生?」

「う、うん……先生、後先考えないから……。はあ、あれでよく魔導官が務まるわ。こんなこと、しょちゅうだけど」

「あの人、いつもあんな調子なのか……。俺は痛くねえからいいけどさ。でも……でも、戦争、か」


 戦争。


 冗談でもお遊びでもない、本物の戦争がこの異世界では起きている。

 東吾の目の前で、人が死んだ。人に似た生き物が、死んでいた。


 あまり思い出したくなくて、東吾は努めて意識しないようにしている。深く考えると、夢に出てきそうなほど後味が悪い。


 殺した、とは――考えないことにしている。それは意識的でもあり、無意識なものでもあった。


「う……。やべ、なんか気持ち悪くなってきた。あー、考えんな、考えんな……」


 東吾は目頭を押さえて首を振った。考えない。

 そうしていると、向こうから軍人を伴ったグレイヴスがゆったりと近付いてきた。


「……おい、そこの者。リィーンに、ミシロ、とか言ったか」

「え? あっ」

「は、はい! 水源を見つけました、行政長」


 リィーンがちょっとかしこまって返事をすると、グレイヴスは小さく頷いた。


「……うむ。あの阿呆と違って、常識のありそうな娘だ。その常識を失わないようにな。それで……」


 すっぽりと被ったフードに隠れがちな灰色の瞳が、東吾に向く。


「……。肉の、ゴーレムか。……よく分からんな。まあ何者でもよい。重要なのは、お前が現在『赤石』を所持しているということだ。悪いが、戦争に付き合ってもらうぞ」

「は、はあ」

「……腕は立つそうだな? 報告を聞いた、エディアカラの避難民が見たとな。当日は特に何かをする必要はないが、不測の事態が起きた場合、私を守れ。ついでに、そこの娘も。たとえ死んでもだ」

「は? し、死?」

「……死んでもだ。ゴーレムに死などあるか知らんがな。魔法さえ完成すれば、お前が死んでも大した問題ではない。しかし、失敗すれば莫大な数が死ぬ。ゆえに死んでも守れ。私の魔法が完成するまでは」


 グレイヴスはきっぱりと言い切ると、地面に向けて呪文を唱える。


「――『プル・モノス』……」


 掌に現れた不思議な魔法陣が青い光を放ち、くるくると回りながら地面に吸い込まれていく。


「……いいな。命令に従え、『ゴーレム』」


 言い捨てると、グレイヴスはすぐに踵を返していってしまった。

 東吾はボケッとしてその背を見つめた。


「……。な、なんだよ。死んでもって、ひどくね? 俺は元々無関係だってのに」

「……」


 リィーンが少し俯いた。それから顔を上げて、少し改まったように言った。


「ねえ、トーゴ。……ごめんね」

「なんだってんだ……。ん、え?」

「巻き込んでちゃってるわ。関係ないのに、こっちの事情に付き合わせてる」

「え? ああまあ、そりゃそうなんだけど」

「わたしも、わざとトーゴを喚び出したわけじゃないけど。今回も、先生のせいもかなり、っていうかだいぶ先生のせいなんだけど。でも……元はといえば、わたしの責任だわ」


 リィーンはじっと東吾を見つめていた。風が、綺麗に切り揃えられた髪を、かすかに揺らしていた。


「意思のないゴーレムじゃない、心のある召喚生物が出てくるなんて、思ってなかったの。そんなこと、これまでなかったから……」

「……」

「戦いなんてイヤなことに付き合わせて、本当にごめんなさい。……お願い、手伝って。イヤだと思うけど、お願い」


 リィーンの様子に東吾は少しきょとんとして、頬を掻いた。


 なんだか初めて会った時に比べて、ずいぶんと態度が柔らかくなっている、と思った。

 ああ違う、あれは俺がいきなり裸だったからか……。


「……。わ、分かったよ。しょーがねえし……俺の体から物を出すには、バラバラ殺人されなきゃいけないみたいだしな」

「うん。出すことはできないわ。ごめんね」

「いいって。お前が俺に物突っ込んだわけじゃねえし。それに、お前もわざと俺を召喚してるんじゃないんだろ? なら、どっちにしろどーにもなんねえよ」


 どう足掻こうとも、こっちに出る時は出てくるものだ。誰も意図的でないなら、どうしようもない。

 異世界に行ったっきり帰ってこれない、というわけでもないところについては多少マシでもある。


「いいよ、手伝うよ。それでいいんだろ」

「うん。当日は、立ってるだけでいいから。戦うことはないわ。何かあったら、それはゴーレムにやらせるから」

「グロいの見ることにならなけりゃいいんだけど、な……」


 せいぜいあんまり血生臭いことには巻き込まれないといいな、と東吾は思った。


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