第四部・第二十六話(第96話) 黒き供物
迷宮のさらに奥、空気は一層重く、石壁には黒い紋章がびっしりと刻まれていた。
中央には巨大な祭壇。
その上には呪具の柱が立ち並び、黒い炎が揺らめいていた。
ルビヤが顔をしかめる。
「……嫌な気配。ここで儀式が行われてる」
ライガが剣を握りしめ、低く言った。
「親友、これはただの供物の場じゃない。何かを“呼び込む”儀式だ」
黒衣の影たちが振り向き、声を揃えて叫んだ。
「供物は二つ――承継者の紅眼、そして……“光を招く微笑”を持つ者!」
「……え?」私は思わず足を止めた。
「光を招く微笑……?」
ルビヤが振り返り、慌てて叫ぶ。
「女親友、それ……アンタの“にぱぁスマイル”のことよ!」
心臓が跳ねた。
(まさか……あの冗談半分でやってた笑顔が……!?)
黒衣の一人が呪符を掲げ、声を響かせる。
「愚かな聖女よ。お前の笑みは、精霊をも惹きつける。
にぱぁと笑うだけで、秩序が乱れ、闇が退けられる……それは“闇の帝王”にとって最大の障害!」
私は背筋を凍らせた。
(つまり……俺のにぱぁスマイルは、冗談でもラッキーでもなく――黒幕を揺るがす“力”そのものだった!?)
呪符が絡み合い、黒い鎖となって私に迫る。
「レティシア!」ライガが割って入るが、鎖は彼の剣をすり抜けて私の腕に絡みついた。
「くっ……動けない……!」
鎖は冷たく、まるで魂そのものを凍らせるような感触だった。
「供物とせよ! 紅眼と、微笑の聖女を!」
ルビヤが必死に鎖を引きちぎろうとする。
「離せ! この子は……私の女親友なのよ!」
私は鎖に縛られながらも、必死に声を絞り出した。
「……にぱぁスマイルが、力だっていうなら……
その力で、この儀式も黒幕も……絶対に終わらせてやる!」
瞼を閉じると、胸の奥で精霊たちがざわめいた。
(俺はもう逃げない。中身はおっさんでも――“聖女レティシア”として、この笑顔を武器にする!)
突然、祭壇の黒い炎が暴走した。
広間が揺れ、天井から砂が崩れ落ちる。
「逃がすな! 供物を確保しろ!」
黒衣の影たちが再び群がる。
ライガが剣を振り払い、ルビヤが拳を叩き込む。
「レティシア! 耐えて! 絶対に取り返す!」
私は鎖に抗いながら、必死に声を張り上げた。
「私は……にぱぁスマイルを奪わせない!」
次回予告
第97話「紅眼と微笑」
黒幕の儀式が進む中、ルビヤとレティシアの絆が試される。
二人の力が重なったとき、新たな光が闇を打ち破る――。




