第四部・第十七話(第87話) 知恵の間
砂迷宮の最初の広間に足を踏み入れたとき、私たちは言葉を失った。
天井はまるで夜空のように光り輝き、無数の星が瞬いていたのだ。
壁一面には星座を模した線画が並び、中央の床には巨大な盤。
「……これは、星を使った仕掛けだな」ライガが剣を下ろし、目を細める。
ルビヤが不安そうに紅い瞳を光らせた。
「でも、この星座……私でも読み切れない」
次の瞬間、天井の星々が動き出した。
光が線を描き、幾何学的な模様が次々と浮かび上がる。
『答えを導け。さもなくば、星は墜ちる』
低く響く声とともに、天井から光の破片が降り始めた。
「っ……攻撃か!?」ライガが剣で弾く。
「違う、これは警告! 時間制限付きのパズルよ!」私は即座に叫ぶ。
私は床に浮かぶ星の線を眺め、脳内で一瞬にして整理した。
(これは……グラフ理論の最短経路問題に似てる!
星と星を線で繋ぎ、エネルギーを流す回路だ!)
前世で資料に使った“可視化シート”を思い出す。
脳内でノードとリンクを整理し、最短で全ての星座を結ぶルートを描き出した。
「ライガ、北側の星盤を押して! ルビヤは東の線を繋いで!」
「分かった!」
「任せなさい!」
二人が走り出し、光の線が次々と繋がっていく。
降り注ぐ光の破片は私が精霊に呼びかけて弾き返した。
「風よ、盾となれ!」
最後の星を繋げた瞬間――
ぱぁぁぁぁっ!
広間全体が光に満ち、星座は美しい調和の形を作り出した。
崩れかけていた天井が静止し、光が一つの星へと収束した。
その星は床に落ち、宝珠となって転がる。
私はそれを拾い上げ、息を整えた。
「これが……知恵の間を越えた証」
ルビヤが目を輝かせて笑う。
「すごいじゃない、親友! 頭の中で全部見えてたの!?」
「まぁ、ちょっと得意分野でね……」
(まさかコンサル時代のデータ可視化スキルが、ここで役に立つとは)
ライガは剣を収め、短く言った。
「やはりお前は“聖女”ではなく“知恵の将”だな」
しかし、出口の扉に黒い影が残っていた。
「……黒幕の干渉だ」私は唇を噛む。
「ただの仕掛けじゃない。奴らはこの迷宮そのものを利用している」
ルビヤとライガは互いに頷き、私を守るように立った。
(次の間は、もっと厳しいはず……でも俺たちなら超えられる!)
次回予告
第88話「信の間」
仲間同士の絆を試す試練。
互いの過去と弱さを曝け出し、信頼を示さなければ先へ進めない――。




