第六話 経済無双――農業革命と商会設立
内政チート描写をさらに掘り下げ、マーケティング・会計・交渉術を前世コンサルおじさんの頭脳で展開する章です。
輪作を導入してから半年。
農村では豆の花が咲き、麦畑の色はかつてよりも力強くなっていた。
農民たちの顔に安堵の笑みが浮かぶのを見るたび、俺は心の中でガッツポーズを決めていた。
――第一KPI「収穫量の安定」クリア。
だが、次の課題はすでに見えていた。
作物をどう流通させ、どう富を生み出すか。
収穫だけでは領地は豊かにならない。経済の血流を整えねばならない。
父は王都から大商会の使節を呼んだ。
「レティシア。お前の知恵で、この辺境に新しい流れを作ってみよ」
会談の場に現れたのは、灰色の羽織を着た初老の男――ヴァルツ商会の当主、ヴァルツだった。
小柄だが、目は鷹のように鋭い。長年商売で鍛えたであろう視線に、ただの子どもであれば圧倒されただろう。
「辺境伯令嬢。ご高名はかねがね。だが、我ら商人は数字と利益でしか動きませんぞ」
挑発的な笑み。
だが俺は机に羊皮紙を広げ、冷静に言った。
「承知しています。ですから――数字をお見せしましょう」
俺は輪作による収穫量の推移予測を示した。
「現状維持なら来年の収穫は一割減。ですが、輪作導入で三割増が見込めます」
さらに、交易路護衛を強化した結果、通行量が回復基調にあることをグラフ化して見せた。
「このままでは王都の塩価格は上昇し続けます。ですが辺境の供給が安定すれば、逆に我らの市場は王都に対して優位に立てるのです」
ヴァルツの瞳が細められる。
「……優位に、とは?」
「価格を決めるのはこちら側になる、ということです」
場の空気が揺れた。
騎士団長も財務官も息を呑み、父は沈黙のまま俺を見つめている。
さらに俺は帳簿を開き、三つの表を見せた。
「収穫高」「流通量」「価格」。
すべてを月ごとに整理した表だった。
「これがあれば、我らは“勘”ではなく“数字”で商売ができます。利益率、回転率、在庫――それを把握すれば、必ず勝てます」
商人たちはざわめき、ヴァルツは初めて真剣な眼差しを向けてきた。
「……そのような帳簿を、我らに使わせると?」
「はい。ただし条件があります」
俺は微笑む。
「辺境の農産物を扱う新商会を設立します。名前は“グランツ商会”」
「……辺境伯家が商会を?」
「表向きはヴァルツ商会と共同です。利益配分は七対三。こちらが七です」
会場に緊張が走る。
七対三――圧倒的に辺境伯側が有利な条件だ。
ヴァルツはしばらく沈黙した後、口角を上げた。
「強気ですな……だが、面白い」
父が低く唸る。
「本気か、ヴァルツ?」
「ええ。数字を信じましょう。この令嬢の数字を」
こうして「グランツ商会」が誕生した。
農民は安定した売り先を得、商人は新しい市場を開き、辺境伯家の収入は増える。
経済の血流は確かに流れ始めていた。
その夜、父は俺の肩に手を置き、言った。
「レティシア、お前はもう“子ども”ではない。……私の片腕だ」
胸に熱いものが込み上げる。
――この世界で生きる意味。
ようやく手応えを掴んだ気がした。
次回予告
第七話 モテ期爆発――剣士、魔術師、王子まで
経済改革の成功で名声が高まるレティシア。だがその功績は“美貌の令嬢”としての評価をさらに押し上げてしまう。辺境には剣士、魔術師、そして再び王子までもが押しかけ、内政どころかモテ騒動が爆発!