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DEATH GAMEをもう1度  作者: いのいち
改訂予定。
6/11

日常に多くは求めない

 校長先生が空になっている各自の湯飲みへと急須からお茶を注いでゆく姿は生徒である拓海たくみには申し訳なさに包まれる。僅かながら校長よりも立場が上のような優越感も全く無かったわけではないのだが。

 最後に自分の湯飲みにもお茶を注いだ後にテーブルの端に急須を置くとゆっくりと校長はソファーへと座り直した。


「では、続きといきましょうか」


 城井しろいのその一言で拓海、校長の視線は城井へと向けられる。


「さて、転学を勧める理由としての前提なんですが、佐久間さくま君は救出隊なる噂話を知っているでしょうか?」


 拓海は大きく頷く。


「まあ、そうですよね。もう知らない人を捜すのが難しいくらいですしね」


 城井としては一応の確認程度のつもりだったのだろうが、拓海の心中としてはとても穏やかではいられない。

 その噂話のせいで拓海は最近はやや慳貪けんどんな視線を浴びることが多くなっている。


「………事実ということなんですか?」


 政府の役人である城井の口からその手の噂話が話されるということはその可能性は高いと拓海は考える。


「それは僕のほうから答えよう」


 今まで黙って城井の話に口を挟まなかった中川なかがわが言う。


「救出隊なんて考え方は解決策なんてとても呼べたものじゃない。ましてや、一部の危険が付きまとう職業に就いてる人とも違って救出隊の要となるのはそんな覚悟をしている人たちじゃない訳だ。現状で解決策というのはでていない。前の事件のときと同じようにね」


 そこで、少し口が止まる中川だったがもごもごと数回繰り返した後に再び話し出した。


「そして、外から救出、いや干渉事態が困難な中で、VR世界での状況もまた看過できない状態へと推移しつつある。外れて欲しい予測だが、加速度的に死者は増えることになる。そうなれば、世論はますますと救出隊の結成を望む声が高まっていくだろう。正直に言ってしまえば、すでに志願者がいれば受け入れるというのは決まっている」

「看過できない状態?」


 拓海に取っては志願者の受け入れよりもそちらの方が気になる。現状ではVR世界へと戻る気などさらさら無いのだから。


「一応、オフレコということになっているんでね。話せない………と、言いたいところだけど明日には発表されるだろうし、今日来たことにも関係があることなんで話しても構わないと言われている」


 そう言って、中川は校長へちらりと視線を送る。


「私は席を外していたほうがよいかね?」

「………いえ、前もって知っていた方が良いかも知れません」

「ふむ、では聞かせてもらっても構わないのだな」

「ええ」


 そこで大きくため息をついた後に中川は拓海の方を向いた。


「拠点の内の1つが制圧されました」


 感情を全く込めずに言い放つ。


「っっっ!!?」


 拓海は声にならない叫びをあげる。それだけ中川がもたらした情報は衝撃的だった。


 拠点――『レジスタンス・オンライン』の中では浸透している言葉でこれはプレイヤーが『レジスタンス・オンライン』を始めた時にランダムで決められるプレイヤーの初期所属となる6つの都市の総称である。

 魔王軍に支配されたフィールドを解放していくレジスタンスでは、プレイヤー側からの進軍だけではなく、魔王軍側からの侵略行為もある。そして、侵略に耐え切れなかった町や、フィールドは魔王軍が支配することになる。

 プレイヤーによって解放されている街中は安全地帯となっており、死亡することは無い。が、魔王軍に支配されているのは例え町でもフィールド扱いとなっており死亡するし、平気でモンスターがうろついている。


 中川の言うことが事実ならばそれは、全プレイヤーの6分の1が四六時中モンスターの脅威にさらされ続けるということを意味していた。


「佐久間君、落ち着いて。まだ大丈夫だ。周りの町のいくつかがプレイヤーによってすでに解放済みだ」

「馬鹿ばっかりじゃねぇか!!」


 周りが目上の人ばかりということを忘れて拓海は罵声を上げてしまう。

 拠点は落ちているというのに周りの町が開放されているということは守ることなど考えずにひたすらに攻略を続けているということだ。

 それでは、このゲームをクリアすることを無理だということを拓海は知っている。だからこそ、声をあげてしまった。

 戦闘系の職業に就いているプレイヤーはいい。だが、生産系の職業に就いているプレイヤーは戦闘ができないとまでは言わないが戦闘では大きいディスアドバンテージを負うことになる。

 有体に言えば、死のリスクが戦闘系の職業とは比べようも無いほどに高い。

 そして、拓海は『レジスタンス・オンライン』における生産職の重要性を嫌というほどに理解している。おそらく、生産職を無視した攻略を続けていれば今なおVR世界に囚われていただろう。


「今まで最高の死者を記録したけど、それでもまだ少ない方だ。予測値よりは圧倒的に少なかったのがせめてもの救いだよ」


 沈痛な表情で話し続ける中川。能面のような顔をして感情を出そうとしていない城井。事の重大さにやや顔を青くさせる校長。そして、経験者としてその愚考に感情が昂る拓海。


「だが、多数の死者が出てしまったことは事実で、隠しようがない。情報は公開するしかないんだ」

「「「………」」」

「そして、この事態は世論をより一刻も早い解決へとの声を大きくするだろう。そして、現状解決策はでていない。せめてもの可能性が救出隊だけ」


 皆が皆黙って中川の話に耳を傾け続けている。そこには痛々しい空気が充満していた。


「事態はより最悪なことに後追いという行為のおかげで追加での参加ができることを証明してしまっているしね」


 後追い――救出隊の噂が流れ始めた頃から行われるようになったその行為は、家族や恋人、親友といった自身にとって大切な人が『レジスタンス・オンライン・アゲイン』に幽閉されてしまっている事態をどうにかしようと後を追って仮想世界へ入ってしまうことから名付けられた。

