第三部・第二十話(第63話) 黒幕の影を追って
深海調査から数日。
共同調査隊の空気は未だ重く、焚き火を囲む陸と海の者の視線は互いを探り合っていた。
「……また魚が消えた」
「網を破ったのは陸の者では?」
「証拠はない。だが信用もできん」
その空気の中で、私は静かに口を開いた。
「――では、証拠を探しましょう」
全員の視線が集まった。
「誰の仕業かをはっきりさせる。互いを疑う時間を、真実を探すために使いませんか」
翌朝、調査隊は小舟で沖へ出た。
波間には黒い浮遊物――網を裂いたと見られる痕跡が漂っている。
鳥人族の斥候が素早く拾い上げ、ライガに渡す。
「これを見ろ。刃物の痕だが……材質が奇妙だ」
ライガが眉をひそめる。
「鉄ではない。骨か……?」
魚人族の学者が目を見開いた。
「それは……深海に棲む古代魚の骨を加工したもの。陸の民には扱えない」
その一言に、場が静まり返った。
魚人族の戦士が低く唸る。
「……ならば、陸の民の仕業ではないのか」
ライガも頷く。
「俺たちも、この矛盾に気づいていた」
互いに視線を交わし、少しだけ険が取れた。
「……互いを敵と見なすのは、黒幕の思う壺だ」
私の言葉に、誰も反論しなかった。
さらに調査を進めると、海底に奇妙な陣が刻まれているのを発見した。
貝殻と黒い石を組み合わせた歪な紋様。
精霊の気配がそこから押し潰されている。
「これは……呪術だ」
蜥蜴人族の鍛冶師が顔を歪める。
「自然現象ではない。意図的な……精霊を縛る術」
水の精霊がわずかに震え、掠れた声が響いた。
「……闇……まだ……深く……」
私は拳を握りしめた。
――黒幕は、確かに存在する。
拠点に戻る道すがら。
魚人族の戦士が不器用に口を開いた。
「……聖女よ。さっきの矢の件、疑ったことを詫びる」
ライガも頷いた。
「俺もだ。お前がいなければ、俺たちは既に争っていた」
私は微笑んだ。
「これからは互いを信じて、黒幕を追いましょう」
海風が頬を撫でる。
少しずつではあるが、不信の鎖が解け、信頼の絆が結ばれ始めていた。
次回予告
第三部・第二十一話(第64話)
「深海の呪具」
黒幕の手掛かりを追う調査隊。
海底で発見された呪具が、新たな謎と恐怖を呼び起こす――。




