第三・五話 成長期――神童から令嬢へ
俺が五歳を過ぎた頃、父は王都から家庭教師を呼び寄せた。
「算術、歴史、礼儀作法。全て王都基準で教えねばならん」
と父は豪語していたが、実際には――。
「一足す一は……?」
「に!」
「す、素晴らしい! 五歳で既にここまで……!」
いや、普通に二歳児レベルなんだが。
仕方ないので、こちらから「九九」を披露してみた。
「いんいちがいち、いんにがに、いんさんがさん……」
家庭教師の顔が石像のように固まり、その後「神童!」と叫んで腰を抜かした。
――このままでは“頭のネジが飛んでる令嬢”扱いされかねん。
俺は慌てて「九九は歌みたいで楽しい」とごまかし、子どもらしい顔を必死で演じた。
屋敷では、俺の周囲に使用人の少年少女が増えた。
同年代の子が多く、遊び相手として一緒に庭を駆け回った。
「レティシア様、またかくれんぼしましょう!」
「いいぞ……いや、よいぞ!」
前世で封印していた「子どもっぽい遊び」を今さら堪能するのは、ちょっとした贅沢だった。
だが隠れている最中でも、俺の頭は分析をやめない。
――この庭、死角が多すぎる。兵の配置を考えるなら監視塔を二つ追加だな……
子ども相手にそんなことを考えている自分が、我ながらどうかしている。
八歳の頃、城壁の外に「小さな魔物が現れた」との報告があった。
父と兵士が討伐に向かうのを窓から見送り、俺は心臓を高鳴らせた。
――これが現実の“異世界ファンタジー”か。
結局、父はあっさりと魔物を討ち取り、兵たちは誇らしげに凱旋してきた。
だが俺にとっては、「魔物の存在」をこの目で確かめたこと自体が大きな意味を持った。
内政だけでなく、防衛計画も必須――そう強く意識するきっかけとなったのだ。
九歳になった頃には、読み書き計算はもちろん、王都の政治書を読み解くことすらできるようになっていた。
父は満足げに言った。
「王都へ出ても恥じぬ才覚を持つ娘だ」
だが俺の胸には少しの葛藤もあった。
「神童」「才女」と呼ばれるたびに、前世では叶わなかった“普通の恋や遊び”が遠のいていく気がしたのだ。
――俺はこの世界で、何を望むのだろう。
領地の繁栄か、家の誇りか、それとも……。
そんな思いを抱えたまま、俺はついに十歳を迎え、王都での初社交界へと送り出されることになった。
次回予告
第四話 初めての社交界――王都デビューと男たちの視線
令嬢としての初舞台。だが待っていたのは、権謀術数よりも“なぜか男たちの熱すぎる視線”!? レティシアの社交界デビュー、波乱の幕開け!