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第四話 その4

「はっはっは! あれから経過はどうですか、ミシロくん!」


 馴れ馴れしく東吾の肩をぽんぽんと叩き、デーイィンは朗らかに笑う。

 バージェスの街の中央に鎮座している『サペリオン』の中を歩きながら、東吾とリィーン、そしてデーイィンは内部にあるという屯所本部の会議室へと向かっていた。


「聞きましたよ、エディアカラでは大活躍だったそうじゃないですか。潜入していた吸血鬼の奇襲部隊をたった一人で打ち破ったとか。素晴らしい『性能』ですね!」

「はあ……」


 性能、と相変わらずな物言いにちょっとヒキながら、東吾は曖昧に頷く。


『サペリオン』の中は驚くほど現代的であった。

 広めに取られた通路は清潔で、磨き上げられた床は歩くたびにコツコツと小気味よい音を立て、高い天井の天窓から差し込む陽光を反射して光っている。

 魔法の力なのか、空調もしっかりと利いていて涼しい。


「エーテルの海に還っても、以前摂取した物を保持しているとは驚きです。これはますます興味が沸いてきますねえ……。ふふふ、次は何を入れようかな?」

「ひっ! や、やめろ!?」

「先生、やめてください。トーゴで遊んじゃダメですからね」


 隣を歩くリィーンが釘を刺すと、デーイィンは子供のように口をとがらせた。


「何故ですか? 彼は摂取したものを失くさないのですよ? これはつまり、念願の次元の門の発見と同時に、偉大なる生命を誕生させる可能性すら孕んでいるということであり……」

「やめてください。そんなことじゃなくて、本人が嫌がってるんです。わけの分からない遊びでいじくりまわしちゃかわいそうです」

「やれやれ、リィーン貴方は分かっていませんね。なんということでしょう、私の弟子であるというのに彼の研究価値がどれほどの物か分からないとは。嘆くべきことです……」

「嘆いているのは先生に振り回されるわたしやトーゴや周囲の人です。はあ」


 リィーンは困ったように眉根を寄せて、ため息をつく。


「うう、おっかねえ……。あ、でもアレだ。なあリィーン、例の話」


 東吾はリィーンに目配せをした。

 自分でデーイィンに聞くより、専門家であるらしいリィーンに聞いてもらった方が早いと思ったからだ。


「なに? あ、体から出すって話ね。ねえ先生、聞きたいことあるんですけど」

「はい、なんでしょうかリィーン?」

「トーゴが、一度体に取り込んだ物を出せるのか、って。わたし、ちょっと無理だと思うんですけど、先生なにか知ってませんか?」

「ふむ? 肉のゴーレムに摂取させた物を排出させる……ということですか?」


 リィーンの質問に、デーイィンは顎に手を当てて首をひねる。


「それは。無理、ですねぇ。ほぼ不可能です」

「やっぱりそうですよね。わたしも知らないし……」

「いえ、その気になれば可能と言えば可能ではありますが。首都の大掛かりな施設を使って、彼の魂を引きずり出してバラバラにしてからサルベージすれば、一応の再構成はできますけども。しかし今彼を失うのはもったいない。もっと調べてからでないと」

「……。そ、それはちょっと……」


 リィーンが顔をしかめて、トーゴを振り返る。


「い、イヤだぞ!? 少し聞いただけでも魂引きずり出すとかバラバラとか、物騒なワードが出すぎだから!」

「分かってるわよ。じゃあ、残念だけど出すのは無理ね。あんたがバラバラ殺人になっちゃったら本末転倒だわ……。あ、着きました先生」


 リィーンの声で、三人は大きな扉の前で立ち止まった。

 扉の両脇に立っていた兵士に向かってデーイィンが名乗ると、深く一礼されて扉が開かれる。


 部屋の中には数名ほどの人間がいた。

 中央にある大きなテーブルを囲んで立っており、フード付きのマントを目深にかぶった男、官僚然とした顔つきの魔導士、カイゼル髭の将軍らしき老人、荒武者のような傷だらけの将官など、様々な顔ぶれである。


