観察日誌1『対象の発見時状況』
藤城東吾は、荒野に立っていた。
眼前には、毛髪のない逞しい肉体の巨漢が、全裸でポージングを取っていた。
ダブル・バイセプスである。
膨れ上がった上腕二等筋が差し込む陽射しを照り返し、黒々とした肌が眩しい。弾ける笑顔はまさに太陽のようだ。
隣にはまた『サイドチェスト』のポーズを取った男が、膨張した大胸筋をびくり、びくりと躍動して動かす。足は心持ち曲げられており、血管の走る大腿筋の華麗なラインも衆目に見せびらかすを辞さない構えである。
更にはモスト・マスキュラー。前傾姿勢からは鍛えぬかれ汗ばんだ僧帽筋が垣間見えており、パンプアップした素晴らしく太い両腕がよく栄えてテカっていた。
そしてアドミナル・アンド・サイだ。シックスパックの完璧な腹筋、油断した脂肪など1mmとて存在しない。激しくカットされた筋肉は惚れ惚れするほどだ。
無論、右の三人も全て、一糸纏わぬ全裸である。
「お、おう」
東吾は後ずさりした。
無数の男達は皆、とびっきりの笑顔を満面に浮かべている。筋肉と汗の満開の華が咲いたか如く圧倒的な光景だ。
男達が、啼いた。
『YEEEEEEEEE!!!』
バキイィーン!!
……しかしながら勿論、ここはボディビル会場ではない。
ただの荒野だ。肉体の結晶を披露する晴れの舞台ではない。筋肉を照らすスポット・ライトは残念ながらない。もし、この男達がビルダーならば全裸はレギュレーション違反であり、いやそもそもなぜこんな光景を東吾が見せられなければならないのか、気づいたら彼はここにいた。
すると、少し離れた場所から号令が響く。
「召喚魔導隊! 突撃発起! 攻撃、開始ぃーー!」
馬上にて騎士鎧の、カイゼル髭の将軍がサーベルを振り下ろす。
命令は各級指揮官へとただちに伝達し、復唱が行われる。喚声が上がった。
攻撃開始! 攻撃開始!
発せられた命令に従って、男達が、遠くに見える高台の砦へ前進をはじめた。
男達の他にも、岩や銅のゴーレム達が後に続く。逆巻く大気を纏わせた風の精霊もいた。
彼らは徐々に進軍速度を上げてゆき、獲物を前にした野獣が如く、突撃に入った。
『『『YEAHHHHHHHHHHHHHHHH!!!』』』
漢の雄叫び――。
攻めかかる砦から大きな炎の玉、無数の矢の雨が容赦なく浴びせかかる。男達をずたずたに裂いて、血煙と砂煙が舞い上がる。
鋼のゴーレムが巨大なバリスタの矢に射抜かれ、瞬時に屑鉄になる。
しかし、彼らは退こうとしなかった。戦場を駆けぬけ、矢で射られようが火で焼かれようが全く気にせず、突撃する。
城門に取り付き、槍で刺されようが焼けた油を頭から注がれようが、男達からは悲鳴一つ上がらなかった。
そこは、戦場であった。
男達が去った後も、東吾はぽつんと荒野に立ち尽くしていた。
「……」
――東吾は困惑していた。
東吾はさっきまで、自分の部屋でごろごろしていた。
スマホをいじりながらだらだらしていたら、知らないうちに眠っていたらしい。で、なんだか急に周りが騒がしくなって。起きてみた。
それでこの有様だった。
いつの間にか屋外の、戦場っぽい場所にいた。騎士の号令が聞こえて、大勢の男達がゴーレムらしき機械と駆けていった。
逞しい筋肉に覆われた裸体を、野外に余すことなく晒しながら。とても爽やかな笑顔で楽しげに。
わけが分からない……。
なんだ? 何が起きた。あれはなんだ? いや、ここはどこだ?
一体……。
「あ、あの。突撃して。どうしたの?」
「え?」
不意に後ろから、声をかけられた。
東吾が振り向くと、一人の少女が立っていた。
東吾と同じくらいの歳の頃だろうか。赤い羽飾りのついた黒の丸帽子を被り、女子学生のブレザーにも似た服を着て、背中には濃紺のマントをつけている。
綺麗に切り揃えられた、さらさらの黒髪のショートボブが、彼女の目元を隠していた。
手には先端に青水晶のついた樫の杖を持っている。少女は両手を胸元に寄せ、髪の間から、じっと東吾を上目づかいに見つめていた。
二人の目が合う。
「え?」
「えっ」
誰だろう。この子?
