表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
DEATH GAMEをもう1度  作者: いのいち
改訂予定。
7/11

守りたい日常

「落ち着いたかね、佐久間さくま君」


 錯乱ともとれる叫びを続けた拓海たくみは疲れてソファーへと寄りかかっており、その前に空になった湯飲みが置いてあった。

 叫び終わった後に拓海は一気に温くなったお茶を飲み、それに急須の中で温くなったお茶を校長が注ぐという行為を数回終えてから拓海は要約と落ち着きを取り戻したようだった。


「………すいません」

「いや、こっちこそもう少しオブラートに包んで言うべきだった」


 中川なかがわはぐったりとした様子の拓海を心配そうな顔しながら答える。


「………だが、今さっき言ったことは現実になる可能性が高い。それだけは覚えておいて欲しい」

「………っはい」


 疲れもあるだろうが、いい加減に理解もし始めたのか拓海も今度は大人しい。


「話を続けさせてもらうが佐久間君、大丈夫か?」

「はい、大丈夫です」


 城井しろいも拓海の様子を気にしつつも話に戻ろうとする。


「では、続けさせてもらう。さっき、中川君が言ったような事態は我々のほうでも危惧していてね。これからの生活を考えれば転学を強く勧める」

「多分、佐久間君も覚えがあるだろう。周りの人たちから妙に注目を集めている」


 確かに今までも注目を受けていることは拓海にも分かっていた。そして今日、正面から正樹に言われそうになったから機先を制して最後まで言わせなかった。

 拓海自身が行く気がないという意思をしっかりと示したし、周りの人たちもこれで軽々しくその話題は振ってこないだろう、と考えていたのだ。

 だが、中川と城井の話を聞く限りでは間違いなく行かないという意思表示しただけでは諦めないような人たちがいる、ということだ。

 実際に峰ヶ藤第三高校からは被害者は出ているが、死亡者はでていない。それは、恵まれていることであり、そういった環境が拓海に対する風当たりを抑えているというのは事実なのだろう。


「佐久間君。君がレジスタンスの世界で攻略に関わっていたことを誰かに話したかい?」


 中川の問いかけにふるふると力なく、拓海は首を横に振る。

 拓海にとってあの生活は精神を削り続ける生活であり、思い出したくも無いことだった。だからこそ、拓海にとって攻略という最前線にいた事など忌まわしい記憶でしかなかった。

 話すということは思い出すということでもある。武勇伝として話せる程に拓海の中であの生活は過去になっていない。


「よかった。もし、話していたら大変なことになっていたかも知れない」

「………大変な事?」

「ああ、実は周りに自慢していて、それが原因で連日、家の前まで被害者の家族が『助けて下さい、助けて下さい』って押しかけるっていうことも起こっているんだ」


 中川の話す内容に拓海は背中をぶるりと震わせる。内心ではホラー映画よりも怖いと思う。


「まあ、とにかく。話さないほうがいいのは確かなことだね」


 拓海は疲れているにも関わらず、ぶんぶんと何度も大きく首を縦に振る。それだけ、そんな状態になってしまうのは望んでいない。


「さて、それじゃようやくと最初の話に戻れるね。以上の理由から転学を………」


 ここから城井さんによる親切かつ分かりやすい転学についての説明とそれに関わる色々な調整、そして転学先の学校についてのあれこれの長い説明が始まったのだが、疲れきった拓海の頭には入らず『資料を渡しておくから親御さんともよく相談して決めて下さい』の一言で締められた。

 その後は校長の『今日は疲れただろうからもう帰りなさい』との言を頂き、拓海は結局、授業はおろかクラスに入ることすらなく、今日という日の学校生活を終えたのだった。






「ただいま…」


 疲れきった挨拶とともに拓海は我が家へと入る。


「あら、今日は早かったのね」


 そんな拓海を母親の夕実が向かえる。最近は終日、授業を受けている拓海だが復学当初は途中で切り上げて戻ってくることは多かった。

 これは拓海だけではなく他の生還者たちにもいえることで、本人たちがまだ大丈夫だと言っていても強制的に帰される事もあった。

 それだけ生活の変化の幅は大きく精神への負担を強いているのと、全盛期に比べて衰えた体力を気遣ってのことでもある。

 従って、息子がこのような昼前に帰ってきたとしても責めたりすることなど有り得ず、温和な笑みさえ浮かべる。

 そんな母親に対して少し気難しそうな顔をした後に拓海は学校であったことを告げる。


「…転学を勧められた」

「やっぱり、普通の高校は少し辛かった?」


 夕実は拓海の体力の衰えと1年余りの精神に余裕がなかった生活での変化で、拓海が元通りの学校生活を送れるかを心配していた。

 だからこそ、拓海の言う意味との微妙な齟齬がある。


「ちょっと、違うんだけどね。父さんが帰ってきてから詳しく話すよ」


 今ここで話しても宗平が帰ってきてからまた話すことになるのは確かで拓海にとってはあまり話したくない内容なのもあって、夕実に詳しい事を話さないままに拓海は自室へと引っ込んだ。






 自室へと入るとまずパソコンの電源を入れることから拓海は始める。

 聞きなれた機動音は昔に比べて大きくなっているのが不安を誘い、買い換えようかなと考えることも多いが、愛着がついてるのか踏ん切りがつかないでいた。決して、拓海が望むパソコンスペックのせいで値が張り踏ん切りがつかないわけではない。

