BAR現る②
続きましたぁ!!
というわけで、今回から本格的にカクテルが出てきます。
一応、カクテルにも『最初の一杯』的な概念が存在していて、爽やか系・甘め系・軽め系.....などなど、それなりの数があるらしい。
ちなみに、この時の長尾景虎は出家騒動という名のゴタゴタの数日前ぐらいだとか。
バーの開店準備をしていた最中のとある出来事により、壮馬はひょんなことから後に上杉謙信と呼ばれる武将にして、今現在は長尾景虎と名乗っている男を接客することになり、彼のためにカクテルを作ろうとしていた。
カクテルという酒は、主にウォッカ・テキーラ・ラム・ジンの四大スピリッツベースの他に、ワイン・ビール・リキュールなどを使用したカクテルも存在しており、その組み合わせは無限にあると言っても過言ではない。
ただ、それはあくまで壮馬が生きる現代の話であるため、目に前に居る景虎の口に合うかどうかは分からなかったため、当たり前だが彼は頭を抱えていた。
しかしながら、どんな形であれ彼が自分の店の客として来店し、自身の提供する酒を楽しみに待っているという事実があったからか、彼は気を引き締めるとカクテル作りに取り掛かろうとしていた。
「さっきも申しましたが、カクテルはいくつかの素材を組み合わせることで完成する酒になります。カクテルの土台となる基酒、酒の味を引き立たせる副材料、香りや風味付けのガーニッシュ。これらを組み合わせることにより、カクテルは完成するのです」
「ほぅ、随分と凝っているのだな」
「えぇ、そこがカクテルの魅力ですからね」
壮馬は景虎に向けてそう言った後、カウンターに鉄製の筒の物を、タンブラーを置くと、そこにいくつかの氷を入れたのだが
「なっ!?それはまさか.....氷か!?氷なのか!?」
そもそも、景虎が生きた時代の氷が貴重な物であったことに加えて、その氷が不純物が無い綺麗な物であったことも相まってか、彼は食い入るように見つめながらそう叫んでいた。
景虎のその様子を見た壮馬は、この時代では氷は珍しいのかと理解したようで、クスッと微笑みながらカクテル作りの作業を続けていた。
「オイ、その氷はどこで手に入れたのだ!?」
「主に製氷会社から買っているので、普通の店では買えないやつですね」
「.......そうか」
彼がタンブラーの中に入れたモノを、透明度の高い氷を本気で手に入れたいと思っていたのか、景虎は分かりやすくガックリと肩を落としていた。
しかし、それでも壮馬の行っている作業が気になっていたようで、彼の動きをジッと観察していたため、壮馬は景虎が余程お酒好きなのかな?と思っていたとか。
そんな景虎の視線を感じつつ、壮馬はタンブラーの中にカクテルのベースとなる酒を、ドライ・ジンを入れた後、それをバー・スプーンという特殊な匙を使い、手早く静かに混ぜていた。
「.....手際が良いな」
「これはステアという作業でして、材料同士の風味を活かすための作業なんです」
ある程度ステアをし終わった後、丁寧に作業をする壮馬に向けてそう言葉を漏らす景虎。
その言葉を聞いた壮馬は、独立して初めてそんなことを言われたからなのか、思わず照れるように微笑んでいた。
そして、今度はタンブラーの中にトニック・ウォーターを8分目まで注ぐと、それを予め冷やしていたグラスへと移し、そこにライムを飾りつける形でカクテルを完成させたのだった。
「お待たせしました、『ジン・トニック』になります」
そう言った後、壮馬が景虎に向けて差し出したのは....『最初の一杯』として世界的にも人気なカクテル、『ジン・トニック』であった。
バーテンダーである壮馬自身は、彼が初めての客ということでこのカクテルを選んだのだが、『ジン・トニック』が口に合うかどうかを気にしていた。
ただ、『ジン・トニック』を提供された当の景虎は目の前にある未知の酒に対し、興味津々な様子で見つめていたため、壮馬自身はその不安が杞憂だったかな?と思い始めていた。
「『じん・とにぃっく』.......何とも不思議な名前の酒だな」
「ジンはこのカクテルのベースとなっている蒸留の名前で、トニックはトニック・ウォーターという炭酸飲料....いわゆる泡が入った飲み物を混ぜたモノになります」
