奇才テュルゴ②
続きです!
②で終わらせるつもりでしたが思ったより長くなってしまいました。
少々残酷なシーンがあります。
「――そのテュルゴってヤツが来てから行方不明者が増えてねぇ、こっちも商売上がったりなんだよ」
ジンはテュルゴの情報収集の為、人が集まるであろう場所の1つ――酒場に来ていた。この町で1番大きな酒場だがまだ昼過ぎなのか客は殆どいない。
この小太りでマスクをした酒場の店主からテュルゴについて話を聞いていた。
(さっき聞いた話とほぼ同じ、か…)
「これ以上は知らん。――が、そのテュルゴってヤツは余所者…いや旅人の間じゃ人気なのか?」
「あ?」
「ついさっきも綺麗な姉ちゃんがテュルゴの事を聞きに来たんだよ。この町にあんな美人はいねぇから旅人だって直ぐにわかったよ」
(女……?)
自分以外にもテュルゴを探してるヤツがいるのか。女、というのがジンの中で何か引っ掛かる。が直ぐに切り替えて店主にお礼を言った。
「教えてくれて助かった」
「いやいやどう致しまして……っていう程話してないがな。――ところでにいちゃん、昼はまだかい?」
「昼…?」
酒場の空いてる窓から外を見る。太陽が昇り時刻は昼過ぎになっていた。
(そういやこの町に着いてからまだ何も食ってねぇな)
ジンは空腹になった腹に軽く触れた。その動きに酒場の店主が目敏く気付いた。
「もしまだだったらウチで食ってけよ。そのテュルゴってヤツの所為で夜は物騒で人も来なくなっちまって今は昼が1番稼ぎ時になっちまった」
苦笑しながら言う店主を見、ジンは短くて息を吐いた。
「んじゃご馳走になるわ」
酒場内の1番隅のテーブル席に座り昼食を食べ終えた。客は今自分1人で誰も居ない。店主もカウンター奥に行ってしまった。
「声」でコウと話す時はいつも人気の居ない場所を選ぶ。だから今回も隅の席に座ったのだが、誰も居なくなったのでこれならどの席でも良かったな……と少し考えながらも、小さな声でコウに経緯を話していた。
『……つまり君が聞き込みをして共通するのは「一月程前この町にテュルゴが現れた」、「現れた同時期辺りから続々と行方不明者が出始めた」「人が居なくなるのは決まって夜」――という事だね?』
「ああ」
ジンはコップに入った水を飲みながら頷いた。
「正直行方不明者がどーので俺ァ奇才テュルゴってヤツに会いたくねぇ気持ちの方が強い」
苦々しくそう呟くジンはコップをテーブルに置いた。
奇才テュルゴの事を聞き込みしていた筈なのに、町から人が居なくなる等の話も一緒に聞く事になるので途中から物騒な事件の調査をしている様な気分になっていた。まだテュルゴ=行方不明者を出してる犯人又は原因と確証を得た訳でなないが、町の人達はほぼそう決め付けたかの様な感じだった。1人の魔法使い――呪術師を探してただけなのに妙な事になってしまったな、とジンは内心ウンザリしていた。
だがそんな様子に気にする事なく「声」は彼の頭の中で響く。
『え〜君は会いたくなくてもボクは奇才テュルゴに会いたいんだよ。今日一日は探してくれるんでしょ〜?』
子供が駄々をこねる様な、わざとらしい言い方にジンは内心ウンザリとした。――ああそうだ、こいつはこういう奴だったな、と。
『でも腑に落ちない点もあるなぁ、町の人達の話からして行方不明者の犯人はテュルゴって決め付けてるのがさ。――呪術師がこんな目立つ様な事するのかな〜って』
「……どういう事だ?」
ジンの問いに、コウは答えた。
『そもそも呪術師ってそんな目立つ様な事する人達じゃないんだよ。魔法使いの中でも日陰者が多くて顔隠す習慣のある陰湿的な所あるし〜、テュルゴも呪術師界隈では一目置かれてるんだけどね』
「陰湿…界隈…」
アンタもその呪術師の1人だろうが、という言葉は飲み込み話の続きを聞く。