東吾が首を傾げる。少女は言った。
「ご、ごーれむ、だよね……? 突撃して。しなきゃ」
「ゴーレム? 俺のこと? 突撃ってどこに。いやそれより君は」
「??? に、肉のゴーレムが喋ってる……!?」
肉のゴーレム? 喋ってるって?
そりゃ、喋るだろう。動物でもない限りは。
「なんで……? 服は、着てないし。だから私のゴーレムだよ、ね?」
「何を言ってるんだ? 俺はゴーレムなんかじゃ。服?」
東吾は自分の体を見た。
「……っ! はああっ!?」
そこでようやく、東吾は自分が今、何も着ていないことに気がついた。
全裸である。
素っ裸である。
葉っぱ一つ、持っていない。
「なんだこりゃ!?」
東吾はあわてて股間を隠した。気がつけば、完全に無装備の状態であった。
「服服服!? やばい!」
東吾はテンパりつつ、あたりを見た。何か隠すものはないか。
周囲は泥でぬかるんだ地面と荒野が広がり、少女の後ろには、中世ヨーロッパじみた鎧兜姿の人々や、少女と同じ服装と杖を持った女の子達、すっぽりとフードを被った怪しげな魔術師ふうの者など、大勢いた。
どうした。なんだ。何か起きたのか? と声が聞こえ、こっちを遠巻きに見つめてくる。
そして目の前の少女。
少女は可愛らしく、美しかった。あどけない顔に困惑の様子が見えた。
離れたところでは煙がいくつか昇っている。丘の上には砦が見えていた。そこでは喚声が響き、爆炎と矢と全裸と筋肉が飛び交い、まさに戦争の真っ最中だ。
とにかく近くには、東吾の体を隠せるようなものは何もなかった。
東吾は動揺して目を回した。今の姿は、まずい。少女と衆人環視の中、布切れ一枚身につけていない。
絶望的な全裸状態である。
「何だ! どこだここ! どうして俺は裸なんだ!? あっ、ち違う。これは違うんだ、あわわわ……!」
「……」
少女はぽかんとしていた。東吾の顔と手で隠した股間に、何度か視線を移し。
やがて……、やっと東吾の状況に気づいたかのように、さあーっと顔が青ざめ、体が震え出した。
かと思えば、みるみるうちに頬が真っ赤に赤らんでいき――。
「き、きゃああああーーーーっ!?!?」
悲鳴を上げた。
「へ、へんたーーいっ!! 助けてぇっ!?」
「ち、違う変態じゃない待ってくれーー!?」
東吾は股間を隠しつつ誤解を解こうとしたが、誤解も何も全裸は事実だ。どう考えても言い訳など不可能なこの状況。
『詰み』である!!
と、その時。周囲を取り巻く人々の中から、一人が素早く飛び出した。
その人物は飛び上がり、空中で一回転すると、東吾の顔面に飛び蹴りを放った。
「はっ!」
「ぐわ!?」
メシャアッ。
東吾はたまらず、どうと地面に倒れた。さらにその足が、容赦なく東吾を踏みつけた。
「ぐえっ。いてて」
東吾が顔を押さえて見上げると、腰まで届く長い黒髪の少女だった。目隠れ少女と同じ服装だ。
「……捕まえた!」
少女が叫ぶと、槍を持って鎧を着こんだ屈強な男達が数人、急いでこちらにすっ飛んでくる。
他に数人の女の子達が出てきて、動揺して泣いている目隠れ少女を保護した。兵士達はすぐさま少女達を守るように囲んだ。
一番歳嵩で白い髭の隊長らしき兵が、言った。
「どうしましたっ、リィーン・ルティリア三等魔導士どの! ……むぅっ!? こ、こやつは……?」
「ひっく、ひっく。わたしのゴーレムの中に。この男の子が裸で……!」
「しかし。これは魔導士どのの召喚した、肉のゴーレムではありませぬか?」
「しゃ、喋ったの。これ、わたしのゴーレムじゃありません! 助けて」
「なんですと!? 皆の者、槍構え! 曲者だーっ!!」
兵隊達が一斉に槍を構えた。殺気だった兵士達からギラリと光る穂先が、東吾の鼻先に突きつけられた。
「うわ! わ、わ、わ……ま、待ってくれ。どういうことだ!?」
「貴様が、どういうことだ!! 目的と所属を言え。そして何故に全裸か今すぐ答えろ!」
「し、知らないよ。俺は何も。気づいたら裸で……」
「ふざけるな!! なぜ我々の作戦行動中に肉のゴーレムに混じって、ストリップ行為に興じているのだ、この変態め! 護衛槍隊では見ない顔だ。白刃隊の若手か?」
