第三部・第十九話(第62話) 黒幕の影
深海から戻った調査隊は、岩礁に設けられた臨時の拠点で息を整えていた。
だが安堵の空気はなかった。
全員の心に焼きついていたのは――魚の死骸と、海底から吹き出した黒い瘴気。
「……あれは自然ではない」
蜥蜴人族の鍛冶師が低く言う。
「だが、誰が仕組んだ? 海そのものを蝕むなど……」
魚人族の戦士が槍を突き立てるように言った。
「やはり陸の民だ。あの瘴気は陸の魔術師が海を奪うために使っている」
ライガが即座に反発した。
「馬鹿を言うな! 俺たちが自分の食糧を枯らすはずがない!」
「証拠はあるのか!」
「お前たちこそ!」
互いの怒声がぶつかり合い、拠点の空気は張り詰めた。
私は前に出て両手を広げた。
「待って! 互いを疑っても何も解決しない!
あの瘴気は……もっと別の力の仕業です」
だが魚人族の戦士は鋭い目で私を睨んだ。
「聖女よ。お前が陸の者だから、庇っているのではないのか」
広間に沈黙が落ちる。
――その視線に、一瞬胸が痛んだ。
蜥蜴人族の鍛冶師が唸る。
「しかし、あの矢の件といい……誰かが意図的に争わせようとしているのは確かだ」
鳥人族の斥候が声を潜める。
「陸の者か、海の者か、それとも第三の存在か……」
その言葉に全員の目が揺れた。
――見えぬ黒幕の存在。
私は強く言い切った。
「誰の仕業であれ、必ず突き止めます。
私は……この世界の全ての民を守りたいから!」
だが、完全に空気が和らぐことはなかった。
不信はすでに根を張り、誰もが隣を信用しきれなくなっていた。
その夜。
拠点の周囲の海で、黒い影が静かに漂っていた。
「陸も海も、互いを疑い続ける……
いずれ憎しみは臨界を越える」
低い囁きが水に溶け、精霊の気配がまた一つ沈黙した。