『だからこんな町中で噂される程の騒ぎを起こすのが腑に落ちないんだよね〜……行方不明者が出た件はテュルゴとは関係ないかもだけど』
「……その件にテュルゴが関係あると仮定して、動くなら今夜だ。宿とって仮眠してから探しに行く。町中は大体把握したし明日にはもうここを出るしな」
言いながらジンは席を立った。
『え?』
「アンタが「声」で繋がってねー間に明日竜の村に物資運びに行く荷馬車の業者に頼んだんだよ。乗せてってくれってな」
『……君そういう所ちゃっかりしてるよねぇ』
コウの呟きにフン、と鼻を鳴らした。
「テュルゴ探しは今日一日だけしか付き合う気ねーからな。こんな物騒な町からは早く――」
突如酒場の入口の扉が乱暴に開き、人が倒れながら入って来た。話してる最中の出来事でジンは一瞬呆気に取られその光景を見ていた。
客は今自分1人、店主はカウンター奥にいる。少し考えてジンは短い溜息をついて倒れた人の元に駆け寄った。
黒紫のローブを羽織った男で手には酒瓶がある。近付くと酒臭く昼間から酔っ払いか…と内心悪態をついたが手を差し出した。
「おい酔っ払い、邪魔だから早く退け」
ジンの声に男は赤く染まった惚けた顔を上げる。歳は20代後半くらいだろうか、黒紫のローブに繋がったフードを羽織っており白銀色の顔全体覆えるサイズの面を首元横にぶらさげていた。妙な格好をした酔っ払いだなと思いつつ目の焦点が合ってない様で、ジンは眉間に皺を寄せながらも早く立て、と言わんばかりの態度で手を差し出したままだ。
男はゆっくりとジンの手を見、状況を理解したのかその手を取りふらつきながらも立ち上がった。
「あ〜〜〜、ありがとねぇ〜少年〜〜」
男は空になった酒瓶を手に振りながらヘラヘラと笑いながら礼を言う。完全に立ったのを見ながらジンは無造作に手を振り払った。
「東の国は酒が美味いらしくてさぁ〜、母国とはまた違う味わいがあってねぇ〜、色々飲み比べしててさぁ〜〜」
へべれけ状態の男に軽蔑な眼差しで見、ジンは無視してその場から離れようとした。――昼間から酔っ払いに絡まれるなんて冗談じゃねぇ。
「……あ〜少年さぁ、」
ヘラヘラと上機嫌で語ってた男の声色が少し変わった。その場から立ち去ろうとしたが思わず少し立ち止まってしまった。
「――面白いのが憑いてるねぇ」
『――――っ!?』
「……あ?」
先程の酔っ払いの声音とは全く違う低い声にピクッと眉を動かした。
ついてる?何が?と一瞬考えたが今まだ「声」が繋がってるコウが少し強張ったのを感じた。
ついてる……憑いてる?まさかコウの事を言ってるのか――と聞き返そうとしたが、男は酔ったおぼつかない足取りでカウンター席に座り「マスター!この店で1番高い酒1瓶〜!」と空の瓶を振りながら声高々に叫んでいた。奥に引っ込んだ店店主が出て来て男に応対していた。
男を見ると顔は赤いままヘラヘラとしていた。――酔っ払い特有のそれだ。
腑に落ちないのを感じつつジンは酒場から出た。
「何だったんだあのおっさん……」
宿に向かう道中ジンはポツリと呟いた。おっさんとは先程酒場に出る時に会った酔っ払いの事だ。歳は自分より10くらいは上だろう、歳上の男はジンの中では大体おっさんに分類される。
『……今の人』
「あ?」
「声」で繋がってたままのコウがやっと声を上げた。
『ボクに気付いてた。アレはボクに向かって言ったんだと思う』
「……憑いてるってやっぱそういう意味だったのか。何か変わった格好してたし、あのおっさんも呪術師だったんじゃねぇの」
『……そうかもしれないね――ん?』
不意に辺りの空気が変わった。空気が変わったというよりは、周りの気配に変化が生じた様に感じた。ジンは立ち止まり辺りを見渡す。
