第二部・第十一話(第36話) 新たな風――聖女とエルフの盟約
世界樹再生の奇跡から数日後。
王国の使節団とエルフ族の長老会が、大森林の広間に集った。
「世界樹の加護を取り戻したのは聖女のおかげ。我らは人間との友好を結ぶべきだ」
そう主張する王国側に対し、長老の一部は強硬に反発する。
「森を救ったのは精霊の意思。人間の功績ではない」
空気は重く、互いの言葉は刃のように鋭い。
「王国は森の資源を欲しているだけではないか!」
「エルフは加護を独占してきた! 王国の犠牲は数知れぬ!」
やがて声は怒号に変わり、兵士たちが剣に手をかけ始めた。
「……このままでは戦になる」
エルヴィンが低く呟く。
私は一歩前へ出た。
――俺はもう、怯えるだけの自分じゃない。
「静まりなさい!」
私の声が広間に響いた。
「争うためにここに来たのではないはずです。
私は確かに人間ですが、世界樹の再生は“私と精霊、そして森の声”が共に成したものです」
長老の一人が冷たく言い放つ。
「だが、人間を信じれば我らが誇りは失われる」
王国の代表も怒りを抑えきれず叫ぶ。
「誇りより命だ! 妥協しなければ、戦を選ぶしかない!」
――戦火が灯りかけていた。
私は深く息を吸い、ゆっくりと笑った。
それは「にぱぁスマイル」とは違う、冷ややかで凛とした笑み。
「ひやぁスマイル」
その瞬間、広間の空気が凍りついた。
王国の使者も、長老たちも、背筋に冷気が走り、誰一人として声を上げられない。
「戦を望むなら、どうぞお好きに。
ですが――その瞬間、世界樹は再び枯れるでしょう。
戦争の炎は森を焼き、王国の未来をも呑み込む」
笑顔のまま冷徹に告げる。
「命を繋ぎたいのか。それとも誇りと共に滅びたいのか。
選ぶのは、あなた方です」
沈黙が広がった。
最長老が深く目を閉じ、やがて静かに告げた。
「……聖女の言葉に従おう。盟約を結ぶのだ」
王国の使者も頷く。
「我らも誓おう。森を侵さず、共に未来を築くと」
大森林に、ようやく和解の風が吹き始めた。
私は小さく息を吐き、笑顔を解いた。
――俺は、また一つ武器を得た。
「にぱぁスマイル」が人を和ませる力なら、
「ひやぁスマイル」は、人を制し、凍りつかせる力。
前世の俺では絶対に持ち得なかった武器。
これは、聖女として、そして私自身としての強さの証だ。
次回予告
第二部・第十二話(第37話)
「揺らぐ盟約――影に蠢く者」
王国とエルフ族の盟約は結ばれた。だがその裏で、魔導卿の残党と新たな火種が暗躍していた。
和解の地に再び影が忍び寄る――。