 拓海は起動し終わったパソコンからすぐにインターネットを伝いあるサイトへと入ることから始める。

 そのサイトは政府が用意した『レジスタンス・オンライン』の被害者たち用に作られたものであった。

 特殊な環境で生活せざるを得なかった被害者たちはそれぞれに現実に対する現在の悩みも似通ったものも多く、その中には同じ被害者で無いと理解しあえないものも多い。

 そういった意味で被害者たちの情報交換の場として、このサイトは十分に機能しているといえた。

 このサイトに入る為にはパスワードが必要であり、それを知っているのは被害者を除くと限られたものしかいない。

 被害者に対する偏見などの世間の目もあり、被害者の愚痴のぶつけ合いなど憩いの場にもなっている。

 中には、全てを忘れたいと全く顔を見せない元プレイヤーもいるが、それでも生還者の実に8割近くが日常的にこのサイトへと訪れていた。

 しかし、拓海はそういったスレには滅多に顔を出さない。ROM専という訳でもない。

 拓海が使うのはもっぱらチャットルームである。レジスタンスで出会って、仲良くなり、一緒に死線をくぐってきた仲間との会話の場としての意味のほうが拓海には大きい。


「ぅわ………」


 それでも、今日はチャットルームへと駆けつくことをせずに板の1つへと入る。そこにパッと表示されているスレのほとんどのタイトルは周りの人との軋轢のことばかりだった。

 1つ、2つ、3つとスレを開いていく中でため息混じりに声が漏れた。


「俺んとこってほんとにまだマシなほうだったんだな」


 眉に皺が寄せられており、今までの環境が恵まれていたということを拓海は自覚せざるを得なかった。

 周りの人から受ける過剰なプレッシャーは多かれ少なかれの違いこそあれど実際に様々な実体験がつづられている。それは、拓海にとっても明日の我が身となりそうな話もある。


「気がめいるな」


 拓海は今の高校を気に入っている。特に偏差値が高いとか、部活に力を入れているとかそういったことではなく、非日常に身を置いた拓海に取っては何かに力を入れずにのびのびとやれるという点が気に入っていた。

 トッププレイヤーでいた拓海はレジスタンス内でも他のプレイヤーたちからもクリアを期待されるような生活を送っていたので、尚更だ。

 仮想世界での長い幽閉期間と留年でもって学校内での関係は前とは全く違ったものとなってしまったが、それでも正樹まさきを始め拓海を気にかけてくれる友人というのは多い。

 それが原因で疎遠となってしまった人もいることが、それがきっかけとなり前と変わらない扱いをしてくれる友人というものの大切さを拓海に伝えてきた。

 おそらくだが、昔と今の両方で仲良くしている学友たちは高校を卒業した後も連絡を取り合い続けるだろうと拓海は思っていた。

 だからこそ、余計に転学という選択肢がここで降って湧いてきたのが拓海には辛い。

 急に言われても納得するのが感情的には無理だった。理屈だけならば納得できないこともない。

 更に言うならば日が悪かった。ちょうど、正樹と校門前で言い争いをした日に、限って。

 普段ならば、一笑に付すとまでは言わないが、それでもどことなく他の世界の話のような気がしていただろう。

 だからこそ、より一層と納得する理性と納得しない感情が拓海の中で揺れぎ合う。

 苦労して手に入れた場所は再びと望まない世界へと変わろうとしている。そんな世界へとなろうとした時に守ってくれるのが家族であり、友達である。

 しかし、学内で最も拓海が信頼を寄せる正樹は新たなる被害者の身内という重い、重い事情を抱えている。

 そして、今日の言動を見る限りは正樹にとっては拓海よりも妹の方が優先順位が高い。それは、いざという時に限らず正樹もまた拓海へと助けをすがる1人になる可能性が高いということになる。

 家族は守ってくれるだろう、拓海を。しかし、それは一歩でも外を出れば拓海は家族という守り手を失う無力な高校生にしかならない。

 家から出ない引きこもりになれば話は変わるかも知れないが、それは拓海の仮想世界での精神の磨耗と現実での辛いリハビリ生活という2つのを乗り越えてきた努力の全てを無に帰す選択肢だ。

 だから、感情的には苦労の末に手に入れたこの場所にいたい。そんな思いが現実を受け入れずらくする。

 だが、掲示板から得られる情報はそんな拓海の気持ちなど露知らずとばかりだった。

 拓海の周りでは起きるのが遅かったというだけ。今日の校門前でのやり取りを見ればそう簡単には話題が救出隊にならない、と拓海は思っていた。

 その予想は間違ってはいない。現状が続くならば誰も無理強いまではしないだろう。

 掲示板に書き込まれることも同じ被害者の悩み程度で方をつけていただろう。今日の朝までは。

 すでに拓海は知っているのだ。現状が変わることを。望まぬ方向へと。

 城井と言うとおり、それが発表されたときには周りも変わらずはいられないだろう。前はクリアできたんだから今回も大丈夫だろうと楽観的に考えていた者たちが手のひらを返すように。

 拓海の周りでの前回での被害者は拓海だけ。けれども今回は違う。死亡者という結果がでていない今だからこその現状。

 それが変わるきっかけはもう起こっており、もう変わることは無い。

 それがきっかけとなり、変わらなかった友人は、変わっていく。いや、もう変わり始めている。

 日常の変革を望まない少年は想像もしないだろう。日常が続いていれば望まぬ明日と同じような日がいずれきていたと。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