「……これは……この町の結界が変わったのか?」
教団管轄外の町だったので、この町の結界は機能こそしていたが何処か不安定さを感じていた。だが今はそんな不安定さを全く感じない、寧ろとても居心地の良い感じがする。
『……そうみたいだね。さっきまでの微妙な結界と違ってとても洗練された結界の陣術だ。まるで教団管轄内の町に使う結界みたいだ』
人間には魔力器官があり、その器官で魔力を感知する事が出来る――これを魔力感知という。この場にはいない、ジンと「声」で繋がってるコウも魔力感知する事が出来る。魔力を殆ど使わない自分にはその魔力感知という感覚をイマイチ理解し切れていないのだが――
(この感じ……いや、まさか――)
考えるのを止め、ジンは再び歩き出した。
深夜――町中は完全に暗くなっており人1人いない。
先程自分がこの町の結界陣術を展開させた時、一部だけ妙な魔力が感じる所があった。それは不安定で幾つもの魔法が混ざり合って何だか不快な感じがした。
――人がいなくなるのは決まって夜――この町で聞いた話を確認する為、今その場所に向かっている。キョロキョロと何度も辺りを見渡しながら。
暗いから灯りをつける魔法くらい使うべきか――大体の事は魔法でして来たのでランプ等灯りを灯す道具は手元にない。歩いて行く内に夜目にも慣れて来たが、それでも誰もいない暗い町を歩くのは、怖い。杖を握る手に力を込める。
妙な魔力を感じる場所の魔力が徐々に濃くなっているのを感じた。自分の魔力器官が正しく機能している証だ。だがその魔力感知に集中し過ぎた結果、自分に近付く人の気配に全く気付かなかった。
「――おい」
背後から不意に人の声が聞こえ、心臓が飛び跳ねビクッと肩を震わせた。声が出そうになるのをギリギリ何とか堪える。
片手で杖を握り声を出すまいと片手で口元を抑え、少々涙目になりながら後ろを振り返った。そこに居たのは――
「あ……遺跡荒らしのジン!」
「変な二つ名付けてんじゃねぇ!」
西の国の遺跡で出会った2人は声を抑えて叫んだ。
自分の勘は良く当たる、と18年の人生を振り返ってジンは自覚していた。酒場の店主が言ってた「女」、この町の結界が変わった時――ジンは何故か西の国の遺跡で出会った女・ルシカの事が脳裏に浮かんでいた。何故かは自分でもよくわからないので、こういう時はとりあえず「勘が当たった」という事にしている。
『酒場の店主が言ってた綺麗な姉ちゃんって彼女の事だったんだ〜。確かに彼女美人さんだもんねぇ』
頭の中でコウの「声」が聞こえる。この声はジンにしか聞こえない。西の国の遺跡内で、ルシカと会ってからも彼にいつもの調子で返事してしまった為彼女との会話がぎこちなくなったのを思い出した。なのでコウの「声」は無視する。
夜、町中を1人歩いてると人の気配がし、挙動不審に動く人影を見つけて追ってみると彼女がいた。初めて会った時はポニーテールだったが、今は肩下辺りで結ばれた髪型になってた。
ジンはまじまじと彼女を見つめ、ため息をついた。
「……アンタこんな所で何してんだ」
「わ!私はっ……その、ホラあそこ!あそこから妙な魔力を感知して気になったから行こうとしてたのっ」
ルシカは町から少し離れた所にある場所を指差した。町で聞き込みをしてる時、確か今は誰も使っていない空き倉庫だと聞いた場所だ。離れてる所にあるとはいえ結界内にある。
挙動不審な態度にジンは瞬時に察した。――コイツ嘘付いてるな、と。こういうのも勘所がいいというのだろうか。その態度のまま、今度はルシカが彼に尋ねた。
「……そういう貴方こそここで何してるの?」
「……ある奴に頼まれてこの町を調査してんだよ。アンタが指差した空き倉庫から妙な気配を感じるから見に行こうとしてた所だ」
