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悪魔・十五号  作者: 小田中 慎
一九九四年十一月・中部地方某所
6/6

**

 ああ、コーヒーがすっかり冷たくなってしまったな、どうかね、もう一杯?

 え?そろそろ行かなくてはならない?それはまあ、随分だな。

 私の話はつまらなかったかね?え?ためになったか、それは何よりだ。

 だがね、最初に断ったが、こいつをそのまま表沙汰にするんじゃないよ?いいか、君の身辺にも関わる話だからね。

 え?少佐か?いいや、終戦後は一度も会っておらん。それどころか、最後の実験の後、少佐も『十五号』も行方を晦ませてしまったよ。

 あの刑務所での実験は都合四回だったか、最後は忘れもしない五月、空襲で宇田川の刑務所が焼失する前の日だった。実験の後、少佐が『十五号』を自分の車に乗せ、私には寄り道をするから先に帰れと……。

 今だから言うが、私は、ああ、これで終わりだな、彼らともお別れだ、そう思っていたよ。

 あれを何と表現すればよいのかな、死を身近に感じていたせいなのか、あの頃はそういう六感が働く時があったね。

 二人を乗せた車は玉川通りを西へ下って行った。見送りながら何か身体の力が抜け、安堵したことを覚えているよ。


 え?一体『十五号』とは何者だったのか、だって?もう君は気付いているのではないかね?悪いが私は知らないよ。想像すらしたくはないね。

 彼女が願えば人が死ぬ、私はそれを見ているように命じられた。ただそれだけのことだ。


 あれからいろいろあった。陸軍刑務所の所長は、あの空襲で収容していた米国航空軍の捕虜を故意に焼死させた責任を問われ、戦後戦犯になり処刑された。十五号や真田少佐のことを知っていた人間はどの位生き残っているのか……が、誰も少佐や作業班のこと、『十五号』のことは聞かなかった。

 ああ、違うな、一度だけGHQの何とかいうチームの将校がやって来て、色々尋ねて行ったな。確か朝鮮戦争が始まる直前、私が大学に戻った頃の話だ。

 え?忘れたよ。さあ、何と言う名前だったか。とにかく日系の通訳を連れて来て通訳させていたが、私は英語を話せたし、相手の将校が通訳要らずで日本語を理解しているのにも気付いたよ。

 不思議なもので、相手の言葉を知っている者には、相手の言葉を知らない振りをする人間は必ず分かるものさ。

 まあ、それ一回だったな。だが、少佐も『十五号』も終戦のどさくさ紛れにどこか遠くへ落ち延びたのは確実だ。そのGHQの将校が写真を見せたからね。

 それはどこか東南アジアの街角で、私はベトナムじゃないかと睨んだが、私服姿の少佐と『十五号』が写っていた。洒落たバルコニー・テラスの前、ベンチに腰掛けていてね。二人とも良く日に焼けていたな。何も知らなければ親子に見える。

 まあ、それが彼らの消息を知った本当に最後だった。その先どこへ行ったものやら。いいところに行き着けていたのならいいが、どうもそんな気はしないね。

 ああ、行くかね?え?私か?よく知っているな、ああ、その通り、来月引っ越すよ。その様子なら行き先も知っているだろうに。

 娘夫婦が面倒を見たいと言ってくれてね。私も耄碌したからな。

 そう、神戸の長田というところだ。最近家を建ててね。ここよりは随分開けた所だろうね。正月は新居で迎えることになるな。ああ、構わんよ、何かあったら訪ねてくるがいい。

 ああ、気を付けて、な。身の周りに注意を払うことだ。

 人生、一寸先の見えない、行き先知らずの航海だ。ああ、どうも昔のことを思い出すと感傷的になるね。

 ああ、行くか。ではな。

 はい、さようなら。



注意;

作中の事件や人物、組織は『十五号』以外実在の人物や出来事をモデルにしていますが、全て作者の創作です。


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