第二部・第五話(第30話) 聖女か、偽りか――人間とエルフの断絶
世界樹の前での一件から一夜。
翌朝、エルフ族の長老会が緊急に開かれた。
広間の中心に立たされたのは、私――聖女レティシア。
周囲を囲むのは森を支配する十数名の長老たち。
視線は鋭く、冷たかった。
「聖女と呼ばれる人間の娘。そなたが“真”か“偽”か、ここで明らかにする」
静まり返る大広間。
……ついに来たか。
数字も論理も通じない領域、信仰裁きの場だ。
長老の一人が声を上げる。
「聖女と称するが、そなたは人間であろう? なぜ精霊が人ならざる者を選ぶのだ」
別の長老が続く。
「世界樹が枯れ始めたのは、この娘が来てからだ」
声が次々と重なり、広間は疑念で満たされていく。
俺は心の中で唇を噛んだ。
――これは政争だ。俺を排斥して、自分たちの権威を守るための。
そのとき、若い長老が立ち上がった。
「待ってください! この娘は昨日、危険を顧みず世界樹の異変を直視しました!
その勇気は偽りではない!」
するとすぐに年配の長老が反論する。
「勇気と聖女は別物だ! 我らが求めるのは“奇跡を起こす者”だ!」
賛否の声が飛び交い、長老会は真っ二つに割れていった。
私は一歩前に出て、声を張った。
「私には奇跡を起こす力はありません。
ですが、私は人間の知恵で、これまで多くの命を救ってきました。
それを“偽り”と呼ぶなら……呼んでも構いません」
大広間にざわめきが広がる。
「聖女が自ら偽りを認めたぞ!」
「いや、これは潔白の証だ!」
俺は心の中で息を呑んだ。
――正面から否定もできない。信仰の根幹に踏み込むことになるからだ。
そのとき、長老会の扉が軋み、黒衣の影が現れた。
「結論は出たようだな」
ヴェルゼン――腐敗の魔導卿が悠然と姿を現す。
「この娘は聖女ではない。ただの人間だ。
証拠に、世界樹はなおも枯れ続けている」
長老たちが次々と膝を突き、恐怖に支配されていく。
俺は心の中で拳を握った。
――ここまで露骨に介入してきたか。
でも、このままじゃ「偽りの聖女」として追放される。
議長役の最長老が低く告げた。
「三日のうちに証を示せ。
世界樹を救えぬならば……お前は偽りの聖女として、この森から追放する」
広間に重苦しい沈黙が落ちる。
俺は心の中で深く息を吐いた。
――三日。
数字で期限を切られると、妙に現実感がある。
でも今度ばかりは、エクセル表もパワポ資料も使えないんだよな……。
私は顔を上げ、長老たちに向かって静かに言った。
「分かりました。三日のうちに必ず、世界樹を救う道を示します」
その声は震えていなかった。
――やってやる。
神童と呼ばれた俺じゃなく、聖女と呼ばれる“私”として。
次回予告
第二部・第六話(第31話)
「聖女裁判――異端の烙印」
三日の期限を前に、魔導卿はさらなる讒言を仕掛け、レティシアを「偽りの聖女」と断じようとする。信仰を揺るがす異端裁判――果たして彼女は生き残れるのか。