『嘘は言ってないけど本当の事も言ってないねぇ』
脳内に響く冷ややかな「声」は無視する。
「えっ……そうなの?私と同じなんだあ〜」
先程の挙動不審な態度とは一変、パッと顔が明るくなりルシカはホッとした様だった。どうやら目的は同じ仲間として捉えたのだろうか――
「言っとくけどアンタと馴れ合う――」
言い掛けた所で突如空気が変わった。2人が向かってる空き倉庫から妙な気配が強まるのを感じた。同時に嫌な予感もする。
ジンはちらりとルシカを見る。どうやら彼女もそれを感じ取ったらしく顔色を変え、杖を握る手も少し震えていた。杖を強く握りながら唇を噛み締めた。
「……あそこ、あのまま放って置いたら駄目な気がする!」
そう言いながらルシカは空き倉庫に向かって駆け出した。呆気に取られながらジンは走る彼女の後ろ姿を見た。
「あ、おい!まだ話は――」
ここで何をしてたのかもう少し詳しく聴きたかったが、彼女の言う通りあの気配を放置するのはマズい気がする。気を取り直し、ジンも彼女を後を追った。
空き倉庫という名の通り、扉の形をしたそれは開きっぱなしで、空になった木箱が無造作に置かれており人が行き来した跡も無く、埃臭かった。上を見上げると蜘蛛の巣がある箇所がある。
当然灯りなんて無く辺りは真っ暗だ。だがここから間違いなく先程感じた妙な気配――魔力が漂ってる。
息を切らしながらも整え、ルシカは杖の先端に魔力を込める。灯を灯す魔法で先端に灯が灯りその箇所だけ明るくなる。後から来たジンは急に明るくなったので思わず目を細めた。
「何が居るかわかったモンじゃねーぞ。こんな所で魔法使わねえ方がいいんじゃねぇのか」
「この魔力の正体を直接見て確認したいの!あと暗いのは……ニガテ」
小声で言い合いながら2人は倉庫の奥へと歩き進めた。
突如紫色の灯火が辺り一辺に幾つも点々と付いた。その灯火は揺ら揺らと不安定に蠢いてる。ランプ等灯を付ける道具は何処にもない事から魔法だと理解した。
「なっ……何!?」
「――!?」
倉庫内に突然魔法によって灯が付いた状況に、ルシカは短く悲鳴を上げジンは銃を構えて辺りを警戒した。
ぐちゃ、と突如何か液状の物が落ちた様な不快な音が暗闇の奥から聞こえた。その奥から気配が――魔力が濃くなってるのを感じた。その音も段々と大きくなっていき、突如付いた紫色の灯がその音の正体を照らした。暗闇から出て来たそれに2人は絶句した。
「たす……けて……」
それは2人の人間が混ざり合った姿をしており、手足が4本、男女の顔が2つある人間の形をした物体――異形だった。
2つある顔は目の焦点が合ってなくこちらを向いてない。ただしきりに掠れた声で男と女交互に「たす……けて……」と呟いていた。身体は半分が男、半分が女の特徴があったが所々紫黒く液状になってて腐敗している様だ。足は人間の形を殆ど保ってなく液状化していた。液状の物が落ちた様な不快な音の正体はこれが歩いていた足音だったのかとジンは理解した。――ほぼ足の形はしていないが。
「な……何よ!これ……!!」
ルシカは叫んだ。無理もない。辛うじて人の形はしているが異形の物――魔物、魔族と呼ばれる生物に近かった。
魔物とは、人間以外の生物が魔力を浴び変貌した生物と言われている。形状は鳥や動物、爬虫類等種類は様々だ。
魔族とは、人間同様四足歩行の生物で魔物と違い言葉を話す。人間同様魔法を使えるのも魔物と違う点だ。
両者に共通する点は人間を襲うという点で、結界は魔物、魔族を寄せ付けない効果を持ち人間の集う町等は当たり前の様に存在するのだ。だから結界があるこの町中に魔物・魔族がいるというのは妙な事だった。
『……これ、人間だね。魔物でも魔族でもない』
ジンを通してこの光景を「声」を通して見ていたコウは、冷静にそう分析し呟いた。その声にジンは思わず声を上げた。
