第三部・第二話(第45話) 江戸の町並みと獣人文化
獣人共和国の首都に入った瞬間、私は感嘆の声を漏らしていた。
「うわぁぁぁぁぁ! なんだこの町並み!」
木造の家々が並び、赤い提灯が吊るされ、通りには着物姿の獣人たちが行き交う。
犬耳の子どもたちが駆け回り、猫人族の商人たちが威勢よく魚を売り、鳥人族の舞姫が路上で舞を披露している。
「お姉さま、口が開きっぱなしですよ」
妹が苦笑する。
「いやだって、江戸時代!? 江戸だよこれ! もう異世界江戸村じゃん!」
私は大はしゃぎで駆け回り、あっという間に人混みに紛れ込んでしまった。
市場の一角で、私は見つけてしまった。
白く輝く――米。
「お米ぃぃぃぃ!!!」
気づけば私は店に駆け寄り、袋に入った白米を抱きしめていた。
「尊い! 白い宝石! これこそ文明!」
店主の猫人族が目を丸くする。
「お嬢さん、米をそんな風に抱きしめる人間は初めてだよ……」
妹は顔を覆ってため息をついた。
「また始まった……」
結局、その場で炊き立てのご飯を振る舞われ、私は号泣しながらかき込んだ。
「うますぎる! 白米は正義!」
次に出会ったのは――生魚。
「さ、刺身……! 刺身だぁぁぁぁ!」
鮮度抜群の魚を薄切りにして並べた皿。
ワサビに似た辛味野菜を添え、醤油っぽいタレにつけて口に入れると……
「はぁぁぁぁぁぁ……天国」
私の目から勝手に涙が溢れた。
「……お姉さま、完全に人が変わってますよ」
「うるさい! このために異世界転生したんだ!」
周囲の獣人たちは「聖女様が泣きながら魚を食べてるぞ」とざわめいていた。
さらに驚いたのは温泉だった。
町外れの湯治場に案内された私は、もう理性が吹き飛んでいた。
「お風呂ぉぉぉぉ! しかも露天! 極楽じゃああああ!」
肩まで浸かり、湯気を浴びながら私は叫んだ。
「私の夢、全部ここにある!」
妹は隣でおとなしく湯に浸かっていたが、じっと私を見つめて呟いた。
「……お姉さまがここまで取り乱すの、初めて見ました」
「わかる? 米と刺身と温泉だよ!? 私の三大欲求!」
他の入浴客がくすくす笑っていたが、誰も止めなかった。
――聖女様が楽しそうなら、それでいい、という空気だった。
その夜、獣人族の長老に「文化交流の感想」を求められた私は胸を張って答えた。
「米と刺身と温泉があれば、私は一生ここに住めます!」
妹が即座に突っ込む。
「違うでしょ!? 政治的な答えをしてください!」
長老たちは大笑いしながら杯を掲げた。
「聖女殿は気持ちがまっすぐだ。わが国の民もきっと気に入るだろう」
こうして私の文化交流は、なぜか大成功に終わったのだった。
ただ――港町の片隅で、漁師がぼそりと漏らした。
「最近、魚の群れが浅瀬から消えた。海の底で、何かが動いているらしい……」
私はそれを聞き流してしまった。
ただ「次はどの温泉に入ろうかな」と浮かれていた。
次回予告
第三部・第三話(第46話)
「人狼族の武術大会」
武術大会で人狼族の戦士ライガが登場!
堂々たる姿に観客は沸くが、レティシアは「親友最高!」と的外れに応援する。
その裏で、海の異変は着実に進行していた……。




