第三部・第二十五話(第68話) 封印の真実
崩れかけた石柱を縫うように進み、私たちは遺跡の奥へたどり着いた。
そこは大広間のような空間で、壁一面に古代文字と壁画が刻まれていた。
光石の明かりが触れると、絵はまるで生きているかのように浮かび上がる。
「これは……」
魚人族の学者が呟いた。
「世界樹……?」
壁には巨大な樹が描かれ、その根は陸地だけでなく海の底深くにまで伸びていた。
蜥蜴人族の鍛冶師が壁画をなぞる。
「世界樹の根……海の底まで繋がっているのか」
私は心臓が高鳴るのを覚えた。
「……つまり、海と陸の生命は、世界樹を通じて一つに結ばれている」
壁画の隅には、黒い渦が描かれていた。
それは根を侵食し、海の命を奪っていく影。
「これが……瘴気の源?」
ライガが険しい顔で呟く。
魚人族の学者が必死に古代文字を読み上げる。
「――“かつて、深淵より現れし闇、精霊を喰らうものあり。
世界樹の根を通じ、陸と海に災厄をもたらす。
我らは供物を捧げ、封を維持せり”」
鳥人族の斥候が青ざめた。
「……つまり、呪具は闇を封じるためのものだった……?」
私は拳を握った。
「けれど封印は弱まり、闇が漏れ出している。
それが魚人族の飢えと、海の異変の原因なんだ」
その瞬間、遺跡全体が震えた。
黒い霧が壁の隙間から滲み出し、広間を包む。
「……まだ……足りぬ……」
耳に低い囁きが響く。
ライガが剣を抜き、魚人族の戦士が槍を構える。
「出てこい、黒幕!」
だが霧は形を取らず、ただ笑うように揺らめいた。
私は霧を睨みつけ、叫んだ。
「誰であろうと……この海を、世界を蝕ませはしない!」
胸の奥で、水の精霊の声が微かに震えた。
「……まだ……目覚めるな……聖女よ……時を稼げ……」
私は理解した。
――黒幕は、まだ完全には目覚めていない。
だが、封印が崩れれば取り返しがつかなくなる。
私は仲間を振り返った。
「封印を守らなければならない。そのために……真実を王へ伝えよう」
魚人族の学者が頷いた。
「これならば、我らの民も信じざるを得ないだろう」
遺跡を後にする足取りは重い。
だが胸の中に宿ったのは、確かな誓いだった。
――必ず、この闇を止める。
世界樹と海を守り抜くために。