「人間…!?これがか!?」
「――そう人間さ。私が造り上げた最高傑作、さ」
不意に聴き覚えのない男の声が暗闇の奥から聴こえて来た。紫色の灯がその声の元へと集い、その声の主を照らした。
全身黒のローブに包まれた細身の男で、目元が隠れるくらいフードを被っており表情は見えない。辛うじて見える口元を歪ませ、男は続けた。
「この私を探し求めてるのは君達だね?――おめでとう!君達は選ばれたんだよ!」
まるで一人芝居に酔ってるかの様に男は盛大に両手を広げてみせた。その姿にジンとルシカは茫然としながら見ていたが、先に我に返ったルシカが声を上げた。
「探してた……?もしかして……貴方が奇才テュルゴなの!?」
その発言にジンは一瞬驚き横目で彼女を見た。その名を知ってるという事は、この女も俺達と目的は一緒ということなのか――だが直ぐに全身黒のローブに包まれた男の方に向き直った。
「――如何にも。町に来た旅人が私を探していると聞いてね……それは君達の事だろう?だからこうして君達を歓迎しようと待ち構えていたのさ!」
「待ち構えて……?」
男――テュルゴの芝居かかった台詞にジンは眉を吊り上げた。奇妙な気配。これが俺達を誘き寄せる為わざと出した罠だっていうのか……?
だとしたら何の為にこんな事を――と尋ねようとした時、テュルゴが先に答えた。
「町の連中は私に怯えて夜めっきり出歩かなくなってしまってねぇ…丁度実験体が足りなくなってたんだよぉ……」
テュルゴの周りを彼が魔法で出した紫色の灯がゆらゆらと動く。
「魔法とは!私自身を象徴するモノ……今宵君達という新たな素材を得て私の実験体をより強固なモノへと進化させてみせる!!」
テュルゴは笑いながら語っていた。
ジンはこの男が何を言ってるのか理解出来なかった。いや理解したくなかったというのが正しいのだろうか。ただテュルゴから感じたのは理解出来ない・したくない不快感と、明確な「殺意」だった。銃を構えようとしたその時、
「……ジン、目を閉じて!」
ジンにしか聴こえない小声でルシカはそう言い、杖の先端をテュルゴ達に向け灯を強く光らせた。ジンは即目を閉じる。ぎゃあああという聞くに耐えない悲鳴を上げ、テュルゴは眩い光から目を逸らした。
その瞬間にジンとルシカは駆け出し、倉庫内に無造作に置かれた空き箱の裏に身を潜めた。
こちらからテュルゴ達は見えているが、向こうからは死角になって見えない。
姿勢を低くしながらルシカは杖の先端の灯を消した。
「くそおおお目が!逃がすものかぁ……久しぶりに実験体が補充出来るのだあ!」
光で目がやられたテュルゴは辺りをキョロキョロと見渡す。共にいる2人の人間が1つの塊になった異形は微動だにせず、ひたすら「たす……けて……」と繰り返してばかりだ。
その奇妙な光景を遠目に、立ちながらジンは眉を顰めた。
「アレが人間って……どういう事なんだよ」
小声でボソリと呟いたジンに、ルシカは考え込みながら話した。
「多分だけど……魔法……呪術でしたんだと思う。2人の人間を、無理矢理くっ付けて……」
「呪術……何であんな気色悪い事してんだ」
「そんなのテュルゴ本人に聞かないとわからないわ。……あんな事に魔法を使うなんて、1人の魔法使いとして許せない」
ルシカの言葉にジンは彼女を見下ろした。杖の灯を消してる為、表情は見えないが、彼女は静かに怒っているのだという事は口振りからして察した。
「魔法は…あんな事をする為にあるんじゃない。魔法は誰かの力になる為にあるモノよ!」
「おい、落ち着けよ……声が大きいと居場所がバレちまう」
徐々に声が大きくなっていく彼女をジンは宥めた。ハッとルシカは口元を手で抑える。
「……ごめんなさい、つい……」
