第五話 辺境改革――現代コンサル思考で領地経営
王都での社交界デビューを終え、俺は久しぶりに故郷の屋敷に戻った。
両親は満足げに笑い、家臣たちは「さすがはレティシア様」と口を揃える。
――だが俺にとって、華やかな舞踏会よりも興味深いのは、この領地そのものだ。
王都で見聞きした政治と経済の情報を思い出しながら、俺は心の中で手を組む。
――さあ、ここからが本番だ。
十歳にして、俺は父に願い出た。
「お父様、領地経営について学びたいのです」
父アルノルトは驚きつつも頷いた。
「よかろう。だが、これは遊びではないぞ」
こうして、領主代理会議の末席に座ることになった。
目の前に並ぶのは、領内の騎士団長、財務官、農業責任者、商会代表。
大人ばかりの中に、場違いな少女――だが中身は三十五歳のコンサルおじさんである。
「北の農村では収穫が落ちております」
「原因は?」
「……土が痩せております。ですが、輪作などという手法は――」
「あります」俺は口を挟んだ。
「麦を連続で作るから地力が尽きるのです。豆科を間に入れれば土は回復します」
大人たちがざわめく。
俺は机の上に置かれた羊皮紙を取り、簡単な図を描いた。
「二年に一度、豆を植えることで窒素が戻り、収穫量は安定します。今のままでは毎年五%ずつ減っていくでしょう」
沈黙。
財務官が口を開いた。
「……五%減、三年続けば税収に大きな穴が開く」
父は腕を組み、俺を見つめた。
「レティシア、どこでそんな知恵を?」
「本で読んだのです」
――まあ、正確には前世の知識だがな。
さらに俺は「KPI管理」を導入した。
「農業生産、鉱山収益、交易路の流通量。三つを毎月確認する仕組みを作りましょう」
「……けーぴーあい?」
「重要な指標、という意味です。数字で追いかければ、問題は早く見つかります」
財務官はぽかんとし、騎士団長は「数字で戦が勝てるか」と鼻を鳴らした。
だが父は低く笑った。
「面白い。やってみよ」
こうして、辺境伯領に「KPI管理」という未知の仕組みが導入された瞬間だった。
次に取り上げられたのは、北の交易路だ。
「魔物の出没で、商人たちが通らなくなっています」
「それで塩の価格が倍に……」
――なるほど、サプライチェーンの分断だ。
俺は咳払いをして言った。
「交易路を完全に封鎖するのではなく、護衛付きで最低限の流通を維持すべきです。兵を分散させず、キャラバン単位で守るのです」
騎士団長が腕を組む。
「……なるほど。護衛をまとめる方が効率がいい」
「さらに、通行料を減免して商人を呼び戻せば、王都からの信頼も取り戻せます」
商会代表が目を丸くし、深く頷いた。
「さすがは辺境伯令嬢……!」
会議が終わったあと、父は俺を執務室に呼んだ。
「レティシア。今日の発言は、すべて実務に即していた」
父の瞳は、戦場で鍛えられた鋭さを帯びながらも、どこか嬉しげだった。
「お前が将来この領地を担うなら、我が家は安泰だろう」
その言葉に、胸が熱くなった。
――ああ、ようやく“コンサル魂”を発揮できた。
この世界での俺の武器は、剣でも魔法でもなく、数字と仕組みだ。
だが同時に思う。
王子に見初められた噂も王都に流れている。
「神童令嬢」と「王子のお気に入り」。
期待と注目が、俺に一気にのしかかってきていた。
夜、帳の中で一人つぶやいた。
「俺はもう逃げられないんだな」
だが悪くない。
前世では、クライアントのために身を削る日々だった。
だが今は、自分の家、自分の領地、自分の民のために知識を使える。
それは、きっと幸せなことだ。
小さな手を胸の上で握りしめる。
――この領地を、必ずモデルケースにしてみせる。
――辺境を、王国の希望に変えてみせる。
次回予告
第六話 経済無双――農業革命と商会設立
輪作の導入で領地の収穫は安定し始める。だがレティシアは満足しない。次は「商会」との交渉だ! 現代知識を活かしたマーケティングと会計管理で、辺境に新たな経済圏を築き上げる。だがその裏で、王都の貴族たちが不穏に動き出していた――。