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DEATH GAMEをもう1度  作者: いのいち
改訂予定。
5/11

軋み始める日常

 校長室を前にして1人の少年が仁王立ちを続けているが、それは傍から見れば異様な光景だろう。

 少年――佐久間さくま拓海たくみにとってもそれは望んだ自体ではない。言ってしまえば、校長室に呼び出されるという事態自体に望んだことではない。

 それでも校長から呼び出されたのであれば応じるほか無く、されどもそんなあからさまに不可解なな呼び出しを何の心構えも無く聞けるほどに拓海の心は強くは無い。

 留年のことは担任である理子先生と散々に話し合って一応の結論は出ているし、校長室に呼び出されるような不祥事を働いた記憶も拓海には無かった。

 校長室の前についてすでに3分が経過しようとしていたがその間ずっと拓海は校長に呼び出される理由を考え続けているが皆目と見当がつかないでいる。

 そして、この3分は同時に拓海が考えてもしかないと割り切って校長室のドアをノックするまでにかかった時間でもあった。

 コンコン、と小気味良い音が目の前の扉から発せられると同時に中から校長の声が返ってくる。


「誰かね?」

「佐久間拓海です。榊原先生に校長室に行くように言われて来ました」

「入りなさい」

「失礼します」


 扉を開けるとすぐにお辞儀をして、3秒ほど経った後に頭を上げると校長室には校長先生のほかに2人の男がいた。

 校長用の机に座っておらず机の前の接客用と思われるテーブルを挟んでソファーに腰掛けている様子を見ると来客中であることには疑いない。

 拓海は現状を把握すると直ぐに再び頭を下げる。


「すいませんでした。来客中とはしらずに…」

「用があるのは私ではない。城井しろいさんと中川なかがわさん、今私の前にいるお二方が用があるそうだ」

「………はぁ?」


 校長にそう言われて城井さんと中川さんと呼ばれた人の顔をまじまじとみる拓海だが、2人の顔に見覚えはない。


「久しぶりだね。佐久間君」


 しかし、2人の男のうちの片方は拓海を知っているようだった。


「忘れちゃったかな?ほら、佐久間君があの事件から帰ってきたときに色々と話を聞いたんだけどな」

「………ああ!?」


 少しの逡巡の後に目の前の男のうちメガネをかけた方の男が拓海が現実へと戻ってきたときに色々と事情を聞いてきたどこぞの省庁に勤めている男だということを思い出す。

 記憶が結びつけばそれだけ掘り出しやすくもなってくる。確かあの時の男の名は中川という男だった。


「その節はどうもお世話になりまして」

「いやいや、それが僕らの仕事だからね。佐久間君も元気そうで良かったよ」


 思い出すと同時に頭を下げる拓海に対して中川という男は気にし素振りを見せない。


「ここに座りなさい」


 この部屋の主である校長がそう言いながら拓海に示した席は来客の2人と向かい合う席――校長の隣だった。

 校長と1つのテーブルで向き合うのも相当に嫌と言うか疲れるが、拓海としては校長と同じソファーに腰掛けるほうが余程疲れる。

 いっそのこと立っていた方が気分的には楽ですらあるが、それでも座りなさいと言われては学校の最高権力者に逆らうということなど到底できない。


「は、はい」


 緊張のせいで返事がたどたどしくなり、ソファーへと座る動作もぎこちない。

 それでも座ったソファーは校長室あるだけに相応のものらしく、家にあるソファーとは全く違った感触が拓海へと訪れる。


「初めまして、佐久間君。私は城井と申します。国の機関――まあ、教育関係のところに勤めている者だよ」


 拓海が着席を終えるタイミングを待っていたのか長身の男が名乗りを上げる。


「は、はい。よろしくお願いします」


 自身の名前を知っているのなら自己紹介は不要だろうと拓海は考え、挨拶だけを返す。

 しかし、拓海にとっては校長室にあの事件の拓海の担当にだった男と教育関係に勤めている男が揃って拓海を呼び出すなんて嫌な予感以外のものなど感じられようはずもない。


「あまりいい話ではないのだろうけど、ここに来た用件はね」


 前置きは無用とばかりに城井は話し始める。

 拓海にとってはもう少し心構えの時間が欲しいところではあるが、本題を切り出さずに焦らされ続けるのも胃に優しくない。

 ならば、いっそ一息に話を終わらせる普段の学校生活へと戻れるのならばそれもいいかと考えて話を遮らない。


「佐久間君に転校を勧めに来たんだ」

「えっ、転校…?」


 城井が言い出したことは拓海にとって思いがけないものであった。






 拓海にとっては苦労の末に取り戻した峰ヶみねがふじ第三高校で生活。最近になってようやくかつての後輩とも円滑なコミュニケーションが取れ始めるようになった拓海にとって学校生活は楽しいものだった。

 だからこそ、城井から放たれた一言は拓海が苦労を水泡に帰すかのような事で言葉で伝えられても頭が理解してくれるのに時間がかかる。


「先に言っておくと、この件は強制ではない。佐久間君の自由意志だ。しかし、転校を希望した場合は学校のほうはこちらで用意した全寮制の学校となる。そして、私たちとしては出来れば転校を選んで欲しいと思っている」