「まああんなイカれた奴にキレるのはわかるけどよ。……で、奴から一旦離れてどーするつもりなんだ?」
ジンの質問に、ルシカは彼の方を見上げた。
「あの人達……って言えばいいのかな、あの人達にかけられた魔法を解きたい。魔法はアイツの象徴だが何だか知らないけど、それであの人達があんな姿になってるのは許せないもの」
フン、と鼻息を鳴らしながらルシカはテュルゴ達の方に視線をやった。彼自身が魔法で出した紫の灯は変わらず彼の周りを照らしてる為、倉庫内が暗くてもテュルゴ達の居場所は丸分かりだ。
ルシカの言葉にジンは眉を顰め、言い掛けようとしたがやめた。これは今言う事じゃないと思ったからだ。今はこの状況をどうにかする事が先決だ。
「……それで?何か方法はあんのか?」
「西の遺跡の神造兵器と同じ事をする。……協力してくれる?」
ルシカはジンの方に向きながら話した。
西の遺跡での出来事を思い出し、ジンは無言で銃を持ち上げた。自分の言葉に賛同してくれたと捉えたルシカはパッと顔が明るくなった。
「魔法は解析すれば解ける。どんな魔法でも魔法で解けるの。さっきからずっと解析をしてて――今終わったわ」
『早っ!……神造兵器の時といい、彼女は魔法の解析が得意なんだねぇ』
コウが自分にしか聞こえない「声」を上げた。魔法の解析というのが自分にはどういうモノなのかわからないが、自分より魔法に長けているコウがそう言うのだから彼女の解析の速度は凄いのだろう。
ルシカは魔法のインクを指に付け、テュルゴ達に悟られない様素早く陣術を描いた。その陣術をジンの持つ銃に付与させる――西の遺跡でやった事と同じだ。
「ねぇ……ここからあの人達、って言えばいいのかな?銃を発砲出来る?」
ルシカはジンを見上げながら言った。
陣術が付与された銃を見ながら、テュルゴ達を見る。
「出来ねー事はねぇがアイツ魔法使うだろ。魔障壁ってヤツされたら塞がれるが…」
ジンは銃を構えながら、辺りを見渡す。すると片手で持ち上げられるくらいの空の木箱見つけ、それを持ち上げながら話続けた。ルシカは不思議そうに彼の行動を見つめた。
「――まっ、やり方次第で何とかなるだろっ!」
ジンはテュルゴ達の方に向けて、力いっぱいそれを投げた。ルシカは彼の一連の行動に唖然とした。
「――!?」
テュルゴは突如こちらに放り投げられた空き箱に驚くも、魔障壁を出してそれを防いだ。光でやられた目も既に回復していた。あっ!とルシカは叫ぶ。
魔障壁で防がれた空き箱は音を出して割れる。その光景を見下ろしながらテュルゴは高笑いした。
「くっくっく……こんな小細工この奇才テュルゴには効かんよ。大人しく私の――」
言いながら彼が出した魔障壁が消えて行く。その刹那を見逃さずジンは微動だにしない異形に向かって撃った。腹部に命中し、ルシカの描いた陣術が展開される。
「なっ……これは陣術!?一体何を――」
「――その呪術、私が解くわ!」
空き箱の裏から姿を見せたルシカが、その陣術目掛けて杖の先端を指す。その先端には陣術が展開され光り輝いていた。暗闇の中でのその眩い光景に、ジンは目を逸らした。
光が消えて行き、辺りは再び暗闇へと包まれて行く。ルシカは杖を下ろし、ふう、と息を付いた。彼女の横に並びジンは辺りを警戒しつつ銃の弾を補充した。
「魔障壁は銃使いにとって天敵だからな。対策すんのは慣れてんだよ」
「いきなり木箱投げたりして何してんのこの人…って思ったわよ」
ジト目でジンを見た後、陣術を描き始めた。
「これで無理矢理くっ付けられてた状態じゃなくなるから、今助ける為の――」
言い掛けた所でボタボタっと何かが落ちた音がした。同時に強烈な臭いが辺りに漂う。あまりの臭いに顔を顰め鼻を手で抑えた。
