チャットルーム
グァテマラ:よーするにこのままじゃやばいかも知れないから転校したほうがいいんだけど今の学校に未練があるってことでおけ?
タク:そんな感じ。
グァテマラ:大人としての意見を言わせて貰うなら転校したほうがいい
えもん:僕もグァテマラさんと同意見。僕の周りの空気もピリピリしてる。
Kyo:俺んとこにもきた。
ユーリ:私のとこも
グァテマラ:Kyoもユーリも学生だったけ。2人は決めたの?
タク:俺も気になる。
Kyo:俺は転校するつもり。こっちに戻ってきてから周りの連中とのズレが辛い。
空猫:おっ!Kyo君もあたしたちの仲間入り?寮生活も悪くないよ(≧∇≦)b
ユーリ:わたしはまだわかんない
タク:いきなり言われても困るよな。
ユーリ:そうだね
グァテマラ:そんだけやばい状態って事だろ?実際に仕事でかけるときにご近所さんの視線が痛い
えもん:わかる。すごく生活し辛い。
グァテマラ:いっそ引っ越してしまいたい。でも、俺の帰りを待っててくれた仕事仲間のことを思うとそれも…
えもん:普通は首切られれてもおかしくないのに………。僕みたいに。
グァテマラ:まあ、今はタクのことだよな
空猫:露骨な話題変換・・・・・・・( ̄  ̄) しらぁ~
グァテマラ:空猫よ、何を言っている。本題に戻っただけだ
タク:そういうことにしておきますよ。で、やっぱし転学ですか…
えもん:うん、そうだね。多分、世間から見たら僕やグァテマラさんみたいな大人のプレイヤーの方が風当たりは強いと思う。ただ、学校って場所だと危険。
空猫:どゆこと?
Kyo:感情的に動きやすいってこと。
ユーリ:???
Kyo:大人に比べて衝動的に俺らに強く当たってくる可能性が高いって事。あと、組織立って当たってくる。
空猫:うわぁ( ̄Д ̄;;
ユーリ:それはちょっと辛いです
タク:俺んとこもそうなるかな?
Kyo:なるなる。つーか、タクみたいな例の方が少数派。
タク:さっき掲示板のぞいたけどやっぱそうか。
Kyo:助けてくれる友達マジ感謝。
グァテマラ:掲示板といえばこの話題出てねぇよな?ふつーは出てこねぇか
えもん:多分、まだ伝えられてないんじゃない?拠点のことだって昨日のことなんでしょ。優先的に魔王討伐組みに知らせたんだと思う。こういう状態になったら僕らへ影響は他のプレイヤーより遥かに多いし。
タク:かも。
グァテマラ:俺もそう思う。わざわざ会社にまで訪ねてきたし
タク:いっそ拠点に引きこもっていればこんな悩み無かったのに。
ユーリ:そんなこと言わないで下さい
えもん:魔王戦はギリギリだったんだから。1人でも少なかったら全滅してたかもしれない。
Kyo:タクが引きこもってたら、今の生活もなかったかも知れないんしな。
タク:うん、ごめん。ちょっと弱気になってる。
空猫:比較的安全地帯にいるあたしが言うのもなんですけど頑張ってd(@^∇゜)/
えもん:話を戻すけど、逆に周りの反応がそこまで酷くないから、実際に大丈夫なんじゃあとか考えちゃう訳だよね?
Kyo:あーなっほど。俺なんかすぐにその状況が想像できたもん。
タク:そう…かな?
えもん:多分そう。実際にタク君より周りの状況が酷いKyo君が納得してるし。
グァテマラ:今の生活が気に入ってるのもあって、余計に想像しにくいんだろうな
ユーリ:生活が変わるのが怖いってのもありますよね
タク:確かに。今の生活が気に入ってるし、それを壊してまで保身にはしる必要があるのかって思いはあるような…。
空猫:こっち来るなら歓迎するよ~うふ♪(* ̄ー ̄)v
タク:いや、行くなんて一言も。
空猫:Kyo君も来るんだしタっくんもおいでよ~♪あ、もちろんユーリちゃんも“ヘ(゜▽゜*)オイデオイデ
ユーリ:わたしもですか?