 政府としては事件の発生の直後からゲームディスクの回収をしているが、それでも全てを回収とまではいかなかった。それが裏で流れ始め、後追いという社会現象を起こしてしまっている。


「だから、峰ヶ藤第三高校(ここ)は佐久間君にとって間違いなく辛いものなる」

「そこで、最初に私が話した転学の話になる訳です」


 重い空気を振り払うかのように自然と城井が話を引き継ぐ。


「現時点でも、相当な数の衝突が確認されていますし、過剰なプレッシャーによるノイローゼを引き起こしている方もおります。佐久間君の周りではまだ運良く死亡者が出ておりませんからそこまでの風当たりを受けていないにすぎません。これから1人、2人と死亡者が出るたびに佐久間君に対するなんで助けに行かなかったんだという非難がましい視線、言葉。最悪の場合は刃物沙汰の危険もあります」

「なんで…なんでっ!?」


 思わず叫んでしまう拓海の心内は理不尽だと訴えていた。

 あの地獄を知らないような奴らになんで助けに行かなかったんだと責められなければならないと。


「佐久間君の気持ちはわかります。ですが、周りの人の中には佐久間君が助けられる力を持ちながら助けようとしなかったそういう風に考える人間が出てこないとは言い切れません。いえ、確実に出てくるでしょう。特に大切な方を失った人は」

「すでに襲われた生還者も出ている」


 付け足すような中川の言葉が拓海の頭の中で何度も何度も反響する。納得できない、したくない類の話なのに。


「そして、佐久間君の方はより事態が悪いといって言い。生還者の中でも安全地帯で震えていただけならまだいい。戦う力がないことを分かってもらえるから。中堅ぐらいのプレイヤーなら期待ぐらいされるだろうがまだ過剰な期待されないだろう」


 そこまで中川が言えば、聞かなくとも続きは分かる。


「世論が期待するのは『レジスタンス・オンライン』の攻略を成し遂げた者たちだ。彼らなら再びこの最悪のゲームを終わらせてくれると信じて、ね。そして、」

「………聞きたくない」


 拓海がうめくようにぼそりと漏らしたその一言に中川は気付かずに話し続ける。


「望むんだ彼らが悪夢を終わらすために再び………」


 そこまで中川が言った時、拓海の感情が爆発する。


「聞きたくないっ!聞きたくないっ!聞きたくないっ!聞きたくないっ!聞きたくないっ!聞きたくないっ!聞きたくないっ!聞きたくないっ!聞きたくないっ!聞きたくないっ!」


 壊れたかのように同じ言葉を繰り返し続ける拓海。


「落ち着いて、佐久間君。僕たちは望んじゃいない。あくまでも世論がそういう風になるだろうから心構えをしておいて欲しいという………」


 宥めるような声色で拓海を落ち着かそうとする中川だとそれは拓海には届かなかった。


「わかるかっ!あんたたちにっ!あの地獄の中でっ!死ぬかも知れないっていう恐怖の中でっ!それでも現実にっ!戻る為にっ!死ぬかもしれない恐怖と戦いながらっ!毎日っ!毎日っ!それでもっ!戦ってっ!戻る為にっ!俺はっ!俺たちはっ!恐怖を抑えてっ!恐怖を騙してっ!恐怖を殺してっ!」


 一句一句、はっきりと聞かすように区切りながら大声を上げ続ける拓海。それは金切り声にしか最早聞こえていない。


「やっと、やっとっ!戻ってきたらっ!今度はリハビリでっ!手に入れた現実がっ!遠のいたっ!あの気持ちをっ!知らずにっ!終わったらっ!待ってたのはっ!辛いリハビリでっ!何度も、何度もっ!まともに歩けずに転んでっ!その度に痛い思いしてっ!それでも、それでもっ!峰ヶ藤第三高校ここに戻る為に頑張ってっ!やっと、やっと戻ってきてっ!」


 校長室を支配するのは拓海の泣き叫ぶかのようにも聞こえる声。それは酷く耳障りだろうが、中川も、城井も、校長も、それを止めようとはしないし、咎めようともしない。


「そしたらっ!今度はっ!また戻れってっ!?ふざんけんじゃねぇよ!!!あの世界を知らないくせにっ!何ほざいてんだよっ!んなもん人に押し付けんじゃねぇよっ!期待すんじゃねぇよっ!何も知らないくせにっ!何も知らないくせにっ!何も知らないくせによぉ!!!」


 喚き続ける拓海の声量は衰えることをせずにますますと高く、大きくとなっていく。


「もうやだよっ!もうやなんだよっ!やっと戻ったんだよっ!平和にっ、日常にっ!壊すなよっ!壊さないでくれよっ!頼むからっ!本当に、頼むからっ!」


 すでに拓海に顔の顔はぐちゃぐちゃになり、目から涙が流れ続けている。声も枯れ始めている。

 しかし、それでも拓海は口は言葉を、思いを吐き出し続けたのだった。

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