「ち、違う。俺は変態じゃない! 断じて変態のたぐいではない! ……はくじんたい? なんだそれ?」
「なんだと!? では……あの砦の『吸血鬼』どものスパイか! おお、おのれぇっ!! 忍び込むでは飽き足らず痴漢行為に走るとは! 変態の中の変態め! 首を獲ってくれる!」
「だから変態じゃねえって!! く、首っ!?」
「ええい者ども構わん! 掛かれぇっ!」
「うわああーーっ!」
絶体絶命のピンチである。
哀れ、何も分からない全裸の東吾に向かって、兵士達の槍が伸びていく――。
ところで。
「――何の騒ぎですか?」
騒動に待ったをかけるように、一人の男が進み出てきた。
黒髪でぼさぼさの長髪の、柔和な顔立ちの男だ。
袖の破れた黒いシャツ、煤けた黒ズボンに漆黒のマントと黒尽くめで、魔導士のような短めの杖を持っており、体のあちこちには、複雑な装飾のついた奇妙なアクセサリーをつけていた。
男が近付いてくると、怯えていた少女が男に抱きついた。
「せ、せんせぇっ」
「リィーン。おやおや、どうしたのです? 貴方はまったく泣き虫ですね」
男はぽんぽん、とリィーンと呼ばれた少女の肩を叩いた。
衛兵隊長と、東吾を蹴り飛ばした黒髪の少女が言った。
「これはデーイィン・ティグラス三等魔導官どの。ルティリア魔導士のゴーレム隊の中に、不審者を発見したのです」
「先生。変態見つけました!」
「不審者? 変態? ふむ、それは?」
男は、兵士達に取り囲まれている東吾を見下ろすと、怪訝な顔で言った。
「なんですか、このゴーレムは? 少々異形のようですが。若い少年のようです。リィーン?」
「ひっく。ぐすっ」
「……リィーンは泣いてて話できない。こいつ、喋った」
黒髪長髪の少女の言葉に、男はきょとんと首を傾げて言う。
「ルルゥ。喋る? 『エーテル生命体』が? ははは、まさかそんなはずないでしょう」
「でも、喋った」
「……ふぅむ? リィーン、それは本当ですか?」
男が聞くと、リィーンという少女がぼっと頬を赤らめた。ぷるぷる震え、顔を覆って頷いた。
「ほ、本当です。しかも、は、裸で……!」
「裸? それはそうでしょう。肉のゴーレムに服を着せて召喚するには、召喚呪文以外に、物質練成呪文を同時に行なわなければいけません。並列呪文はそれなりに難易度がありますが、以前、貴方にはきちんと講義したはずですよ? しかし今、白兵戦闘用に使うならば、その必要は特に見受けられないように私には思われますが」
「ち、ちがいます! 喋ったんです。あのひと、わたしに向かって話して」
「ですから、エーテル生命がまともに言語を用いるはずがないでしょう。そして肉のゴーレムが召喚された直後に何も身につけていないというのも、至極当然のことであり……」
「当然じゃないですぅ! 彼はわたしのゴーレムじゃなくて、しかも裸でわたしに話しかけてきて、あうう……!」
とぼけた様子で話す男に、少女は必死に訴えかけていた。東吾はその様子を、じっと見つめていた。
東吾は、混乱の中にあった。
何もかも分からないし、こいつらは一体誰なのか。ここはどこなのか。なんで裸にされてるのか。
そしてもう一つ、新しい疑問――。
「分かりましたリィーン。とにかくゴーレム乃至彼の人物が全裸であり喋った、ということですか。では喋るどうかもう一度確かめてみましょう。そこの……少年? ゴーレム? くん。ちょっと私と話を……あっ?」
とにかく長髪の男が、地面に転んでいる東吾に振り返った。
兵士達に取り囲まれて陰になっていた東吾の、現在の姿に気がついた。
東吾の胸に、兵士が持つ槍の穂先が、突き立っていた。
「……」
男が止めに入るまで、二秒ほど遅かった。
すでに東吾の胸には槍が、さっくりと刺さってしまっていた。
男の声が間に合わず、東吾を仕留めてしまった兵の一人が、所在無げにちょっと困った顔をしていた。
「……」
東吾は自分の胸のあたりに視線をやった。
綺麗に心臓を一突きにされている。100%完全に致命傷だ。
しかし――。
「なんだこれ。……痛くないぞ?」
ぽつり、と東吾はつぶやいた。
痛くない。
心臓を貫かれているのに。どう見ても間違いないのに。
まったく痛みを感じない。