壮馬がニコッと笑いながらそう説明したところ、景虎はその言葉を確かめようと思ったのか、シュワシュワと泡が止めどなく湧き上がる『ジン・トニック』を見つめていた。
「ちなみに、この『ジン・トニック』はライムと呼ばれる果物を絞ってお飲みください」
「ほぅ、それがこの酒の飲み方か」
壮馬の言葉に対し、フッと口角を上げながらそう言う景虎。
戦国時代の人間である彼にとって、未来の世界の酒であるカクテルが未知の物であった。
しかし、元々酒好きであった彼は恐れよりも好奇心の方が疼いていたのか、壮馬の言われた通りに慣れない様子でライムを絞った後、『ジン・トニック』を一口飲んだ。
その瞬間、口の中にライムの酸味と清涼感溢れるジンの風味、それからトニック・ウォーターの香りが舌を通して体全体に伝わったため、景虎は大きく目を見開くとこう言った。
「....美味い、これは美味いな」
そう声を漏らす景虎の顔は、こんなにも美味い酒があるのかと言わんばかりの表情に染まっていて、そのままの勢いでもう一口飲んでいた。
一方、その様子を見た壮馬はというと、自身の作ったカクテルが受け入れられたのだと思ったのか、ホッと一安心したような顔になっていた。
「爽やかだが、時折感じるこの苦味が良いな。こんな酒は今まで飲んだことがないぞ!!」
「あ、ありがとうございます!!」
ニッと笑いながら景虎の言葉に対し、嬉しさを隠しきれない様子でそう言う壮馬。
と言うのも、何しろ景虎が自身の店の初めての客であり、初めて自分自身が作ったカクテルを飲んだ客でもあるため、そう感じるのも無理はなかった。
そう思っている壮真を尻目に、景虎はチビチビと『ジン・トニック』を飲んでいたが、次第につまみが欲しいと思ったようで
「....すまないが、何かつまむをくれ」
壮真に対し、彼の顔を見ながらそう声を掛けていた。
その言葉を聞いた壮馬は、彼に対して分かりましたと答えると、『ジン・トニック』に合うつまみを....いくつかのミックスナッツ入りの小皿を置いたのだった。
「....これは?」
「つまみのミックスナッツ....まぁ、要は色んな木の実を軽く炒った後、塩をまぶした物になります」
「ほほぅ?」
壮馬の提供したカクテルに対し、そう声を漏らしながら手で掴むと、そのまま口の中に入れる景虎。
そして、そのまま『ジン・トニック』を口に含んだところ、今度は目を輝かせてながらこう言った。
「....合うな」
「それなら良かったです」
ニコッと笑いながら壮馬がそう言ったところ、景虎は何かを含んだような表情になった後.....『ジン・トニック』を一口飲んだ後、彼に向けてこう尋ねた。
「こんなにも美味い酒があるとは.....知らなかった」
「その気持ちは凄く分かります。確かにこの世界は広いですし、何より大きいので色んな物と出会える楽しさと喜び、嬉しさがありますよね」
その言葉を聞いた壮馬がそう言うと、景虎はそれもそうだなと呟いていたが、その顔にはほんの少しだけ微笑ましそうな顔が映っていた。
そして、何かの決意を決めたのか....景虎は『ジン・トニック』を飲み干すと、壮馬の居るカウンター席から立ち上がるとこう言った。
「貴様の作った『じん・とにぃっく』と言う酒は実に美味かった。また来ても良いか?」
「もちろんです。またのご来店をお待ちしています」
壮馬がそう言うと、景虎はフッと微笑みながら店を後にしたのだが.......この出来事がまるで夢みたいだと思った彼は、夢かどうかを確かめるために自分の頬をつねったところ、当たり前だが痛みを感じたため、夢じゃなかったのか....と言う顔になっていた。
景虎は景虎で、元の毘沙門天堂内へと戻ったのは良いものの、『Barオアシス』へ繋がる扉をジッと見つめた後、そのまま瞑想を再開したのだった。
そういうわけで、壮馬の営む『Barオアシス』が無事にオープンしたワケなのだが、当の壮馬自身は彼から貰った刀をどうしようかと悩んでいたとか。
ジン・トニック
世界的に知名度も人気の高いカクテル。
材料はドライ・ジンとトニック・ウォーター、それからライムやレモンを含めた柑橘類。
元々は、トニック・ウォーターを飲むための手段としてイギリス統治下のインドで生まれたのだが、壊血病対策としてイギリス海軍の間でも飲まれていたとか。
『始めの一杯』として親しまれていて、食前酒としても人気が高い模様。