「第二軍団付き筆頭魔導士、国家大魔導『雷皓のデーイィン』殿がいらっしゃいました。行政長」


 秘書の女性がフードの男に言うと、男は小さく頷いて、ぼそぼそと呟くように小さく声をかけてきた。


「……ずいぶん遅いな『傍迷惑のデーイィン』。さっさと来い」

「おやグレイヴス、ご挨拶ですねぇ。同期の桜に向かってひどいじゃないですか」


 デーイィンは気軽そうに男をグレイヴスと呼ぶと、肩をすくめてテーブルの近くに立つ。


「……エディアカラでは、軍と住民の耳をまとめて破壊したそうだな。相変わらずお前は滅茶苦茶だな」

「仕方がなかったんですよ。急に攻めて来られたものですから」

「……いまだに『サペリオン』の病院魔導士が避難民の治療に当たっているんだぞ。まあいい、それより揃ったようだから会議をはじめよう。……待て、誰だそこのは」


 グレイヴスがデーイィンの後ろを見た。

 そこには東吾とリィーンが立っている。


「……右の娘は、お前の弟子だったな。リィーンとか言ったか。だが、左の小僧は?」

「え、お、俺?」


 急に周囲の注目が集まり、東吾は少しあわてた。

 グレイヴスは東吾を胡乱げに眺めると、再びデーイィンに目を向ける。


「……デーイィン、新しく弟子でも取ったのか? 見ない顔だ。学生のめぼしい魔導士は、私も大抵は知っているが……」

「ああ彼ですか? 彼はですね、無限の可能性を秘めた肉のゴーレムですよ。ミシロくんというんですけども。覚えておいて損はありませんよ? 彼は素晴らしい」

「……肉のゴーレム? これが? ……。まあ、どうでもいい。お前の遊びにはいちいち付き合いきれん。この場にいさせるなら、ここで聞いたことを喋らせるなよ。吸血鬼どもに漏れることはないと思うが」

「大丈夫ですって。さあ行政長、お話を」

「……酔狂の過ぎるやつだ……。とにかくはじめよう」


 グレイヴスは秘書に合図してテーブルの上に地図を広げさせると、作戦の説明をはじめた。


「……まず、地理と方針の確認だ。このバージェスは知っての通り、ロディニア最西端にあり、オルドビシアと国境を接しているのはこの地方だけだ。このバージェスさえ守りきれば、敵は大規模な軍勢を東の本国に送ることはできない」


「……エディアカラはともかく、要衝であるバージェスの失陥はありえない。我々は、ここから先に敵を進ませるわけにはいかない。しかし敵は『鷹の目の監視』をかいくぐる方法を発見しているため、野戦によって撃破するにも相当な困難を伴う。野営も危険だ、将官や魔導士が暗殺される恐れが強い。吸血鬼は暗闇と同化できるからな。鷹の目が使えなければ伏兵の発見も不可能。つまり、下手に動けない、というわけだ」


「……そこで、あえて敵をバージェスまで誘引し、『サペリオン』の探知施設を総動員して、完全に吸血鬼の擬態を看破できる状態で敵に当たりたい。現在城壁は強化中であり、侵攻された場合は住民も動員して防御に当たる」


「……同時に、防戦ではあるが、消極的なものではなく敵を撃破するためのものだ。戦力は十分にある。防御と同時に敵を殲滅するため、第二軍団の力をお借りしたい。さしあたっては敵の誘引、無駄な寄り道をさせず敵をこのバージェスまで連れてきて欲しい」


「……なお、以降の作戦行動はバージェス防衛に付随するため、地方行政長官としての権限により、最高指揮権はこの私に委譲されることになる。よろしいか、将軍」


 グレイヴスがカイゼル髭の老将軍に向かって言うと、将軍は胸に手をやって「ハッ、行政官どの」と答えた。


「……結構。では、何か質問、もしくは新たな報告のある者は?」

「はい、行政長」


 官僚らしい神経質そうな顔の魔導士が、さっと手を上げる。


「……何だ、行政次官」

「報告が上がっております。首都シリウスパセットから来たアイベックス卿夫妻が、空間魔導士の『瞬間移動』で首都に帰らせて欲しい、との要望を上げているそうで」

「……。……無視しろ。どうせ戦争見物に来たのだろう? 今は馬鹿の相手などしてられん。空間魔導士は昨日の避難で全員疲れきっている、無駄な魔法使用はさせたくない」

「かしこまりました。ではそのように」

「……他には?」


 顔面傷だらけの将官が挙手し、口を開く。


「はい、第二軍団副長です。先ほど行政長官は敵を誘引と仰られましたが、バージェスの外に軍を出す場合、同行する探知魔導士が相当数必要ですが。『鷹の目』が無駄な以上、『探知』で捜索しなければなりません」

