第三部・第九話(第52話) 精霊と獣人の関係
第52話から、妹の名前を セレナ として正式に登場させます。
今回は幻想的&神秘的なトーンで「精霊と獣人の関係」を描き、セレナの聡明さを前面に出していきます。
獣人共和国の郊外、深い森の奥にひっそりと精霊を祀る祭壇があった。
鳥人族の舞と共に、木々の間から光が差し込み、透明な粒子が漂う。
「……これが、獣人たちの精霊信仰」
私は思わず息を呑んだ。
獣人族は人間と違い、精霊と「共に生きる存在」としての距離感を持っている。
彼らは精霊を神格化するより、日常の隣人のように扱うのだ。
祭壇で祈りを捧げると、小さな風の精霊が私の周りを舞った。
火の精霊もちらちらと姿を現し、光が瞬く。
だが――水の精霊だけは姿を見せなかった。
「……やっぱり」私は低く呟いた。
セレナが隣で首をかしげる。
「お姉さま、水の精霊が……来ませんね」
「うん。まるで、何かに縛られているみたい」
周囲の獣人族も不安そうに囁き合っていた。
「最近は水の精霊の声を聞かなくなった」
「海と関係があるのでは……」
森を後にする道すがら、セレナは静かに口を開いた。
「お姉さま。精霊が沈黙しているのは、ただの不機嫌じゃないと思います」
「どういうこと?」
「……きっと、理由があるんです。環境の変化、もしくは誰かが精霊を利用しているとか」
私は思わず妹の顔を見た。
――まだ幼いはずなのに、その瞳には確かな理知が宿っていた。
「セレナ……やっぱり、あなたは賢いね」
「いえ……お姉さまが、いつも数字で未来を見せてくれるから。私も考えるようになっただけです」
その謙虚さが、胸に刺さった。
宿に戻り、窓辺で月を仰ぐ。
――風と火は応えてくれる。だが水の精霊だけが沈黙している。
海産物の減少。
港町の噂。
そして精霊の声なき沈黙。
全てが一つの線に繋がっていく気がした。
その夜、セレナが私の部屋にやってきた。
「お姉さま、少しお話してもいいですか?」
「もちろん」
彼女は少し言いにくそうにしながらも、勇気を振り絞って言った。
「……私、もっと勉強したいです。精霊のことも、この国のことも」
「どうして?」
「お姉さまに甘えているだけでは、きっと守れない。だから、私も強くなりたいんです」
私は胸が熱くなり、セレナを抱きしめた。
「ありがとう……でも、無理はしないでね。あなたが隣にいてくれるだけで、私は強くなれるから」
そのころ、海辺では――
黒い影が波間に揺れ、低い声が響いていた。
「……水の精霊は沈黙し続けている。
陸の民は、まだ気づいていない」
月光に照らされ、魚人族の姿が一瞬だけ浮かんでは消えた。
次回予告
第三部・第十話(第53話)
「夜の花火大会」
夜空を彩る大輪の花火。
レティシアとセレナの心温まる時間の裏で、港には再び黒い影が忍び寄る――。