えもん:そうだね。出来れば、転校した方がいい。
ユーリ:考えときます
グァテマラ:タクも転校した方がいいんだが、すっきりしないならもう2、3日通ってみればいい
Kyo:いや、まずい事になる。
グァテマラ:下手に心残りを残すよりはしっかりと現実を味わってからでもまだ大丈夫だろ。………多分だけど
えもん:確かに、タク君のところは比較的だけど話を聞く限りでは大人しい反応だと思う。でも、楽観視は危険だと。
タク:俺としてはやっぱし、今の生活が気に入ってるしこのまま転学しても絶対にすっきりしないし、感情的に納得できない。
Kyo:碌な事にはならない、とすでに碌な事になってない俺が忠告しとく。
タク:ありがとう、Kyo。でも、やっぱし残ってたい気持ちが強い。
えもん:わかったよ。でも、やっぱり心配だから明日もチャットに来て報告して。
タク:それはもちろん。今日は相談に乗ってくれてありがと。
俺はチャットルームから出ると同時にネットの中での名前であるKyoから現実世界の住人である折戸恭子へと戻る。
ネットの世界でのわたしは俺であり、現実世界での女ではなく男であった。
チャットルームからみんなが居なくなった後も1人で誰も居なくなってしまっているチャットルームの画面を見続ける。こんな癖がついたのいつからだろうと思い返せばすぐに最初からだったと思い出す。
最初にネットで男の振りをしていたのはほんの出来心からだったのに気付けばどこに書き込みをするにも、男の振りをするようになっていた。別に、男に生まれたかったということじゃなく、少し女じゃない扱いに新鮮さを覚えたのかも知れない。
自慢じゃないが、わたしは容姿に恵まれている自覚がある。周りの男の子のわたしを見る視線で嫌でも気付かされる。
だけど、男の子のわたしに対する対応が友達に対するものじゃなくて、気になる異性の興味を引きたいっていう感じのものばかりには辟易としていた。
だから、少しだけ女の子扱いされたくない気持ちが生まれてきて、それでも現実ではそんなことされるはずがない。でもネットの上でなら性別はわからない。
そんな思いがそんな出来心を生んで男の振りをして書き込むきっかけになったのだろう。最初の頃の書き込みんか結構酷いものがある。
例えばとりあえず語尾に『ぜ』をつけとけば男の子っぽいとか思ってどの書き込みも無理やりと『ぜ』で終わるように文章を考えていたりした。
明らかに不自然でそんな昔の書き込みをふと思い返して除いてみたりして、それが残っていると恥ずかしくて堪らない思いをする。
そんな生活を続けていくうちに自然と男らしい文章、表現の仕方、反応なんかを覚えていくのは学校の授業よりもよっぽどと面白かったし、自分が成長したみたいで嬉しかった。
男の子の振りを続けていて次に興味を持ったのはVRMMOだったのは自然の流れだったのかもしれない。五感体験型の大規模オンラインゲームの中ではわたしは男の子で姿の中でゲームを始めた。
それは今までの生活とは全く違った生活ではあったが、わたしにとっては新鮮であり、現実では味わえないことであり、何よりも楽しいことだった。
わたしがVRMMOにはまるのには時間がかからなかったし、ネット上のわたしではない俺ともいえる存在である『Kyo』はその時に生まれた。
けれども、わたしにとってVRMMOで男の振りをしてプレイするのも趣味であり、息抜きであったその一線を越えることはなかった。
そう、『レジスタンス・オンライン』の事件が起きるまでは。
1年にも及ぶVR世界での生活をわたしではなく、俺で過ごしたわたしは現実に戻ってきても俺が抜けきらなくなっていた。それまでは仮想世界からのログアウトは俺から私へのシフトチェンジであったし、スムーズに行われていたが、1年も俺であり続けたわたしはログアウトをしても昔のわたしではなかった。
一言で言うと不快感。1年間男であったわたしは1年の間同時に異性の女の子扱いされていなかったことで、久しぶりにさらされたその視線にわたしは途方も無い不快感を感じた。
知らない相手ならばともかくなまじ知っているだけに、『心配したんだよ』とか下心丸見えで言ってくるのが余計に不快感を増させた。
だからだろうか、苦労して元の学校に復学したあとも馴染みきれない感覚にとらわれ続けているのは。
そんな環境で暮らしていくのは非常に精神が疲れることだが、それでもわたしにとっての現実だということは理解しているし、生きていく上ではきっとついて回る問題と元に戻ったとはいえない生活を続けていた。
それが変わったのはアゲインの事件が起きてから救出隊の噂が立った時からだった。
わたしにもう1度行けとばかりに強く当たってくる女子が出始めたのはわたしが気に入らないということからだということは十分に承知している。
容姿せいもあり、現実世界へと復帰したわたしは学校では一種のお姫様扱い的なものを受けていた。男の子たちからすればわたしは『レジスタンス・オンライン』という物語の舞台にあがったヒロインなのでだろう。
そんな扱いはわたしにとってちっとも嬉しくなかったし、同じ学校に通っている女の子から見たら面白いものなどではない。
自然、救出隊の噂が出てからわたしを排除しようと女子は連合をくみ出した。
そんな状況の中で友達が守ってくれているのは本当のことだが、彼らがわたしに望んでいるのは友達という関係性でないことぐらいわたしにもわかる。
だからこそ今までは耐えようと思っていた生活が無理かも知れないと思っていた矢先に飛び込んできたのがアゲインにおける事件であり、わたしの転学の話だった。
わたしがその話を2つ返事でオーケーしたのは当然のことだった。
現実世界に返ってからも相変わらずネット世界でのわたしは俺であり、現実世界でのストレスも相成り、最早俺であることの方が自然だとすら思う日もある。
それでもわたしは女であることはしっかりと分かっている。だからこそ、わたしにとって親友と言ってもいいレジスタンスの中で共に戦った戦友たちに偽りのわたしで居続けるのに後ろめたさを覚える日が増えてきていた。
だが、それを明かしてしまえば今の関係ではいられないだろう。彼らとは実際に会ってみたい気持ちはあるが、それは同時にわたしを見せてしまうことなる。
今のわたしにとってチャットルームは大事な場所であり、それを壊すようなことは決してしたくない。
転学先の学校でも空猫に会っても名乗れず、タクやユーリが転学してきたとしても気付かれないだろうし、わたしから教えることもないだろう。
実際に交流を深めたい気持ちは強いが、それもチャットルームが壊れてしまう可能性があるのならば現実において彼らの前にわたしが俺として現れることは絶対に無い。
それでも現実でタクがユーリが空猫が誰か分かってしまったら近づかずにはいられないだろう。それはわたしの心をより苦しめる。
親しき者と親しいのはネットの世界だけであるという現実を突きつけられて。
だから、わたしは会いたいけれども知りたくない。そんな相反した気持ちが転学に対する期待と不安を煽り続ける。
転学はわたしという人間にどういう影響を与え、どう変えていくのか、と。