「……欲しいだけ貸そう。こちらはバージェス周辺の監視網を維持できるだけあれば十分だ」

「ハッ、ありがとうございます」

「……あとは?」


 グレイヴスが居並ぶ人間を見渡す。

 誰も手を上げないのを見て、グレイヴスは軽く頷いた。


「……よろしい。では、細部について詰めていこう。まず糧食の備蓄だが……」

「あのー」


 すると、間延びした声で一人手を上げる者がいた。

 デーイィンだ。


「……なんだ? デーイィン」

「ああいえ、ちょっと気になる所が。誘引して迎撃と言いましたが、十分な戦力とは? オルドビシアに全力で来られたら、少々厳しくないですかね?」

「……。なにを言っているんだお前は? 十分過ぎるだろう」

「そうですか? 第二軍団は少数精鋭の基幹要員だけで出撃してきましたから、現状の総数は5000足らず、しかも先日の奇襲で死人怪我人続出。向こうは本気なら30000は出せるでしょう? どうにも足りないように思えますが」

「……吸血鬼相手なら、ずいぶん余裕があるじゃないか。たとえその倍でも問題なかろう」

「え、嘘でしょう? せいぜい半数の15000あたりが限度ではないですかね。あ、ひょっとして私の雷魔法をアテにしてます?」

「……? 当たり前だろうが。むしろお前がやるんだぞ、大魔導」

「ははあ、なるほど。しかしですね、この前『大雷劫』打っちゃいましたから、魔力充填にしばらくかかるんですよ」

「……だから、何を言っている。『魂の赤石』を貸与されているだろ。あれさえあれば、いくらでも魔法は」

「今、持ってませんよ?」

「……はっ?」


 グレイヴスが間の抜けた声を出した。

 周囲の視線も、一斉にデーイィンに向く。


「……。デーイィン。今、なんと言った?」

「だから、『赤石』持ってないんですよ。私の手元にはないです」

「……お、おい。ちょっと、待ってくれ。持って……いない?」

「はい。持っていませんよ」

「……??? 持ってない、だと? ……な、ならば……どうやって魔力の充填を……?」

「自然回復を待つしかないんじゃないですかね? まああと一週間もあれば、一発くらいは」

「……!? ま、待て! ど、どこにやったんだ!? 一級の秘宝だぞ!」

「どこへ、ですか? それは……」


 デーイィンがチラリと傍らを見る。

 ボケッと話を聞いていた東吾が、え、と顔を上げた。


「え、な、なんだよ、先生。なんで俺を見るんだ?」

「ミシロくん、アレですよアレ。君に入れた、赤い宝石。出せます?」

「赤い宝石? ……あ」


 東吾の手のひらから、赤い光を放つ宝珠がずぶずぶと浮かび上がってくる。

 先日東吾の胸に生え、強烈な炎を吹いて吸血鬼を焼き尽くした宝石である。


「えっ? な、なに? さっきから言ってるのって……?」

「ええ、それですそれ。『魂の赤石』。と、いうわけで」


 デーイィンはぽん、と東吾の背を軽く叩き、一同に向かって言った。


「『魂の赤石』、先日こちらのミシロくんの中に入れちゃいましてねぇ。今、持っていないんですよ。あっはっは」


 周囲の空気が固まった。

 一同は信じられないような顔で、デーイィンと東吾を交互に見つめる。


「と……トーゴ……? うそ。そ、それ……。『赤石』だったの……?」


 青ざめた顔のリィーンが、ぽつりと呟いた。


「え……い、いや、俺に言われても? こ、これってなに? なんだこの空気……?」

「そ、それ、く、国の宝……なんだけど……。せ、先生……?」

「ええミシロくん、これはですね。持っているだけで魔力増幅や魔法効果増強、そして回復ができるという――つまり、とってもありがたい石なんですよねえ。つい君に突っ込んじゃいました。いやー困った」