その臭いは何か腐った様な、腐臭がする。何かが落ちた音の方を見ると……それは2人の人間の腐敗が進んだ死体だった。
「……!」
「え……」
ジンは目を見開き、ルシカは膝から崩れ落ちてその場でへたりと座り込んだ。2人は茫然自失のままその死体を眺める事しか出来なかった。
瞬間、男の悲鳴が倉庫内に響いた。
「ああああああ何という事を!私の実験体が!!折角成功したというのにいいいい!!!」
テュルゴも膝から崩れ落ちて頭を掻き毟る様に抱えた。フードが外れてその顔が現れる。酷く醜く、目が充血していた。
「どう、して……だってずっと、助けてって……」
ルシカは唇を震わせながら2人の死体を茫然と見つめてた。ジンの頭の中でコウの「声」が響く。
『……彼女の言う通り呪術で2人の人間を無理矢理くっ付けてたんだと思う。それ自体は合ってたけど、人間同士というよりは――』
「…………死体同士をくっ付けてたって事か」
ポツリと呟いたジンの言葉に、静かにルシカは彼の方を見た。
「…………え、」
突如テュルゴがこちらを睨み指差し、唾を飛ばしながら叫んだ。
「あああそうとも!死体同士相性が良いと私の呪術で新たな一つの生物となるのさ!私の実験体としてなぁあああ!!それを!それを貴様達は終わらせたのだ!!」
醜く顔を歪めながら叫ぶ男を、ジンは冷ややかな目で見つめた。
「……アンタの実験体とやらが何度も助けてって言ってたのは?」
ジンの質問に、テュルゴは突如叫ぶのをやめ真顔になり、平然と答えた。
「――私の呪術で言わせてたのだ。どんな醜くき者でも助けてと懇願すれば人は躊躇するからな」
淡々と言う男に、ジンは内心激昂した。こんな人1人の生命を何とも思わない男が、実験体と称して生命を弄ぶ男が奇才テュルゴ――歯軋りし、怒りを何とか抑えた。
「だが貴様らは躊躇せず!私の実験体を殺したのだ!私の呪術で生き返らせたというのにいいい!!」
その言葉に、ルシカはゆっくりとテュルゴの方に顔を上げた。震える声で話した。
「ころ、し……?でも、それは貴方が――」
「黙れ女ァ!お前が私の呪術を解いたからこうなったのだろうが!!」
「――っ!」
テュルゴの言葉にルシカは顔面蒼白になる。陣術を使った右手が震える。
――私が殺したの?この人達を?呪術を解かなければこの人達は今も生きて……あの姿で生きてたの?……私、わたしは……魔法で、ひと、を――
「――おい!しっかりしろ!!」
突如叫び声と頭に軽い衝撃を受けて我に帰った。見上げると手を上げた赤毛混じりのボサっと整ってない茶髪の少年がいた。呆然としながら衝撃を受けた頭に触れる。ああ、彼が、――ジンが自分の頭を叩いたのか、と理解して行った。
顔色の悪いルシカを見ながらジンは大きな声で言った。
「アレはアンタの所為じゃない!アンタが原因じゃねぇ!……全部あのクソ野郎がやった事だ!」
キッとジンはクソ野郎を睨んだ。
「今余計な事考えんな!――あのクソ野郎に集中しろ!!」
彼の叱責にルシカはハッと意識を取り戻した。手はもう震えてなかった。杖を握る事は出来たが立つ事が出来ない。
テュルゴはゆっくりと立ち上がりながら紫色の灯を手中に収める。それは一つの巨大な火の塊となっていった。
「……まあいい。君達を死体にして私は!私の実験体を再び――」
言い掛けた所で巨大な火の塊が突然消えた。ジンとルシカは目を見開いた。だがテュルゴにとってもそれは予想外だったらしく、呆気に取られていた。
不意に背後から紫色の灯が点いた。先程テュルゴが見せた巨大な火の塊よりも大きく、怪しく辺りを照らす。
振り向くとそこには、白銀色の面を付けた、黒紫のローブ姿の男が立っていた。
「――クソみたいな魔法の使い方だねぇ」
男は呆れた様な、冷ややかな声でそう呟いた。




