第三部・第二十七話(第70話) にぱぁスマイルの約束
会談の場に、海風が吹き抜けた。
陸の獣人族と、海の魚人族――長く対立してきた両者が、いま同じ円卓につき、互いに頷き合っていた。
「海の闇を討つため、共に力を尽くそう」
魚人族の王の言葉に、獣人族の長老が深く頭を下げた。
「その言葉、我らも受け入れよう」
緊張に縛られていた空気が、少しずつ解けていった。
私は立ち上がり、両者を見渡した。
「今日から陸も海も、敵ではありません。
共に命を守り、未来を築く仲間です」
ざわめきの中、漁師や魚人族の母親たちが涙を拭った。
「……聖女様の言葉なら信じられる」
「やっと争わずにすむのか……」
その声が波のように広がっていく。
私は深呼吸し、両手を広げた。
――そして、あの笑顔を浮かべた。
「にぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ♪」
瞬間、場の空気が一変した。
険しかった戦士たちの顔が思わず緩み、子どもたちは笑い出した。
「……不思議だ。胸が軽くなる」
「にぱぁ……だと……?」
人も魚も、思わず肩を震わせながら笑顔を取り戻していく。
魚人族の王も微かに口元をほころばせ、低く呟いた。
「これが……聖女の力か」
私は首を振った。
「いいえ。これは私の力ではありません。
笑顔を信じ、未来を信じる――その想いが皆さんに届いただけです」
にぱぁスマイルは、もはや私だけのものではなかった。
陸と海を繋ぐ合図となったのだ。
夕暮れの岬に立ち、私は海を眺めた。
まだ封印の闇は眠っている。
真の戦いはこれからだ。
けれど今は――。
陸と海が協力し合う、その第一歩を踏み出せたことに胸を熱くした。
「にぱぁ……」と自分に呟く。
不思議と、どんな困難も乗り越えられる気がした。
◆ 第三部完
こうして、陸と海を巡る争いは戦争に至ることなく回避された。
聖女レティシアの「にぱぁスマイル」は、世界を照らす光として広く語られることになる――。