どころか血すら出ない。ただ、突き刺された場所に変な異物感があるだけだ。
「「「え……!?」」」
そんな東吾の様子に、少女達と周囲の兵士達がどよめいた。
「……これは? とにかく喋りましたが。ふーむ『精霊よ。彼の者の真理と秘密を解き明かせ』」
長髪の男の手が、紫色に輝いた。不思議な光が東吾を包む。
「……うん、ゴーレムですね。間違いなく。『探知』の魔法の結果は人間ではない、エーテル体という答えを示しています。それに刺されても血が出ていませんし」
ぽかんとしている一同の中で、男は一人頷く。
「うむむむ。これは珍しい。エーテル生命が言語を使って話している? なんとも面白い事象です、研究意欲をそそられますね」
「は? エーテル……って? 人間じゃない? 俺が?」
「やあやあ、どうもこんにちは。私はデーイィン・ティグラスと申します。貴方、名前はありますか?」
東吾が見上げると、男ことデーイィンは腰を落とし、ニコリと笑って話しかけてきた。
「え、あ? お、俺は藤城東吾です。ども」
「フジシロ? 珍しい名ですね。ですがなるほど、単純な肯定や否定以外の受け答えもきちんとできている。名前や挨拶という概念も理解しているようですね」
デーイィンは素っ裸のままの東吾を興味深そうに観察しはじめる。
その目には、子供のような好奇心が宿っていた。
「……? それより、ここはどこなんだ? なんで俺刺さってんのに痛くないの? とにかく服が欲しいんだけど」
「疑問の発露に、恥まで理解しているらしい。これは素晴らしい。まるで人間のよう……と、そうですねフジシロ・トーゴ。服を所望ですか。少々お待ちを」
デーイィンが泥の水溜まりに手をかざした。
謎の呪文の言葉が紡がれると、地面の泥水が持ち上がり、形を成していく。それは一枚のマントになり、ぽんと東吾に手渡された。
「それを着なさい。そして私の質問にいくつか答えていただけると、嬉しいのですが」
「あ、ああ……」
「しかし君は、私も初めて見るタイプのエーテル生命ですね。実に面白い」
東吾は身を起こし、マントを羽織った。泥の水があっという間にマントになった。
魔法。と呼ぶしかない、怪現象である。
すると衛兵の隊長が言った。
「魔道官どの。その妙な肉のゴーレムはともかく、現在は作戦行動中ですが……?」
「む。そういえばそうでしたね。砦攻めはどうなりましたかね? ……と、決着がつきましたか」
デーイィンが顔を上げると、戦いが続いていた砦には、紅地に白のマークが描かれた旗が何本も翻っていた。
城壁の上では筋肉だるまの全裸の男達が、口々に勝利の雄叫びを上げ、横に並んだそれぞれのマッスルポージングで筋肉を見せびらかしていた。
『『『――YAAAAAAAHAAAAAAA!!!――』』』
「ゴーレム隊が、城門を突破したようですね。白刃隊の出番は、やはりなさそうです」
「おお! さすがは召喚生物部隊。吸血鬼どもなど物ともしませんな」
「大変結構。死人が出ないことはいいことです……。さて、それではこちらのゴーレム少年の観察を続けましょう」
戦場の方にはもう興味はないとばかりに視線を外し、デーイィンは再び東吾に向き直った。
「まず貴方は何者でしょうか? 肉のゴーレムなのか、それとも別の存在であるのか。私の見立てでは、未発見のエーテル生命と推測しますが」
「……エーテル? だから、なんだそれ……?」
「おや、エーテルをご存知ない? なるほど、確かにそれは我々が一方的に呼称しているものであり、貴方がたには一切関わりのないことですね。どうやら我々の意思の疎通には、まず単語の意味について相互のすり合わせが多少必要であると思えます」
東吾は、ぽりぽりと自分の頬を掻いた。まったくわからん。
「なんなんだ? 悪いけど、俺にはなんのことだかさっぱり。何もかも分からない。って、……!?」
その時。東吾は、頬を掻いた自分の指の感覚に異常を感じた。
ごり、という音がして。
東吾の頬の一部分が――突然、『こそげ落ちた』のだ。
「むっ? どうしました少年、これは……!?」
「うわ、うわ。わわわ!」
頬だけでなく、掻いていた指もぽとりと地面に落ちる。
