第三部・第十六話(第59話) 火種は各地へ
海底宮殿を後にして数日。
港町や漁村では不安が広がっていた。
「漁に出た仲間が魚人族に襲われた!」
「網を切られた!」
「いや、向こうだって生きるためだ!」
小競り合いが各地で頻発し、領民の間に憎しみが芽生え始めていた。
――これが続けば、本当に全面戦争に発展する。
私は港町の集会で声を張り上げた。
「皆さん、どうか冷静に。
魚が消えたのは誰か一方のせいではないかもしれません。
自然の異変、あるいは精霊に関わる問題の可能性もある」
民衆はざわめいた。
「だが、このままでは飢える!」
「戦うしかないのか!」
私は首を振った。
「戦えば、さらに犠牲が増えるだけです。だから――原因を調べるべきです」
私は魚人族に使者を送り、海辺の岩礁で再び会合を持った。
「聖女よ、我らに何を言うつもりだ」
魚人族の戦士が警戒の目を向ける。
「全面戦争を避けたいのなら、まずは調査を。
陸と海、双方の代表を出し、共に原因を探るのです」
王の代理として来ていた将が嘲る。
「調査だと? その間に陸の民が魚を獲り尽くしたらどうする」
「だからこそ、互いに監視し合えばいい。
少なくとも、真実が分かるまでは……戦うべきではありません」
沈黙が流れた。
やがて将は低く唸るように答えた。
「……いいだろう。だが覚えておけ、聖女。
もし陸の民が裏切れば、我らはすぐに戦を起こす」
私は頷いた。
「それで構いません。私は必ず真実を見つけます」
夜、宿に戻るとセレナが心配そうに待っていた。
「お姉さま、どうなりましたか?」
「全面戦争は避けられた。けれど……小競り合いは続くだろうね」
セレナは拳を握り、真剣な目で言った。
「調査を成功させなければ……本当に戦争になってしまいます」
「うん。だから、私たちの知識と精霊の力、全部使って挑もう」
そのころ、海のさらに深い場所で。
黒い影が渦を巻き、精霊の気配を押し潰していた。
「……陸も海も争わせよ。真実に辿り着く前に」
その声は、精霊たちの沈黙をさらに重くしていった。
次回予告
第三部・第十七話(第60話)
「共同調査隊」
陸と海、両陣営の代表が選ばれ、調査隊が結成される。
しかし、その初陣から不穏な罠が待ち受けていた――。




