第四部・第十九話(第89話) 砂の守護獣
信の間を越えた先――そこに待っていたのは、砂漠の砂をまとった巨大な獣だった。
頭は獅子、胴体は蜥蜴、尾は蠍。
その名も砂の守護獣・バハル=サンドビースト。
「……おっきい」私は思わず呟いた。
「親友、あれは一国の軍でも苦戦する相手だぞ」ライガが真顔で剣を握る。
「なにあれ、モンスターの詰め合わせ!? サービス過剰でしょ!」ルビヤが叫ぶ。
バハルが吼えると同時に砂嵐が巻き起こり、三人まとめて吹き飛ばされた。
「ひゃぁぁぁ!」
私は転がりながら必死にスカートを押さえる。
(うおぉ、異世界でスカートひらりは死亡フラグだろ!?)
ライガは剣で風を切り裂き、踏みとどまった。
「くそっ……力で押すしか!」
「馬鹿力だけでどうにかなる相手じゃないって!」私は叫ぶ。
ルビヤが拳を振り上げ、バハルの顎に渾身のアッパーを叩き込んだ。
ごぉん!
しかし……効いてない。
「……か、硬いっ!?」
逆に尾の一撃で壁にめり込むルビヤ。
「ぐふぅっ……! あたし、壁に飾られるタペストリーじゃないんだけど!?」
「待って! あれは調律型だ!」私は星図盤を開いた。
「砂と風と炎……三つの精霊のバランスで動いてる!」
ライガが眉をひそめる。
「つまり?」
「要は音痴なのよ!」
「は?」二人が同時に声を揃える。
「精霊たちが不協和音を起こして暴走してる。
正しいリズムに合わせれば鎮まるはず!」
私は床に落ちていた石板を太鼓代わりに叩き始めた。
「どん、どん、ぱっ! ほら合わせて!」
「戦場でリズムゲーム始める聖女がどこにいるのよ!?」ルビヤが叫びながらも、壁を叩いてリズムを取る。
ライガはため息をつきつつ剣で風を切り、重低音を響かせた。
バハルが首を振り、暴れながらも動きが鈍っていく。
リズムが揃った瞬間、砂嵐が収まり、バハルの身体を覆う砂が静まった。
「……お、落ち着いた?」
バハルは最後に一声吼えると、床へ伏し、砂の中へと消えていった。
代わりに残されたのは、輝く砂の宝珠。
「ふぅ……リズムでモンスター鎮めるとか、音ゲーかよ」私は膝に手をつきながら苦笑した。
ルビヤが爆笑して背中を叩く。
「親友、次から“太鼓の達人”って呼ぶわよ!」
「やめてぇぇぇ!」
宝珠が次の扉に吸い込まれ、光が広がった。
「……これで先に進める」ライガが剣を収める。
私は星図盤を見下ろし、唇を引き結んだ。
(黒幕はこの奥に必ずいる。遊んでばかりもいられない)
でも――笑い合える今の時間が、何より力をくれる。
次回予告
第90話「裏切りの儀式」
迷宮の深部で行われていたのは、黒幕の手による呪術儀式。
供物として狙われるのは……紅い瞳を持つルビヤだった――。