それだけではない。手が、足が、東吾の体の全てが、乾いた土くれのように急速に崩れ去っていく。
「なななんだ!? 崩れてく! お、俺の体が!」
「これは。……『召喚期限』? しまった!」
デーイィンが、砦の城壁の上にいた筋肉軍団を見た。
筋肉の集団はいつの間にか叫ぶのやめていて、誰もが満足げな笑顔を浮かべて砂のように崩れていこうとしていた。
デーイィンは振り返り、後ろの少女リィーンに問いかけた。
「リィーン! 貴方、肉のゴーレムの召喚期限を何時に『設定』しましたか!?」
「え、き、期限ですか? 言われた通り、砦を落とすか、日が暮れるまでって設定しましたけど……」
「それです! このままでは彼がエーテルの世界に戻ってしまう! 再設定してください、せめて日没までに……!」
「な、なんでですか先生!? そ、それにわたし、召喚期限の再設定の方法なんて教えてもらって……」
「ああしまった! そのカリキュラムは半年後だった! なんということだ、せっかくの研究素材が! こんなに珍しい生き物なのに、調べられないなんて……!?」
「ああああ゛! し、死ぬ、俺死ぬの? なんで!?」
東吾はどんどん崩れていく。両腕は根元から崩れ落ち、両足は土くれに還り、胴体も頭も溶けるように消え去っていく。
「だ、誰か助けてくれ! あわわ……!?」
「この場では彼の肉体を維持できない。残念です。これは悔しい」
名残惜しそうな顔をして、デーイィンは崩れゆく東吾を見ていた。
「はあ、大丈夫ですよゴーレムくん。召喚期限が切れただけですから、あなたは元いたエーテルの源泉へと還るだけです。ううむ、しかしなんとももったいない」
「何言ってんの先生。ほんと、いつも頭おかしいよね……」
黒髪の長髪の少女がぼやいた。リィーンという少女が、不安そうな顔で東吾を見つめていた。
「あ゛、あ゛、あ。あ゛。……」
東吾の意識が、途切れた。
「――……う。え?」
まぶたの裏に届く光を感じて、東吾は目を覚ました。
うっすらと目を開く。見慣れた天井があった。
「えっ?」
そこは自分の部屋だ。いつも通りの、ごく普段通りの東吾の部屋である。
「い、今のは。夢?」
つい先ほど体感したリアルな記憶とのギャップに、東吾はぽかんとしてしまった。
どうやら寝てしまっていたらしい。東吾はそのままベッドの上に、脱力した。
「び、びびった。夢か……。筋肉男の群れが出てくるわ、槍で刺されるわ体が崩れるわ。ったく」
ひどい悪夢だった。異様なくらい現実感もあった。思い出しても夢じゃなかったような気さえしてくる。
時計を見ると、すでに7時を回っていた。夏とはいえ窓の外もすでに赤く染まり、蝉の声はだいぶ大人しくなっている。
「……もうこんな時間か。腹、減った。あっさりしたものを食べたい。なんだか脂っこいのはいやだ。筋肉を思い出すから」
東吾は再び身を起こす。かぶっていた毛布をめくって、起き出そうとした。
すると毛布に混じって。
――妙な布切れがあるのに、気がついた。
「ん? なんだこれ」
手に取ってみる。それは意外に長い布地であり、持ち上げるとめくれて広がった。
東吾がそれを広げたと同時に、階下にいるはずの母親の声が聞こえてきた。
『東吾ー! いつまで寝てるのー! ご飯だから下りてきなさーい! 今日は焼肉よー!』
「……。まじ?」
二つの意味で、東吾はつぶやいた。
布切れは、マントの形をしていた。
設定メモ:『肉のゴーレム』
以下は、この作品に登場する物の設定です。
設定の箇条書きなぞつまらん! という方は読み飛ばし推奨。
なお設定は設定なので、都合により変更される可能性はあります。あしからず。
・肉のゴーレムとは、『エーテルの海』という異界・一種の力場から喚び出された、召喚生命体です。生命の定義は色々と難しいですが、とにかく生命です。
形態は個体差もありますが、基本的には人間を模した、約2mも身長のある大男、超兄貴(ブーメランパンツ無装備)です。
用途に応じて形態を変更させることもできますが、それには魔導士の熟練が必要とされます。
痛覚が存在せず、またそれを感じ取る機能が省かれているため、その腕力を生かした使い捨ての攻撃要員として戦場で利用されることがあります。