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恋愛掌篇小説集  作者: 髙橋P.モンゴメリー


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1/5

君が好き

 「それ、また食べてるの?」


 コンビニの新作プリンをトレーに乗せたとき、君は呆れたように笑った。

 大学の帰り道、いつもの店、いつもの時間。

 君はホットコーヒー、わたしは甘いもの。何度繰り返した光景かわからない。


「期間限定って書いてあるやつは、買っとかないと後悔するんだよ」


「後悔っていうより、太るよ」


 そう言いつつ、君の手はスプーンを奪いにくる。

 一口だけ、って言いながら、だいたい三口くらい食べるのも、もう知ってる。


「寒くない?」

「上着、貸そっか?」

「今日もちゃんと朝ごはん食べた?」


 わたしの口から出てくるのは、だいたいそんな言葉ばかりで、

 本当に言いたい言葉は、いつも喉の奥で渋滞していた。


 ――君が、好きだ。


 それだけなのに、世界が終わりそうなくらい勇気がいる。

 だから代わりに、「プリン食べる?」なんて、どうでもいいことばかり口にしてしまう。


 春が来て、君の髪が少し短くなった。

 夏が来て、君がペットボトルのアイスコーヒーばかり飲むようになった。

 秋が来て、ふたりで図書館にこもる日が増えた。

 カレンダーのページをめくるたびに、「言えなかった日」が一枚ずつ増えていく。


 そして冬。

 就活の話が、本格的になってきたころ。


「ねえ」


 帰り道の信号待ちで、君が珍しく、言いよどんだ。

 白い息が、ふわりと空に溶ける。


「もし、さ。遠くの会社受かったら……どうする?」


「どうするって?」


「ここ、あんまり戻って来られなくなるかもって話」


 心臓が、どくん、と音を立てた。

 それは、さっき階段を駆け下りたせいじゃない。


「……さびしい、かな」


 ようやく出てきたのは、そのくらいの言葉だった。

 わたしの中の「君が好き」は、翻訳するといつも「さびしい」になってしまう。


 信号が青になり、人の流れが動き出す。

 君は少し黙って歩いてから、不意に立ち止まった。


「ねえ」


 名前を呼ばれた。

 振り向くと、君はまっすぐにわたしを見ていた。


「オレ、君の“プリン好き”より、君の“人の体調気にする癖”のほうが好きなんだよね」


「……なにそれ」


「だから、さ。遠くに行くならちゃんと言っとこうと思って」


 心臓が、また大きく跳ねる。

 何かを笑ってごまかそうとしても、喉がうまく動かない。


「えっと、それって」


「うん。つまり、その……君が好きってこと」


 世界が、一瞬だけ無音になった。

 車の音も、人の足音も、コンビニのドアのチャイムも、全部どこか遠くへ行ってしまったみたいだ。


 ずるい。

 先に言われるなんて、思ってなかった。


 でも、せっかく信号が赤に変わって、また立ち止まったのだから。

 わたしも、やっと前に進む準備をする。


「……わたしも」


 マフラーの中でこもった声が、自分でも驚くほど震えていた。


「君が好き。ずっと前から、たぶんずっと後も」


 君は、ふっと息を吐いて笑った。

 安堵の笑いだったのか、照れ隠しだったのかは、今でもよくわからない。


 ただ、そのあとコンビニに寄ったとき、君はいつものホットコーヒーではなく、

 わたしと同じ新作プリンを二つ、トレーに乗せた。


「なにそれ」


「期間限定って、買っとかないと後悔するんでしょ?」


 レジ袋の中で、プリンが二つ並んで揺れる。

 帰り道、わたしは何度もその袋を覗き込んで、よくわからない幸福感に酔っていた。


 ――あの日から何年も経った今、冷蔵庫には相変わらずプリンが入っている。

 ひとつは君のぶん、ひとつはわたしのぶん。ときどき、もうひとつ、小さなカップが増えた。


「ママ、またプリン買ってる」


 小さな“君”が呆れた声を出す。

 わたしはつい、いつものセリフで返してしまう。


「期間限定って書いてあるやつは、買っとかないと後悔するんだよ」


「じゃあボク、パパに言っとく。『ママのこと、今のうちにもっと好きって言っとかないと後悔するよ』って」


 キッチンの入口で、エプロン姿の君が固まる。

 わたしと目が合うと、あの冬の日と同じ、照れた笑いを浮かべた。


「……じゃあ、言っとかないとな」


 食卓にプリンを並べながら、君は照れくさそうに言う。


「今も、前よりも、やっぱり君が好き」


 初めて聞いたときよりも、ずっと自然に受け止められたはずなのに、

 わたしの心臓は、あの日と同じようにうるさく跳ねていた。


 君が好き。

 何度でも、何年たっても、言われるたびに新作みたいに胸が高鳴る言葉だ。

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