第三部・第二十一話(第64話) 深海の呪具
共同調査隊は再び深海へ潜った。
光の届かぬ世界、冷たく沈黙する水の底。
ただ魚人族の光石と、鳥人族が持ち込んだ魔導灯が周囲をかすかに照らしていた。
「……ここは、あの日よりも寒い気がする」
ライガが低く呟く。
私は頷きつつ、胸の奥のざわめきを押し殺した。
――精霊の気配が、遠ざかっていく。
海底の岩場に、不自然な光があった。
近づくと、それは黒い石を中心に組まれた円陣だった。
貝殻や骨が突き立てられ、縄のように編まれた海藻で結ばれている。
「……これは……」
蜥蜴人族の鍛冶師が顔をしかめる。
「呪具だ。しかも、ただの呪術ではない。精霊を縛る術式が刻まれている」
鳥人族の斥候が羽を震わせた。
「……誰がこんなものを……」
突如、周囲の水が濁り、死んだ魚が浮かび上がった。
眼は虚ろに見開かれ、口は開いたまま。
全員が息を呑んだ。
「……まるで、この呪具が魚を殺しているようだ」
私は呟いた。
すると、呪具の中心から黒い泡が立ち上り、低い囁きが耳を打った。
「……もっと……もっと……血を……」
私は思わず後ずさった。
「今の、聞こえた……?」
ライガが剣を構え、険しい目で頷いた。
「俺にも聞こえた。……この呪具、生きてるのか」
その瞬間、風の精霊の声が鋭く頭に響いた。
「離れろ! これは……汚染だ!」
同時に呪具の陣が震え、黒い触手のような影が水中に伸びた。
魚人族の戦士が槍で突き、蜥蜴人族が火花を散らす石を叩きつける。
「聖女、後ろへ!」
ライガが叫ぶ。
私は必死に水の精霊へ呼びかけた。
「お願い、応えて!」
だが――返ってきたのは沈黙。
精霊は未だ縛られていた。
最終的に蜥蜴人族の鍛冶師が火薬玉を仕掛け、呪具は爆ぜて砕けた。
黒い影は霧散したが、重苦しい余韻だけが残った。
「……ひとつ壊したにすぎん」
魚人族の学者が沈んだ声で言った。
「同じものが、海のあちこちにあるはずだ」
私は拳を握った。
「黒幕は、海そのものを蝕んでいる。必ず見つけ出し、止めてみせる」
誰も言葉を返さなかった。
ただその場の沈黙が、決意の共有を示していた。
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次回予告
第三部・第二十二話(第65話)
「海の裁き」
呪具の存在が明らかになる中、魚人族の内部でも分裂が始まる。
聖女に協力すべきか、戦を起こすべきか――裁きの場が開かれる。