 全然困っていないかのように、デーイィンは肩をすくめて笑っていた。


「……そこの、肉のゴーレム……? の、小僧に……『赤石』が……?」


 のんきにしているその姿に、グレイヴスはしばらく呆然としていた。

 しかし、やがて――大きく目を剥いて叫んだ。


「……な、な、なああーーっ!?!? なにを考えているんだお前はーーっ!?!?」


「あっはっは。いやー彼に入れた時は少々私も興奮しちゃっていまして。ついつい」

「……こ、国家所有の宝珠だぞ!? 貸与品をお前、勝手に! いや、それどころではない!! ま、魔法戦力が!?」

「そうですねぇ、今は上級の下クラスの魔法までしか使えませんかね? 特級魔法はさすがに。マックスで『招雷』と、あとはそれから……」

「……ば、馬鹿な!? し、信じられん! どうするんだお前!?」

「どうするんだと言われましても。肉のゴーレムに摂取させたものは、出せませんからね。特にどうしようも」

「……な……!? ま、まずい、まずいぞ! 作戦が、根底から覆って!? あ、ああ……!?」


 グレイヴスが額を押さえてぐらりとよろけた。秘書の女性があわてて体を支える。


「おやグレイヴス、無理はいけませんよ。貴方は昔から体が弱いんですから、あまり驚いたり大声を出したりすると差し障りますよ?」

「……だ、だ、黙れこの大馬鹿めーーっ! 昔っから何かにつけてやらかすのは毎度のことだが、まさかお前、こんな時にっ!?」

「ふむ? グレイヴス、探求の道には正気などあってないようなものですよ。いえむしろ、正気など初めから誰にもない。あるのは無数の狂気の顔であり……」

「……な、なんということだ! 大魔導が不在と同じ、となれば、戦力差が……大幅に逆転して……!」


 グレイヴスだけでなく、テーブルを囲む将軍たちも動揺してざわつき出す。

 デーイィンの力と赤い宝珠は、それだけアテにされていたものだったらしい。


「……どうするのだ! な、ならばそうだ、空間魔導士に他の大魔道を呼ばせて……。だ、ダメだ、昨日の移動に使ってしまって、全員消耗している。短距離移動はともかく長距離は不可能だ……それに、他の国境の警備もある……」

「ほらグレイヴス、悩み込むのは貴方の悪い癖ですよ。一度深呼吸をしてください、やっちゃったものは仕方ないのですから。次善の策を考えましょう」

「……誰のせいだと思っている!? いいかげんにしろこのクソバカ! いかんぞ、バージェスの失陥だけはできん……! 住民も避難させるにはあまりに多すぎる……!」

「まあまあ。策がない、というわけでもないんですよ。私に一つアイディアがありますし」


 ぴっ、と指を一本立てて言った言葉に、再び周囲の視線がデーイィンに集まった。


「……なに? アイディア、……だと?」

「ええ。最高のアイディアです。とびっきりの」

「……。また適当なことを言っているんじゃなかろうな。防戦するにも、無為に守るわけにはいかんのだぞ。時間をかければ住民にも被害が出てくる、野戦も難しい状況だというのに……!」

「時間など大してかかりませんよ。むしろ、とある人物の魔法を使えば、私がやるよりはるかに早く片がつきます」

「……なんだと? そんなことができるのか? ……とある人物とは、誰だ」

「貴方ですよ、大魔導。『地聖のグレイヴス』二等魔導官兼、行政官殿」


 デーイィンはそう言って、目の前のフードを被った顔色の悪い行政官を指差す。

 指名されたグレイヴスが、露骨に胡散臭そうな顔をした。


「……あの、なあ。私は大地魔導士だぞ? お前とは違うんだ。大魔導と言っても、整地や畑作りはともかく戦争など不得意だ……。せいぜい砦でも建てるか、地震を起こしてひるませるくらいしかできん……」

「地震なんて使いませんよ。もっと違う方法です」

「……違う方法?」

「まあお聞きなさい。これが成功すれば――戦争が終わる、かもしれませんね?」



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