 拓海が言われたことを頭が認識してくれる前に足早に話を続ける城井。


「で、転校を勧める理由だが………」

「え、あの、ちょっと待って…」

「ん?ああ、そうだね。急にこんなことを言われても困るか。落ち着いたら声をかけてくれ」


 拓海が話を遮ろうとする声を聞くと今度は黙りこくってしまう城井。

 拓海が言われたことをしっかりと理解して、頭の中の混乱を収めるには確かに静かな環境の方が望ましいだろう。

 しかし、しかし、だ。校長室という場所で3人の大人が拓海に意識を注目させ続けながらも校長室にあるのは静寂だけという状況に耐え切れるような成熟した精神を持つ高校生など稀だろう。

 そして、拓海はその稀に属するような精神を持った男ではなかった。


「………続けて下さい」


 結果、拓海の口から弾き出される言葉は限られてしまっていた。


「では、話を続けましょうか。実は最近は佐久間君のような『レジスタンス・オンライン』の被害者と周りの人間との間で軋轢――いや、正直に言ってしまえば衝突すらも起こっている」


 それは拓海といわずに被害者たちにとってはある程度予想の出来たことだった。仮想世界での1年近い幽閉によって現実とは全く違う価値観を求められる生活が続けられれば現実に戻ったとしてもどうしても歪みがでてしまう。

 そういった事例は現実に戻ってすぐに大概の被害者たちは経験をしているし、政府としても予想できた事態でもあるためにリハビリには衰えた筋力の回復だけではなく、精神科医との対話も盛り込まれていた。

 そして、拓海のように再び社会に戻れているものは完璧とまではいかないが日常生活に支障をきたさず、コミュニケーションも大きな問題は無いと診断された者たちである。

 体は問題ないのに精神の問題で未だに社会復帰できていない被害者というのもおり、専用の施設でリハビリの日々をすごしていると拓海は聞いていた。

 拓海自身、学校生活に戻って他の生徒たちとの間で微妙な齟齬がうまれてしまうことは珍しくなくはないが、それでも修正の効く範囲のことであるし多少会話が上手く繋がらないとか空気が読めない呼ばわりされる程度の被害しか出ていない。

 まあ、そういった被害は地味に精神的ダメージが大きいのだが。

 そういった意識の微妙な違いも段々と減っていることは確かで、拓海自身最近は空気が読めない呼ばわりされることが減ってきているので心の中で自身の進歩を褒めていたりする。

 だからこそ、この状況での城井の提案が理解できないし、納得できない。元々、被害者の学生たちは復学するか、被害者専用の学校に転学するかを最初に提示され自身の意思によって選んだ。

 被害者専用の学校は古びた学校を改装されたもので、転学を決めた生徒たちはこの学校へと通うこととなる。今のところその為の場所は1つしかなく、世間との摩擦を懸念してか寮での暮らしが義務付けられていた。

 もちろん、復学の為の条件の方が厳しく中には復学を希望しつつも転学という選択肢で妥協した被害者もいた。

 拓海自身も苦労して貰えた復学許可の末に戻ってきた、意識のずれや後輩との同級生という現実を前に転学を選んでおけばよかったと当初は思っていたりもした。

 実際、復学しながらも直ぐに転学したという被害者もいるようだ。

 だからこそ、そんな努力に努力を重ねた挙句に手に入れた今の場所を手放せとも取れる城井の言葉を素直に受け取れずにいる。


「では、続けましょう。誤解のないように言っておきますが、佐久間君自身がこの峰ヶ藤第三高校での生活が不適切と思われたわけではありません。むしろ、他の復学を選んだ学生たちの大半が馴染め切れていない中でのこの適応力は見事としか言えません」

「………」


 言葉にはしないが「だったら、なんで」という意思を瞳に宿して城井に対して若干ではあるが視線を拓海は強める。

 そんな拓海の視線を気にした風も無く城井は自身の目の前に置かれているお茶を口へと運ぶ。


「ふう、失礼。私も少し緊張しているようです。佐久間君ものどが渇いたらお好きに飲んで下さい」


 城井に言われることで拓海も自身の渇きを認識する。校長室に入る前から緊張し通しであったことを考えるならば無理も無いことだ。

 拓海の座る前には最初からお茶が用意されているがすでに湯気がでていないところを見るとこの入れられてしばらく経っているのだろう。

 一口、口に入れるが温いお茶は飲みやすく、のどの渇きもあって拓海は一飲みで飲みきってしまう。


「ふむ、お茶はもう少しあった方がいいようだな」


 そんな事を口走りながら拓海の隣に座っていた校長が立ち上がり、別の机の上に用意されていた急須とポットの前へと動いた。


「コーヒーの方がよろしいですかな?」


 校長は急須に茶葉をいれようとして、思いついたように振り返って訊ねてくる。


「いえいえ、お茶で大丈夫ですよ」

「僕もコーヒーは苦手なもので」

「ふむ、そうですか。佐久間君は?」

「…ぇ」


 思わず拓海の口からうめき声が漏れるが、それも仕方ないことだといえる。校長がこういった場面で生徒である拓海の意見を聞くとは思ってもいなかったからだ。

 逆に言えば、この場でコーヒーがいいと言えば、校長はコーヒーを用意してくれるだろう。拓海が校長をコーヒーを入れさせたという事実を残して。

 そんな事実を残すのは拓海としてはただでさえ、目立っているのにこれ以上に悪目立ちする要因へとなりかねない。


「僕もお茶で大丈夫です」


 だから拓海はお茶よりコーヒーが好きなことを隠して、普段は使わない僕なんて一人称を使ってまで校長へと伝えたのだった。

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