第四話 その2
「――ーゴ、起きてよ。トーゴ?」
目を開くと、そこには自分を見下ろすリィーンの姿があった。
東吾は首を振って、ゆっくりと身を起こす。
「あ……ああ、リィーン。あれ? 俺……」
気がつけば東吾はベッドの上に寝かされていた。どこかの建物の中のようだった。
記憶を探ってみれば、東吾は……。
目の前が真っ白な光に包まれて、意識が途切れた。
気づいたら元の世界にいて、道ばたで倒れていて、夕方になっていた。
どうやら戻ってきてしまったようなので、特にどうすることもできず。何事もなかったかのように家に帰ってふつうに過ごし、一日が終わった。
それから二日ほど空いて、ソファで昼寝していた所を、今はまたこうして異世界に呼び出された。
という、感じである。
「びっくりしたわ。もう一度喚び出したら、まだ倒れてたんだもの。あれから気絶しっぱなしなのかと思ったら、ぐうぐういびきかいてるし。……また裸だったし。はあ、なんとかしてよもう」
リィーンは東吾の寝ているベッドに軽く腰掛けていた。また裸で召喚されたらしい東吾の姿を思い出したのか、ちょっと顔を赤らめる。
「なんつうか、気づいたら元の世界に戻ってたんだよ。俺ってやっぱあの時気絶しちゃったの?」
「耳塞いで、って言ったじゃない。『大雷劫』はすごい光と騒音だから、まともに聞いたらつい気絶しちゃうこともあるのよ。それで、『敵を退かせたら終わり』って条件で召喚してたから、気絶したまま崩れちゃったし」
「だから、起きたら道ばただったのか」
「あれから大変だったのよ。先生、無茶するんだもの。町じゅう目と耳をやられた人だらけで、治療しようにも魔導士も兵士の人もやられてるし」
「あー……。なんかすっげえ光と音だったなぁ」
目の前が全て白い光で埋めつくされて、ものすごい音が聞こえた記憶があった。
そこから先は、覚えていない。目を覚ましたら元の世界だった。
「先生の魔法よ。あんなのでも、ロディニア有数の大魔導だから。でも、もう一度喚び出したからかしら、鼓膜は破れてないみたいね? よかったわ」
リィーンは東吾の調子をひとしきり確認すると、腰掛けていたベッドから立ち上がった。
「立てる? 元気なら、手伝って欲しいんだけど。いい?」
「ん、まあ体に変なところはねーけど……にょきにょき生えてた手も消えてるし」
再召喚のおかげか、左手や背中から飛び出した筋肉腕は消えていた。体の調子も悪くはない。
東吾はベッドから出ると、軽くあたりを見回してみる。
「ところでここってどこなんだ? 知らねえ場所だけど」
「ここはバージェスの診療所よ。昨日、ここに移ったの」
「バージェス? エディアカラだっけ、じゃなくて?」
「撤退が決まったの。『鷹の目の監視』で吸血鬼が見破れないって分かったから、あのままエディアカラにいたら危ないからね。通信魔導士に『瞬間移動』の魔法を使える魔導士を国中から呼んでもらって、住民ごとここに避難してきたのよ」
「ふーん……」
窓の外を覗いてみると、確かにエディアカラの辺鄙な街並みではなく、見覚えのある都会的な風景が広がっていた。
以前のような平和そうな空気はあまりなく、道には街の周辺から集まってきたのか手荷物一つの農民の集団や、ぎゅうぎゅう詰めの馬車に乗せられ不安そうな顔をしている人々などが見えた。そこらにはどこか物々しい様子の兵士たちもいる。
「ここなら『サペリオン』の優秀な施設があるから、鷹の目以上の『広域探知』で吸血鬼は忍び込めないわ。でも、大事になっちゃった。避難民の受け入れで大変、防戦の準備も」
「……大変だな。あ、じゃあ手伝って欲しいことって」
「受け入れの仕事よりも、防戦の準備よ。力仕事もあるからお願いね」
「力仕事、か。うーん」
しかしそうは言われても、もう東吾にあの筋肉ムキムキの腕は生えていない。力仕事など、大して役には立てないだろう。
「まあ、体動かしてもいいけどさ……ヒマすぎて家で寝てたし。だけどあんまり役に立たないと思うぞ?」
「? この前みたいに、ゴーレムの腕を生やせないの?」
「や、やってみたわけじゃねえけど。あの時のは、わけ分かってなかったし……」
「ちょっとやってみて。出ろって念じてみるとか」
「ええと……出ろ出ろ、出ろー。おおっ!?」
ずぼ、と東吾の肩口から、新しい腕が生えてくる。
筋肉で覆われたたくましい腕が、空中でわきわきと手を握った。
「で、出た! 出ちゃったよおい!? いいのかこれ!?」
「よかったわ。じゃあ、手伝ってちょうだい。とりあえず外で城壁の改修してるから、そこで」
「マジかよなんかキモイぞこれ……。まんまバケモンじゃねえか、俺の体……」
「化け物なんかじゃないわよ。ちゃんとした『肉のゴーレム』よ、しかもすごい強いじゃない」
「……」
ちゃんとした人間、とは言ってもらえなかった。